この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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第一章 一件目、異世界龍退治

僧侶と女神 幽霊になる

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 風圧やら向かい風やら何やらの不快感はない。
 ななは繰りの背中の上で胡坐をかいて、流れる景色を楽しんでいる。
 楽しんでいただけて何よりだよ。
 俺は怖くてしょうがない。
 標高何メートルかは分からんが、大空を高速で飛んでいるというのは分かる。
 落っこちたらぐりが助けてくれるだろうことは分かる。信頼している。
 だが怖いものは怖い。
 ぐりの背中のど真ん中にうつぶせになって、目の前にあるぐりの体毛を力の限り両手で握る。

「ビビり過ぎよ。まぁ空を飛べる術がないならしょうがないだろうけどさ」

 自称女神が弱みに付け込んで余計なことを……。そんな狭い了見の神様なんていねぇだろ。

「うるせぇよっ。つーか、その言い草じゃお前も自分で空を飛べるってことだよな。お前がいなきゃそれこそ低気温とか低気圧で苦しい思いしてたところだったんだろうが、お前が俺を連れて空飛んでりゃ手間かからなかったんじゃねぇか?」

「出来なくはないけど、飛行中にトラブルと遭遇したらまずいかもね。南君にも飛行できる能力を一時つけるっていうやり方しかとれないから、対処に気を取られるとすぐ落下しちゃうかもしれない。一緒に飛行できるエリアを作るってわけじゃないから」

 なら俺のアイデアの方が安全か。
 とは言っても、天井も壁も窓もないむき出しで時々雲と接触する。
 ぐりのやつがなるべく躱してくれるんだけど、それでも体傾けたりするからほんと怖い。

「ところで、そいつに接近して何調べようってんだ?」

 別にどうしても聞きたい話じゃない。
 俺がしたいと思ったことじゃなく、なながどうしてもしなきゃいけないって言ったことだから、ななだけが行けば良かったんだよな。
 だから俺に取っちゃどうでもいい話。
 けど何も喋らなきゃ、この怖さとどう直面しろと。
 気を紛らわすためだけの適当な話題だよ。

「今のところ、龍が暴れているってことと、おそらく村か町が全壊してるってこと。そしてその龍が動けないでいる。その理由は魔術師の力によるもの。これしか情報がないのよね。これらの情報が正しいかどうか、そしてそれぞれの詳細を目で確認。できればそれらの繋がりも」

「神様なら何でもお見通しなんじゃないの? 天網恢恢疎にして漏らさずとか言うだろ?」

 神様仏様が自分のいる世界から下界を見下ろす図なんてよくある話じゃないか?
 某作家の蜘蛛の糸という小説にだって、そんな描写が存在するじゃないか。

「言葉の使い方がちょっと違うんじゃない? それに私が他の世界のことを知るのは、その世界の住民達からの声からだけよ。見た目に騙されることがあってもまずいしね」

「騙されることなんてあったのか?」

「まさか。あわや騙されるとこだったって場面すらなかったわよ。だって、願い事をそのまま叶えることが正解とは限らなかったりするしね。本当はどんなことを望んでいるのかってことまで読み取る必要はあるのよ」

 随分と手間をかけるもんだ。
 ま、世界を作った責任者としては、その世界に住む者から信頼されなきゃ作った者としての存在意義がないってことでいいのかな。
 それにしちゃ俺の住む世界じゃあっちこっちで戦争が起きたりするが……。
 あぁ、武器や何かは神様が作ったもんじゃないもんな。ならしょうがないか。

「ところでそこに着くまでどれくらいかかるんだろうな?」

「御者さん達はみな揃って五日くらいかかるって言ってたわね」

 ななが御者と会話してるとこは二人しか見てないが結構声かけてたのか。
 それでも捕まらなかったってことは、相当その場所は嫌われてるってことだよな?
 考えてみりゃ馬車の動力は馬だから、馬も休ませたり食わせたりしなきゃなんないよな。
 そりゃ馬を休ませてる間ストレス溜めてしまうような場所には行かせたくはないわな。

「そろそろ着きそうね。問題はどこに着陸してもらうか何だけど……」

 早ぇな。二時間くらいかかっただろうが、馬車に比べたらあっという間だよな。
 そこまで時間短縮できるとは思わなかった。
 にしてもどれくらいの距離なんだ?
 俺の家から東京まで車で高速使っても一日はかからない。馬車のスピードはそれより遅いよな。四倍くらいかかるとすれば、関西くらいまでの距離か?
 どのみちこっちじゃ県境を何度も越えて到着する距離が、この世界じゃいくつかの町や村を越えて到着する距離ってことか。
 県とかあるのかな。

「ちょっと、聞いてる? どこで降りようかって話なんだけど? いくら人懐こいって言っても、言うこと聞くのは南君だけなんだからしっかりしなさいよっ」

「現場の近くに降りたらいきなりその龍とやらに暴れられても困る。まだ酒場か何かが経営している、その近くの隣町だか隣村で降りようか」

 って言うか、いつまでも高い所にいたくねぇよ。
 それに遠目から見ても、その山脈に近い廃村全体に白いもんがかかってる。
 おそらく雪か何かだろ。
 寒さに耐える力をもらったとしても、徒歩じゃ思うように前に進まないのが目に見えてる。
 予測不能なこともあるし山の近くということもある。現場近くで降りるのは止めとく方が無難だ。
 うん、不審がられない真っ当な理由だ。
 とにかく、ほんとにとにかくこの高さから逃げたい。

 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

「うぉぅ、ちょっとふらつく」

「ぐりちゃん、お疲れ様。少しここにいてね?」

 ようやく着陸。
 地面につけた足がおぼつかない。
 陸酔いとか言うんだっけか?
 それとちょっと肌寒い。
 気圧や温度を快適なくらいで維持するフィールドをななが作ってくれていたってことなんだろうが、目的を果たして出発地点に戻るまでそれを維持するのは面倒らしい。
 まぁ寒くても、ななが風邪をひかないようにしてくれるらしいからその心配はないが。

 で、だ。
 まるで学校の校門みたいな石柱があって、左右それぞれ外側に向かって塀が続いている。その席中には読めない記号が刻まれている。
 多分これが町名なんだろうな。

「やっぱここで待たせる方がいいか?。こんなおっきな生き物、あちこちにいそうにないから、折り紙に戻す方がいいんじゃないかとも思うんだが」

「呼んだり戻したりしてたら時間も手間もかかるし、人目についたらせつめいがややこしいでしょ」

 それもそうか。
 時の権力者の目に触れたら、手元に置いておきたいなんて思われたら俺の世界に戻れない。
 ……って何やらその町の中からこっちに誰かがやってきた。
 三人か?
 まぁ不審者と思われてもしょうがないか。

「お前ら、中に入るなっ」

 まだ距離があるってのに声をかけられた。
 まぁ俺らしかいないからな。
 ぐりのような巨体が空を飛んでくりゃそりゃ分かるか。

「お前ら、何者だ?」

「見慣れねぇ服装だな? どこから来た?」

「ここには何もねぇぞ? 冒険者じゃねぇってのはすぐ分かる。一山当てようっていう仕事はここにはねぇし、観光地でもねぇ。おまけにそのどでかいグリフォンの手懐けよう。どう見たって普通じゃねぇぞ?」

 早速怪しまれてるし。
 どーすんだこれ。人口少なそうだから、親類を訪ねてきたなんて言えねぇぞ?

「え? 私の姿見えるの? 私達、幽霊なんだけど」

 言うに事欠いて、いきなり何口走ってんだこの女神さまはよ!

「ゆ、幽霊?」

「普通の奴には見ることが出来ねぇってことか?」

「うん、そうみたい。私達どこで死んだか分からなくって。私よりも彼の方が、生きてた記憶があるらしくって。彼と、仲良しのぐりちゃんと一緒に、私達が死んだ場所を探してたの」

 痛っ。
 背中を肘でどつくなよ。
 分かってるよ。まずこいつらを言いくるめりゃいいんだろ?

「で、でも俺達のことが見えるってことは、や、やっぱりここら辺と何か縁があったんだよ。ここら辺の話聞かせてもらえるとうれしいなぁ……なんて思ったり」

「……幽霊にしちゃ……」

 わっ。
 やべぇ。
 触られちまった。
 実体があるってばれちゃまずいだろうよ!

「肉体付きの幽霊?」

「ここら辺、霊力が高いみたいね。あ、精霊の力って意味じゃなく、亡くなった人が多い場所ってことなんだけど。その力が高いと、見た目のままの形を持てるみたい」

「人聞きの悪いことを言うな! ここは確かに人口が減っちまったが、みんな他所に引っ越したんだよ! 人死にが多かったのは隣のニャワーとさらにその隣のラナミーだ!」

「あぁ……。俺らとここの人達の、場所の広さの感覚が違うみたいだな。それと生きてる人の力も一緒に感知しちゃったから……」

 これで誤魔化せるか?
 賽は投げられた。後は野となれ山となれだ。

「……幽霊と話が出来る、ねぇ?」

「どうするよ、マッス?」

「呪いだの祟りだのがなきゃ話聞いてやってもいいが……俺らが得することは何もねぇよな? 話を聞かせる義理もねぇ。ザイナー、お前の店が儲かるわけでもねぇだろ?」

「幽霊サン方にあの龍退治してもらって、んでここに客が大勢来るようにでもなるっつーんなら話聞いてやってもいいがなぁ?」

 龍?
 けんもほろろかと思ったら、何も受け付けない態度にほつれが見えたぞ?

「ひょっとしたら私達、それが原因かもしれないし、実体を持てるようになったってことは……龍退治出来るかもね? だって気付いたらこの子も一緒だったもの。ね? ぐりちゃん」

「……俺はミナミ。こいつはナナ。その大きい生き物はぐり。名前の記憶はあるんだが、このあたりの地域の名前どころか、文字まで分からなくなっちまった。ただ、その……龍? にはどうにも不快な感じは持っててさ。死んでもあの龍は許さないって、死ぬ間際まで思ってたんじゃないかなって」

 三人の男の目から敵意が消えて同情するような顔になってきた。

「執念ってやつかい。気の毒っちゃあ気の毒だな」

「ユーゴー、マッス、確かにこいつらに話を聞かせるにゃ何の儲けにもなんねぇが、そういう事情があるならいいんじゃねぇかと思うんだが」

「何かを飲ましたり食わしたりするのはザイナーの丸損じゃねぇのか?」

 アドバンテージがこっちにきたっ!

「あ、それは心配ないと思う。ずーっと飲まず食わずだったけど、何ともなかったから」

「……そいつもか?」

 ぐりのことを言ってるらしい。
 こいつは元々紙だしな。

「もちろんさ。言うことは聞くけど体は大きいままだからいつでも一緒って訳にはいかないのは分かる。でも俺の言うことは何でも聞いてくれるから、大人しくさせるから出来る限り一緒についてこさせたいんだけど……」

「いいぜ。俺の店先で待ってりゃいい。こっちだ。ついてきな」

 ふぅぅ……。
 ななのやつ、いきなり何言うかと思ったが、うまく切り抜けられたな。
 住人たちとのトラブルは完全に起きないと見て良さそうだ。
 さて、どんな話が出てくるやら、だな。
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