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桜木先生のお話

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そして、何故か私と三田くんは数学準備室の隅に正座をさせられていた。
「桜ちゃん。足痺れた。」
「そうか。良かったな。」
「桜ちゃん。お腹空いた。」
「空気でも食っとけ。」
「桜ちゃんのどかわいた。」
「…………。」
三田くんの口は止まることを知らないようで、ずっと動いている。桜木先生の返答もついに止んでしまった。

私も痺れてきた足をもぞもぞ動かしていると、ソファに座ってその様子をじっと眺めていた蓮琉くんが私の前にやって来た。
見上げると、蓮琉くんの真剣な瞳と目があった。

(これは、お説教が長引くパターンだ。)

「花奈。」
「……はい。」
「反省してる?」
「はい。」
「何に?」
「ええと、先生が嫌がるとか考えずに怪我してないか確認してしまって、先生に嫌な思いをさせてしまいました。」
「……それだけ?」
「?はい。」
蓮琉くんはため息をついた。
わざとじゃないかってくらい大きいものだ。
「あのね?花奈。いくら知ってる相手だからって、安心してたら駄目だよ。警戒心をもたないと 。先生だって男だからね。花奈にあんなことされたら興奮して何してくるかわからないだろ?今は俺と三田が来たから良かったものの、もしあのまま二人きりだったら……っ。あんなことやこんなこと……っ。」
「おい、一条。」
「先生は黙っていて下さい。あのまま二人きりで手を出さなかっただなんて言えますか?花奈の魅力に屈しることなく耐えきれましたか?俺には無理です。」
「そうだよ~。」
隣で正座している三田くんが肩をまわしながらのんびりと口をはさんだ。
すでに勝手に正座をやめ、足をのばしている。
「だって、俺最初は妹ちゃんがまた警戒心うすくなってるしと思っておしおき!と思って触ってたけど、途中でマジたってたもん。もうビンビン。痛かった。」
「黙れ三田。」
「はあ?黙って見てたヤツに言われたくないね。一条だって妹ちゃんの痴態見て絶対反応してたっしょ。我慢できなくて出ちまったんじゃねえの?」
「なっ。」
わなわな震えている蓮琉くんに三田くんは馬鹿にしたような表情を向け、自分の指をペロリとなめた。
「妹ちゃんに触れてた俺が羨ましいんだろ。あ~あ。もう少し時間あったらイカせてあげたのに。」
「お前はっ!」
「蓮琉くんっ。暴力はやめましょうっ?……きゃあっ。」
蓮琉くんが三田くんの胸ぐらをつかんで今にも殴りかかりそうな様子に、私は慌てて二人を止めようと立ち上がろうとした。

したんだけど。

正座で痺れた足が言うことを聞いてくれなくて。
私は今にも殴り合いになりそうな二人の間に倒れこむことになった。
気がついたら、三田くんの股の間にダイブすることになっていて、私の胸のあたりに三田くんのソレがちょうどあたるカタチになっているようだ。
三田くんも蓮琉くんも呆然と私を見ている。

(あ、足が痺れて動けないっ……!)
声も出せずに悶絶していると、倒れ込んだ私を抱きとめる形になった三田くんがゴクリと喉を鳴らした。
「うわ。妹ちゃんマジエロい。ねえ、これって据え膳?食っていい?」
「アホか三田!いいわけないだろ!花奈、大丈夫か?起き上がれそうか?」
蓮琉くんがそっと私を支えて起き上がらせようとしてくれるんだけど。少しでも動かそうものなら、痺れた足に響いてかなり辛い。
「蓮琉くん、動かさないでっ……痛いっ……。」
蓮琉くんにしがみついて足の痺れに耐えていると、今度は蓮琉くんの喉がごくりと鳴った。
「あ、ああ。動かさない。動かさないから。これならどう?痛くない?」
「ん。なんとか……んんっ。すみません。三田くんも、出来れば動かないで?じっとしておいて下さい。」
「あ、ごめん。いや、あのね?妹ちゃんの胸がね?いいところ擦ってね?うっ。」
「三田。離れろ。」
「だって妹ちゃん足痺れてんじゃん。動かないでって言ってたし。」
「てめえの汚いそれ、今すぐぶち切れ。」
「うるせえよ。くっ。妹ちゃんっ。ヤバイって。」
「くそっ。耐えろよ三田。花奈?大丈夫?動けそう?」
「う、うん。」
私はそっと足を動かさないように上半身を起こそうとした。

「お前ら、ちんたらやってんじゃねえよ。」
「……………~っ!」
そろそろと動いていた私の体は先生によって勢いよく抱き上げられていた。そのままソファに座らされて、私の前に膝をついた先生が私の足のつま先の指をぐいっとそらした。当然痺れた足はビリビリと痛みを訴える。その動作を何回かくりかえしていた先生は、私の顔を見ずに話しかけてきた。
「で?どうして俺が怪我したと思ったんだ?」

(ぎくっ。)
まさか前世やってたゲームのバッドエンディングで先生が抗争中に怪我をして無理して死んでしまうルートがあったんです。
(なんて言えないよね。)
口をつぐんで黙り込んでいる私に、先生も声を出さずに黙っている。やがて、先生の手がおもむろに私の足首をつかんだ。
「い……いたたたたっ!先生痛いですっ。」
「ここのツボはストレスに効くんだ。斎藤、お前ストレスたまってるんだろう。しっかり指圧してやるよ。まあ、かなり痛いけどな。」
(お、鬼だ。鬼がいる……っ!)
ニヤリと笑っている先生を涙目で見ながら、あまりの痛さに悶絶していると、扉をノックする音が部屋に響いた。
「失礼しま~す。やっぱりいた。もしもし?環さん?いたわよ2人とも。数学準備室に。……え?桜木先生に?ちょっと待って。すぐ変わるから。」
樹くんが携帯電話で会話しながら部屋に入ってきて、桜木先生に携帯電話を渡した。
「おう。なんだ……ああ?お前が許しを出したんだろう?…はあ?本人が許したら会いに行ってもいいと言うつもりだったのに、最後まで聞かずに走り去っていった?」
桜木先生は無言になって、蓮琉くんと三田くんを睨みつけた。
二人は急に立ち上がったかと思うと、わざとらしくよそを向いた。

「三田、ほら見ろよ。行事カレンダー。懐かしいな。卒業してからそんなにたってないのに随分前のことみたいだ。」
「あ、ほんとだ。学校の行事カレンダーじゃん。お~、桜ちゃん忙しそうだね~。ん?」
三田くんはそのままカレンダーに目を止めた。
そして、少し考え込むように動きを止めた。
蓮琉くんも三田くんの動きに気がついて訝しげな顔をした。
「三田?」
「一条。俺今日撮影なんだよね。事務所まで送ってよ。」
「はあ?なんで俺が?」
「妹ちゃんももう下校する?一緒に帰ろうよ。どうせ今日は部活休みでしょ?」
「確かに今日は部活は休みですけど……。」
「じゃあ決まり~。一条、駐車場まで車取りに行ってきて学校まで迎えに来てよ。妹ちゃんもその間に帰る支度してさ。コンビニで待ち合わせしよ?」
「なんでお前が仕切ってるんだ三田?」
「だって、俺タマちゃんに怒られたくねえし。妹ちゃんにまず許してもらったって話あわせないと。」
蓮琉くんのイラついた口調に反応することもなく、淡々とした口調の三田くんに蓮琉くんはちらりと考えるような視線を送ると、ため息をついて歩き出した。
「それもそうだな。樹!お前も一緒に来い。話あわせるぞ。」
「ええ?花奈も一緒に行こ?あたし教室までついて行ってあげる。」
「いえ、結構です。」
「遠慮しなくていいのよ?」
「樹。さっさと来い!じゃあね、花奈また後で。」
ぶすっとした顔の樹くんが、蓮琉くんに首根っこをつかまれて連行されるのを見送った私の背中を、三田くんがやんわりと押した。
「妹ちゃん、俺もう少し時間ずらして行くから、先に準備してきなよ。」
「はい。ではまた後で。」

にこりと笑って手を振る三田くんと桜木先生に礼をして、私は帰り支度をするために、教室に向かうことにした。

*****

「ポン太も頭を使うようになったんだな。」
桜ちゃんが煙草を手に取った。
俺は、積もり積もった灰皿の吸殻をぼんやりと見ながら、行事カレンダーを指でたたいた。
「修学旅行、西京地域に行くんだ。」
「そうだな。」
「桜ちゃんも行くの?」
「担当だからな。行かないとまずいだろうよ。」
「ふうん。」
何気なく聞いたつもりだけど。
桜ちゃんはオレが一条達を先に帰らせた理由に勘づいていると思う。

修学旅行で行く西京地域って寺と仏像だらけで遊ぶところがあんまりないんだよね。まあ、夜は楽しかったけど。
妹ちゃんは好きそうだな。歴史とか好きそうだもんな。

三田のクソジジイのとこにあがってた報告書が正しければ、そこって桜ちゃんの地元なんだよね。あんまり良い思い出はなさそうな文面だったけど。人間そうすぐに忘れられるもんじゃねえよなあ。
平気な顔してるけど大丈夫なのかな。

「桜ちゃんは平気なわけ?」
「何がだ?」
聴き方間違えたかな。
俺が聞きたいことわかってるはずなのに、桜ちゃんは俺に話す気はないんだ。まあ、俺もまだ頼りないガキだしなあ。

桜ちゃんは煙草の煙を吐き出すと、俺の頭をぽん、とたたいた。
「ポン太のクセに気を使ってんじゃねえよ。そろそろ一条が来るんじゃねえの?」
「あ~。かもね。」
「そういえばお前ら、よく斎藤が許してくれたな。」
「ふふふ。俺と一条とで朝からタマちゃん家の前で座り込んだからね。まあ、愛と反省が伝わったって感じ?あ、ちゃんと妹ちゃんが学校行ってから座り込んだから。成長したよね俺。」
「反省も欠片もねえだろ。ほんとに迷惑な奴らだな。斎藤に同情するよ。」
「へへへ。タマちゃん大好き。」
「そうかよ。わかったからさっさと帰れ。デカイ図体で居座られたら邪魔なんだよ。」

桜ちゃんの言葉が終わる前に俺の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
一条だ。

まあこれ以上ここにいても桜ちゃんが話してくれるわけでもなさそうだし。
修学旅行かあ。妹ちゃんも参加するよなあ。
俺はこれからの予定を素早く頭の中で検索して、にんまりと笑った。

「じゃあ帰るね~。」

黙って手を振る桜ちゃんに声をかけて部屋を出ると、新鮮な空気が俺の肺を満たした。
やっぱあの部屋煙すぎだろ。





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