この僧侶、女子高生っぽい女神の助手 仕事は異世界派遣業

網野ホウ

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第二章 二件目 野盗を討て!

戦の後

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 夫婦喧嘩は犬も食わない。
 そんな言葉聞いたことあるだろ?
 夫婦ばかりじゃねぇ。
 親子喧嘩、兄弟喧嘩と言い換えることもあるらしい。
 いずれにせよ、内輪のトラブルに外部の者が首突っ込んで、話をややこしくすんなって話。
 あるいは、当事者同士でけりをつけられるなら周りが騒ぐべきじゃないってこと。

 石段から転げ落ちるような勢いで駆け下りて、動けなくなった野盗『白討』目掛けて俺の目の前から走り去っていった。
 そっから先、現場では俺の出番はない。
 無駄に命を云々なんて言う気はねぇよ。
 ここに住む者がここに対してどう思うかってことだ。
 野盗に襲われたから、もっと安全なところに逃げるもよし。虐げられてもなおこの土地にしがみつくもよし。
 そして、この土地を見捨てるもよし。

 健康を維持し命を長らえる生き方はいくらでもあるし、正解不正解は存在しない。
 けど彼らは、ここに固執し、ここで生きることを選んだ。

 ならば選ばせた者として、もう一仕事しなければならない。
 もっとも彼らが自分でそのための知恵を働かせてくれたら、その仕事は単なる出しゃばりになるからしなくて済むのだが。

 そんなことを考えながら、彼らが下りてきた石段を上がる。
 最上段にはななが俺に労わりの言葉をかけてくれた。

「……南、お疲れ」

「……おう。ななも、お疲れ」

 なにも事情を知らない者が今の田んぼでの現状を見れば、無抵抗の者を住民達が一方的に虐殺を行っているようにしか見えないだろう。
 仲間の仇討ちの気持ちが強いと思う。
 だが、丹精込めて作った作物とフィールドを荒らされた、生産者の誇りを傷つけられたことへの怒りもあるのかもしれない。

 本当は本職の僧侶として、彼らに何か声をかけなければならないかもしれない。
 しかし野盗達も自業自得だろう。
 もしそんな俺に出番があるとしたら、住民達の気持ちが収まりその野盗の中に一人でも生き残りがいた場合くらい。
 だが出番があるからと言って、自分に出るつもりがあるかどうかはまた別の話。
 俺はこの時代の人間ではなく、この時代の物の考え方に基づいて生活しているわけじゃない。
 僧侶であることも明かしているわけでもないしな。

「南。デジカメはもういいよね?」

「あ、ああ。そうだな。奴さんと袴は出番なしだったな。まぁ用心のためだったからいいが」

 カラスを呼び戻す。
 秋田犬は……。

「あ、みんな戻って来るみたい」

 そのみんなの中に、折り紙から変化させた秋田犬がいる。
 まるでみんなのアイドル扱いだ。

「……あの人達、今朝と雰囲気がかなり違ってるね」

 俺にはよく分からん。
 こっからじゃどんな顔してるかも分からないくらい遠いしな。

「まぁ石段下りてきた連中、怒りっつーか、やる気っつーか、そんな思いが充満してるような顔だったからなー。ま、いい傾向じゃねぇの? 今後どう生きようとしてるかは分かんねぇけど、人として生きるのならあんなんでさ」

 人生は苦の連続である。

 仏教の基本的な人生の捉え方だ。
 それでも人生を歩んでいく。
 ならばいやいやながら毎日を過ごすより、前向きに毎日を過ごす姿勢の方が傍から見てて好感が持てる。
 苦しみの中から希望を見出そうとする努力がそこにあるからな。

 そしてあいつらは、それぞれの家に戻らずこっちにくる。
 どうやら俺は、余計な一仕事をしなきゃならないようだ。
 ま、アフターケアは必要ってことだな、うん。

 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

 愛宕神社の社の入り口を背にする俺となな。
 その前に、集落民全員が俺らの前に並んでいる。

「どこの誰かは分からんが、おかげさんで俺らは俺らの場所を取り戻すことが出来ました」

「ありがとうございました」

 しずたちが住む洞窟で、初めて彼らの顔を見た時と今の顔、全然違う。
 恐縮というか、すまなそうな顔をこっちに向けるが、目の輝きがそこにある。
 あの時はそれすらもなかった。

「どこの誰か分からねぇって、言ったじゃねぇか。『なな神様』の遣いだってよ」

 そう言えばそうだった。
 そんな言葉があちこちから聞こえてくる。

「……だども、また同じようなことがあったら……。今はここの建て直しをしなきゃなんねぇ。その間に……」

「白討どもは俺らがぶっ殺した。けんど、あんたらの力がなきゃ何も出来ねぇままだった」

 分かってんじゃねぇか。
 己のことを知るってのは大事なことだと思うぜ?
 これならアフターケアもしやすいってもんだ。

「あぁ、そうだな。俺らがお前らのためにいろいろと手を貸してやったから出来たことだ。今までは他の神様や殿様、誰からも助けがこなかっただろ? なぜか分かるか?」

 俺からの問いには誰も答えられない。
 俺が何を言いたいか分からないからということもあるだろうな。

「その答えはな、お前らが俺らを頼りにする気がなかったから。ただそれだけ。そこにいるしずが神隠しにあって、そこにたまたま俺らが居合わせた。そしてなな神様を見ることが出来ないしずの願いがたまたま俺らの耳に入った。袖がすり合うどころか掠る程度の縁が、ここの今後の在り方を左右するくらいの影響を与えたってことだよな」

「それで、ワシらは今後もなな神様の助けを……」

 それだよ。
 それがなきゃ、ここはどうなるか分かんねぇもんな。

「その前にまず、俺の主はいろんな人の声を聞くことが出来る。期待に応えられるかどうかは別だがな。なんせいろんな願いが耳に入る。ここにいる人数よりもはるかに多い同じ願いを聞くこともある」

 皆が同じ思いを持ってななに願ったとしても、ここに集まった人数以上の同じ声ってのは、ここにいる奴らには想像は出来ないだろうな。
 切なる同じ思いを大勢の人が持つ。
 間違いなく天は聞き届けてくれると信じてやまない。
 国や県の議員選挙なんかいい例だ。
 選挙事務所で、当選を目指し気勢を上げる。
 それはいいだろうよ。だがそこで、落選するかもしれないと警告しようものなら爪はじきにされる。
 ところが世間は広いもんで、応援する人達以上に応援しない人や無関心の人の数の方が多い区は数多くある。
 選挙権所有者の半数以上の票を獲得する候補者がいる話なんて滅多に聞かない。

 おんなじことだ。
 異口同音で集落民全員が、この地域を守ってくれと頼んできても、それ以上に多い人数で他の地域から同じ声が聞こえてきたら、そっちの方に気が向きやすくなるのは当然だろう?
 そこでななに不満を持つのは筋違いってもんだ。
 それにななの居場所がないならなおさらだしな。

 となるとだ。

「だからやっぱり、まずは殿様にお願いするべきだ。俺らはしずからの願いを聞いてここに来たわけだが、殿さんやその家臣達からの願いは聞こえてきたらしい。それと反省の声もな」

 民衆がざわついている。
 自分らの懇願を聞き届けてくれず、苦しい思いをしても何の感情も湧かない主君と思っていたんだろうな。

 ま、嘘だけど。

「その殿さんは神様への祈祷か何かをきちんとしてたが、お前らはしず以外名前だけは知ってるってやつがせいぜい。名前も知らないってやつが多すぎ。それで殿さんは何もしてくれないと嘆き怒り、おまけに無気力ときたもんだ。そんな殿さんは我が主に手を合わせ続けてきたというのにな」

 彼らからは、俺達への称賛や殿さんへの批判の声も消え、ただしょげるのみしかできない。

 嘘も方便。いい感じだ。

「だが気にすんな。おまえらが主に手を合わせ、常に感謝すること。それで今回のことがあっても、すぐにみんなの期待に応えてくれるはずだ。聞こうとしなきゃ聞こえない声が、聞こうとしなくても聞こえる声になるだろうからな」

「じゃ、じゃあどのようにすりゃ……」

「そうだなぁ……」

 と、俺は考えるフリ。
 神社を建てりゃいいだけの話。
 だが場所は……。

 まぁいいか。後は野となれ山となれだ。

「あの現場のもう少し西、そしてそこから北の方に進んだところに、おそらく山から流れる水が湧き出る場所があるはずだ。その水はきれいで飲める水だと思う。それを捧げられるように、その湧き水を見つけてそこに神社を建てるといい。ご神体は……」

 ななを見る。
 ななは出番がないかと思っていたようで、「え? 私?」と驚く顔をこっちに向けてる。

「実は我が主は俺の助手、こいつに似てるんだ。細かいとこまで覚えてなくていい。こいつの姿の像でも造りゃいいさ。それと……」

 折り紙を変化させた秋田犬を呼び寄せた。
 こうしろああしろってことだけじゃ、これまで薄かった縁のなな神様が相手だ。すぐに忘れられるだろう。

「こいつをお前らに預ける。犬の寿命はお前らより短命だろうが、俺らがここにきてお前らの手助けをした。その証としてこいつを残していく。名前はお前らが付けろ」

 数少ない子供達は、喜んで犬の周りに集まってくる。
 敵には容赦しないが、可愛がってくれる相手には懐く、可愛くも頼もしい
「ななかみさまのつかいの犬だから、ななのつぎのはちがいい」

 はち、ねぇ。
 忠犬ハチ公じゃあるまいし。なんつー偶然かますんだよ、しず。ま、いいけどよ。

「……いいんじゃねぇか? もし殿さんと会うことがあったらはちに番(つがい)くれるようにお願いしてもバチ当たらねぇんじゃねぇか?」

 こいつらのなな、そしてこいつらと殿さん。
 相互関係を強くしてやりゃ、毎日得体のしれない不安に悩まされることはないだろうよ。
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