10 / 38
第一章 星野恭子
第十話 理想と現実
しおりを挟む
七月。
大学は前期試験を二週間後に控え、各授業の出席率は格段に上がっていた。
テストの情報収集のため、普段サボっている学生もこの時期ばかりは顔を出す。
五限の授業が終わり、大輔は友人との情報交換を済ませ、教室を後にする。
学部棟を出ると、偶然五十嵐の大きな背中を見つけた。親友の名を声に出す大輔。
振り返った友人の顔を見て、大輔は息を飲んだ。
「お、お前……その顔、どうしたんだよ」
五十嵐の顔面は、左の頬が青黒く腫れあがっていた。口角も痛々しく切れ、傷口が塞がって間もない印象を受けた。
どう見ても、誰かに殴られたとしか思えない。
「みっともない顔、見られちゃったな」
アハハと彼は呑気に笑ったが、顔を崩すと痛みが増すらしく、掌で頬を抑えた。
「本当は家に籠っていたかったんだけどさ、この時期は流石に休めねぇだろ?」
「そうだけど……大丈夫か? 何があったんだよ?」
「ちょっと付き合えよ、スガ。飲みながら話そうぜ」
****
生協で缶ビールを買った二人は、そのまま学食に向かった。
遅い時間とあって、食堂は半分だけ照明がついている。閑散としているフロアで、二人は向かい合うように座った。
五十嵐の顔のあざは、ある女性の父親に殴られたものだった。
彼は一年の夏休み前から、同学年の剣道サークルの女性と付き合っていた。
しかしその一方で、アルバイト先のファミレスで年上の女性と知り合い、その女性とも付き合い始めた。所謂、二股である。
先週参加した剣道の大会に、バイト先の彼女が内緒で観戦に来た。
そこで彼女同士が鉢合わせし、浮気が発覚。剣道女子はその場で大泣きし、家に帰ってしまった。
「その時のサークルの雰囲気と言ったら、もう。針のむしろとはこのことよ」
「そんなの当たり前だろ……」
軽蔑の眼差しでビールを飲む大輔。
「みんなして『追いかけろ、追いかけろ』って煩いから、その足で彼女の家まで行ったんだよ。そしたら、玄関から父親が出てきて……」
「殴られたと」
「そう」
大輔は呆れ顔で額に掌をあてた。
ここ最近、頻繁に「デート」と言うから、怪しいとは思っていた。
五十嵐は女癖が悪すぎる。
「で、どうなったの? その後は?」
「ファミレスの子とは別れたよ。バイトも辞めた。剣道の子のほうが本命だし」
「なんで浮気なんかしたんだよ。彼女に不満でもあったのか?」
「不満ってほどじゃないんだけど……その……」
彼が急に言葉を濁したので、大輔は口を尖らせた。
「なんだよ、ここまできて勿体ぶるなよ」
催促された五十嵐は、ビールをあおると片肘をついて語り出した。
「……彼女さ、淡泊なんだよね」
「エッチが?」
「そう。反応悪いっつーか、感度悪いっつーかさ。盛り下がるんだよ。エッチしてても」
頬のあざを恨めしそうに指先で撫でる。
なるほど。それは想像に難くない。
日本人の女性は性に対して消極的であり、オープンになることを「はしたない」とする傾向がある。五十嵐に限らず、恋人がマグロだという話もよく聞く。
「なんかだんだん、面倒臭くなっちゃってさ。ファミレスの子のほうもそんな積極的じゃないんだけど、彼女は生でやらせてくれたから。エッチするならこっちだなって思って」
ニヤニヤと笑う五十嵐を見て、大輔は吐き捨てるように言った。
「お前、今、もの凄く最低なこと言ってるって、自覚してる?」
「わかってるよ。だからこうやって青あざ作ったんじゃん。裁きは受けたよ。スガも一年の時、星野先輩泣かせて、部長にビンタされたんだろ? これで仲間だな」
「一緒にするな」
こいつはダメだ。スポーツマンらしく実直な面もあるが、こと女性に関しては人が変わったようにだらしない。
「何でも良いけど、生でやるとか危なすぎるだろ。妊娠させたらどうするんだよ」
「大丈夫だって。危険日は避けてたし、ちゃんと外に出してたし」
「俺は忠告したからな。これ以上は言わない。勝手にしろ」
大輔は空になったビールの缶を握りつぶして、席を立った。
匙を投げられたと察した五十嵐が、彼のシャツの裾を引っ張る。
「待てよ。わかったよ。もうしないって。っていうか、もうファミレスの子とは別れたし、剣道の子とは生でしてないし、これからもしないから平気だって」
「……なら、いいけど」
渋々と腰を下ろし、些か不服そうに腕を組む大輔。普段あまり飲まない酒を飲んだせいか、ほんのりと顔が赤くなっている。
辛辣だが友達思いの大輔の言動が嬉しかったのか、五十嵐は残りのビールを美味しそうに飲み干した。
「でも、お前は良いよなぁ。相手があの星野先輩なんだから。エッチで不満なんか、ひとつもねぇだろ?」
「……まぁ、取り立てては」
「ひえー、羨ましいっ!」
大袈裟にひっくり返って見せる五十嵐だったが、皮肉たっぷりに彼はこう続けた。
「俺はさ、次にお前の彼女になる女が気の毒だよ。なんせ星野先輩と比べられるんだからな。お前は恵まれすぎているよ。ま、せいぜい彼女と長続きするこった」
****
「五十嵐君って、見た目通りチャラチャラしてるのね。大輔君の友達だから買ってたのに。ガッカリ」
大輔の腕枕の上で、恭子が露骨に不愉快そうな顔をする。
明日から恭子は【勉強モード】に入る。
試験前に会えるのは今日が最後。大輔は学校の帰りに、彼女の部屋に立ち寄った。
そしていつも通りに情交を結んだ。
徐に大輔が起き上がり、部屋に散乱した自身の衣服を拾い上げる。
「根は良い奴なんだ。勉強熱心だし。そうでなけりゃウイッキーなんかに入らないよ」
ボクサーパンツに足を通しつつ、友人のフォローをする大輔。恭子が上半身だけ起こして応える。
「まぁ良いわ。大輔君が、彼から変な影響受けなければ」
Tシャツを被りながら振り返る大輔。
「『変な』って?」
「『生でしたい』とか言い出さないか、心配してるの」
「言わないよ。責任が取れるようになるまで、するつもりないよ」
彼の返事を聞いて、恭子は神妙な顔つきをした。
「それって、結婚するとかそういうこと?」
押し黙る大輔。
彼女と付き合いだして、初めて会話の中に「結婚」というフレーズが出た。
別に避けていたわけではないが、彼女の方から言い出さないし、話題にもならないし。
もとより、彼女は家族の話すらしたがらない。
実家は群馬らしいが、祖父母が暮らしているだけで、両親はそこには住んでいないと彼女から聞いた。
金子からも少し教えてもらったが、両親は離婚していて、母親はペルーに戻っているらしい。夏休みにペルーに行ったのは、母親に会うためだった。
「私、結婚願望ないんだ」
一切の淀みなく、彼女は大輔に言い切った。
「だから、私とは一生、生では出来ないよ」
豊満な乳房を隠すことなく、堂々と大輔に見せながら発言する恭子。
それがかえって、彼女の本気度を示しているようだった。
薄々は感じていたが、率直に言うとショックだ。
恐らく、自分に対して結婚する気がないというより、元来その願望を持っていないということなのだろう。
自分はごくありふれた家庭で、両親の愛情を受けて育った。
そのせいだろうか。好きな人と結ばれたら、いつか結婚して、子供を作るのが当たり前だと思っていた。それが彼女には通じない。
女性の社会進出が進み、様々な選択肢が提示される昨今、彼女が結婚や出産をする義務はない。どの道を進もうと、彼女の自由なのだ。
勿論自分も、彼女を家庭に閉じ込めようなどとは思っていない。
ただ、何かあった時、手を伸ばせば届くところにいて欲しい。自分のそばに寄り添っていてほしい。
ぼんやりとではあるが、そう願っていた。
そんな大輔の気持ちとは裏腹に、恭子は火がついたように喋り出した。
「人にはいろんな形の幸せがあると思う。もしかしたら大輔君は、結婚が究極の幸せだと思っているかもしれないけど、私は違うの。結婚なんかしなくても、幸せは掴める。実際私、今幸せだもの。このまま大輔君と今の関係がずっと続いたとしても、十分幸せなの」
今の彼女に、自分が何を言っても響かないだろう。
彼女は人の意見に左右されない。良い意味でも、悪い意味でも。
着替えを終えた大輔が、鞄を持ち上げて玄関に向かう。
「恭子さんの考えは分かったよ。でも俺は、もうちょっと普通な生き方にも、興味があるかな」
抑揚のない口調は、諦観した彼の気持ちを如実に表していた。
「……ガッカリした?」
裸の恭子が、背中から抱き着いてくる。
体を反転させ、大輔は彼女を抱きしめた。
「多少はね。でも心配しないで。俺の生き方に恭子さんがついていく気になるように、頑張るよ」
「……大輔君は、どこまでも真面目」
少し寂しそうな恭子の唇に、大輔がそっとくちづけをする。
黙ったまま自分を見つめる恭子に、大輔が語りかける。
「俺さ、前も話したけど、国家一種狙ってるんだよね。無事に合格したら、キャリア官僚だよ。どう? 結構魅力的じゃない?」
少しおどけた様子で喋る彼の胸に、恭子は顔を埋めた
「魅力的だけど……相当頑張らないと、合格しないよ。ふたつ上の先輩、凄い優秀だったけど落ちてたよ」
彼女の髪を、愛おしそうに撫でる大輔。
「覚悟の上だよ。そのぐらいの職業じゃなきゃ、恭子さんを唸らせられないからね」
顔を上げて、恭子は微苦笑を見せる。
「私の気が変わるかどうかは保証できないけど、頑張ってもらおうかな」
「そうするよ」
大輔が彼女の頬にキスしようとすると、恭子は強引に唇を合わせ、舌を入れてきた。大輔の手を掴み、自らの乳房に当てる。
「……恭子さん、俺もう帰るんだから。ダメだよ」
「あと一時間。一時間だけ、一緒にいて」
「恭子さ……」
彼の返事を聞かぬまま、恭子はそのベルトを引き抜いた。
大学は前期試験を二週間後に控え、各授業の出席率は格段に上がっていた。
テストの情報収集のため、普段サボっている学生もこの時期ばかりは顔を出す。
五限の授業が終わり、大輔は友人との情報交換を済ませ、教室を後にする。
学部棟を出ると、偶然五十嵐の大きな背中を見つけた。親友の名を声に出す大輔。
振り返った友人の顔を見て、大輔は息を飲んだ。
「お、お前……その顔、どうしたんだよ」
五十嵐の顔面は、左の頬が青黒く腫れあがっていた。口角も痛々しく切れ、傷口が塞がって間もない印象を受けた。
どう見ても、誰かに殴られたとしか思えない。
「みっともない顔、見られちゃったな」
アハハと彼は呑気に笑ったが、顔を崩すと痛みが増すらしく、掌で頬を抑えた。
「本当は家に籠っていたかったんだけどさ、この時期は流石に休めねぇだろ?」
「そうだけど……大丈夫か? 何があったんだよ?」
「ちょっと付き合えよ、スガ。飲みながら話そうぜ」
****
生協で缶ビールを買った二人は、そのまま学食に向かった。
遅い時間とあって、食堂は半分だけ照明がついている。閑散としているフロアで、二人は向かい合うように座った。
五十嵐の顔のあざは、ある女性の父親に殴られたものだった。
彼は一年の夏休み前から、同学年の剣道サークルの女性と付き合っていた。
しかしその一方で、アルバイト先のファミレスで年上の女性と知り合い、その女性とも付き合い始めた。所謂、二股である。
先週参加した剣道の大会に、バイト先の彼女が内緒で観戦に来た。
そこで彼女同士が鉢合わせし、浮気が発覚。剣道女子はその場で大泣きし、家に帰ってしまった。
「その時のサークルの雰囲気と言ったら、もう。針のむしろとはこのことよ」
「そんなの当たり前だろ……」
軽蔑の眼差しでビールを飲む大輔。
「みんなして『追いかけろ、追いかけろ』って煩いから、その足で彼女の家まで行ったんだよ。そしたら、玄関から父親が出てきて……」
「殴られたと」
「そう」
大輔は呆れ顔で額に掌をあてた。
ここ最近、頻繁に「デート」と言うから、怪しいとは思っていた。
五十嵐は女癖が悪すぎる。
「で、どうなったの? その後は?」
「ファミレスの子とは別れたよ。バイトも辞めた。剣道の子のほうが本命だし」
「なんで浮気なんかしたんだよ。彼女に不満でもあったのか?」
「不満ってほどじゃないんだけど……その……」
彼が急に言葉を濁したので、大輔は口を尖らせた。
「なんだよ、ここまできて勿体ぶるなよ」
催促された五十嵐は、ビールをあおると片肘をついて語り出した。
「……彼女さ、淡泊なんだよね」
「エッチが?」
「そう。反応悪いっつーか、感度悪いっつーかさ。盛り下がるんだよ。エッチしてても」
頬のあざを恨めしそうに指先で撫でる。
なるほど。それは想像に難くない。
日本人の女性は性に対して消極的であり、オープンになることを「はしたない」とする傾向がある。五十嵐に限らず、恋人がマグロだという話もよく聞く。
「なんかだんだん、面倒臭くなっちゃってさ。ファミレスの子のほうもそんな積極的じゃないんだけど、彼女は生でやらせてくれたから。エッチするならこっちだなって思って」
ニヤニヤと笑う五十嵐を見て、大輔は吐き捨てるように言った。
「お前、今、もの凄く最低なこと言ってるって、自覚してる?」
「わかってるよ。だからこうやって青あざ作ったんじゃん。裁きは受けたよ。スガも一年の時、星野先輩泣かせて、部長にビンタされたんだろ? これで仲間だな」
「一緒にするな」
こいつはダメだ。スポーツマンらしく実直な面もあるが、こと女性に関しては人が変わったようにだらしない。
「何でも良いけど、生でやるとか危なすぎるだろ。妊娠させたらどうするんだよ」
「大丈夫だって。危険日は避けてたし、ちゃんと外に出してたし」
「俺は忠告したからな。これ以上は言わない。勝手にしろ」
大輔は空になったビールの缶を握りつぶして、席を立った。
匙を投げられたと察した五十嵐が、彼のシャツの裾を引っ張る。
「待てよ。わかったよ。もうしないって。っていうか、もうファミレスの子とは別れたし、剣道の子とは生でしてないし、これからもしないから平気だって」
「……なら、いいけど」
渋々と腰を下ろし、些か不服そうに腕を組む大輔。普段あまり飲まない酒を飲んだせいか、ほんのりと顔が赤くなっている。
辛辣だが友達思いの大輔の言動が嬉しかったのか、五十嵐は残りのビールを美味しそうに飲み干した。
「でも、お前は良いよなぁ。相手があの星野先輩なんだから。エッチで不満なんか、ひとつもねぇだろ?」
「……まぁ、取り立てては」
「ひえー、羨ましいっ!」
大袈裟にひっくり返って見せる五十嵐だったが、皮肉たっぷりに彼はこう続けた。
「俺はさ、次にお前の彼女になる女が気の毒だよ。なんせ星野先輩と比べられるんだからな。お前は恵まれすぎているよ。ま、せいぜい彼女と長続きするこった」
****
「五十嵐君って、見た目通りチャラチャラしてるのね。大輔君の友達だから買ってたのに。ガッカリ」
大輔の腕枕の上で、恭子が露骨に不愉快そうな顔をする。
明日から恭子は【勉強モード】に入る。
試験前に会えるのは今日が最後。大輔は学校の帰りに、彼女の部屋に立ち寄った。
そしていつも通りに情交を結んだ。
徐に大輔が起き上がり、部屋に散乱した自身の衣服を拾い上げる。
「根は良い奴なんだ。勉強熱心だし。そうでなけりゃウイッキーなんかに入らないよ」
ボクサーパンツに足を通しつつ、友人のフォローをする大輔。恭子が上半身だけ起こして応える。
「まぁ良いわ。大輔君が、彼から変な影響受けなければ」
Tシャツを被りながら振り返る大輔。
「『変な』って?」
「『生でしたい』とか言い出さないか、心配してるの」
「言わないよ。責任が取れるようになるまで、するつもりないよ」
彼の返事を聞いて、恭子は神妙な顔つきをした。
「それって、結婚するとかそういうこと?」
押し黙る大輔。
彼女と付き合いだして、初めて会話の中に「結婚」というフレーズが出た。
別に避けていたわけではないが、彼女の方から言い出さないし、話題にもならないし。
もとより、彼女は家族の話すらしたがらない。
実家は群馬らしいが、祖父母が暮らしているだけで、両親はそこには住んでいないと彼女から聞いた。
金子からも少し教えてもらったが、両親は離婚していて、母親はペルーに戻っているらしい。夏休みにペルーに行ったのは、母親に会うためだった。
「私、結婚願望ないんだ」
一切の淀みなく、彼女は大輔に言い切った。
「だから、私とは一生、生では出来ないよ」
豊満な乳房を隠すことなく、堂々と大輔に見せながら発言する恭子。
それがかえって、彼女の本気度を示しているようだった。
薄々は感じていたが、率直に言うとショックだ。
恐らく、自分に対して結婚する気がないというより、元来その願望を持っていないということなのだろう。
自分はごくありふれた家庭で、両親の愛情を受けて育った。
そのせいだろうか。好きな人と結ばれたら、いつか結婚して、子供を作るのが当たり前だと思っていた。それが彼女には通じない。
女性の社会進出が進み、様々な選択肢が提示される昨今、彼女が結婚や出産をする義務はない。どの道を進もうと、彼女の自由なのだ。
勿論自分も、彼女を家庭に閉じ込めようなどとは思っていない。
ただ、何かあった時、手を伸ばせば届くところにいて欲しい。自分のそばに寄り添っていてほしい。
ぼんやりとではあるが、そう願っていた。
そんな大輔の気持ちとは裏腹に、恭子は火がついたように喋り出した。
「人にはいろんな形の幸せがあると思う。もしかしたら大輔君は、結婚が究極の幸せだと思っているかもしれないけど、私は違うの。結婚なんかしなくても、幸せは掴める。実際私、今幸せだもの。このまま大輔君と今の関係がずっと続いたとしても、十分幸せなの」
今の彼女に、自分が何を言っても響かないだろう。
彼女は人の意見に左右されない。良い意味でも、悪い意味でも。
着替えを終えた大輔が、鞄を持ち上げて玄関に向かう。
「恭子さんの考えは分かったよ。でも俺は、もうちょっと普通な生き方にも、興味があるかな」
抑揚のない口調は、諦観した彼の気持ちを如実に表していた。
「……ガッカリした?」
裸の恭子が、背中から抱き着いてくる。
体を反転させ、大輔は彼女を抱きしめた。
「多少はね。でも心配しないで。俺の生き方に恭子さんがついていく気になるように、頑張るよ」
「……大輔君は、どこまでも真面目」
少し寂しそうな恭子の唇に、大輔がそっとくちづけをする。
黙ったまま自分を見つめる恭子に、大輔が語りかける。
「俺さ、前も話したけど、国家一種狙ってるんだよね。無事に合格したら、キャリア官僚だよ。どう? 結構魅力的じゃない?」
少しおどけた様子で喋る彼の胸に、恭子は顔を埋めた
「魅力的だけど……相当頑張らないと、合格しないよ。ふたつ上の先輩、凄い優秀だったけど落ちてたよ」
彼女の髪を、愛おしそうに撫でる大輔。
「覚悟の上だよ。そのぐらいの職業じゃなきゃ、恭子さんを唸らせられないからね」
顔を上げて、恭子は微苦笑を見せる。
「私の気が変わるかどうかは保証できないけど、頑張ってもらおうかな」
「そうするよ」
大輔が彼女の頬にキスしようとすると、恭子は強引に唇を合わせ、舌を入れてきた。大輔の手を掴み、自らの乳房に当てる。
「……恭子さん、俺もう帰るんだから。ダメだよ」
「あと一時間。一時間だけ、一緒にいて」
「恭子さ……」
彼の返事を聞かぬまま、恭子はそのベルトを引き抜いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
77
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる