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10.夏祭り
夏祭り⑧
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「え………どう、して」
こぼれ出た声は恐怖で震えていた。表情もきっと、こわばっていたんだろう。
朝陽くんはあわてて両方の手のひらを私に向けて、左右にふった。
「あ、つけてきたわけじゃなくて。いや、そうなんだけど、さっきぶつかって追いかけられたのを見て、その、気になって……ごめん」
ぶつかった人の顔までは見ていなかったけれど、あの中に朝陽くんがいたんだろうか。
何を言えばいいのかわからなくて、私は小さく頷くしかできなかった。
「あっ。祭りも、詩に会いにきたわけじゃなくて……今日、練習の帰りに泉が行くって言うからみんなで来ただけで、ほんとに偶然だからっ」
必死になって弁解する朝陽くんは、私が知っている彼とはまるで違った。
胸を占めるどうしようもない息苦しさに叫び出したくなる。これ以上そばにいたくなくて、私はもう一度頷いて声を絞り出した。
「だい、じょぶです……わた、私、もう帰る、から」
「じゃあ、これ羽織って。肩の後ろのところ、やぶれてるから」
朝陽くんが、Tシャツの上に着ていたシャツを脱いで私に差し出す。
あ……。
カァッと頬が熱くなった。改めて自分の姿を思い出して、恥ずかしさがこみ上げる。
やぶれを確かめることすらできなくて、私は身を縮こませて首を横にふった。
「捨ててくれてもいいから」
シャツを手に押しつけて、朝陽くんが私をまっすぐに見つめる。突然近づいた距離に、ひっ、と小さく悲鳴のような声が漏れた。
「あ、……ごめん」
パッと大きな身体が離れる。お互いに後ずさりしたことで、シャツが地面に落ちた。
社務所の明かりに照らされた頬がふっと陰る。私を見つめたままの瞳は、悲しげに揺れていた。
振り切るように目をそらす。わたしは早く逃げ出したくてたまらなかった。
「何を意地張っているのかは知らないけど、借りとけば? ひどい格好してるわよ」
私たちの間に入って、白石さんがシャツを拾い上げる。それを私の手に渡して、わざと大きなため息を吐いた。
「電話してくるから、その間に話を終わらせておいて」
うんざりしたように言って、白石さんは社務所の方へ行ってしまった。
こぼれ出た声は恐怖で震えていた。表情もきっと、こわばっていたんだろう。
朝陽くんはあわてて両方の手のひらを私に向けて、左右にふった。
「あ、つけてきたわけじゃなくて。いや、そうなんだけど、さっきぶつかって追いかけられたのを見て、その、気になって……ごめん」
ぶつかった人の顔までは見ていなかったけれど、あの中に朝陽くんがいたんだろうか。
何を言えばいいのかわからなくて、私は小さく頷くしかできなかった。
「あっ。祭りも、詩に会いにきたわけじゃなくて……今日、練習の帰りに泉が行くって言うからみんなで来ただけで、ほんとに偶然だからっ」
必死になって弁解する朝陽くんは、私が知っている彼とはまるで違った。
胸を占めるどうしようもない息苦しさに叫び出したくなる。これ以上そばにいたくなくて、私はもう一度頷いて声を絞り出した。
「だい、じょぶです……わた、私、もう帰る、から」
「じゃあ、これ羽織って。肩の後ろのところ、やぶれてるから」
朝陽くんが、Tシャツの上に着ていたシャツを脱いで私に差し出す。
あ……。
カァッと頬が熱くなった。改めて自分の姿を思い出して、恥ずかしさがこみ上げる。
やぶれを確かめることすらできなくて、私は身を縮こませて首を横にふった。
「捨ててくれてもいいから」
シャツを手に押しつけて、朝陽くんが私をまっすぐに見つめる。突然近づいた距離に、ひっ、と小さく悲鳴のような声が漏れた。
「あ、……ごめん」
パッと大きな身体が離れる。お互いに後ずさりしたことで、シャツが地面に落ちた。
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振り切るように目をそらす。わたしは早く逃げ出したくてたまらなかった。
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