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戦争の影
しおりを挟む蒼が怪我をした事件の後日。
元々浅い傷だったので、傷はすぐに塞がっていた。
蒼が人がガヤガヤしている商店街の石畳を歩いていると、偶然事件の夜に現場に加勢に駆けつけていた警察官の1人に蒼は鉢合わせた。
顔見知り程度で名前は知らないが、圭よりも階級が上でそれなりに年配だと思われる。圭に負けないほど恰幅が良い男で圭と同じく薩摩訛りで話しかけてくる。違うのは圭には無い人懐っこい笑顔をいつもみんなに向けているところだ。やぁ、という感じです警察官が手を挙げてこちらに挨拶する。
「山神殿、手の調子はいかがでしょう?」
「もう、すっかり塞がっております。お宅の片山さんって方はえらく心配してましたがね。」
2人は「あの心配の仕方は滑稽だった」と言ってケラケラ笑った。
「山神殿、そう笑わないであげてください。あやつは先の内戦で多くの大切な仲間を失ったのです。」
蒼は「なんとなく存じております。」とだけ答えた。
「特に、目をかけていた若い子が流れ弾にやられて火で焼かれた日がありましてね。あの日から奴は目が濁ってしまったのです。」
「そこまで詳しくは知りませんでした。そうだったのですね。」
ふむふむ、と頷いてみせた。
「その子がたまに夢に出てくるんだ、とか訳分からん様な事もたまに申すのです。」
圭の知らない過去を覗き見てしまった気がする。知りたいけど知ってしまう罪悪感もある。
もしかしたら、火事の日に圭がうなされていたのは戦中の夢、その中でも、夢に出てくる死んだ者の夢を見ていたのかもしれない。
「図体はでかいですが、案外繊細な男なのですよ…。それに比べて、蒼殿は爽やかなお顔立ちなのに芯は男でございますな。御若いのに賊にも動揺せず、しっかりしてますな。しかも剣もお上手だ。あの日は、本当に素晴らしい剣捌きでしたな。」
大袈裟に褒められて満更でも無い気分だ。
「いえいえ、私などまだまだでございます。」
一応の謙遜。武士上がりの警察官に褒められてニヤつきそうな顔に力を入れてニッコリ微笑んで見せる。
圭が今までどんな人生を歩んできたのか、蒼は全く知らない。
薩摩で生まれ育ち、西南の役に出征した事は察していたものの、より深く知りたくなった。特に、圭の夢に出てくる青年について知りたい。
「片山さんって方の夢に出てくる青年はどんな方だったのですか?」
尋ねる事に罪悪感もあった。
他人の過去を覗き見る罪悪感だ。
でも、好きな人の過去を覗かずにはいられない。
「私もさほど詳しくないのですよ。でも、見たことくらいは有ります。端正な顔立ちで、女みたいな子でね。片山の所属する隊の一員で。まだとても若くて殆ど子供でしたよ。でも腕は良くてね。片山は気にかけてましたね。まるで弟みたいに可愛がってました。あー。最後は熊本の激戦地で死にましたね。死んだ瞬間はよく知ってまして。片山の隊と私の対が合流してたんでね。死ぬ時も、流れ弾に幾つも当たったのにしばらく生きてまして、それはそれは苦しんでいてかわいそうでした。片山は必死に抱き起こして逃げようとしてたんです。でも、敵軍が放った火が回ってきてたんで泣く泣く置いてきたんです。」
そんな残酷な話があったのか。
蒼は「そうだったのですね」としか答えられなかった。
暗い圭の過去に足を踏み入れてしまった。
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