その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野ホウ

文字の大きさ
23 / 28

やっぱり付き合いの長い奴には負けるわ

しおりを挟む
 翌月の月命日も、これまでと変わらず執り行われた。
 検診を受けた結果、腫瘍が見つかったとか。

「初期で小さかったってこともあったし、内視鏡で取ってそれで終わり。先月の命日やらなかったらどうなってたか分からなかったのよね。みんなのおかげ」

 お勤めを始める前の挨拶で、美香の母親はそんな報告をしてくれた。
 それはなにより。
 菩提寺としても、一安心。
 つか、それって実の娘のおかげなんだよな。

(美香さん。親孝行どころか、お母さんの命を救った命の恩人になっちゃったよ?)
(ホント? すごくうれしい。けど……)

 口ではうれしいと言いつつも、表情はぱっとしない。

(まだ、元気が戻ってない気がする……)
(それは……しょうがないんじゃないか?)
(どうして?)

 美香は子供の頃に戻ってきつつある。
 ただ幽霊の姿が子供の体型になっているだけじゃなく、俺の名前を言えなくなったということはその頃の美香に戻ってきているわけだから、美香の周囲の状況を当時と今を比べなきゃ、今の美香の心境を理解することはできない。
 つまり、十年以上昔の頃と比べれば、そりゃあ人は年老いているし、建物は老朽化に向かって進んでいる。
 十年以上前の母親と今の母親を比べて、昔と比べて元気がないって言うのは、そりゃ酷というものだ。

(今五十代か? 昔は三十代……いや、二十代か。ひょっとしたら、年齢が倍になってるかもしれない。そんな若い頃の体力が、今もそのまま維持できるなんてあるわけがない。プロスポーツ選手見てみな? 五十代なんて、まず珍しい。ま、高望みするなってとこだな)
(そっかぁ……)

 つまんなそうな顔しても困る。
 だが、見慣れた顔よりもやや幼い美香の顔は何となく新鮮に感じる。
 が、今はまだお勤めの最中。
 まぁお経を間違ってお唱えしない限りは問題なし。

 ※※※※※ ※※※※※

(でも、やっぱり元気がないのは気になるの)
「年のせいなんだから、それはそれで受け止めなきゃ」
「そうね。早期発見なんてすごくラッキーなんじゃない? 先月の様子からしたら、自覚症状なかったっぽかったんだから、あんな風ににこやかな顔見るだけでもありがたいわよね」

 美香だけと会話をしてると、池田はその話を聞くことができない。
 声を出して返事することで、池田は何となく察してくれる。
 もちろん美香はその言葉を聞くことはできないが……。

「ん? どうしたの? 美香……」

 玄関先での見送りの場。
 例によって、俺たち二人に遅れて、壁からすり抜けて見送りに来た美香。
 今までとは違う行動をとった。

「ふむ、まぁ、いいんじゃない?」

 美香は池田の隣に来て、服の裾をつまんだ。
 もっとも池田には、服をつままれた感触、実感はない。
 言葉も相通じなくなってしまった。
 それでも、仲良しな事には変わらない。
 物理的な効果がなかったとしても、母親に肩もみをするのもその通り。
 会話のみが縁を近づける手段とは限らない、ということだ
 美香のその動きを見て、池田がその手を掴もうとした。
 もちろん幽霊相手に掴むことなんかできはしない。
 言葉を交わせない。けど美香は、池田が何をしようとしたか分かったらしい。
 その手を服から離し、差し伸べられた手を両手でつかむ。
 もちろん美香も、池田の手を掴めない。
 そして美香は池田に抱き着き、池田は美香を抱きしめた。
 この世とあの世。
 住む世界が分かたれても、思いは通じることもある。
 このことを、二人にはいつまでも覚えていてもらいたい、と、そっち方面には素人ではあるが、そんな風に思わずにいられない。
 タクシーの迎えが来るまで、俺も二人も、一度も声を出さなかった。
 そりゃ、そんなことをしながら涙を流し始めた二人に、水を差すことなんかできるわけがない。
 むしろ今までそんなスキンシップめいたことをしなかった方が不思議でならない。

 ※※※※※ ※※※※※

 俺には接触することはまったくなかったが、美香は無邪気そうに笑ったり泣いたり、接触したりすることが多くなった。
 そして、次第に小学生っぽくなってきた。
 マジで若返り……というか……小児化してる。
 そのスピードが次第に速くなってる感じがする。
 美香のことを気にしながらも、誰にも日常の時間は過ぎて行く。
 普段の仕事の中に、三島家の月命日と祥月命日を繰り返す中、美香の母親からその連絡は突然やってきた。

「え? 月命日のご供養を一旦中止?」
『ちょっと入院することになっちゃって。こないだの手術は成功したんだけど、その後でまた別のところに腫瘍が見つかったみたいで』
「となると、何か月も入院されるんですか?」
『今回も初期の段階らしいけど、その手術と、ついでに他のところ検査しようって先生が』
「すると、家には誰もいなくなるってことですよね」
『そうなんです。まぁすぐに退院すると思うんですけどね。それまでは毎月のをお休みしようと思いまして』
「それがいいと思います。いつまで……なんていう見通しは……」
『流石に今は分かりませんね。半年くらい休むと思いますが……あ、お盆の時はお兄ちゃんが帰ってくるので、それは例年通りお願いします』

 美香はその間一人きりになるんだろうか?
 入院する母親に付き添うんだろうか?
 聞きたいところだが、いつも仏壇にいるとは思わない母親に、いきなりそんなことを聞けるわけがない。
 会話しかできず、何の力にもなれない俺は、そこまで気に欠けなきゃならない立場だろうか、とも思う。
 いずれ、あいつには報せとかなきゃならんだろう。

「……あー、池田か? 実はかくかくしかじか」
『え? それで、おばさんは大丈夫なの?』
「深刻そうな感じじゃなかったから、前回同様自覚症状はないみたいだな。それはそれとして、美香のことも気になるんだけど、俺じゃどうしようもない」
『じゃああたしが直接おばさんに連絡してみるよ。もし行けるなら、おばさんには伝えず、お家の様子を見に行くだけでも、何もしないよりましだと思うし』

 会話はできない。
 それでも……いや、こないだ、言葉を交わすだけがすべてじゃないって知った。
 池田に任せよう。
 しかしこの世は諸行無常。
 自分も含め、いつ終わると知れぬ人の命。
 俺は常にそんなことも思っている。
 けど、現実を目の当たりにするのとは心の衝撃は全然違うことを思い知らされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...