この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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第一章 一件目、異世界龍退治

女神なな 今度は値切る

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 寺の坊さんの仕事っつったら、本職の勤行以外の時間は普段どんなことをしてると思う?

 人間いつ死ぬか分からないもんだ。
 そして何才で死ぬかも分からない。
 いつ死ぬか分からない。
 勿論それは俺にも当てはまるのだが、俺の仕事の場合、そのいつ誰が亡くなるか分からないお檀家さんのために、すぐに動けるようにいつも住まい、庫裏って言うんだが、その庫裏で、いつ来るか分からない檀家さんからの連絡待ちをしている。
 勿論寺や所属している僧侶、特に住職の考え方によって普段の時間の過ごし方は違う。
 公務員をしながら僧侶をしている人もいれば、どこかの寺に雇われている形で寺に所属している僧もいる。

 他の寺は分からんが、うちは贅沢さえしなければ専業僧侶で食っていける生活は送れている。

 ということで、留守番も重要な仕事なんだが、留守番をしている間何をしているかという話になるわけだ。
 ぶっちゃけると、趣味だな。
 だが、アウトドアはもちろんのこと、散歩だって寺から離れることになる。
 スマホは持ってはいるが、家電と連動させてない。
 だから自ずとインドア派になるわけだ。
 インドアでこの時代って言うと、まぁパソコンなどを使ってのネットで情報収集が中心になる。
 仕事に役に立つ話もあちこちに転がっているしな。

 ……が、今世間で流行りの話題の情報も仕入れる必要がある。
 話が合わないと困るからな。
 ……まぁなんだ。
 ネットとゲームで庫裏に引きこもりの生活というわけだ。
 友人も少ない。知り合いも仕事以外はほとんどいない。

 しかしそのゲームの知識が役に立つとは思わなかった。
 最近のジャパニーズホラーの映画やオカルト関係は苦手だが、妖怪やモンスターの造形は好きだった。
 それが高じた結果、ロープレのゲームにハマったというわけだ。
 だからゲームにハマる前から想像上の生物などの知識はあった。
 でも日本の神話にだって八岐大蛇とかいるしな。
 地球の古い時代には恐竜と呼ばれる巨大な爬虫類だっていたわけだし。

 それはともかく。
 ななが言っていた邪龍。
 人に災いをもたらす存在。それくらいのことは容易に想像できる。
 だからそれを退治してほしいって言う話なんだろう。

 で、その現場らしい場所をななは見つけた。
 俺には分からないほど小さく見える場所。
 歩いて行くにはかなり時間がかかるようで。

「え? 邪龍がいるとこに行くんですか? それはそちらにご遠慮していただきたいか、お断り申し上げます。上級の魔術師達が氷で固めてるんですよ。冷気が半端じゃありません。馬車の馬も動けなくなるほどにね」

「そばまで連れてってってお願いしてるわけじゃないから。行けるとこまで近づいてほしいのよ」

「隣の隣町が精一杯です。北風山脈の麓のラナミー村、その隣町のニャワー町にはもう誰も住んでいませんし、そのルイセイ町だって宿泊できる酒場と数える程度の品しかない店が二軒くらいしかありません」

 ななは俺の世界では神社に祀られている。だがこの世界では神殿で祀られているようだ。
 この世界の神殿に着いたななと俺は、神殿がある丘から徒歩で下りてきて、人や荷馬車などが行き交う大通りに辿り着いた。
 この世界には電気やガス、ガソリンなどはないようだ。
 信号機はない。街灯は火で明るくする仕組みのようで、電柱は一本もないし地下を通しているわけでもなさそうだ。

「ゲームじみてんな」

 そんな俺のボヤキは街中の喧騒でかき消された。
 その隣で一台の馬車を捕まえたなな。
 龍が見えた場所に向かいたいという要望は、御者にあっさりと断られていた。

「ルイセイ町で北風山脈に向かうための準備は無理ですよ。野宿出来る冒険者達以外が行くことは難しいでしょう」

「じゃあ身支度に困らない町や村のとこまででいいから、そこまで乗せてもらえないかしら?」

 馬車には途中まで乗せてもらえるとしてもだ。
 山脈とやらまで歩いて行くつもりかね?
 とすれば、確かにこの格好は軽装過ぎる。

 って、俺も随分環境に染まれるもんだ。
 だが情報収集が目的っつってたよな。
 ということはだ。
 ゲーム脳で考えるなら、武器や防具は必要ないってことだな。
 まぁ防寒具とか、普通の靴を履いてるが、廃村みたいな場所なら動きやすい靴に履き替えるとかしかないよな。
 現実的な思考をするなら、野宿するための道具一式を完璧に用意する必要がある。
 期間の長い保存食も大量に必要になるだろうな。

「そこを何とか!」

「いや、移動距離だけの問題じゃありませんからね。営業区域のこともあります。帰りは乗客なしで戻らなきゃなりませんから」

 何やら揉め事は別の焦点に変わったらしい。
 ななが両手を合わせて御者に頼み込んでいる。

「女神に手を合わすじゃなくて、女神が手を合わせている……」

「ちょっと南君。あなたからもお願いしてよぉ」

 女神が人間に……縋ってくる……。
 信仰の対象って言い張れるなら、ななだってこの御者に前もって啓示とかで根回しすりゃいいのに……。

「悪い。聞いてなかった。何をお願いしてたのさ」

「あと百五十G値切ってほしいのっ」

 乗車賃の交渉?
 女神様が?
 さい銭箱からお金取り出した上に?
 頭痛起きるわ。
 信者が見たら、あまりの情けなさで泣くか信者が減るかのどちらかだな。

「郷に入っては郷に従えって言うぞ? そもそも相場がどれくらいかが分からんから、吹っ掛けられたのか正当な値段なのかの判断もつかない」

「その言い方は失礼ではありませんか? せっかく親切に人が地域の事情や料金の説明を丁寧にしたというのに。馬車はうちばかりじゃありませんから、気に入らないというのなら他を頼ればよろしいでしょう」

「え? ちょっと」

 あらら?
 機嫌を損ねちまったか?

「ちょっ……。ちょっと南君! 馬車、行っちゃったじゃない!」

「行ったねぇ」

「行ったねぇ、じゃないわよ! まず先に現場に行って、この地域の人達とのコンタクトをとるために必要な情報を仕入れなきゃいけないってのに!
 確かにあなたは、あなたの世界に戻っても時間の経過は全くないけど、ここにいる間のここでの時間は普通に過ぎていくのよ?」

 さい銭箱からお金取ったり値切ったりする女神見て幻滅してるダメージに比べれば、馬車一台逃がしたってかすり傷レベルにもなりゃしねぇよ。

「馬車はほかにも走ってるだろうし、すぐ捕まるさ」

 意外とふくれっ面も可愛げがあるな。
 言動には幻滅だが。
 この言葉、何度使ってもこいつには足りないくらいだ。
 それにしても、文字の表記は全く分からん。
 馬車の車体にプリントされている記号、街中の店先の看板の記号、どれもすべてこの世界、国の文字だろうが全然分からん。
 が、店先に並んでいる物を見れば何を扱っているかはすぐ分かる。
 幸い言葉は通じるようだ。ちょっとあの店に行ってみるか。

 ※※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

「……で、会計なんですが、俺、持ち合わせなくて」

「無一文で買い物に来たのかい? そんな人に売る品物なんてここにはないよっ!」

「いや、連れに全部取り上げられてるんで。店の外で馬車の御者と何やら言い合ってる女性」

「んじゃ代金貰ってきたらどうだい。品物はここで預かっとくよ」

 また値切ってんだろうな。
 どんだけ生活臭漂わせてんだか。

「おーい、ななー」

「あ、ちょっと、どこ行ってたのよ」

 おっとそっちの話は後回しだ。

「お代は百二十Gって言われた。お金全部お前持ってんだからな」

 鳩が豆鉄砲食らった顔ってやつだな。
 まぁいきなり買い物したって言われりゃきょとんともするか。
 でも一円=一Gって感じだな。
 乗車賃百二十円値切って怒らせるって、こいつどんだけせこいんだ。
 まぁ怒らせたきっかけは俺かもしれんが。

「それくらいなら出すけどさ、何を買ったの? こっちは大切な話してたってのに」

「また値切りの話だろ? 値切ろうとする料金よりも安い金額で買える物があると知った俺の嘆きは、ななには分からんだろうな」

 いつ終わるか分からない駆け引きよりも、すぐに終わらせられる会計が先だ。
 まだこいつ、ぷんすか怒ってやがる。
 話進めるには、移動手段の確保が絶対だろ?
 ……ひょっとして、全知全能と頭の賢さって別物なのか?

「……あいよ。でもたった百二十Gくらいのお金も自由にさせない相方って、性格かなりきつくないかい?」

 持ち金はすべてあいつに取り上げられてる。
 そう言っといた方が俺にとっては都合がいい。
 なんせその金、さい銭箱にあった奴だからな。
 流石に洗いざらい口に出来ないくらいのことは弁えてはいるが。

「支払いにも時間かかってるじゃない。また馬車逃がしちゃったわよっ。……一体何を買ったの?」

 薄い大きめの袋をじっと見つめる。
 透視でもするつもりか?

「……ここじゃ人気がありすぎる。さっきの所に戻ってもいいかな」

「一刻も早くあそこに行く必要があるの。皆のほほんとしてるように見えるけど、意外と切羽詰まってる事態だから」

 人目につかない所ならこの近くでもいいだろうってか?
 ある程度広い場所じゃないと困るんだがな。

「さっきの所に戻る途中でもいいや。人気……人目のない所でも十分だし。移動手段をてにいれたかもしれないからさ」

「……しょうがないわねぇ。んじゃさっさと戻るわよ!
 」
 何を言ってるのか理解できてないみたいだ。
 とりあえず神殿から来た道を戻る。

 ネタ晴らしして失敗したらかっこ悪いし、馬車確保の役目押し付けられそうだから今は黙っとこう。
 成功したらそれで十分だしな。
 何が十分かって……。

「なな、あそこに戻らなくてもここらへんで十分みたいだ。水平な広場でなくてもいいからな」

「ここで? 一体何すんの?」

 買った品物を一つ取り出す。
 大きな正方形の紙一枚。
 大体新聞紙一ページと似たくらいの面積。

「あ、折り紙するのか。それで実体化させるのね。頭いいじゃん、南君。でも移動手段って……まさか紙飛行機? 着陸離陸が思う通りに出来なきゃ意味ないよ?」

 流石に察するか。
 紙飛行機も悪くはないが、動力源のことを考えるとどうだろうな。
 だがそれよりも有効に使える物がある。

「終り頃になると細かい作業が多くて苦手なんだけど……。よし、完成。これでどうだ」

「それってまさか……」

 地面にポイっと放り投げる。
 神の素材が見る見るうちに変化。そして大きさも俺が望んだくらいに大きくなる。
 実体化すると、自分の意思で俺に頭をこすりつけてくる。
 懐いてるってことでいいよな、これ。
 大成功で何よりだ。

「折り鶴かぁ。で、実体化したら大型の……魔獣?」

「グリフォンってやつだな。普通の鳥でもよかったが、飛んでる間運んでくれる荷物の量が増えるんじゃないかと思ってな」

「こんなことをするって言ってくれれば買い物にも付き添ってたのに。さっすが南君っ」

 今までの不機嫌がどこへやら、だ。
 つくづく現金すぎる女神さまだ。
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