その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野ホウ

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灼熱のお盆の日程とその後

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 三島家にお邪魔する時は、毎回ゆっくりできるとは限らない。
 毎年、灼熱地獄の三日間がやってくる。
 三日間限定で、約三百件の檀家を回って歩かなきゃならない。
 厳密に言うと、丸二日と三日目の午前まで。
 が、普通、夜は寝る時間。
 だから一日二十四時間訪問するわけにはいかない。
 となれば、最長でも一日十三時間くらいいけるか。
 まとめると、二十六時間と三日目の五時間ほど。
 一時間につき十軒。
 一軒につき、移動時間も合わせて六分。
 家の中に上がってお勤めして、次の家に到着するまでの時間、ということだ。
 移動手段は貸し切りのタクシーだが、脱水症状に気を付けながら立ったり座ったりを繰り返す。
 体力は一気に減っていく。
 そんな中、こんな問い合わせだ。

『もしもし、磯田君? 陽子だよ。お盆も美香ちゃんちに行くの? 時間教えてくれたら、それに合わせてお邪魔しようかなって思ってるんだけど』

 何というふざけた連絡だ。
 分かるかよっ。

「行ってもいいかもしれんが、俺は全く相手にできないぞ?」
『どうして?』
「三島さんちは、俺にとっちゃ三百分の一だからな。あ、親父も棚経で回るから、俺の割り当ては多分二百かな? 他の百九十九軒と同じ扱いをしないと、とてもこなせない」
『新盆とか言うのなかったっけ? 一周忌迎えてない故人へのお盆の供養』
「ただその人の戒名を唱えて供養するだけだよ。時間にしてそんなに差はない」
『でもただの二百分の一じゃないでしょ? 元同級生なんだから、少しくらい時間を』

 俺の神経逆なでしてどうしたいんだこいつは。

「あのな、移動速度が一定とか、移動距離はすべて同じなわけねぇじゃん。順番は予定通りに行くかもしれんが、時間までは予定通りにいかねぇの」
『急に言葉遣い変わったわね。何荒っぽくなってんの?』

 荒っぽくもなる。

「お前の言ってるこたぁ、こっちは懸命に回ってんのに、『いつ来るんですか?』『ずっと待ってるのに』っつークレームと変わんねぇんだよ。そんなクレームに一々応対してみろよ。さらに時間食って遅くなって、俺の疲労が増しに増して、終わった後二日くらい動けなくなるっての! 大体必ずお邪魔するってのに、来るか来ねえか分からねぇなんて言わせねぇっての!」
『そっちの立場だとそうでしょうけど、時間帯によっては食事の準備で買い物に行かなきゃならないってとこもあるんじゃないの?』
「鍵がかかってりゃ次の家に行って、一通り終わったらまた訪問してるの。必ず周るし、留守番で玄関が開いてりゃ勝手にお邪魔して拝んで名刺置いて、来ましたよって分かるようにしてるっての。大体俺だって何時ごろその家に行くか分からねぇってのに、何時になりますか? だなんて聞いてくんじゃねぇよ!」
『じゃあ昼近い時間帯に来てください、ってお願いしてもいい?』
「その時間帯に来れなきゃどうする気だ? 僧侶失格で寺から追い出すか? おぉ?!」
『何でそんなに気が立ってるのよ。喧嘩腰になってきてるわよ?』
「こっちはいつでも本気で全力で檀家の希望通りに動いてるつもりなんだよ! それでも檀家の希望通りにいかねぇことなんざザラなんだよ! 他の檀家を待たせたくねぇのに、お勤めが終わった檀家は無理やり引き留めてお茶とかジュースとか出してくるんだよ!」
『有り難いことじゃない。そんな親切にしてくれる檀家がいるのに怒るなんて、おかしいんじゃない?』

 嫌味を言ってくる檀家もいるんだよ!
 お坊さんなら、檀家に不快な思いさせちゃだめなんじゃない? ってな。
 そんなことを言う檀家さんでのお勤めを終わって次に急ごうとしたら、せっかく冷たい物を用意してあげたのに一口も飲まないなんて、あとで水分を取らせてくれなかった、だなんて言いふらすつもりかしら? なんてことまで言いやがる。
 何で檀家になることを希望したのか分からない。
 もちろん池田の言う通り、親切心からの労わりの言葉ともてなしをしてくれる檀家もいる。だから無碍に断るわけにはいかない。
 けど、そうしている間にも、今か今かと俺のことを待っている檀家もいる。
「いつ来るんですか?」と問い合わせの連絡をせず、したくても堪えてくれてる檀家の事を思ったら、次へ次へと進んでいきたくなるのに、そんな嫌味を言われるのが辛い。

「とにかく、早く来てもらいたいって言う檀家が多いんだよ! 顔見知りだから、同級だからっつー理由は、待ってくれてる檀家には言い訳すらねぇんだよ! そもそも三島さんちに俺と同級の子がいるっつーことは、美香さんが亡くなって初めて知った。知ってからは仲良くする、なんてのは、ただ図々しいだけじゃねぇか!」
『今までは長い時間いてくれたらしいじゃない』

 何を勘違いしてるのやら、だ。

「七日日や月命日のお勤めを、お盆の棚経のお勤めと一緒にすんな! 大体もうその準備で忙しいんだから、ゆっくりしてほしけりゃお盆の時期が終わってからにしろ!」

 忙しい時期に、更に無理難題を言ってくる檀家もいる。
 その八つ当たりと言われても反論はできないが、似たようなことを言ってくる池田も池田だ。
 霊感があるだの死んだ人が見えるだの言ってても、寺が抱えるお盆の事情まで見渡せるはずもなし。
 とにかく、好き勝手なことを言うのは構わんが、その希望をこっちに押し付けんな!

 ※※※※※ ※※※※※

 そしてお盆。
 三島家にも、他の檀家と同様に、気を遣うこともなく玄関を開けて大声で「ごめんください」と中に呼びかける。
 返事を待たずに家の中にずかずかと入る。

(あ、昭司君。お疲れさ)
(うるせ。とっとと始めてとっとと終わる)
(え?)

 問答無用!

「すいませーん、お邪魔してまーす! 勝手に始めますねー!」

 家の中から「お疲れさまー。どうぞー」という声が聞こえてくるが、聞こえる前から既に蝋燭と線香に火をつけて読経を始める。
 同期の連中は来てないようだ。
 現在の時刻は朝の七時半。
 来る予定の奴らもいるだろうが、流石にこの時間帯は早すぎたか。
 が、知ったこっちゃない。
 そして俺もなりふり構ってらんない。
 でなきゃ、三日間で終わらせられるかどうか自信がない。
 ちなみに寺を出発して一時間経過している。

(あ、あのさ……)

 読経中。

(陽子、今日の九時ごろここに到着予定だって……)

 読経中。

(……お盆の時って、いつもそんな感じなの?)

 読経中。

(なんか、いつもと違って鬼気迫るっていうか……)

 おしまい。

「あ、来てたんですね。お早うございます。お盆のお勤め、新盆の供養も終わりました」
「いつもいつもありがとうございます。あ、こちらお布施で」
「はい、では失礼します」
(え? もう行っちゃうの?)
(お前は知らねぇだろうが、お盆はいつも駆け足なんだよ。勉強、バイト、部活、遊びで、お盆のお勤めの場にいたことはなかったから知らなかったろうがな)
(うん……知らなかっ)
(次回は来月の月命日だ。のんびりしてもらいたきゃその日まで待ってろ)

 そして外で待たせているタクシーに乗り込み、次の檀家に向かうのであった。

 ※※※※※ ※※※※※

(無愛想にお勤めしてさっさと帰っちゃってさぁ)
「で、あたしと美香ちゃんに何か言うことは?」
「お盆の三日で、体重三キロは減るぞ」

 お盆が終わった後の美香の月命日。
 お勤めが終わり、お茶もご馳走になり、ゆっくりした後の三島家の玄関先で三者面談。
 大体お盆の棚経なんてのは、家の中に入ったらすぐに出るくらいの短い時間のお勤めは当たり前だから。

「え? 三キロも減るの?」
(体重の話じゃないでしょ)
「ただし、午前七時から夜の七時までずっとカラオケボックスにいて、歌ってる間は座り、歌い終わったラ次の曲まで立つ。これを延々と繰り返せば同じ効果が得られるかと」

 外を移動することと、ずっとクーラーが効いていることを除けばほぼ同じはず。

(カラオケって……)
「それは無理かな」
「それはともかく、美香さんのお母さんは、別に普通だったろ? お盆のお勤めで不機嫌な顔してるのは、お盆のお勤めの時に同席したことのない人ばかりだよな? あんな風でもしないと全部の檀家回れんて」
「それはそうかもしれないけど」
「気に食わないなら寺から俺を追い出せば? もっとも代わりに来る奴だって、同じことするぞ? もしくは棚経中止にするとか」
「……じゃあそういうのが当たり前ってこと?」
「そうだっつったじゃねぇか」

 こっちは二十年以上毎年やってんだ。
 初めて体験した奴から文句言われる筋合いじゃねぇや。
 美香の母親から文句言われるなら、まだ納得できるがな。

「じゃ、それを受け容れるしかないわね」

 しょうがない、という表情を美香に向ける。
 美香はそれを見て肩を落とす。
 そんなジェスチャーするほどのことじゃないだろ。

「でも毎年やってたんだ」
「あぁ。臨時収入があるとは言え、お盆休みで帰省して遊び回ってる連中を目にするとな、何とももやもやするんだよな」
「周りが休みの分働いたその報酬をもらえてるならいいじゃない」

 かき入れ時、なんて言う人もいるが、早く来てくれという要請をかき入れてるとも言えるかもしれない。

「川遊びにして水難事故に遭った、なんてニュース見るとな、黙ってご先祖様方に供養する毎日を送ってりゃ、そんな事故に遭わずに済んだろうに、と毎年思ってる」
(あー……うん、それは思うわね)
「説得力ねぇな。思っててもどこかにお出かけしてたんだろ?」
(まぁ、うん)
「あたしは、こっちの仕事もあるから……休みはあってないようなものね」

 あーそーですかはいはい。

「っと、タクシー来たな。じゃ、また来月な」
(うん、気を付けてね)
「またね」

 池田の別れの挨拶は聞こえてないが、仕草で分かったんだろう。美香は見送るように手を振っていた。
 お盆の三日間、無事に全部回れるかどうかと、毎年盆前は苦悩する。
 だがお盆が終われば、またいつもの毎日、そしていつもの毎月の命日がくる。
 来月になれば……蝉の声も減ってくるなぁ……。
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