【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 

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 いつも私に会いにくるときは、身軽な格好をしているルーでしたが、今日は違いました。

 彼は黒の燕尾服に身を包んでいて、その美しいシルエットは彼の引き締まった体のラインを更に優雅に見せていました。

 そして、サラサラと揺れる前髪は後ろに流されていて、いつもの数段大人っぽく感じます。

 私は呆気にとられて、何も口から言葉が出て来ませんでした。

 ルーが片手を挙げると、後ろについていた人達は下がり、部屋の中には私とルーの二人っきりになりました。

 ルーは何故か鉄格子の鍵を持っていて、扉を開いてするりと中へ入って来ました。

 彼はゆっくりと近づいて来て、私の目の前に立ち息を深く吸った後.........彼は私に跪いたのです。

 突然のことに私は驚いてルーを立たせようとしますが、それをルーに拒否されました。

 私はただ彼の言葉を待つしかありませんでした。


 ................しばらくすると、彼は口を開き始めました。


 「今まで、名を名乗れなかったことをお許しください。 私の本当の名は、シエル・ウラノスニエヴァ 貴方をお迎えにあがりました。」

 彼は私の手を取り、頭を下げました。

 「し、エル............、ウラノス.............ニエヴァ.............。あなたは...........王族、なのですか???」


 その名を呟く時、声が震えました。

 今まで..........本当に、衛兵の見習いだと信じ込んでいたのです。

 私の問いかけに、ルーは.........こくんと頷いた。



 「少し、話を聞いてもらっていいか?」

 彼の孔雀色の瞳が私をまっすぐに見つめていました。

 「..........はい。」

 私が頷くと、彼は私を椅子に座らせました。

 そして、ゆっくりと語り出しました。


 「..............俺は、この国の第3皇子だ。
 だが母上が平民だったため、ほとんど後ろ盾はなく兄弟達の中では私は非常に力が弱かった。兄上達が成人に近づくにつれ、帝位争いが激しくなっていく城内で、俺と母上はただ身を潜めていることしかできなかった。」

 ヴィーナから帝位争いの話は聞いたことがありました。

 側妃様達の争いは激しく、後宮では死人が出ることも珍しくない時代があったと.......。

 側妃様や皇子・皇女も多数が命を落とし、残った子供は今の5人だけなのだそうです。


 「母上の離宮からは年々人がいなくなっていった。...........でもそれでよかった。帝位に興味がなかった俺は、このまま皆が俺の存在を忘れてしまえば良いと思っていた。そうして、いつか母上と城を出て旅に出たいと思っていた。.................呑気にな。」

 ルーは苦笑をこぼしました。

 実際に見たことなんてないのに、幼いルーが寂しい離宮でポツンと立ち、空を見上げている姿を思い浮かべました。

 いくらお母様がいたとは言え、そのような不安定な状況の後宮で過ごす生活は不安も大きかったでしょう........。


 「でもリアに出会って、気がついたんだ。 力がないと誰かを助けることができない。望みは叶えられない、ということに。ひどく時間がかかってしまった。お前が、義母や義妹に良くない扱いを受けていることは知っていたんだ。知っていたのに、助けられなかった。俺は...........俺は...........」

 ルーの声は震えて、掠れていた。

 「あの日、真っ青な顔で床に倒れているお前を見た時、息ができなかった。体が震えてどうしようもなかった。お前が大事で.................大事なのに、俺はお前が怪我を負う前に助けられなかった。」

 「貴方のせいではありませんっ!!!「いや、俺が兄上なら........兄上のように利口だったのならば、もっと良い道を見つけていたのかもしれないんだ.........」


 ”兄上”

 彼の口から最近その言葉を数回耳にしていたことを、私は思い出しました。


 「第一皇子のネージュ兄上だ。今回の件にも協力してもらっている。」

 「では、あの契約というのは........」

 「そうだ。兄上が望む未来と俺が望む未来は同じだった。だから、協力を得られたんだ。」


 第一皇子のネージュ皇子は夜会など人の集まるところにはほとんど顔を出さない方ですが、彼と会った貴族たちは誰もが口を揃え次期皇帝へと推していると聞きました。

 容姿は美しく、頭脳明晰で、幼い頃から公務を正確にこなし、父帝より余程仕事をなさっているとヴィーナはおっしゃっていました。

 後宮での皇太子争いは激しかったため、今でも兄弟達はほとんど関わりがないはずです。

 ルーがネージュ様の協力を得るためにどれほど苦労したかは、私には想像もできませんでした。


 「貴方の顔色が悪かったのは、私のせいだったのですね」


 目元にクマを作っていた時........きっとあの時が一番大変な時期だったのでしょう。

 その原因は.........私だったという訳です。


 「いや、俺のためだ」

 「え?」

 「俺が、お前と一緒にいたいんだ。」


 ルーは私の手を取り、優しく握りました。

 そして、何かを思い出したかのような表情を浮かべた後、彼は急に挙動不審になり、何かを言いかけてはやめる.........という行動を繰り返しました。

 そんなルーを見て、私は首を傾げました。


 「どうしました?ルー」 

 「.........その、側近に言われたんだ」

 「何を、ですか?」

 「思いはちゃんと伝えねば、伝わらないと」

 「それは........そうですね? 私は今、ルーが何を言い迷っているのかわかりませんから......?」


 その私の言葉に、ルーは困ったような表情をしました。

 しかし、数秒後には彼は意を決めたように私を真っ直ぐに見つめました。


 「ネックレスは俺の....心だと言っただろ?」

 「はい。ルーの優しいお心は十分伝わっております。とても嬉しかったです!!」
 
 「.........う。お前が世間の常識に疎いことを忘れていた...........」

 「.........???」

 「自分の瞳の色のネックレスを渡すのは.........つまり...............」

  「.................つまり?」

 「お前を俺のものにしたいと言う意味なんだ」

 「..........俺のモノ?」

 「だから!!!!俺は、お前が一人の女性として好きなんだ!!!!」


 ルーの顔は真っ赤になっていました。

 まるで林檎みたいに。


 ............これは夢なんでしょうか。

 混乱して、目をパチクリと瞬きました。

 そんな私の両手を握っていたルーの力が強まりました。

 
 「リア。お前が俺の光で、原動力なんだ。いつも、お前の笑顔を思い浮かべれば暖かい気持ちになれる。
 .........................愛しているんだ。」


 その言葉に私は大きく目を見開きました。

 ”愛している”

 誰からも言われたことがない、そしてこれからも言われることはないと思っていた言葉でした。


 ................私には永遠に縁のない言葉だと、心の中で諦めていたのです。

 そんな言葉を、ルーからいただけるなんて私は夢にも思っていませんでした。

 ...............ですが...............


 「.................私は..........侯爵家の一員として認められておりません。...............名さえないのです.........!! 貴方様には.........私はつりあいません...........」
  

 こんなこと言いたくはありませんでした。

 今すぐ、ルーの腕の中に飛び込みたい気持ちでした。

 ですがフェリシダの声が頭の中で響くのです。

 ”奴隷にだって、名はある”

 ”貴方は人間ではない”

 こんな私がルーの好意を受け入れてはいけないと、理性でわかっていました。


 俯く私の顔を、ルーは優しくあげました。

 私の瞳から流れ落ちる涙を見て、ルーは驚いたような顔をしましたが、ふっと笑って涙を拭ってくれました。


 「..............................お前は正真正銘アルラーナ侯爵家の一人娘だ。リア。
             ................................................................いや、フェリシダと呼ぶべきだな。」


 その言葉に私は困惑を隠せませんでした。

 「ど.......ういうことですか? フェリシダは私の名前ではありません。妹の名です。」

 「認められていないのは、あの妹の方だってことだ。お前は父親から名前をもらっている。お前は正真正銘、あのアルラーナ侯爵の一人娘だ」

 「ど、ど、どういうことでしょうか??? そんな.........私が? フェリシダ.......なのですか?..........では、妹は...........?」

 「この入れ違いには、お前の義母やその家族だけではなく、多くの者の事情が関わっているのだ。だから、この事実を知った時にすぐには動けなかった。」

 「多くの........」

 「だが、今日全てを明らかにさせる。王城に行くぞ、リア。侯爵邸で着替える許可はもらっている。俺が持ってきたドレスに着替えて欲しい」

 ルーが手を差し出した。

 困惑しながらも、私はその手をとった。


 「それと、お前は俺のこと好きでは........ないか?男としては見れんか?...........いや!別にいいんだ。それはそれで、これから努力するし...... ...........「私がルーを好きにならない訳がないでしょう???鈍い人ですね」」

 「な!!!」

 「あの出会いの日、私は王子様みたいと言いましたが............本当に王子様だったのですね???」

 「う........一応はな。騙してたのは悪かったが.........」


 ルーは本当に気にしているらしく、落ち込んでいました。

 そんな彼に、私は笑いかけました。


 「気にしてませんよ。シエル皇子。私も貴方を.......................愛していますから。」

 その言葉を聞いたルーは呆然とした後..............私をぎゅっと強く抱きしめてくれました。





 ...........幼い少年の頃から、彼はずっと変わらず会いに来てくれました。

 花をくれました。

 元気付けてくれました。

 夢をくれました。



 ずっと側にいたい。

 隣で支えたい。

 護ってあげたい。

 色んな気持ちが溢れ出しそうで........。



 これが...........愛するってことなんですね。

 心が温かくて、幸せで満ち溢れていました。





 私はルーに手を引かれて、鉄格子の扉をくぐり抜けました。

 外へ出るのは、9年ぶりでした。


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