灯影、そして君の面影

本野汐梨 Honno Siori

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 今日の夜は胸がざわつく。

 夜の港は静かだった。昼間の喧騒が嘘みたいに、波の音と、船の帆が軋む音のみが響いていた。

 今日の非番だった圭だが、夕方から任務が続き帰宅できずにいた。帰宅しようとした途端に、港で喧嘩があるとの通報を受けた。仕事一辺倒で、戦場上がりの普段の圭には喧嘩の通報程度は全く構わないのだが、今日は何か違った。端的に言うと、"嫌な予感がする"のだ。

 今夜は雲が濃く、月明かりが殆ど無い。闇の中で目がほとんど見えない。その代わりに、ねずみの足音すら逃さぬほどに神経を研ぎ澄ませる。


 闇の中で若干人数の声が聞こえる。間違いない。怒鳴り合いの声である。
 圭は、鍛えられた耳で方向を正確に捉えると港に立ち並ぶ倉庫の群の合間を縫って突き進んだ。足取りに迷いなどない。

 一つの大きな倉庫から漏れる灯りの下で、取っ組み合いの喧嘩をしている連中がいた。ある者は素手で、ある者は刃物、ある者は木刀を振り回しているのが見て取れた。

 そしてその中に蒼の姿…。

 すぐに脇からサーベルを抜き取って切り込む。

 その様子に蒼はびくともしない。
 むしろ圭の加勢をするかのように木刀を振り回す。

「よくも僕に手を出してくれたよね?」

 いつもとは全く異なる雰囲気の蒼。木刀を振り回す姿は逞しいにも関わらず天女の舞にも見える。

 圭も、賊より遥かに上手で斬り込む度に相手が倒れていく。

 ずっずっ、と微かに物音がする。
 音がする方に目をやると、同じ署の人間だった。加勢が来たようだ。
 キーン、キーン、刃と刃がぶつかり合う音がこだまする。

 一瞬で賊は制圧された。

 圭はすぐに蒼の元に駆け寄った。
 蒼は右手から血を流している。

「このくらい平気だよ。」

 こちらを見てキザに笑う。

「大丈夫なわけがないだろう。少しの傷が命を脅かす事もある。」

 圭は、蒼の血を見て青ざめていた。
 戦場では少しの傷でも命取りだ。
 命は助かっても、2度と右手で物を握れなくなるかもしれない。

「あとは頼む。」

 その一言だけ言い残し、止血だけして、蒼を担いで医者へと急ぐ。

 蒼は、「降ろして!本当に大丈夫なんだってばー!」と暴れる。蒼に反して、圭は蒼に怪我を負わせてしまったことを悔やんで全身の血液が凍る様な思いだった。

 1番近い町医者の戸を叩く。すぐに見てくれ、と圧を掛けた。

「片山さん、心配のしすぎです。消毒したから破傷風にはならないし、手だって動いてます。大丈夫です。」

 町医者の一言で少し安心した圭は、少しばかり落ち着きを取り戻した。


「ほらね、心配しすぎだって!」

 蒼は笑う。

 でも圭は笑えないでいた。


 その夜、蒼を初めて圭の住む寄宿舎に泊めた。連勤続きで体力の限界に近かったが、圭は寝ずに蒼の息が途切れないから見張っていた。圭の心配をよそに、蒼は圭の温もりを感じながらスヤスヤ眠った。







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