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 「それでは、シエル・ウラノスニエヴァ殿下のご入場でございます。」

 その声が会場中に響いた後、目の前の大きな扉が開かれ
 美しい音楽が奏でられる中、ルーは歩き出し私も一緒に足を踏み出しました。

 会場にいる美しい装いの貴族たちは皆、盛大な拍手をシエルに送っていましたが横にいる女性は誰だろうかという疑問の表情を浮かべていました。

 私とルーは赤いカーペットが敷かれている道を進み、会場の奥へと歩いて行きました。

 赤いカーペットは最終的に数段の階段の上のフロアに続いていて、そこには玉座に座る陛下の姿がありました。

 陛下は物凄い貫禄がある一方で、その豪華な装飾がなされた服やマントや王冠を脱げば、くたびれた老人にしか見えないような気もしました。

 目は虚ろで光を宿さず、袖口から見える大量の指輪を身につけた指は、骨と皮だけしか残っていません。

 髪は真っ白で、年齢の割りには皺も多く、やつれているように見えました。

 私達が陛下の前で礼の姿勢をとると、彼は”........面を上げよ”と言い放ちました。


 「........今日はそなたの16歳の祝いと........先日の武術大会での勝利を祝うための会である。.........特に、武術大会での功績は高く評価すべきであろうな。まさか第二皇子を差し置いてそなたが勝ち上がるとは.........実に.....面白い......」


 しわがれていて、重々しい声が響き渡りました。

 その声に体が微かに震えるのを感じました。

 第2皇子は第1皇子のネージュ様の次に、次期皇帝にと推す声が高かった皇子です。

 後宮での激しい権力争いが表向き収束した後もこの二人の後ろにつく貴族達は火花を散らしていたと、ルーから先程馬車の中で教えていただきました。

 ですが、この武術大会で第2皇子がルーに負けてからは第2皇子派の勢力の勢いが下火になったそうです。

 それは第1皇子は頭脳、第2皇子が剣技に優れているという貴族からの評価が覆されたから.......。

 ”武術大会で優勝することが兄上から出された条件の一つだった”とルーはおっしゃっていました。

 それを考えると、ネージュ様は相当の戦略家であることが伺えます。


 「...........5年に一度の神祭。見事な闘いを見せた勝者には願いを叶える約束だ。そなたは...........なにを望む。」

 「はい、父上。私の願いは決まっております。」

 「........言うてみよ。.........その.......女子おなごと関係が?」


 冷たい眼差しが私を射抜くのを感じました。

 途端に息がつまるような感覚に襲われましたが、私は震える体を抑え、立ち続けました。

 (......この気迫に押されてはいけない。私はルーの連れなんですから......)

 ルーの恥になるような行動だけはなんとしても避けたかったのです。


 「はい。私は武術を磨いて参りましたが、それは将軍になるためではございません。」

 「..............ほう」

 「ましてや、帝位を望んではおりません。私より優れている兄弟がいるので」

 「.........帝位を望まぬとは...........面白いことをいうな...........第3皇子よ。.......続けよ。」

 「..........私は、外交官になりたいのです。他国との交流が発展すれば、この国は更に豊かになるでしょう。私は、自らが各地を赴いてそのために尽力したいのです」

 「...........ではお前の願いは..............外交府に配置をして欲しいと?」

 「.........いいえ」


 ルーは真っ直ぐに陛下を見つめ、静かに息を吸いました。

 私の心臓も激しく鼓動をしていて、その音が他人に聞こえているのではと不安になりました。

 ルーは陛下に跪き、そして再び口を開きました。


 「私の願いは、アルラーナ侯爵家の婿養子になることです。国交がなかった別大陸の国々との交易が始まったのはアルラーナ侯爵の力があってのことです。私は彼から教えを授かり、仕事を引き継いで国のために尽力して参りたいと思っております。」

 その言葉に周囲にいた貴族達が息を呑みました。

 先程、ルーが”私の父は陛下に目をつけられていた”と教えてくれましたが、他の貴族達も父と陛下の確執を知っているのでしょう。

 ”陛下が嫌っている男の婿養子になりたい”と願う皇子の行き先を皆が案じ、固唾を呑んで見守っていました。


 「.................お前は、皇族だ。皇族が貴族の婿養子に入りたいと.........?お前に、皇族としての誇りはないのか?」

 「いいえ、父上のことは誰より敬愛しておりますし、皇族であることに誇りは持っております。しかし、私が為すべきことは帝位を目指すことではないですし、この地位を捨てた場所からこの国を支えたいと思っております。それを成すことが私の役目であり価値であると考えております。」

 「................継承権を捨て.........ウラノスニエヴァの名も捨て.........国に仕えたいと?」
 
 「はい」

 「............お前は本当に.........笑わせてくれるな..........」


 国王は不気味に笑った。

 その笑みに全身を悪寒が襲いました。


 「...........我に楯突く子はいらぬわ。.........お前は従順で...........大人しいからこそ生かしておいたのにな」


 光を写さない陛下の暗い瞳が私達を見下ろしていました。

 陛下が手を挙げ.......

 「..........始末しろ」

 と声をあげたその時でした。



 「もうおやめください。父上」


 鈴の音のような軽やかで美しい声が会場に響きました。

 その声の主は、滑るように優雅に歩き国王の元へと歩みを進めていきます。

 ホワイトブロンドの長い髪に、ルーと同じ孔雀色の瞳。

 肌は真っ白で、まるで雪の精のように美しい人でした。

 そんな彼はルーの側を通り過ぎる時、少し私に笑いかけた.......ような気がしました。


 「何用だ、ネージュ」

 「ははっ、父上面白いことをおっしゃいますね。弟の成人を祝いにきたに決まっているでしょう?」

 「............弟ではない。.........ソイツはもういらぬ」

 「.........はあ。そうですか。そうやって、父上が簡単に殺すせいで30人はいたであろう私の兄弟はもう4人しかおりません」


 そのネージュ様の言葉に私は息を飲みました。

 皇太子争いの時に皇子や皇女の多くが命を落としたことは聞いていましたが、元々そんなに沢山の子がいたとは思っていなかったのです。


 「だから..........なんだと言うのだ。.............我がいなくては生まれもしなかった子だ。殺すのも我の勝手だ」

 「そうですねえ...............。私にとっては勝手か勝手ではないかなんてどうでも良い話です。」


 そう言って、ネージュ様はころころと笑い声をあげた。

 しかし、目は全く笑っていません。

 まるで、冷たい氷ような視線が陛下に向けられました。


 「...............でも、私にとって要らないのは.........父上の方ですね。」


 ネージュ様の言葉に場の空気は凍りつきました。

 貴族達は怯えた顔で事の成り行きを見守っています。

 陛下は最初、目を丸くしているだけでしたが次第に顔を真っ赤にさせ、立ち上がりました。


 「.................なんだとっっ!?!?!?」

 「おやおや父上、興奮なさるな。もうがきれてしまったのか?」  


 「はははっ」と軽やかにネージュ様はまた笑いました。

 彼は陛下を前にしても一切怯えることはありません。

 数分前までは陛下が支配していた場の雰囲気を、ネージュ様はあっという間に奪いさりました。

 周囲の人々は固唾を呑んでその光景を見つめるだけです。

 ネージュ様はゆっくりと陛下の周囲を歩きながら玉座を撫で、そして陛下の王冠に触れました。


 「10年前.....戦争が終わり、国の財政は苦しくなった。交易の道は広がらずに、塩も鉄も作物も不足した。父上はその現実から逃げ、クスリ漬けにされ......家臣に政治を乗っ取られた。一部の高位貴族が私利私欲に走ったこの国はいつ終わってもおかしくありませんでしたね。 今日お集まりのみなさまも、領地が貧し存続の手を考えるのに苦労したことでしょう。」


 ”戦争”その言葉を耳にした貴族達は暗い表情を浮かべ、ゆっくりと頷いていました。

 クスリという言葉を聞いても誰も動揺しないところを見ると、皇帝がクスリ漬けになっていることは貴族の間では周知の事実のようでした。


 「父上、この国がまだ存続しているのは彼のおかげですよ」


 ネージュ様が手を伸ばした先にいたのは、プラチナブロンドの髪がほとんど白髪に変わっている男性でした。

 彼はとても疲れ果てているように見えました。

 着ている服からして貴族であるはずですが、顔色は悪く肌にツヤというものがありませんでした。

 おまけに片足を引きずっていて杖をついて歩いていたのですが、それが余計に彼をボロボロに見せていました。

 男性はルーの隣に立ち、玉座に向かって跪きました。


 「フェンシル・アルラーナ、ただいま帰還いたしました。」


 その言葉に私は目を見開きました。

 ............彼は..........目の前の男性は.........私の父だったのです。

 彼を見て、陛下はわかりやすく顔を歪めました。


 「........しつこい............奴め。........まだ生きていたとはな。」

 「アルラーナ侯爵はまだ国交のなかった別大陸の国々を回って、不足した物品が安定した供給を望める交易ルートを確保してくれたのです。...................10年もの歳月をかけて。」

 その言葉に貴族達からはどよめきが起きました。


 ”ついにやり遂げたのか”
 ”あの広大なルートを!?”
 ”信じられん、あやつの執念はどこから湧いてくるのだ”
 ”これで.......商団による無理な値段上昇は起こり得なくなった!!!”

 聞こえてくる言葉に、ネージュ様はにっこりと微笑みました。


 「あの戦争が終わった後、関係が悪化したままの周辺国との貿易は難しくなった。その時、我が国の流通を牛耳ったのはシュタルツ商団だった。皆も覚えているだろう。物価がいきなり上昇し、飢え死ぬ民が跡をたたなかったことを。」


 ヴィーナは言っていました。

 ”戦争によって多くの商団の人員が殺され、活動ができなくなった。周辺国からの供給も絶たれた。そこで唯一残った商団は民を助けることよりも、自分達が国を支配することを望んだ”と........。


 「そのような商団をなぜ、父上が取り締まらなかったのか。..............その答えは簡単だ。父上と商団は癒着していたからだ。父上は苦しむ国民と現実より、全てを忘れ快楽を得られるクスリを選んだのだ」


 その言葉にいよいよ陛下が玉座から立ち上がり、剣を引き抜こうとしました。

 その瞬間、ルーが投げた小刀が陛下の首元すれすれのところを通り過ぎ、陛下のマントと共に玉座に刺さりました。

  身動きのできなくなった陛下は怒り狂いました。


 「.........不敬である!!! 衛兵、こいつらを捕らえろ!!!!!!」


 陛下は唸り声のような命令を下しましたが、衛兵は一人として前に出てきません。

 それどころか、ルーやネージュ様を守るように陛下に剣を向けたのです。


 「父上、王は神に選ばれたから皆が従うのではありません。王たるものだから従うのです。長年国を苦しめ、腐らせた貴方は王ではないぞ?」


 そう言って、ネージュ様は陛下の剣を持つ手を抑え、首筋をするすると撫でた。

 彼は笑顔を浮かべているけれど、その表情はとても恐ろしいものでした。

 表情での威圧.......力を使わずとも、彼には人を跪かせるオーラがありました。



 ........ついに陛下は青ざめてブルブルと震え出し.......黙って玉座に座り何も喋らなくなってしまいました。

 その表情は虚ろで..........この感情の起伏の激しさにはやはり、ネージュ様の言っていたクスリの影響があるのでしょう。


 「ローズマリー・アルラーナ.........いや、ローズマリー・シュタルツとその娘、前に出て着なさい。」

 ネージュ様は陛下に視線を送ることもなく、冷たい表情のままそう言い放ちました。

 ローズマリー・アルラーナは義母おかあさまの名です。

 義母はルージュ様を睨みつけながら、フェリシダ........いえ、義妹は青白い顔で出て着ました。

 義母の旧姓はシュタルツ。


 そうです、彼女はシュタルツ商団の団長の娘だったのです。


 「ローズマリー・シュタルツの父親である商団長には野望があった。それは娘を貴族に嫁がせ、その娘を皇妃にすること。そしてゆくゆくは自身の血が混じった子が皇帝となることだ」


 そのネージュ様の言葉に義母は何も言わずに、ただただ彼を睨みつけるだけでした。

 周囲の貴族はその言葉に”なんと強欲な” ”恥知らずが”などと言葉を交わしています。


 「あれは、まだ戦争中のことだ。商団長は鉄や食料の配給を盾に、アルラーナ侯爵に取引を求めたそうだ。アルラーナ侯爵そのことについて話してみよ」

 「.............はい。彼は....................我が領地への配給を突如取りやめたのです。戦争中でしたので、物品は常に不足しており、他領地からの支援も望めない状況でした。
 彼は言いました。自分の娘を嫁に迎えるように、と。さもなくば、民は見殺しにすると。」

 平常時に平民である商団長が貴族.....その中でも大貴族であった父にこのような要求をしていたのなら、間違いなく牢送りになっていたことでしょう。

 しかし、当時は戦争中で一刻の猶予もなかった..........。


 「妻と私は受け入れました。なんの罪もない民をこのような問題に巻き込んで死なせるわけには生きませんから。.................しかし、その後彼の要求は続いたのです。」


 「その要求とはなんだ?」


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