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第二章 二件目 野盗を討て!
しず達の居場所
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しずの興奮が粗方収まり、落ち着いたところで詳しい話を聞いてみた。
しずが住んでいる集落の人達は、農作業の時間以外はみなこの付近に集まって共同生活をしているという。
自宅にいると白討の連中にやられてしまうから、いつも集まっていれば襲われにくいという知恵なんだろうな。
「それにしても、大分地形が違うな」
関ヶ原の戦が終わり、江戸時代が始まる。
西軍についた武将たちの処遇も決まり、常陸から当時は確か久保田藩と呼ばれていたここに左遷された戦国大名。
町づくりのため寺院を移転させた記録がある。
これはここだけに限った話じゃない。
全国各地、あちらこちらで寺町という町内名や住所、あるいは通称をつけられている地区がある。
兵である足軽達を大勢逗留させる工夫らしい。
が、しょっちゅうできることではない。
ということは、俺達の転移先の神社はおそらく、今と同じ位置にあるはず。
そう考えると俺の時代になるまでにもいろんな工事が行われてきたのが分かる。
って、鉄筋コンクリートの建物がまったくなく、遠いところまで見渡すことが出来るんだから当たり前ってば当たり前か。
今も使われている、湯川市を南北に貫通する道路の一つである旧国道は五街道の羽州街道。それがここでは一番目立つ道路だ。
俺達がいる西向きの神社を鳥居から出ると、目の前の地面はすぐに下りの長い石段。
その羽州街道にはそのまま真っすぐに進めば三分もかからない。
民家はそれなりに建ってはいる。それ以外は田んぼと畑。
見晴らしはいいんだがそのほとんどが茶色い土や泥で、おそらく踏み荒らされた跡なんだろう。
「納める年貢分どころか、自分らの食生活もままならねぇんじゃねぇか? 野盗だって馬鹿じゃない。山で獲れる動物とか山菜果物、採り尽くしたかも分からんな」
だがこれから実る田んぼを踏み荒らすってのは理解出来ねぇな。
ななはしずにすっかり懐かれてやがる。
まぁあんな子供からすれば、きれいで優しいお姉ちゃんが神様とあっちゃ、べったりもしたくもなるんだろうよ。
「ななよ。今回は人間相手とはいっても、飛び道具がある。前回同様術を使って……」
「うん。それが、今回は何も使えないかもしれない」
はい?
いや、それをアテにしてるんだが?
と言うか、それが主戦力になるんだが?
「ここの住民達はあの神社にお参りしてるんでしょ?」
愛宕神社だよな。異駒清水だったらお前を拝みに来てたんだろうが。
「だから、私への信仰心はないわけ。それが正しい、間違ってるって話じゃなくて、その心がなければ私も力を発揮できないこともあるのよ」
「……それ、今俺に言うか?!」
なんで地獄に突き落とすようなことを言う?
つーか、事前に教えてくれよ!
「するってーと何か? 戦力になるのは俺の折り紙だけか?」
「んー……そればかりじゃないだろうけどね」
あ、俺の手のひら位の範囲での、地形を変えるとか何とかって力があったか。
って、手のひら程度の範囲で何の戦力になるっつんだよ!
……いや、これは我がままだな。
なな一人で何でもできるじゃねぇかと思ってた。
だが今回は、ここに来る前から俺のことをアテにしてくれてた。
神様から頼りにされるなんて、ちょっとプレッシャーはかかるが悪い気はしねぇな。
だがこういうときは、何冥利に尽きるっつーんだろ?
まぁ、細けぇことはいっか。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
高台の上にあった愛宕神社。
そこから降りてすぐに右に曲がる。
方向としては、駅前通りの異駒清水神社がある方へ横方向に近づいているってことだが、進んで間もなく、また右に曲がる。
愛宕神社の右の位置になるってことだ。
だがその曲がった先が厄介。
普通の山道じゃない。
大木の根っこ、でこぼこの石の道、時々日が差す隙間のないほど密集している枝葉。
けもの道というにはいくらかは通りやすくはあるが、それでも転ばないように歩くには神経も疲れる。
「こんな道、よく子供一人歩けるもんだ」
「えー? こんなとこ、ふつうにあるけるよー?」
身軽なんだろうな。
だが距離は意外と近いかもしれない。
その道から横に逸れて少し進むと、崖沿いの道になる。
少し進むと洞穴があり、しずはその中へずんずん進む。
「はぁ……はぁ……、ななは、平気か?」
「平気? 何が?」
実体化しても、神様は神様なんだな。
洞穴の中は広く、長い。
壁のあちこちに穴があり、穴一か所につき一家が住んでいる様子。
生活の知恵ってとこか。
あんな道、野盗が登って来るには厳しすぎる。
「……ったく、お参りしたって天から助けが来るわけじゃあるまいし!」
「でもほんとにきたんだよ。いっしょにきたもん」
しずの声と大人の声の会話が聞こえる。
あちこちに火をつけてそれを照明代わりにしているようだが、それでも薄暗がりであまりはっきりとは見えない。
「なな神様の遣い? どこにいるんだそんなやつ」
えらい言われよう。
だがここで引っ込んでたら、この町……いや、集落か。それがどうなるか分からない。
存亡の危機だからこそ、しずがそんなにもお参りに来ていたんだろう。
ほのかな明るさと声の反射を頼りに、静が入ったと思われる洞窟の中の洞穴に入ってみた。
「……オメェが神様の遣いってやつだが? おがしげなモン着て、ナニモンだオメェ」
長い目で見れば子孫の一人かもしれん。
が、そんな話が通じる相手じゃなさそうだ。
「その女の子から、白討を何とかしてくれと願われてな。主のなな神様から遣わされた」
ななを神様と紹介したらば、その証明をしなきゃならん。
術が使えないかもしれないとなれば、野盗退治どころか俺らが退治されかねん。
俺のアドリブにななは合わせてくれるかどうか。
「こちらの女性はそんな俺の手伝い。なな神様は天界からその少女の願いを聞き届けて俺達を遣わされた。それゆえに……」
「どうでもいいし誰でもいいからあいつらぶっ殺してくれ!」
いきなり物騒な言葉がその男の口から飛び出てきましたよ。
どっちが乱暴者か分かりゃしねぇ。
「あいつらは突然やって来て、俺達から作った作物を勝手に持っていきはじめやがった。文句ひとつ言おうとするとすぐに刀で切り殺したり撃ち殺したりしてよぉ……」
「男衆がどんどん殺されちゃってね。血気盛んな若者達も立ち上がったんだけどみんな殺されちまった……」
しずの母親と思しき女性からも集落の現状の話が出る。
死がすぐそばまでやって来ている。
そんな感じだ。
人の、ではない。
集落が死んでしまう。
洞窟の中の空気がどんよりしてるように感じてるのは、くうきのながれがわるいばかりじゃない。
そんな予感が洞窟内全体に広がってるんだろう。
「男ばかりじゃねぇ。女子供も殺された。年よりはほとんど残ってる。抵抗しねぇからな。けど畑仕事なんかできるわきゃねぇ。外の仕事出来るモンがどんどん減っていく……」
野盗を捕まえて懲らしめる。
そんなことを考えてたが、そんな生ぬるい話ではなさそうだ。
全滅するのはどっちだ?
そんなキャッチコピーが頭に浮かんでしまう。
「やめとけ。あんな大勢やっつけるなんてことできねぇよ。殿さんだって手を焼いてんだ。他のいい場所見つけてそっちに行くまで我慢するしかねぇんだよ」
「どこの誰かは知らねえけんど、娘連れてきてくれてありがとね。こんな年の子供も、もう数えるほどしかいねくてなぁ。ほんとは外さ出るのは危ねぇんだ」
「だどもずっとこんな暗いどこさいさせるのも不憫でなぁ……」
されるがままではなかった。
抵抗、対抗もした。
しかしなす術がなかった。
「……一旦そこの神社に戻ります。俺らもいろいろ考えてみます」
そんなことしか言えなかった。
何を言っても慰めにもならん。
薄明りを頼りに二人の目を見ると、死んだ魚のような眼をしている。
おそらくはこの洞窟にいる大人達はみんなそうなんだろう。
天は自ら助くる者を助く。
しかしななにはその声は届かなかった。
助けを呼ぶ声なら誰の声でも届くに違いないと信じていた者もいただろう。
しかしどこからも救いの手が伸びてくることはなかった。
だからこんな停滞した空気になるのも仕方がないことだろう。
だが、それでもあの少女だけは縋った。
何の縁かは知らないが、それでも届いた願い。
そんな大人達に改めて問い質すのも酷だろう。
この中にいる人達が求めているのは、野盗がもう来ることがない日々のはず。
「……俺ら二人だけで何とかするしかないんだろうな」
「無気力になってしまうほどの大事件なんだろうね」
ななが俺の意見に同意する。
方針は決まった。
あとは手段。そして実行のタイミングを決めるのみである。
しずが住んでいる集落の人達は、農作業の時間以外はみなこの付近に集まって共同生活をしているという。
自宅にいると白討の連中にやられてしまうから、いつも集まっていれば襲われにくいという知恵なんだろうな。
「それにしても、大分地形が違うな」
関ヶ原の戦が終わり、江戸時代が始まる。
西軍についた武将たちの処遇も決まり、常陸から当時は確か久保田藩と呼ばれていたここに左遷された戦国大名。
町づくりのため寺院を移転させた記録がある。
これはここだけに限った話じゃない。
全国各地、あちらこちらで寺町という町内名や住所、あるいは通称をつけられている地区がある。
兵である足軽達を大勢逗留させる工夫らしい。
が、しょっちゅうできることではない。
ということは、俺達の転移先の神社はおそらく、今と同じ位置にあるはず。
そう考えると俺の時代になるまでにもいろんな工事が行われてきたのが分かる。
って、鉄筋コンクリートの建物がまったくなく、遠いところまで見渡すことが出来るんだから当たり前ってば当たり前か。
今も使われている、湯川市を南北に貫通する道路の一つである旧国道は五街道の羽州街道。それがここでは一番目立つ道路だ。
俺達がいる西向きの神社を鳥居から出ると、目の前の地面はすぐに下りの長い石段。
その羽州街道にはそのまま真っすぐに進めば三分もかからない。
民家はそれなりに建ってはいる。それ以外は田んぼと畑。
見晴らしはいいんだがそのほとんどが茶色い土や泥で、おそらく踏み荒らされた跡なんだろう。
「納める年貢分どころか、自分らの食生活もままならねぇんじゃねぇか? 野盗だって馬鹿じゃない。山で獲れる動物とか山菜果物、採り尽くしたかも分からんな」
だがこれから実る田んぼを踏み荒らすってのは理解出来ねぇな。
ななはしずにすっかり懐かれてやがる。
まぁあんな子供からすれば、きれいで優しいお姉ちゃんが神様とあっちゃ、べったりもしたくもなるんだろうよ。
「ななよ。今回は人間相手とはいっても、飛び道具がある。前回同様術を使って……」
「うん。それが、今回は何も使えないかもしれない」
はい?
いや、それをアテにしてるんだが?
と言うか、それが主戦力になるんだが?
「ここの住民達はあの神社にお参りしてるんでしょ?」
愛宕神社だよな。異駒清水だったらお前を拝みに来てたんだろうが。
「だから、私への信仰心はないわけ。それが正しい、間違ってるって話じゃなくて、その心がなければ私も力を発揮できないこともあるのよ」
「……それ、今俺に言うか?!」
なんで地獄に突き落とすようなことを言う?
つーか、事前に教えてくれよ!
「するってーと何か? 戦力になるのは俺の折り紙だけか?」
「んー……そればかりじゃないだろうけどね」
あ、俺の手のひら位の範囲での、地形を変えるとか何とかって力があったか。
って、手のひら程度の範囲で何の戦力になるっつんだよ!
……いや、これは我がままだな。
なな一人で何でもできるじゃねぇかと思ってた。
だが今回は、ここに来る前から俺のことをアテにしてくれてた。
神様から頼りにされるなんて、ちょっとプレッシャーはかかるが悪い気はしねぇな。
だがこういうときは、何冥利に尽きるっつーんだろ?
まぁ、細けぇことはいっか。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
高台の上にあった愛宕神社。
そこから降りてすぐに右に曲がる。
方向としては、駅前通りの異駒清水神社がある方へ横方向に近づいているってことだが、進んで間もなく、また右に曲がる。
愛宕神社の右の位置になるってことだ。
だがその曲がった先が厄介。
普通の山道じゃない。
大木の根っこ、でこぼこの石の道、時々日が差す隙間のないほど密集している枝葉。
けもの道というにはいくらかは通りやすくはあるが、それでも転ばないように歩くには神経も疲れる。
「こんな道、よく子供一人歩けるもんだ」
「えー? こんなとこ、ふつうにあるけるよー?」
身軽なんだろうな。
だが距離は意外と近いかもしれない。
その道から横に逸れて少し進むと、崖沿いの道になる。
少し進むと洞穴があり、しずはその中へずんずん進む。
「はぁ……はぁ……、ななは、平気か?」
「平気? 何が?」
実体化しても、神様は神様なんだな。
洞穴の中は広く、長い。
壁のあちこちに穴があり、穴一か所につき一家が住んでいる様子。
生活の知恵ってとこか。
あんな道、野盗が登って来るには厳しすぎる。
「……ったく、お参りしたって天から助けが来るわけじゃあるまいし!」
「でもほんとにきたんだよ。いっしょにきたもん」
しずの声と大人の声の会話が聞こえる。
あちこちに火をつけてそれを照明代わりにしているようだが、それでも薄暗がりであまりはっきりとは見えない。
「なな神様の遣い? どこにいるんだそんなやつ」
えらい言われよう。
だがここで引っ込んでたら、この町……いや、集落か。それがどうなるか分からない。
存亡の危機だからこそ、しずがそんなにもお参りに来ていたんだろう。
ほのかな明るさと声の反射を頼りに、静が入ったと思われる洞窟の中の洞穴に入ってみた。
「……オメェが神様の遣いってやつだが? おがしげなモン着て、ナニモンだオメェ」
長い目で見れば子孫の一人かもしれん。
が、そんな話が通じる相手じゃなさそうだ。
「その女の子から、白討を何とかしてくれと願われてな。主のなな神様から遣わされた」
ななを神様と紹介したらば、その証明をしなきゃならん。
術が使えないかもしれないとなれば、野盗退治どころか俺らが退治されかねん。
俺のアドリブにななは合わせてくれるかどうか。
「こちらの女性はそんな俺の手伝い。なな神様は天界からその少女の願いを聞き届けて俺達を遣わされた。それゆえに……」
「どうでもいいし誰でもいいからあいつらぶっ殺してくれ!」
いきなり物騒な言葉がその男の口から飛び出てきましたよ。
どっちが乱暴者か分かりゃしねぇ。
「あいつらは突然やって来て、俺達から作った作物を勝手に持っていきはじめやがった。文句ひとつ言おうとするとすぐに刀で切り殺したり撃ち殺したりしてよぉ……」
「男衆がどんどん殺されちゃってね。血気盛んな若者達も立ち上がったんだけどみんな殺されちまった……」
しずの母親と思しき女性からも集落の現状の話が出る。
死がすぐそばまでやって来ている。
そんな感じだ。
人の、ではない。
集落が死んでしまう。
洞窟の中の空気がどんよりしてるように感じてるのは、くうきのながれがわるいばかりじゃない。
そんな予感が洞窟内全体に広がってるんだろう。
「男ばかりじゃねぇ。女子供も殺された。年よりはほとんど残ってる。抵抗しねぇからな。けど畑仕事なんかできるわきゃねぇ。外の仕事出来るモンがどんどん減っていく……」
野盗を捕まえて懲らしめる。
そんなことを考えてたが、そんな生ぬるい話ではなさそうだ。
全滅するのはどっちだ?
そんなキャッチコピーが頭に浮かんでしまう。
「やめとけ。あんな大勢やっつけるなんてことできねぇよ。殿さんだって手を焼いてんだ。他のいい場所見つけてそっちに行くまで我慢するしかねぇんだよ」
「どこの誰かは知らねえけんど、娘連れてきてくれてありがとね。こんな年の子供も、もう数えるほどしかいねくてなぁ。ほんとは外さ出るのは危ねぇんだ」
「だどもずっとこんな暗いどこさいさせるのも不憫でなぁ……」
されるがままではなかった。
抵抗、対抗もした。
しかしなす術がなかった。
「……一旦そこの神社に戻ります。俺らもいろいろ考えてみます」
そんなことしか言えなかった。
何を言っても慰めにもならん。
薄明りを頼りに二人の目を見ると、死んだ魚のような眼をしている。
おそらくはこの洞窟にいる大人達はみんなそうなんだろう。
天は自ら助くる者を助く。
しかしななにはその声は届かなかった。
助けを呼ぶ声なら誰の声でも届くに違いないと信じていた者もいただろう。
しかしどこからも救いの手が伸びてくることはなかった。
だからこんな停滞した空気になるのも仕方がないことだろう。
だが、それでもあの少女だけは縋った。
何の縁かは知らないが、それでも届いた願い。
そんな大人達に改めて問い質すのも酷だろう。
この中にいる人達が求めているのは、野盗がもう来ることがない日々のはず。
「……俺ら二人だけで何とかするしかないんだろうな」
「無気力になってしまうほどの大事件なんだろうね」
ななが俺の意見に同意する。
方針は決まった。
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