人生8周目の悪役令嬢、今世は『推し(悪役宰相)』を救って死亡フラグごと燃やし尽くします!

白桃

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第五話 迫りくる破滅フラグ、水面下の攻防

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 ついに、運命の満月の夜がやってきた。
 過去のループにおいて、宰相アシュター・フォン・ナイトレイが食糧横流しの濡れ衣を着せられ、失脚への第一歩を刻むことになる夜だ。
 スカーレットは、自室の窓から妖しく輝く満月を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめた。

(大丈夫、準備は万端よ。今度こそ、アシュター様を……!)

 昼間のうちに、スカーレットは計画を実行に移していた。
 真犯人であるマルティン侯爵が偽造帳簿を隠している場所、そして横流しの実行計画の詳細を記した手紙。
 それを、差出人が特定されないよう細心の注意を払い、父である公爵の使いに見せかけて、王宮騎士団の中でも特に公正だと評判の高い、第三騎士隊隊長オルコット卿の元へ届けさせたのだ。
 オルコット卿ならば、たとえ匿名の情報であっても、無視することはしまい。
 そう信じるしかなかった。

(これで、わたくしにできることはやったわ。あとは、オルコット卿が動いてくれるのを待つだけ……。どうか、間に合って……!)

 スカーレットは祈るような気持ちだった。
 もし計画が失敗すれば、アシュター様は破滅し、わたくしのささやかな介入も、いずれ彼に知られてしまうかもしれない。
 それは避けたかった。

 その頃、宰相執務室では、アシュターが部下からの最終報告を受けていた。

「……やはり、マルティン侯爵が黒、と」
「はっ。備蓄倉庫の帳簿には巧妙な改竄の跡が。また、侯爵の周辺で不自然な金の動きも確認されました。今宵、侯爵が主催する秘密の会合にて、宰相閣下を告発する計画かと」

 部下の報告に、アシュターは静かに目を伏せた。
 やはり、あの令嬢――スカーレットの警告は正しかったのだ。
 彼女は一体、どこでこの情報を……?

 疑問は尽きないが、今は目の前の危機に対処するのが先決だ。
 マルティン侯爵からの、丁寧な言葉で綴られた会合への招待状が、机の上に置かれている。
 罠だと分かっていながら、行かねばならない。
 行かねば、黒幕たちの尻尾を完全に掴むことはできない。

「……分かった。準備をしろ。会合へ出席する」

 アシュターは、覚悟を決めた声で命じた。
 部下は「しかし閣下、危険です!」と諌めようとしたが、アシュターはそれを手で制した。

「問題ない。全て、想定通りだ」

 その冷徹な瞳の奥に、揺るぎない決意が宿っていた。
 たとえこの身がどうなろうとも、国を蝕む害悪は、必ず排除する。
 それが、宰相としての彼の責務であり、生き方だった。

 深夜、マルティン侯爵の屋敷の一室で、秘密の会合が開かれていた。
 保守派貴族の重鎮たちが顔を揃え、中央にはアシュターが一人、静かに座っている。
 周囲を取り囲む貴族たちの視線は、敵意と嘲りに満ちていた。

「さて、ナイトレイ宰相閣下」

 マルティン侯爵が、わざとらしく切り出した。

「単刀直入に申し上げましょう。我々は、貴殿が国の備蓄小麦を不正に横領し、私腹を肥やしているという、動かぬ証拠を掴みましたぞ」

 侯爵は、一冊の分厚い帳簿をテーブルに叩きつけた。
 それは、巧妙に偽造された、アシュターの罪を示す証拠(のはず)だった。

「ほう。それは初耳だな」

 アシュターは、表情一つ変えずに答える。

「その証拠とやらを、詳しく拝見したいものだ」
「とぼけるのも今のうちですぞ!」

 別の貴族が声を荒らげる。

「我々は全てお見通しなのだ! 速やかに罪を認め、宰相の座を降りていただこう!」

 貴族たちは、次々とアシュターを弾劾し始めた。
 まるで、寄ってたかって獲物を追い詰めるハイエナのようだ。

 アシュターは、冷静に彼らの言葉を聞き流しながら、状況を分析していた。

(やはり、この帳簿が切り札か。だが、これだけでは決定打に欠けるはず。奴らは、さらに何か隠している……?)

 その時だった。
 部屋の扉が勢いよく開き、武装した騎士たちがなだれ込んできたのだ。
 先頭に立つのは、第三騎士隊隊長オルコット卿。
 その手には、一通の手紙が握られている。

「マルティン侯爵! 宰相閣下への反逆及び、国家備蓄物資横領の容疑で、貴殿らを拘束する!」

 オルコット卿の厳かな声が響き渡る。
 侯爵たちは、突然の騎士団の介入に顔面蒼白になった。

「な、何を言うか、オルコット卿! 我々は宰相閣下の不正を告発しているのだぞ!」

 マルティン侯爵が慌てて反論する。

「不正、ですと? では、侯爵。貴殿の書斎の隠し棚にある『裏帳簿』については、どう説明されるかな?」

 オルコット卿は、冷ややかに言い放った。
 その言葉に、マルティン侯爵は完全に凍りついた。
 なぜ、あの場所を知っている……!?

 オルコット卿は、部下に命じてマルティン侯爵の屋敷を捜索させ、程なくして、隠し棚から本物の裏帳簿と、横流しの計画を示す書簡を発見させた。
 決定的な証拠を突きつけられ、マルティン侯爵とその一派は、もはや言い逃れることはできなかった。
 形勢は、一瞬にして逆転したのだ。

 アシュターは、その一部始終を静かに見守っていた。
 そして、オルコット卿が駆けつけるきっかけとなったであろう、匿名の情報提供者の存在を確信していた。

(……やはり、あの令嬢か)

 スカーレット・アリア・ヴァーミリオン。
 彼女は、一体何者なのだろう。
 なぜ、これほどの情報を持ち、自分を助けるような真似をするのか。
 アシュターの彼女に対する疑念と興味は、もはや無視できないほど大きなものへと変わっていた。
 同時に、窮地を救われたことに対する、わずかな……感謝のような感情も、彼の胸に芽生え始めていたのかもしれない。

 事件は解決した。
 しかし、アシュターとスカーレットの関係は、新たな局面を迎えようとしていた。
 氷の宰相の心に灯った小さな火種は、これからどのように燃え広がっていくのだろうか。
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