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第1話:絶対零度の城と、紡ぎ車の呪い
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大陸の北の果て、一年を通して冷たい霧に包まれた領地に、その城はあった。
黒い石で積まれた城壁には、無数の茨が絡みつき、外からの侵入者を拒むように鋭い棘を天に向けている。
城の最奥、豪奢な天蓋付きのベッドに横たわるのは、この城の主である若き女公爵・ロザリア。
艶やかな漆黒の髪、透き通るような雪の肌、そして完璧な造形を誇る顔立ち。彼女は「北の薔薇」と称されるほどの絶世の美女であったが、その美しさは、生きた人間のそれというよりは、精巧に作られた大理石の彫刻のようだった。
「……フン。どんな氷の令嬢かと思えば、ただの世間知らずの小娘ではないか」
ロザリアの寝室に、一人の男が立っていた。
隣国の有力な貴族であるヴェイン侯爵だ。彼は、ロザリアの莫大な財産と、その「決してなびかない」という噂に男の征服欲を刺激され、この城を訪れた数多の求婚者の一人だった。
「私のテクニックにかかれば、どんな貞淑な女も、一晩で雌犬のように泣いてすがるようになる。……さあ、その冷たい仮面を剥がしてやろう」
ヴェインは自信満々に笑い、ベッドに腰を下ろした。
ロザリアは逃げも隠れもしなかった。ただ、硝子玉のように感情のない暗緑色の瞳で、ヴェインの顔を虚ろに見つめ返しているだけだ。
「抵抗しないのは賢いな。だが、退屈でもある。……すぐに、声を上げさせてやるがな」
ヴェインの太い手が、ロザリアのドレスの胸元を乱暴に引き裂いた。
真珠のような乳房が、冷たい空気に晒される。
男は獣のように息を荒らげ、その柔らかな膨らみを鷲掴みにし、先端を舌でねっとりと舐め上げた。
チロリ、チロリと、男の濡れた舌が皮膚を這う。
普通の女であれば、羞恥と快感で身をよじり、肌を粟立たせるだろう。
しかし、ロザリアの体は、ピクリとも動かなかった。
(……気持ち悪いとも、痛いとも思わない)
ロザリアは、天井の装飾をぼんやりと眺めながら、自分の体に起きている現象を他人事のように分析していた。
男の唇の感触も、吐息の熱さも、彼女の神経には一切届いていない。正確には、皮膚の表面では「触れられている」という物理的な圧力を感知しているのだが、それが「快感」や「嫌悪」という感情のシグナルに変換される前に、心の奥底にある分厚い氷の壁で完全に遮断されてしまうのだ。
「どうした? 感じないのか?」
ヴェインは舌打ちをし、さらに乱暴にロザリアの体をまさぐり始めた。
純白の太腿を無理やりこじ開け、最も秘められた柔らかな場所へと指を突き入れる。
「っ……!」
ヴェインの顔が、僅かに引きつった。
乾いているのだ。
どれだけ彼が執拗に愛撫を繰り返し、卑猥な言葉を耳元で囁いても、ロザリアの秘所は砂漠のように乾ききり、固く閉ざされたままだった。
一滴の潤いもなく、熱も持たず、脈打ちもしない。
「この……不感症の石人形め……!」
ヴェインのプライドが音を立てて軋んだ。
男にとって、自分が抱いている女が全く濡れず、何の反応も示さないことは、己の男としての魅力と技術を全否定されるに等しい屈辱である。
彼は意地になり、自身の張り詰めた欲望を取り出すと、潤滑もないまま強引にロザリアの中へと侵入しようとした。
だが、拒絶を示すように固く収縮した彼女の肉体は、男の侵入を物理的に弾き返した。無理に押し込めば、彼女の体が裂ける前に、彼自身の欲望が折れてしまうだろう。
「……くそッ!」
ヴェインは、ついに自身の欲望が萎えていくのを感じた。
目の前には絶世の美女が裸で横たわっているというのに、彼女から発せられる「絶対零度の虚無」が、男の熱を完全に急速冷凍してしまったのだ。
彼は、まるで自分が人形を犯そうとしているような、底知れぬ気味の悪さと敗北感に襲われた。
「化け物め……。こんな氷の塊、誰が抱けるものか!」
ヴェインは衣服をかき集め、逃げるように寝室から飛び出していった。
これで何人目だろうか。
剣の腕に覚えのある騎士も、言葉巧みな色事師も、皆一様に、ロザリアの「無反応」という名の目に見えない茨に男の尊厳をズタズタに引き裂かれ、尻尾を巻いて逃げ出していくのだ。
バタン、と重い扉が閉まる音が響いた後、寝室には再び静寂が戻った。
ロザリアは、ゆっくりと身を起こし、引き裂かれたドレスの胸元を合わせた。
ため息一つこぼさない。
男に犯されかけたというのに、恐怖も、屈辱も、安堵すらなかった。
(これでいい……。誰も、私の心には触れられない)
ロザリアは、冷たいシーツを抱きしめ、目を閉じた。
彼女がこのような「不感症」――心の凍結状態に陥ったのには、明確な理由があった。
それは、彼女がまだ十五歳の春のこと。
彼女には、心から愛し、信じていた婚約者がいた。優しく、言葉巧みで、彼女に永遠の愛を誓った美しい青年。
ある日、彼は「愛の証が欲しい」と彼女を城の離れに連れ込んだ。
そして、彼女が不安に震えながらも彼を受け入れようとした瞬間、青年は豹変したのだ。
『ははっ、本当に世間知らずの馬鹿な女だ。お前のその体と領地が手に入るなら、愛の言葉などいくらでも吐いてやるさ』
青年は、ロザリアの拒絶を暴力でねじ伏せ、無理やり彼女の純潔を奪った。
肉を裂かれる激痛。信じていた者に裏切られた絶望。
彼女にとって、初めての性体験は、甘い愛の交わりなどではなく、心と体を八つ裂きにされる拷問だった。
その時の、青年の嘲笑。自身の血に染まったシーツ。
その凄惨な記憶が、「紡ぎ車の毒針」となってロザリアの魂の最深部に深く突き刺さった。
あまりの苦痛から自我を守るため、彼女の心は無意識のうちに「自己防衛」の防壁を展開した。
『もう、誰も信じない。……何も、感じたくない』
その日を境に、ロザリアの世界から一切の「温もり」が消え去った。
悲しみも、喜びも、そして肉体が感じる快楽も、すべてが分厚い氷の下に封じ込められた。
彼女は、生きながらにして眠りについたのだ。
百年でも、千年でも。この凍てついた城の奥深くで、二度と傷つかないために、「永遠の不感症」という名の眠りに。
「……寒い」
ロザリアは、誰もいない部屋でポツリと呟いた。
その「寒い」という感覚すら、今の彼女にとっては単なる物理現象の確認に過ぎない。
彼女は毛布を引き上げ、再び硝子細工のように美しい目を閉じた。
彼女の心を覆う茨は、誰にも切り裂くことはできない。
力ずくで踏み込もうとする者は、皆等しくその棘に刺され、自滅していくだけだ。
だが、ロザリアはまだ知らなかった。
剣(ちから)で茨を切り払うのではなく、春の陽光のように、長い時間をかけて氷を溶かし、茨を花に変える術を持った男が、この城へと向かっていることを。
黒い石で積まれた城壁には、無数の茨が絡みつき、外からの侵入者を拒むように鋭い棘を天に向けている。
城の最奥、豪奢な天蓋付きのベッドに横たわるのは、この城の主である若き女公爵・ロザリア。
艶やかな漆黒の髪、透き通るような雪の肌、そして完璧な造形を誇る顔立ち。彼女は「北の薔薇」と称されるほどの絶世の美女であったが、その美しさは、生きた人間のそれというよりは、精巧に作られた大理石の彫刻のようだった。
「……フン。どんな氷の令嬢かと思えば、ただの世間知らずの小娘ではないか」
ロザリアの寝室に、一人の男が立っていた。
隣国の有力な貴族であるヴェイン侯爵だ。彼は、ロザリアの莫大な財産と、その「決してなびかない」という噂に男の征服欲を刺激され、この城を訪れた数多の求婚者の一人だった。
「私のテクニックにかかれば、どんな貞淑な女も、一晩で雌犬のように泣いてすがるようになる。……さあ、その冷たい仮面を剥がしてやろう」
ヴェインは自信満々に笑い、ベッドに腰を下ろした。
ロザリアは逃げも隠れもしなかった。ただ、硝子玉のように感情のない暗緑色の瞳で、ヴェインの顔を虚ろに見つめ返しているだけだ。
「抵抗しないのは賢いな。だが、退屈でもある。……すぐに、声を上げさせてやるがな」
ヴェインの太い手が、ロザリアのドレスの胸元を乱暴に引き裂いた。
真珠のような乳房が、冷たい空気に晒される。
男は獣のように息を荒らげ、その柔らかな膨らみを鷲掴みにし、先端を舌でねっとりと舐め上げた。
チロリ、チロリと、男の濡れた舌が皮膚を這う。
普通の女であれば、羞恥と快感で身をよじり、肌を粟立たせるだろう。
しかし、ロザリアの体は、ピクリとも動かなかった。
(……気持ち悪いとも、痛いとも思わない)
ロザリアは、天井の装飾をぼんやりと眺めながら、自分の体に起きている現象を他人事のように分析していた。
男の唇の感触も、吐息の熱さも、彼女の神経には一切届いていない。正確には、皮膚の表面では「触れられている」という物理的な圧力を感知しているのだが、それが「快感」や「嫌悪」という感情のシグナルに変換される前に、心の奥底にある分厚い氷の壁で完全に遮断されてしまうのだ。
「どうした? 感じないのか?」
ヴェインは舌打ちをし、さらに乱暴にロザリアの体をまさぐり始めた。
純白の太腿を無理やりこじ開け、最も秘められた柔らかな場所へと指を突き入れる。
「っ……!」
ヴェインの顔が、僅かに引きつった。
乾いているのだ。
どれだけ彼が執拗に愛撫を繰り返し、卑猥な言葉を耳元で囁いても、ロザリアの秘所は砂漠のように乾ききり、固く閉ざされたままだった。
一滴の潤いもなく、熱も持たず、脈打ちもしない。
「この……不感症の石人形め……!」
ヴェインのプライドが音を立てて軋んだ。
男にとって、自分が抱いている女が全く濡れず、何の反応も示さないことは、己の男としての魅力と技術を全否定されるに等しい屈辱である。
彼は意地になり、自身の張り詰めた欲望を取り出すと、潤滑もないまま強引にロザリアの中へと侵入しようとした。
だが、拒絶を示すように固く収縮した彼女の肉体は、男の侵入を物理的に弾き返した。無理に押し込めば、彼女の体が裂ける前に、彼自身の欲望が折れてしまうだろう。
「……くそッ!」
ヴェインは、ついに自身の欲望が萎えていくのを感じた。
目の前には絶世の美女が裸で横たわっているというのに、彼女から発せられる「絶対零度の虚無」が、男の熱を完全に急速冷凍してしまったのだ。
彼は、まるで自分が人形を犯そうとしているような、底知れぬ気味の悪さと敗北感に襲われた。
「化け物め……。こんな氷の塊、誰が抱けるものか!」
ヴェインは衣服をかき集め、逃げるように寝室から飛び出していった。
これで何人目だろうか。
剣の腕に覚えのある騎士も、言葉巧みな色事師も、皆一様に、ロザリアの「無反応」という名の目に見えない茨に男の尊厳をズタズタに引き裂かれ、尻尾を巻いて逃げ出していくのだ。
バタン、と重い扉が閉まる音が響いた後、寝室には再び静寂が戻った。
ロザリアは、ゆっくりと身を起こし、引き裂かれたドレスの胸元を合わせた。
ため息一つこぼさない。
男に犯されかけたというのに、恐怖も、屈辱も、安堵すらなかった。
(これでいい……。誰も、私の心には触れられない)
ロザリアは、冷たいシーツを抱きしめ、目を閉じた。
彼女がこのような「不感症」――心の凍結状態に陥ったのには、明確な理由があった。
それは、彼女がまだ十五歳の春のこと。
彼女には、心から愛し、信じていた婚約者がいた。優しく、言葉巧みで、彼女に永遠の愛を誓った美しい青年。
ある日、彼は「愛の証が欲しい」と彼女を城の離れに連れ込んだ。
そして、彼女が不安に震えながらも彼を受け入れようとした瞬間、青年は豹変したのだ。
『ははっ、本当に世間知らずの馬鹿な女だ。お前のその体と領地が手に入るなら、愛の言葉などいくらでも吐いてやるさ』
青年は、ロザリアの拒絶を暴力でねじ伏せ、無理やり彼女の純潔を奪った。
肉を裂かれる激痛。信じていた者に裏切られた絶望。
彼女にとって、初めての性体験は、甘い愛の交わりなどではなく、心と体を八つ裂きにされる拷問だった。
その時の、青年の嘲笑。自身の血に染まったシーツ。
その凄惨な記憶が、「紡ぎ車の毒針」となってロザリアの魂の最深部に深く突き刺さった。
あまりの苦痛から自我を守るため、彼女の心は無意識のうちに「自己防衛」の防壁を展開した。
『もう、誰も信じない。……何も、感じたくない』
その日を境に、ロザリアの世界から一切の「温もり」が消え去った。
悲しみも、喜びも、そして肉体が感じる快楽も、すべてが分厚い氷の下に封じ込められた。
彼女は、生きながらにして眠りについたのだ。
百年でも、千年でも。この凍てついた城の奥深くで、二度と傷つかないために、「永遠の不感症」という名の眠りに。
「……寒い」
ロザリアは、誰もいない部屋でポツリと呟いた。
その「寒い」という感覚すら、今の彼女にとっては単なる物理現象の確認に過ぎない。
彼女は毛布を引き上げ、再び硝子細工のように美しい目を閉じた。
彼女の心を覆う茨は、誰にも切り裂くことはできない。
力ずくで踏み込もうとする者は、皆等しくその棘に刺され、自滅していくだけだ。
だが、ロザリアはまだ知らなかった。
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