灯影、そして君の面影

本野汐梨 Honno Siori

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雨の道端にて

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 初夏の佐世保。その日は冷たい雨が激しく地面を叩いた。

 山神 蒼やまがみ あおいは、傘をさし、佐世保の街中を歩いていた。
 父の貿易商の仕事を手伝った後、帰路についていた。
 街は人が消えたかの様に誰もいない。激しい雨の音だけが響く。石畳に雨水が溜まり始めていた。


「こんなことならば、もっと早く仕事を切り上げればよかった。」

 父の会社の跡取りは自分だ。
 既に会社内ではそれなりの役職に就いていた。
 だが、まだ若い蒼にはその自覚が無く、仕事へのやる気も情熱も皆無だった。

 こんな雨の日に限って、荷物と重たい。
 意地を張って、部下と別々に帰路についたことを後悔した。せめて、荷物持ちをつければ良かった。
 さっきまで気を張るような仕事をしていたから疲労も溜まっている。

 後悔すれども、後の祭りだ。

 会社の人間は皆私のこと嫌っているし、私も会社の人間を嫌っている。
 だから、極力会社の人間と行動しない事に決めていた。
 そもそも、蒼は人間が嫌いで信用していない。裕福な家の人間である蒼は、命も財産も狙われているからだ。


 上質な革靴も背広も濡れて重みを増して、蒼の足取りを更に重くしていた。

 下ばかり向いて歩いていると、遠くから誰かこちらに向かってきている。

(あの時のマッポさんだ…。)

 それは、波止場で盗賊に襲われた時に助けてくれた警察官だった。

 あの時は盗賊同士が鉢合わせて、蒼の取り合いを始めるものだやから、かなり焦った。怒りと恐怖で眩暈がして、蒼はその場にしゃがみ込んでいたのだった。

 あれから1ヶ月。

 蒼自身も、それなりに体つきは大きく背も高い方である。だが、あの警察官はそれ以上に背が高く、まさに屈強な薩摩隼人と言う雰囲気が漂っていた。何より、屈強な体を包む制服が余りにも魅力的で、さながら武士の様な気品すら感じた。

 今も屈強な体を包む制服を雨に濡らしながら、辺りを警戒して歩いている。


 こちらの姿には気づいている様子だが、まだ誰かは分かっていないらしい。

 どんどん警察官が近づいている。
 なぜか体に痺れが走った。彼が怖いわけじゃない。でも畏怖の念は有る。彼は、蒼を守った西洋の騎士ナイトの様な存在なのだ。



 雨音に紛れて軽く挨拶を交わす。
 私より若くね体付きも大きく、身なりの良い人間はそういない。
 それなのに、仕事に夢中でこちらに気づいていない。

 こんな大雨の中、犯罪を犯す人間なんていないだろうに。

「雨の滴る良い男ですね、マッポさん。」

 こんな日にも、職務にまっすぐで真面目に働く彼が憎い。

「君は…。」

「お久しぶりですね。」

「山神家のお方が、こんな雨の中1人で出歩いていたら、また狙われます。」

 まるで子供を心配する様な口調に笑ってしまった。でも、なぜか嬉しい。

 この佐世保の初夏の日は、2人の1度目の再会だった。
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