邪神様に恋をして

そらまめ

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新婚編

邪神様、幸せな歌を聞かせて

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 おいおい、野盗が近くで荒らしまわっているというのに人が来すぎだろ! なんなんだ、この緊張感の無さは。

「ユータ、魔族なんてそんなもんだよ。あいつらは暴れる事と、快楽を得るために生きてるようなものだし」
「ならさ、自分達で討伐すればよくないか。妙なところで他力本願なんだな」
「悠太様、口ではなくて手を動かしてください。オーダーが貯まってますので、早くお願いします」

 うっ、ウェンリィに怒られた。マジで目がこわいぜ。
 怒られた俺はテキパキとオーダーをこなす。
 だが、ウェンリィとマナリアという戦力が増えたおかげで昨日よりは余裕があった。
 そんな俺はヒルデの踊りを横目でチラチラと見ていた。
 ああ、なんて美しいのだ、ヒルデは。

「悠太様、見惚れていないで仕事してください。ほら、焦げてますから」

 あ、ほんとだ、俺としたことが。
 しかし、マナリアにまで怒られてしまったぜ。
 何気にこの二人は厳しいな。

「あははは、ユータ、怒られてやんのぉ。まったくエッチなんだから!」
「おい、怒られたのとエッチなのは関係ないだろう。ノアもちゃんと仕事しろよな」
「あたしは完璧だからね。ほら、シェリーこれお願い」
「はいよ、クロノア!」

 なんだこのおちゃらけコンビは。ひょっとして俺は掛け合わせてはいけないものを生み出してしまったのでは……

「アンジュ、ちょっと火加減調整してくれ」
「はい、悠太様。こんな感じでいいでしょうか」

 お、なんかいい匂いがするし、この寄り添うピッタリ感は堪らないな。あああ、いけない、雑念よ、去るのだ!

「ユータ、なにアンジュに鼻の下を伸ばしてんのよ」

 あたた、ちょっと頬をツネるのはやめろよ、イテェよ。

「なにすんだよ、ノア! 鼻の下なんて伸びてないからな」
「あん、ユータ、あんたこれを見てもそう言えるの」

 クロノアはそう言うと宙に映像を映しだした。
 これは? うん、俺とアンジュがピッタンコしてるところだな。あれれ、ほんとだらしない顔してるな。

「なかなかイケメンな少年が、きちんと働いているじゃないか。この歳でほんと偉いものだ」
「はあああ、違うわ!」

 クロノア渾身の右ストレートが俺の左頬に炸裂した。
 ヤバっ、一瞬意識が飛んだぞ。あんにゃろう、年頃バージョンの拳は普通に痛いってこと忘れてるだろ。

「おい、ノア、不本意ながら一瞬意識が飛んだぞ。おまえ普段のちっさい姿じゃないんだからな。ちゃんと手加減しろよ、この暴力妖精が」
「あああ、殴られるような事をする、ユータが悪いんでしょ! バカなのユータは」
「なんだ、イテッ!」

 頭を叩かれて振り向くと、怒ったマルデルがそこにいた。

「悠太くん、ちゃんと仕事して。まったく少し余裕がでるとすぐイチャイチャしてサボるんだから」
「……はい、ごめんなさい」

 そう言ってマルデルはオーダーの貯まっている俺達の仕事を手伝ってくれた。
 何気に楽しそうなのは気のせいだろう。俺は怒られると思い、黙って仕事をした。


 そして今夜も大盛況で早々と品切れとなり、公演よりもかなり早く終わった。
 ちょうどミツキとクオンの出番だったのでエール片手に舞台を眺めた。

 おお、やっぱりミツキは歌がうまいな。それとクオンの踊りはなんていうか、かわいくて尊いのぉ。

「どう悠太くん、うちの公演のトリは。中々にいい感じでしょ」
「いやぁ、中々どころか、最高だよ」
「ほんとだよね。ミツキの歌とクオンの踊り。そして演奏も上手いし、演目の最後を飾るのに相応しいよね」
「でしょう、結構自信作なんだよね。でもこれで少しハスキーな感じの歌い手がいたら完璧だったのにな。あの人みたいな感じの」

 たぶん、マルデルに歌を教えてくれた人の事か。
 俺も会って聴いてみたかったなあ。

「え、その人、たぶんワルキューレにいるよ。わたしの過去視と未来視がそう告げてる」
「な、本当なの、クロ。あなたの力を疑う訳ではないけど」
「うん、たぶんいるよ。フレイヤもワルキューレが多くなってから全員には会ってないでしょ。スクルドに聞いてみれば分かると思うよ」

 マルデルは急いで立ち上がると走ってスクルドの所へ向かった。そんなに急ぐなんて、よっぽど会いたいんだな。

「ノアのそんな力、俺は聞いていないぞ」
「ああ、そっか、まだ言ってなかったね。うん、これがわたしの本当の力だよ。目覚めた時に覚醒したみたい」
「ほう、それは興味深いな。なら今後はトラブルに巻き込まれそうになったら事前に知らせてくれよな」
「え、やだよ、そんなの。その人の未来の選択肢や、可能性を閉ざしちゃうじゃない。ユータが思っているような便利な力じゃないよ」

 なんと、いうことだ……
 でも、まあ言われてみれば納得かも。

「そっか。人生には近道はない、ということか」
「ん、なんか例えが間違ってるような気もするけど。まあそんな感じだよね」

 多少の辛いことがあるからこそ、人は成長するし、喜びや嬉しさが増すということか。


 ◇


 マルデルはスクルドから聞いて、歌を教えてくれた人を呼んでもらっていた。
 マルデルは大泣きしながらも嬉しそうに、彼女を抱きしめていた。
 その彼女は少し照れている感じだったが、なにも言わずにただ、同じようにマルデルを抱きしめていた。

「どうして言ってくれなかったの。会いに来てくれても良かったのに」
「我が君にも、明かしたくはない、過去もあるかと思いまして」
「我が君とか呼ぶのはやめてよ。昔みたいな感じでいいよ。それに、あの時に教えてもらった歌のおかげで、悠太くん達が目を覚ましたんだよ。あなたは今も昔も、わたしの恩人なんだよ」

 少し困った表情を彼女は見せた。

「ワルキューレとなって英雄を歌でもてなすのが、私の一番の務めでしたから。フレイヤ様とのえにしが、私をワルキューレにしたのでしょう。けれど、私は今や、あなた様の眷属です。それを分かって欲しいのです」

 その言葉にマルデルはうつむいて黙ってしまった。

「……相変わらず、めそめそする娘だねぇ。そんなんだから、ほっとけないんだよ、あんたは」

 彼女はマルデルをまた抱きしめて、そう小さく囁いた。
 その言葉を聞いて、マルデルも強く彼女を抱きしめた。

「あなたが、あなたの歌が、わたしをたくさん救ってくれた。だから、本当にありがとう」
「言っただろう。あんたには必ずあの歌が幸せを運んでくれると。あれにはそういう呪いまじないが掛けてあったのさ」
「うん、本当に幸せを運んできてくれたよ。それも、いちばん願っていたことを」

 マルデルは彼女の胸の中で泣いていた。
 まるで母と娘、いや、姉と妹のようだ。

 マルデルの恩人は凛として、自然と目が惹かれる、妖艶な人だった。
 黒髪の長い髪に黒い瞳。褐色の肌で背も高く、グラマラスな女性。いかにも踊り子としても、歌い手としても、一流な雰囲気を醸し出していた。


「また、わたしに歌を教えて」
「ほんと、昔からおねだりしかしない娘だねぇ。仕方がないね、また教えてあげるよ。今度はとびっきり幸せな唄をさ」

 マルデルは嬉しそうに顔を上げて、大きくうなずいた。


 うん、本当に良かったね、マルデル。
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