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 扉の外には見たことのない男性が二人立っていました。

 一人は長身で、漆黒の長い髪を後ろで束ねている男性......。

 整った顔立ちですが、どこか厳格そうな風貌で、彼の切れ長の瞳で見つめられたなら息が詰まりそうだと思ってしまいました。


 もう一人は逆に、私と目線があまり変わらない可愛らしい顔立ちの男性でした。

 小動物のようなクリクリとした瞳は琥珀色で、興味津々というように私を見つめています。

 ミルクティー色の長いくせ毛を横で無造作にくくっていますが、ふわふわとしていて触り心地が良さそうでした。


 「この子がリア様ですか!?」

 そうルーに尋ねたのは小動物のような男性の方でした。


 「ハク、近づくな。リアは他人に慣れていない。」

 「いいじゃないっすか、少しくらい!これから散々顔合わすんでしょうし。」


 ハクと呼ばれた男性に「ね~?」と相槌を求められ、私は返答に困りました。

 ..............散々、顔を合わす、のでしょうか?


 「ハク。この方は侯爵令嬢だ。態度を直せ」


 そう言ったのは冷たい顔立ちの男性です。


 「あ、そっか~。いや、なかなかシエル様が合わせてくれないから、今日が楽しみで楽しみで! 失礼致しました。」

 「そ、そんな。やめてください。」


 ハクの優雅な一礼に戸惑う私に、ルーは優しく笑いかけた。


 「紹介する。俺の側近のハクとニクスだ。」


 ルーの紹介に、ハクと二クスは私に対して礼の姿勢をとった。


 「俺がハクです!気軽にハクって呼んでください!お会いできて嬉しいです!それで横のデカくて無愛想なのがニクスです。ちなみに無表情がデフォルトなので怒ってる訳じゃないです!!」

 「...........はい、よく怖がられますが、あまり笑顔が得意じゃないだけです。自分もお会いできて嬉しいです。ニクスとお呼びください」

 「丁寧なご挨拶ありがとうございます。........それでは、ハクとニクスと呼ばせていただきますね??これからよろしくお願いいたします。」


 私の言葉にハクとニクスは”はい”と返事をしてくださいました。

 私たちの挨拶が終わったのを見て、ルーは満足げに微笑みました。


 「それでは本邸に急ごう。時間が少し迫っている」


 そのルーの言葉に私たちは塔の螺旋階段を降り始めたのです。

 
 以前この階段を使ったのは、塔に閉じ込められる前でした。

 その時は”きっとここを次に通る時は私が売られる時だわ”と考えていました。

 過去の自分が考えていた未来とは違う道を歩めている、私は過去の絶望しかなかった自分を励ましてやりたくなりました。


 「シエルさま~シエルさま~ちゃんと言えたんですか???俺ら、空気読んで外で待っててあげたんですからさ~」

 「うるさい、黙れ」

 「お。顔真っ赤~。ちゃんと言えたみたいっすね~」


 ケラケラと楽しそうに笑うハクを、ルーは思いっきり睨みつけていました。

 主人と側近の関係にしては随分仲が良いように感じます。

 
 「リア様、この人毎日永遠にあなたのこと考えているんですよ~」

 「黙れ、ハク!!!口縫い付けるぞ!!」

 「でも、本当のことですね。贈るネックレスを選ぶときなんて何が違うのかわからないデザインで永遠に迷って、睡眠時間が減って次の日死人のような顔色で、ネージュ様にからかわれていましたね」

 「ニクス.......お前まで、やめてくれ......。」


 本邸に向かうまでの道のりでハクとニクスはルーの色々なエピソードを聞かせてくれました。

 そのせいでルーはすっかり疲れた顔をしていましたが、私は知らないルーの一面を知れてとても嬉しい時間となりました。


 侯爵邸に入ると、素早く侍女が数人出て来て私達に礼の姿勢を取りました。


 「城の侍女を連れて来た。皆、優秀だ。着替えを手伝って来てもらってくれ」

 「わかりました、ご配慮ありがとうございます。」


 城から連れてきたという四人の侍女の仕事をなすスピードはとても速く、他の屋敷の侍女を知らないけれど、この方達が優れた侍女であることは一目瞭然でした。

 私は彼女達によって風呂に入れられ、ドレスに着替えさせられ、髪やら顔やら爪やら......次々と飾り付けがなされていきました。

 他人に自分の準備をしていただく体験がなかったので、少し居心地も悪かったのですが、彼女達の手によって魔法のように変化する自分を見ているのはとても楽しい経験でした。

 全ての工程が終わると、四人の侍女達は下がっていき、代わりにルー達が部屋に入ってきました。


 「うおお、めっちゃ綺麗!!!シエル様ドレスのセンスも良いっすね!!!めっちゃ似合ってる!!!」

 「ハク、主人より先に褒めるな。シエル様の苦々しい顔を見ろ」

 「あ、すいません。これは本当に.......」


 そう言ったハクは後ろに下がり、ルーを私の前に押し出しました。

 ルーはそんなハクに小さくため息をついた後、私に向き合いました。

 そして私から少し目線をそらし、また顔を林檎のように真っ赤にさせました。


 「............凄く.......綺麗だ.......」

 「本当ですか?ルーの隣を歩いても恥ずかしくはありませんか??」

 「勿論だ!!!リアは昔から自分に自信がなさすぎる!!!もっと自分の美しさを自覚しろ!!」


 ルーは食い気味にそう言い放ちました。

 私はその勢いに少し驚きましたが、満面の笑みで”ありがとうございます”と返事をしました。
 


 そしてその後、私達は王城へ向かう馬車へと乗り込みました。

 馬車の中では今日のパーティーについての話や、招かれている貴族の話、そして今後の話についてルーから聞かされました。


 「リアは城で開かれる武術大会について知っているか?」

 「はい。知っています!五年に一度城で開かれるもので、参加者が全国から集まる大きな大会でしたよね。精霊の加護を受けた剣士達が戦うため、神に捧ぐ”神祭”でもあるとても権威のある大会だと教わりました」

 「ああ..........その優勝者に与えられる褒美については??」

 「確か.......王が直々に一つ願いを叶えてくださるのですよね???」


 この国では、騎士もしくは騎士の見習いとして剣を授かる際に特別な儀式が行われます。

 魔石に手をあて、その魔石の精霊に選ばれた剣士はその精霊の加護を受けることができるのです。

 精霊の加護をもらえると人知を超えた力を使うことができます。

 そのような強い剣士達が闘う激しくも華やかな大会がこの武術大会でした。


 「.......そうだ。実は、俺は先日行われた武術大会で優勝することができたんだ」

 「..........!?!? すごいです!!!」

 
 15歳の優勝者なんて前代未聞なのではないでしょうか。

 私は目を見開きました。

 それに彼が精霊に選ばれた剣士であることにも驚かされました。

 精霊の加護は王族や貴族だから受けれるものではありません。

 各地域で毎年一人加護を受けるか受けないかという少ない確率の中、彼は選ばれたのです。

 思えば塔の外壁を登って会いに来てくれていたことも普通に考えればおかしいですし、何か彼の加護の力が関係あるのでしょう。
 

 「ありがとう。だが、優勝したことが重要ではなくてな..........。その”願い”が俺にとっては大事なんだ。力のない皇子だった俺が父に何か要求をできる初めての機会だからだ。そして、今日の生誕パーティーは成人を祝うために父上がいらっしゃる、きっとその場で願いを聞かれることになるだろう」

 「なるほど.........陛下もお越しになるのですね」

 「そうだ。父が私に会いにくるのは初めてだ」

 そう言って、ルーは少し寂しげに微笑みました。

 他の皇子とは違い貴族の名家の後ろ盾がなく、離宮でひっそりと暮らしていたルーと陛下はこれまで顔を合わすことがなかった.....そしてルーが彼に何か話を聞いてもらうためには、彼の興味を惹かなくてはならなかった。

 今回、武術大会で優勝を収め、やっと父親である陛下が彼に会いに来るのです。

 .............ルーは今、どんな気持ちなのでしょう。


 「リア。俺は父上に.......”王位継承権を捨てて、アルラーナ公爵家の婿養子に入りたい”と願うつもりだ。」

 「...........王位継承権を捨て...............婿養子..............それは........」

 ............つまり私と結婚し、アルラーナ侯爵家の一員となる、ということですよね?

 しかし、婿養子になることを陛下がお許しになるでしょうか。

 自身の子が家臣の子となるのを許すような人だとは思えませんでした。


  「まだリアは成人していないから、結婚はできないが正式に婚約を結びたい。その旨をアルラーナ侯爵に伝えたら、婿に来ないかと尋ねられたのだ」

 「.........父様が........? ........そうでした、父様は..........私を娘だと認めているのですか???義妹の方を”本当のフェリシダ”にするために、この数年私を塔に閉じ込めたのではないのですか???」


 その私の言葉にルーは目を見開きました。


 「............もしかして、ヴィーナはお前に何も教えていないのか?..........侯爵のことを」

 「........?......そうですね。貴族社会の歴史については随分詳しくとお話してくださりましたけど...............あれ.....ところでなぜヴィーナのことを知っているのですか???」

 「ヴィーナは侯爵の古い友人なんだよ。お前の父であるアルラーナ侯爵はとにかく凄い人なんだ。俺の1番の憧れだ。今まで国交がなかった別大陸の国々を何年もかけて回って一から交易ルートを広げて、先日国に帰還したんだよ」

 「父様は、私を疎んでいたから会いに来ていなかった訳ではなく......そもそもあの屋敷にいらっしゃらなかったのですか.......?」

 「そうだ。王令で世界各地を回っていたんだ。俺の父親は.....冷酷な男でな、家族に対しても......他人にも。そんな父に侯爵は目をつけられていた。未開の地を回ることは危険がつきもので、生きて帰れることの方が少ない。そんな仕事をわざと侯爵に命じたんだ」

 「........そうだったのですか.......」

 「俺がウラノスニエヴァという名ではなく、婿養子としてリアと結婚したいのはアルラーナ侯爵に憧れ、彼の仕事を引き継ぎたいからだ。王族が城を離れることを父がそう簡単に許すとも思えんが、..........きっと全ては上手くいくはずだ。もし、父が怒り剣を引き抜いたりしてもあまり動じないで欲しい」

 「........大丈夫、なのですよね.......」


 少し心配になって来ました。

 そんな私の気持ちを察したのか、ルーは私を軽く抱きしめて”大丈夫だ”と言ってくれました。


 「詳しくは後で知ることになると思うが、お前の義母があの家で権力を持っていたのには義母の実家の商団とそして俺の父が関わっているんだ」

 「商団と.............陛下が.......?」

 「そうだ。12年前に始まった大きな戦争からずっと、アルラーナ侯爵は彼らに苦しめられてきた。それを今日断つ。................そのために、兄上に力を借りたのだ」

 そう言ったルーの瞳は力強いものでした。



 .............馬車の外を窓から覗けば城はもうすぐ側に迫っていて、私は静かに息を吐き出しました。

 私の人生が大きく変わる、その時間が迫っていました。


 
 
 
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