この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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第二章 二件目 野盗を討て!

集落襲撃騒動、終焉へ

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 滑りやすい雪道の歩き方は、かかとやつま先など、足の先端から着地すると滑りやすい。
 なるべく地面と足の裏が平行になるようにしたまま着地する。
 その後着地した足に重心をかけ、後ろ足を後方に蹴り飛ばさないようにせず、なるべく垂直に地面から足の裏を離す。

 俺はそんな歩き方をする。
 もちろんそれは、あくまでも、雪道での歩き方だ。
 雪が一つもないこの時期にそんな歩き方をするのは、ただ単に労力を失うばかり。
 ところが普通の歩き方で地面に足をつけた直後、そこだけが滑りやすい場所だったらどうなるか。
 尻もちをつく、腰を痛める、支えた腕がねじれる。
 そんなことで体を痛めること間違いない。

 だがそれは普通に歩いている場合だ。そして普通に歩いている場合なら、その程度の怪我ですむ。
 そう、普通に歩いていれば、だ。

 だが白討の残りの十人は、住処を水浸しにされ、飛び道具は全滅。おまけにカラスにからかわれ、馬と乗っていた仲間とその近くにいた仲間が行動不能。
 どんな心境かは手に取るように分かる。
 怒髪天を衝く、とまではいかなくても、自分らより戦闘能力が劣る者達に馬鹿にされた気分になるだろうよ。
 手にしている物はメインの武器、日本刀。
 腕力がある奴は片手に日本刀、片手に短刀と、両手で武器を持つ者もいる。
 転んで武器を手放す奴らは幸運だろう。手放せなかった者のうちの何人かは、四肢に刃を立てることになる。
 事実、二人ほど腕に刀が突き刺さっている。遠目で分からないが、一人立てないままの奴がいる。
 落とした刃物の上に体の一部が乗っかって、それが体を傷つけたようだ。
 いずれも田んぼの中の仕掛けにかかった者達。

 最短距離でこっちに向かおうとしたんだろうな。
 それじゃ被害が広がると判断したんだろう。広めの田んぼのあぜ道を伝ってこちらに向かってくる。
 望遠鏡がなくても分かる。顔や出で立ちまでは分からないが、向かってくる者は七人。

 あぜ道には罠がないと思ってんだろうな。
 カラスも相変わらずまとわりつき、あぜ道を行くように誘導していることもあるが。

 ところがどっこい。そのあぜ道では最初の折り紙、体高約七十センチ、体重約七十キロ弱の秋田犬の、時速約三十キロの突進が待ち構えている。
 陸上選手が大会に出るような恰好なら、ひょっとしたら逃げ切れることもあるかもしれない。
 が、白討が身につけている着物はボロボロの和物。両足はもちろんシューズじゃない。
 装備だって碌なもんじゃない。
 でなきゃ落ち武者の成れの果てのような真似をしているはずがない。

 しかも突進して終わりじゃない。吹っ飛ばしてさらに駆ける。そして次の標的に向かう。
 噛みつかせはしない。そこで足が止まったら、逆に襲われてしまうかもしれないからだ。窮鼠猫を噛むってやつだな。
 三分の一以下の人数になってしまった残りの連中に、統率の取れた行動も取れるはずもない。
 助けても普通に動けるかどうか分からない仲間を助けようとする者もいない。

 もはや白討は戦意喪失。
 しかし犬は、敵が完全無力化するまでその行動は止まらない。

 そして俺の計画通り、後ろから鬨の声が聞こえてきた。
 そう。

 そうでなくては困るんだ。
 俺の目的は、白討討伐じゃないんだから。

 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

 私は南から「住民達に俺の行動をよく見せてやってくれ」と言われて、デジカメを渡された。
 それが何を意味するのかは、その時は全く分からなかった。

 しずちゃんの両親が集落民の全員を集め、既に私がいた高台の愛宕神社の境内にやってきた。

「南……『なな神様』の遣いであり、私の主の彼があそこにいるのが見えますか?」

 なな神様って、要は自分のことなんだけど、自分でそんなことを言うのは意外と恥ずかしいものね。

「何をしようとしてらのがも、何してるのがも分がんねぇけんど、あそごさいるのは分がるど」

 誰かの声にみんなが頷く。
 打ち合わせ通り、大きめの石をいくつか拾って南に向かって投げ飛ばす。
 勿論直接届くはずはない。けど、南はそれに気付いてくれた。

 いつの日だっただろう。
 ずいぶん昔の話になるような、でも私がいろんな世界を見るようになってからはついこないだのような気もする。
 折り方を教えてあげた紙鉄砲。それを南が一回、そして二回と振り回し、その度に大量の水の塊が、遠くに飛ばされていく。

「な、なんじゃありゃあ!!」

「あんなに水を飛ばすなんて……やはり神様の遣いか?!」

「ただの神様じゃなくて、『なな神様』です。そこんところ、お間違えの無いようにっ」

 自分のことを宣伝するような感じで、なんか落ち着かない。
 いや、今はそれどころじゃない。
 確認しなければならない。
 いくら南がこの時代にとっては未来の文明人でも、飛び道具は避けられないし、刀で切られればケガもする。

 デジカメの画面表示を拡大する。
 方向は『白討』のねぐら。
 彼らの何人かは、忌々しそうに、そしてくやしそうに鉄の筒を地面に投げつけている。
 そして馬に乗る者とそれ以外は何やら別の武器を持ってこっちに向かってくる。
 彼らの手にしている物の中に、鉄の筒はない。

「これも知らせるんだったわね」

 さっきと同じように石を投げ飛ばす。
 南への報せの役目はこれでお終い。
 あとはここにいる皆に、この映像を見せるだけ。

「馬がやってくる」

「まぁ当然だな。ワシらの貯えがまた減ってしまうのぉ……」

 そんなことを言いながらも残念そうな顔もしない。
 取られるのが当然という諦めの顔。
 こんな彼らにこれを見せて、南は何かを変えるというのだろうか。

「ん?」

「お? 馬たちが……」

 私には、肉眼でも見える。
 馬はもう動けない。苦痛でもがいてるのがここからでも分かる。
 そしてその周りにいる野盗達も動けないことも。

「何か、穴にはまったみてぇだな」

「出ようとしても出らんねぇみてぇだ」

「穴の中に刀落としたみてぇだな」

 野盗の前方にいる者達は全員行動不能なのは分かった。
 デジカメの機能には流石にみんなは驚いたが、そこから見える現実には静かに成り行きを見守っていた。
 静か、と言うのは正しい表現かな。
 南が言う通り、無気力のままただ見ているだけ。時折感想が出てくる程度。

 けど、次々と荒れ地の上で転んで立てない野盗を見たせいか、何となく熱気が高まる感じがした。

「なんでここまで、ワシらの味方をしてくれるんだ?」

「『なな神様』なんて、その名前を知ってるモンも少なくなってきたというのに……」

 しずちゃんの願いはかすかにしか聞こえなかった。
 他の所のいろんな願いの声の方が大きかった。
 雑多な願いの中の一つだった。
 本当は、聞き逃すのが当たり前の声だった。

 それが、何の縁か、しずちゃんが私の家の前に迷い込んだ。
 なのに私の姿を見ることは出来なかった。

 人との縁は、たくさんの世界を創った私ですらままならないのに。
 申し訳ないと思う。
 いくら過去の世界の人達の願いとは言え、歴史を干渉するわけにはいかない事情があるとは言え、大人達の力になりたいという健気な思いも潰えてしまいそうなときに。

 人との縁は、本当にままならない。
 南との出会いがしずちゃんよりあとだったら、どうなっていたか分からない。
 勿論歴史が変わることはない。変わらないように、自然に改ざんされていっただろう。

 はくとうをやっつけてください。
 おとなをかなしませる、やとうをやっつけてください。

 私利私欲の願いは聞き届けるつもりはない。
 しかししずちゃんの願いは、同じような声が多ければそれを叶える労力は惜しまない、多くの者が多くの者のために思う願い。
 けれども私のことを知る者がほとんどいないこの世界のこの時代。

 けれども、しずちゃんの願いは叶えられた。
 しかしそれは私の力によってではなかった。
 南の行動によってでもなかった。
 私がしたことは、南の言う通りのことをしただけ。

「俺の行動をみんなに見せてほしい」

「奴らが動かなくなるまで、集落のみんなをそこから動かすな」

 そして今眼下では、大型の犬が野盗の何人かを次々と突進で弾き飛ばしている。

 私の力は使うことが出来なかった。
 それでもしずちゃんの願いは叶えられた。

 だって、今まで無気力の大人達が……。

「こことは関係ねぇあの若モンが、あぁまでして俺達のことを守ってくれたんだ」

「このあともずっとここに住む俺らが……このまんまでいいはずがねェ!」

「死んでしまった若い衆らに、残った俺らはこの後のこと、任せられたんだ。怖がってばかりでいられねェ!」

 南は、折り紙からいろんなものを作り出し、彼の力で地形を変えた。
 けど途方もない魔術を使ったわけじゃない。

 野盗達は大量の水に驚いてこっちにきた。
 けどその力を使ったのは、タイミングを合わせるため。
 野盗の襲撃のタイミングに合わせれば、ここの人達だけでもできること。
 田んぼに沼地を作るのも、力作業をみんなでやればできること。
 荒れ地で野盗の足をとられたことも、落とし穴とか作れば同じ効果を出せること。

 カラスだって、賢い動物の一つ。けどこちらもさらに知恵を回せば、野盗がそれに気を取られるようなこともできるだろう。
 これがドラゴンだののモンスターだったら、彼らは無気力のまま、南の様子を見続けていたに違いない。
 そして大型犬をけしかけることも、懐かせた飼い犬に言うことを聞かせられれば出来なくはない。

 そう。
 その気になったらこの時代の人間であっても、南のようなことが出来るのだ。
 技術が未発達の時代。
 日々生きるために、そして毎日を普通に暮らすにも、みんなが何かと戦い続けなければならなかった時代。
 南の時代では取るに足らない困難であっても、みんなが力を合わせて全力でそれを乗り越えなければならない時代。

 しかし力を合わせても乗り越えられそうにない障害が、彼らの前に現れた。
 それをこうして、南一人で何とかしようとし、何とかなりそうな状況にまで収束しつつある。

 私は彼らを現金とは思わない。
 私が願う世界の在り方、そしてその世界に住む者としての在り方に、彼らは再び沿おうとしている。
 勿論彼らにとっての神の立場の私の気持ちは、誰一人として知ろうとはしていないけれど。

 子供の成長を見守る親の気持ち。
 そう言うと分かってもらえるだろうか。

「俺らの田んぼは、俺らが守るんだ!」

 誰かの声の中の感情がみんなに伝播する。

 おそらく南はこのことも、そしてこの後も見通していたんだ。
 南に指示されて、愛宕神社に避難する際に農具や刃物を持ち寄っていた。
 それらを手に取り、気勢を上げながら神社から駆け出す男衆。彼らを頼もしげに見送る女性達。

 私の姿を見ることが出来なかった少女の願いは、彼女を取り巻く大人達によって叶えられていった。

 私は一人、遠くに見える南に届かない声で労った。

「お疲れ、南」
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