この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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幕間

幕間:変わらない南佐の現実世界

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 俺の名前は井の沢南佐。
 名前の読みはナンザ。
 中学三年からこの名前になった。
 それまでは南という名前だった。
 寺の跡継ぎになると決めたのが、戸籍上でも改名するきっかけになった。

 子供の頃の遊び場の一つだった生駒清水神社。
 そこで知り合った、当時十才以上年上のお姉さん。
 二十五年も経った今もその姿は変わってない。あの頃はお姉さんと呼ぶのが普通に感じたそれは、今の俺には女の子という言い方の方がしっくりする。

 人じゃないってのは何となく感じたが、まさか神を名乗るとは思わなかった。その女神……と言えばいいのか、女の子と言えばいいのか、まぁそいつの名前はななと言うんだそうだ
 。
 報酬を払うから手伝ってくれと頼まれた。
 何の仕事かと思いきや、自分を祀る神社や教会などに願をかけてくる者達の思いを叶えるため。

 ななの姿が見えるということは、何らかの特別な力があるということらしい。
 試しにその依頼を請け負ったその中身は、異世界の龍退治。
 俺のその特別な力ってのは、子供の頃ななと一緒に遊んだ折り紙。
 作った折り紙に関連した物を実体化させる能力があって、なな一人でも解決できそうなその案件を手伝った。

 無事に解決して、こうして自分の寺に戻れたはいいが、一日の始まりから妙な疲労感はある。
 異世界では一泊二日の仕事だったから、現実世界の時間の経過はどうだったかと言うと、年月日に時間、一切無駄な経過はなかった。
 異世界に向かった時間の直後。ほんとに直後の時間に戻ってきたっぽかった。

「あとは報酬の件なんだが……金運だか財運だかを上げるとか言ってたよな」

 運試しと言えば宝くじ。そのついでに、昼飯時の今、高校時代の部活の先輩が切り盛りしているラーメン屋に外食に来ている。

「ところで先輩。駅前通りの神社、ありますよね」

「ん? あぁ、あるな。生駒清水神社だろ?」

 俺は子供の頃、祖父母からその名前を教わった。
 それまでは、神額に書かれてていた漢字は読めなかったし、読めるようになってもその額に書かれた文字は清水神社としか書かれておらず、生駒の文字はどこにもない。

「先輩、よく知ってましたね」

「そりゃおめぇ、伊達にクイズ研に入ってねーよ」

 俺と先輩は高校時代、クイズ研究会に入っていて、テレビの特番で放映されているクイズ大会に参加しようと計画を立てたこともある。
 会員は他にもいたのだが、都合がつく生徒はおらず、その計画はとん挫した。

 先輩はこの仕事をしてからはずっと地元にいる。
 一般雑学はさることながら、地元のいろんな情報も持っている。
 誰にも言いふらしてはいないし言いふらす相手もいないが、俺はひそかに先輩のことを、「歩く湯川市」と呼んでいる。

「いや、でも流石ですって。俺は爺ちゃんに教わったんですけどね」

「生駒何とかってアイドルがいたろ? その生駒を書くんだが、元々は違うってことは知ってたか?」

「え? イコマっつったら生きるに駒でしょ?」

「何でそうだったか、何でそう変わったのかは知らねぇけどよ、最初は異なる駒、と書いてたそうだ」

「異なる、駒……異駒……」

「栗駒国定公園ってあるだろ? その駒とは関係はない。遠いしな。お稲荷さんでもないし弁天さんや天神さんでもない。民俗信仰の一つだとは思うんだがな。……ほらよ、味噌の大盛りお待ちっ」

 ミソ……。
 そう言えばみそって言いまわししてたよな、あいつ。

「ん? あいつ?」

 思わず口に出てしまったらしい。

「あ、いや、何でもないっす。そ言えば先輩、ご神体って分かります?」

「何だよ。随分食いつくな。ナナさんだろ? ののさんって言い方が訛ったとしか思えねーんだがな」

 ののさん、もしくはのんのんさん。
「南無」と言う言葉がある。専門用語で説明すると、帰依するという意味だ。
 お任せする、委ねる、そんな意味に受け取ってもいい。
 ナムという発音が訛ってのの、あるいはのんのんになったという説がある。
 ほかには、そこにある什物、まぁ所有品と言うか、そんな意味合いだが、その什物の一つに鐘がある。その鐘の鳴る擬音がのんのんと言う説もある。いずれにせよはっきりはしない。

「でも『の』が『な』に変わるってのも、ちょっと考えづらいっすね。で……名前だけっすか? どんな姿してるとかってないんですかね?」

「何かあったのか? 女性の姿って話は聞いたことがあるな。社務所もねぇし、民俗信仰ならきちんとした設定があるとも考えづれぇ」

「そっすか……」

 女子高生くらいの年齢。
 そんなイメージが浮かぶ言葉を引き出したかったんだが、それは空振りだった。

「隣町に、江戸時代くらいには盛んだった銀山あったろ? ここは今でいうベッドタウンみたいなもんでな。そういう仕事についてた人達が仕事に出る前と帰って来てからお参りで賑わってたなんて話もある」

 それは初耳だった。
 三十代という若さなのに、地元の知識では右に出る者はいない。

「まぁ商店街や町内会で細やかな祭りやってるけど、今じゃ絵どうろう祭と犬っこ祭りの方が有名だもんな。関ケ原を生き延びた戦国武将が発端なら、清水神社よりそっちの方に市も力を入れるってもんだよ。銀山の慰霊は隣町でやってるようだしな。賑やかだった時代の、数少ない形跡の一つだよ」

 絵どうろう祭りは七夕から一月遅れた祭り。犬っこ祭りは地元の雪祭りの名前だ。
 どちらもその戦国武将由来のもの。
 しかし祭りのメイン会場は、武将がいた湯川城跡地の近くから、減反政策により農地から宅地となり新興住宅が賑わいつつある町内に移転しつつある。

 味噌ラーメンをすすりながら、俺は先輩の話に耳を傾ける。
 どこそこの町内が賑わっていくとしても、市全体の過疎化は止まらない。
 生駒清水神社も、お祭りも、人がいるからこそ存在する。
 しかし神社の方は、参拝客も数える程度しかいないだろう。
 湧き水があるからこそ、訪れる者は決していなくはならないだろうが、いつまでも流れ続けるわけでもない。

「どこの家でも人が少なくなってるって話が必ず出ますよ」

「だろうな」

 久しぶりの再会も、ひょっとしたら間もなくななの方がいなくなるのではないだろうか、などとつい感傷に浸る。
 彼女がいなければ、俺の子供時代は間違いなくつまらないものだったはずだから。

「……にしても、いつ来ても先輩のラーメン、旨いっすねー。ごっそさまでした」

「おう。昼はそうでもないが夜は毎日客が来るほどだからな。また来いよ」

 先輩の声を聞いて店を出た。

 はっきり言える。
 神社が廃れても先輩のラーメン屋『鰹武士』は続いてるだろうなってな。
 ラーメンを作る腕もだが、知識人でもある。
 あの知識を必要とする人達は間違いなくいる。
 店が続けられなくても、先輩はこの地域には必要な一人だ。
 それに比べると俺は……。

「これから毎日来てくれるよね? って言うか、来てほしいんだけど」

 ななの言葉が心の中に浮かんで消えない。

「まずいな。ななのやつに依存しそうだ。あー……とりあえず」

 ……宝くじ、買ってみよう。うん。
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