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波止場にて
しおりを挟む潮風に混じる煙草の匂いの中、警察官の片山 圭は走っていた。
汗が額を一滴、伝っていた。
明治15年。初夏の佐世保の町。
潮風と石炭の香りが入り混じる。
波止場で酔っ払い達が暴れていると通報を受けたのだ。
なんでも、刃物を持ち出して暴れているらしい。
このままだと死人も出かねない。
サーベルを抜いて、戦いに備える。
腕っぷしなら誰にも負けない自信があった。
なにしろ実践経験が他の連中とは違う…。
暗闇から怒鳴り声が聞こえる。
(この辺りだな。)
声のする方へ向かう。
灯台の灯りに5人ほどが対面して怒鳴りあって刃物を振り回しているのが見えた。
「おい!やめんか!!」
腹からの声で連中を威嚇する。
暗闇の中でギラギラ光る剣が目につく。
「マッポや!」
あわてた叫び声が波止場にこだまする。
誰かのその一声に反応して、連中が散り散りに逃げ出した。
しかし、1人残っていた者がいた。
頭を抱えて、うずくまっている。
「おい、|おまんさぁ、大丈夫か?」
うずくまる姿は、短いが髪がサラリと美しくて体の線も細いから男か女か分からなかった。
「おい、切られでもしたか?」
うずくまる肩に手を伸ばし、触れる…。
その瞬間、振り向いた顔と目が合った。
「私は大丈夫です。構わないでください。」
目が合った瞬間、動けなくなった。息が詰まった。
いつもなら反抗的な態度に激怒するところだが、怒りすら忘れる程美しく顔だった、、
かつて共に戦場を生きた青年の顔を思い出した。
あの青年の名前も知らないが、容姿があまりにも美しく朗らかな笑顔が印象できで、今でもあの笑顔が夢に出てくる程だ。青年は、死に顔ですら美しかった。走馬灯のように、あの時の青年の笑顔と死に顔を思い出した。
助けようとしたけれど、ダメだった。
敵方の弾が青年の体を幾つも貫いていた。生きてるのか死んでるのか分からないくらいぐちゃぐちゃの彼の身体に、最後は大砲の火が纏わり付いた。
「マッポさんには悪いですけど、その手。どかして頂けますか?」
先の戦で目の前で死んだはずのあの青年が目の前に現れたのかと思ったが、口調があまりにも違いすぎた。それに、よく見たら記憶の中の顔と違う。
ハッと我に帰る。
「あ、ああ。すいもはん。」
肩に乗せていた左手を離して、右手のサーベルを仕舞う。
目の前の青年が立ち上がった。
うずくまっていた時はわからなかったが、立ち上がると180センチ以上身長が有る大柄な圭とさほど身長は変わらなかった。
「その言葉。薩摩方ですか?これだから、マッポさんは野蛮で困ります。」
やれやれ、と言う感じで青年が言葉を放つ。
「いや、すまなかった。」
「私は、少し喧嘩に巻き込まれただけです。それより、逃げ出した連中は異国から来た盗賊ですよ。早く追いかけては?」
かなり身なりの良い青年だ。
「いや、追いかけても追いかけても大した罪にはならんから、捕まえる意味がない。」
この辺りは、金持ちが多いからそれを狙う国内外から来た盗賊も多いのだ。
正直、いくら捕まえてもまた新たな盗賊がやってくる。イタチごっこにしかならない。
「はぁ、マッポさん。図体が大きいだけで使えないですね。」
「そんなことより、君。名前は?家まで送るぞ。」
「私は、山神家の人間です。さ、家まで送ってくださいな。」
山神家。ここらじゃ有名な成金だ。
通りで身なりが良くて性格が悪いわけだ。
これほどまでに容姿が整っているのに。
神が容姿と性格の良さの二物を与えた、あの青年はもうこの世にいない。
あの時の青年の死に顔を思い出して、少し吐き気がしてきた。
「山神家の屋敷はすぐそこじゃないか。歩いて帰りたまえ。」
平静を装った圭は、山神家の人間を名乗る青年を置き去りにして現場を去った。
佐世保の港は、圭が生まれ育った薩摩穏やかな港とは似ても似つかなかった。
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