【R18】茨の城と凍れる薔薇 ~新・眠れる森の美女の官能譚~

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第1話:絶対零度の城と、紡ぎ車の呪い

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 大陸の北の果て、一年を通して冷たい霧に包まれた領地に、その城はあった。

 黒い石で積まれた城壁には、無数のいばらが絡みつき、外からの侵入者を拒むように鋭いとげを天に向けている。

 城の最奥、豪奢ごうしゃ天蓋てんがい付きのベッドに横たわるのは、この城の主である若き女公爵・ロザリア。

 艶やかな漆黒の髪、透き通るような雪の肌、そして完璧な造形を誇る顔立ち。彼女は「北の薔薇」と称されるほどの絶世の美女であったが、その美しさは、生きた人間のそれというよりは、精巧に作られた大理石の彫刻のようだった。

「……フン。どんな氷の令嬢かと思えば、ただの世間知らずの小娘ではないか」

 ロザリアの寝室に、一人の男が立っていた。

 隣国の有力な貴族であるヴェイン侯爵だ。彼は、ロザリアの莫大な財産と、その「決してなびかない」という噂に男の征服欲を刺激され、この城を訪れた数多あまたの求婚者の一人だった。

「私のテクニックにかかれば、どんな貞淑な女も、一晩で雌犬のように泣いてすがるようになる。……さあ、その冷たい仮面を剥がしてやろう」

 ヴェインは自信満々に笑い、ベッドに腰を下ろした。

 ロザリアは逃げも隠れもしなかった。ただ、硝子ガラス玉のように感情のない暗緑色の瞳で、ヴェインの顔を虚ろに見つめ返しているだけだ。

「抵抗しないのは賢いな。だが、退屈でもある。……すぐに、声を上げさせてやるがな」

 ヴェインの太い手が、ロザリアのドレスの胸元を乱暴に引き裂いた。

 真珠のような乳房が、冷たい空気にさらされる。

 男は獣のように息を荒らげ、その柔らかな膨らみを鷲掴わしづかみにし、先端を舌でねっとりと舐め上げた。

 チロリ、チロリと、男の濡れた舌が皮膚を這う。

 普通の女であれば、羞恥と快感で身をよじり、肌を粟立たせるだろう。

 しかし、ロザリアの体は、ピクリとも動かなかった。

(……気持ち悪いとも、痛いとも思わない)

 ロザリアは、天井の装飾をぼんやりと眺めながら、自分の体に起きている現象を他人事のように分析していた。

 男の唇の感触も、吐息の熱さも、彼女の神経には一切届いていない。正確には、皮膚の表面では「触れられている」という物理的な圧力を感知しているのだが、それが「快感」や「嫌悪」という感情のシグナルに変換される前に、心の奥底にある分厚い氷の壁で完全に遮断されてしまうのだ。

「どうした? 感じないのか?」

 ヴェインは舌打ちをし、さらに乱暴にロザリアの体をまさぐり始めた。

 純白の太腿ふとももを無理やりこじ開け、最も秘められた柔らかな場所へと指を突き入れる。

「っ……!」

 ヴェインの顔が、僅かに引きつった。

 乾いているのだ。

 どれだけ彼が執拗しつように愛撫を繰り返し、卑猥ひわいな言葉を耳元で囁いても、ロザリアの秘所は砂漠のように乾ききり、固く閉ざされたままだった。

 一滴の潤いもなく、熱も持たず、脈打ちもしない。

「この……不感症の石人形め……!」

 ヴェインのプライドが音を立ててきしんだ。

 男にとって、自分が抱いている女が全く濡れず、何の反応も示さないことは、己の男としての魅力と技術を全否定されるに等しい屈辱である。

 彼は意地になり、自身の張り詰めた欲望を取り出すと、潤滑もないまま強引にロザリアの中へと侵入しようとした。

 だが、拒絶を示すように固く収縮した彼女の肉体は、男の侵入を物理的に弾き返した。無理に押し込めば、彼女の体が裂ける前に、彼自身の欲望が折れてしまうだろう。

「……くそッ!」

 ヴェインは、ついに自身の欲望がえていくのを感じた。

 目の前には絶世の美女が裸で横たわっているというのに、彼女から発せられる「絶対零度の虚無」が、男の熱を完全に急速冷凍してしまったのだ。

 彼は、まるで自分が人形を犯そうとしているような、底知れぬ気味の悪さと敗北感に襲われた。

「化け物め……。こんな氷の塊、誰が抱けるものか!」

 ヴェインは衣服をかき集め、逃げるように寝室から飛び出していった。

 これで何人目だろうか。

 剣の腕に覚えのある騎士も、言葉巧みな色事師も、皆一様に、ロザリアの「無反応」という名の目に見えないいばらに男の尊厳をズタズタに引き裂かれ、尻尾を巻いて逃げ出していくのだ。

 バタン、と重い扉が閉まる音が響いた後、寝室には再び静寂が戻った。

 ロザリアは、ゆっくりと身を起こし、引き裂かれたドレスの胸元を合わせた。

 ため息一つこぼさない。

 男に犯されかけたというのに、恐怖も、屈辱も、安堵すらなかった。

(これでいい……。誰も、私の心には触れられない)

 ロザリアは、冷たいシーツを抱きしめ、目を閉じた。

 彼女がこのような「不感症」――心の凍結状態に陥ったのには、明確な理由があった。

 それは、彼女がまだ十五歳の春のこと。

 彼女には、心から愛し、信じていた婚約者がいた。優しく、言葉巧みで、彼女に永遠の愛を誓った美しい青年。

 ある日、彼は「愛の証が欲しい」と彼女を城の離れに連れ込んだ。

 そして、彼女が不安に震えながらも彼を受け入れようとした瞬間、青年は豹変したのだ。

『ははっ、本当に世間知らずの馬鹿な女だ。お前のその体と領地が手に入るなら、愛の言葉などいくらでも吐いてやるさ』

 青年は、ロザリアの拒絶を暴力でねじ伏せ、無理やり彼女の純潔を奪った。

 肉を裂かれる激痛。信じていた者に裏切られた絶望。

 彼女にとって、初めての性体験は、甘い愛の交わりなどではなく、心と体を八つ裂きにされる拷問だった。

 その時の、青年の嘲笑。自身の血に染まったシーツ。

 その凄惨せいさんな記憶が、「紡ぎ車の毒針」となってロザリアの魂の最深部に深く突き刺さった。

 あまりの苦痛から自我を守るため、彼女の心は無意識のうちに「自己防衛」の防壁を展開した。

『もう、誰も信じない。……何も、感じたくない』

 その日を境に、ロザリアの世界から一切の「温もり」が消え去った。

 悲しみも、喜びも、そして肉体が感じる快楽も、すべてが分厚い氷の下に封じ込められた。

 彼女は、生きながらにして眠りについたのだ。

 百年でも、千年でも。この凍てついた城の奥深くで、二度と傷つかないために、「永遠の不感症」という名の眠りに。

「……寒い」

 ロザリアは、誰もいない部屋でポツリと呟いた。

 その「寒い」という感覚すら、今の彼女にとっては単なる物理現象の確認に過ぎない。

 彼女は毛布を引き上げ、再び硝子ガラス細工のように美しい目を閉じた。

 彼女の心を覆ういばらは、誰にも切り裂くことはできない。

 力ずくで踏み込もうとする者は、皆等しくその棘に刺され、自滅していくだけだ。

 だが、ロザリアはまだ知らなかった。

 剣(ちから)でいばらを切り払うのではなく、春の陽光のように、長い時間をかけて氷を溶かし、いばらを花に変える術を持った男が、この城へと向かっていることを。
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