この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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第一章 一件目、異世界龍退治

一件落着とそちらの後日談

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「うぁーっ……。なんか疲れたな」

「ほんと、お疲れだったね、南君」

 別に苦しい姿勢を続けてたわけじゃないが、物事に一区切りつくと背伸びをしたくなるのは人間としての本能なんだろうな。
 信じてはいるが一応スマホを取り出して時間を確認してみる。
 日にちも時間も変わっていない。
 一泊二日の異世界出張だったわけだが、その経過が俺の世界ではカウントされていない。
 スマホが狂った可能性はあるが、まぁ外に出て確認すりゃ分かるだろ。
 それに同じように時間が経過したとしても心配してくれる家族はいない。
 枕経の連絡が来ているかもしれないのが不安だが、急いで帰ってなんとかフォローするしかない。

「とりあえず急いで帰らねぇとな。あまり疲れは残ってねぇし、留守番も仕事のうちだ。とっとと帰らねぇと」

「あ、ちょっと! これから毎日来てくれるよね? って言うか、きてほしいんだけど!」

 社の玄関で、ななの依頼が背中越しに飛んでくる。
 でもなぁ。
 こいつ一人でも出来た事じゃねぇの?

「頼りにされるのはうれしいんだが、俺がいなくても何とかできそうな用件だった気がするがな」

「そんなことないよっ。だって……いくら女神でも一人きりよりは楽しかったもん」

 もんってお前……。
 女神様が口にする語尾じゃねぇだろうよ。
 まぁいいか。
 いてもいなくてもおんなじ、なんて言われるよりはかなりうれしいもんだ。

「はいはい、んじゃ明日、また同じ時間に来るわ。忘れてたら夜になるかな」

 急いで社から外へ出たところで、ななが後ろから追いかけてきた。

「鳥居は私が連れてくぐらないと、南の世界に戻れないよ?」

 忘れてた。

「お、おぅ。た、頼むわ」

 女神様に腕を組まれた。
 異性にそんなことされた経験はない。

「どうしたの、南? 顔、赤いよ?」

 やばい。なんか急に意識してしまう。
 何とか……何とか誤魔化せ!

「あーっと……毎日来るんだったな。もしうっかり忘れたら……雷落されたくはないな」

「あ、そうしよう。今日来るの忘れてるよっていう報せの、光のない雷鳴らす。それなら分かるでしょ?」

 すげえな神様。
 そんなこと出来るのかよ。
 神の力、すごく無駄遣いしてないか?

「お、おう……なら大丈夫、かな……」

「うん、よろしくね、南」

 ……そう言えばさっきも呼び捨てにされたな。
 それだけ、俺との距離が近く感じてるってことでいいのか?
 俺はそうでもないが……まぁ悪い気はしないな。

 けど俺、こいつにさんづけとかしてなかった気がする……。
 年下に見えるから、まぁいっか。

 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

 ルイセイ町で現存している唯一の冒険者達の宿泊兼酒場である「小路の宿」。
 南佐とななが読めなかったこの世界の文字で、その入り口の看板に書かれてある。

 その宿に大勢の冒険者達や国からの役人が押しかけて来たのは、龍が暴れる前以来。
 一度に大勢入店してきた者だから立錐の余地はない。
 主のザイナーだけでなく、マッスとユーゴーも、その権幕に呆然とする。
 開業して以来初めての盛況だからだ。
 もっとも彼らが全員客だったらの話だが。

「あの龍はどこに行った?!」
「魔術師の氷像、ありゃ何だ?」
「覆われていた氷がなくなってたのはどういうことだ?!」

 何も悪いことをしていないのに、来店してきた者達のほとんどとは面識がないザイナーは、何やら責められているような気がしないでもない。

「俺は知らねぇよ! 変な二人組が、龍を退治したっつんでこっちに報告しには来たが、それ以外は知らねぇよ!」

「なんでここに報告に来るんだよ!」

「龍の話をいくらか聞かせたからな。なぁ、マッス、ユーゴー」

 主から同意を求められた二人は大きく頷くだけ。
 余計なことを口にして、今度はこっちに押し寄せてこられるのを嫌がったのだろう。

「二人組? まさか男女じゃねぇだろうな?!」

「何をそんなに怒鳴るんだ! 俺は何も知らねぇっつってんだろ! 何か法律に触れるようなことをしたってんなら証拠持ってこい、証拠!」

 ザイナーの怒りの声は、一同の感情を一瞬で静かにさせた。

「あ、あぁ、すまん。俺達はラッガー市を中心に活動してる冒険者だ。何人かは違う職業の奴もいるが……。邪龍が今どうなってるか調べに行くやつが時々いてな。で、先週だったか、こっちの酒場に、邪龍のことを聞きに来た奇妙な男女の二人組が現れてな」

「へぇ。で?」

「それと何か繋がりがあるかと思ってあちこち見て回ったらこの酒場が目に入ってな。いきなり済まんかった」

「全員客だったら気にしねぇけどな」

 ザイナーに話しかけた男は苦笑いしながら、昼過ぎの時間ではあるが酒を一杯注文した。
 流石に何もせずにそのまま酒場を出るには心苦しいと思ったのだろう。

「で、奇妙って言うのはな、全身鎧を身につけた二人でな」

「じゃあ別人だな。鎧を着てたら不審者なんて思いもしねぇ。あんな事態が起きた後だ。その格好が当たり前だろ。こんなとこに来る奴なんざな」

「ところが女の方は、まるでナナ神の神像にそっくりだったんだ。ただの悪ふざけと思ったんだが、今日龍のいる現場見にいった奴が、邪龍の姿がどこにもないってんで、ラッガーにいる冒険者全員で現場に行ったら……」

「姿かたちがどこにもなかったとか?」

 ユーゴーの挟んだ口に、その男が頷く。

「ああ、その通りだ。今んとこここが一番近い酒場だろ? ここにそんな奴が寄らなかったかと思ってな」

 ザイナーは受けた注文の酒を出しながら、ゆっくりと話を始める。

「……まずその二人とは違う格好をしていた。別人の可能性はあるな。そして俺んとこに来た二人は、はっきりと『邪龍は退治した』と言っていた。どんなやり方をしたのかは知らん。俺はその後の様子を見に行ってはいないからな」

 全員がざわめく。
 ここに報告に来て、なんでうちに来なかったんだ。
 うちにきた二人とここに来た二人の四人で退治したのか?
 無関係じゃないのか?

 口々に方々からそんな推測の話が湧き出てくる。

「そっちに来た二人はどんな奴だった?」

 ザイナーに最初に話しかけてきた男の後ろにいる冒険者が、彼に重ねて聞いて来た。

「薄い布を身に纏って、腰の辺りで帯で締めてたな。赤系統の布だった。男の方はシャツの部類とズボンの二つに分かれてた服を着てたな。どっちも見たことのない服装だった」

 ザイナーがそう言い終わると、待てよ? と考え込む。

「そうか、誰かにそっくりだと思ったら、ナナ神だったか。確かにあの像みたいな鎧付けたらそっくりかもな。あ、でも色合いはあってるかどうかは分からねぇな。女の方は長い黒髪。でも男の方は頭は剃ってたな」

「こっちに現れた男は兜かぶってた。同じかどうかは分からねぇな……」

 残念がったその男もソフトドリンクを注文する。
 ザイナーから聞いた、二人からの「退治した」という話を聞いて安心したこともあったのだろう、それを機にほかの来店客からも次々とメニューの注文の声がかかり始めた。

 客達の気持ちも大分落ち着いたらしく、全員が注文の品を平らげて店を後にした。

「……嵐のようにいなくなったな。ま、ちょっとした売り上げの盛り上がりで何よりだったんじゃねぇか? ザイナー」

 静けさを取り戻した酒場でぼそりと呟くユーゴー。
 まったくだ、とザイナーは苦笑い。

「それにしてもよ、無理だと思ってたんだが、まさか昨日のあれから夜を徹してあの量の宝石と鉱物全部回収できるたぁ思わなかったな」

「残った町のみんなの底力と意地だろ。あとはあちこちに持ち込んで換金して、この街の復興に充てていくさ。残った俺らがその金で楽しむだけにしたらいくら金があっても足りねぇし、間違いなく老後が不安になっちまうからな。」

 邪龍が退治された際に高価な石に変えられたのを知っているのは、ゲンザイルイセイ町に住む住民達だけ。
 南佐となながこの酒場を立ち去った後、三人はすぐに住民全員に呼びかけ、馬車で片道二日ほどかかる距離を往復で一日に時間を抑えたり、大きな建物一つ分以上はある体積に加え、かなりの重量があるその石をそこから運び出し、町に運び入れ隠した彼らの行動力はまさしくマッスの言う通り、この街を守ろうとする彼らの意地だったのだろう。
 一週間もかからなかったが、その間外部の者達から一切見られなかったのは幸いだった。

「それにしてもザイナー、上手いこと言い逃れたな。ボロ出すんじゃねぇかって冷や冷やしてたぜ」

 ザイナーはある意味嘘は言ってはいない。
 邪龍が退治された後、様子を見に行ったのはユーゴーとマッス。ザイナーが現場に足を運んだのは町のみんなと石化した邪龍の回収目的だったし、退治した現場を確認する目的ではなかった。
 邪龍は退治された後どうなったかは聞かれず、どんなやり方で退治されたかは聞かれた。
 しかし退治している現場に立ち会ったわけではない。知らないのも当然である。

「ふん。それにしてもナナ神か……。いろんな苦労に耐えて頑張ってきた、神様からのご褒美って考えたら、ちょっとは報われたって気がしないでもねぇな」

「まったくだ」

 換金したり、あるいは何かを作るための素材に利用するつもりでいる、回収したたくさんの宝石と鉱物。
 残った住民達の私財にせず、すべて町の復興に回す。
 全員が個人の所有権をあえて放棄することで、住民同士の取り分の揉め事を未然に回避することに成功したルイセイ町。
 時間はかかったが、半壊する前よりも栄えることになったのはまた別の話。
 そして、ななと井の沢南佐がそんなに関心を持つことがなく、その事を知ることがない物語でもあった。
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