想えばいつも君を見ていた

霧氷

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甘いものはいかがですか?

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どれくらい時間が経っただろう。

 お腹の空虚感が増す頃。

「佐伯、今何時?」
「ん?えっと…あっ、一時過ぎてる…。」

スマホのカバーを開け、時間を確かめた佐伯の目が少しだけ見開かれた。

「やっぱり…。」

「流石に、腹減るな。恵、そろそろ昼飯行かないか?」

「あぁ、そうだね。すっかり忘れてたよ。」

「おい、晋二大丈夫か?」

「…うぅ…瞬也、頭痛い…。」

晋二は、頭から湯気が出ているようだ。

手元を見れば、いくつもの式が書かれていた。

「お疲れ…。」

俺は、晋二の肩に手を置いて言った。

「檜山君、お疲れ様。最初より、正解率が上がったよ。」

「ほ、本当っ?」

「うん。少しずつだけど、着実に上がってる。だから、午後も頑張ろう。」

「…うんっ!」

晋二の顔には、疲れの色が出ていたが、嬉しそうだ。

「みず…っ!?」

俺は、もう水品達に声を掛けようと、そちら側を向き固まった。



「…ここは、こう…。」

「うんうん…でも、こうならないのか?」

「それは、引っ掛け。この元素が余っちゃう。」

「あぁ…そっかぁ…。」

二人の、水品と山賀の距離が近すぎるのだ。

前髪と前髪が擦れ合い、顔を上げれば、唇が触れそうな距離だ。

俺は、今すぐにでも、水品と山賀を離そうと、水品の後ろに向う。


「おい、山賀、水品、昼飯行くぞ。」

「?!」

「了解。」

「分かった。」

「…。」

俺が、引き離す前に、佐伯が二人を呼んでしまったので、俺は何も出来ず、水品の背を見ていた。


「皆、何が食べたい?」

「俺、ハンバーガーがいい。腹減った…。」

「おぉ、いいな。」

「手っ取り早いしね。」

「…。」

「…。」

「金森委員長、佐伯、どうしたの?黙って。」

俺達が話を進める中、黙ったままの金森委員長と佐伯に、水品が聞いた。

「…えっと、実は、僕、三日連続で夕飯ハンバーグなんだ…。」

「はぁっ!?」

「み、三日連続っ!?何で!?」

「……。」

「……。」


金森委員長が言った事に、俺と晋二は声をあげ、水品と山賀は驚きのあまり声も出ない。

「か、金森委員長、福引か懸賞で、ひき肉一年分とか、ハンバーグ一年分とか貰ったの?」

「ううん。違うんだ。実は、妹が、二学期の家庭科は調理実習で、その一回目が、ハンバーグを作ることなんだ。それで…。」

「それで、練習に毎晩出てくると…。」

「うん…。」

頷いた金森委員長の顔は、どこか疲れているようだった。

「ちなみに、俺も、昨日、恵の家からおすそ分けで貰って、食べたから、出来れば遠慮したい…。」

佐伯も、それに続いた。

「な、なるほど…。」

「だってよ、檜山。どうするんだ?」

「別のでいいよっ!流石に、三日連続でハンバーグ食べている人に、ハンバーガー食べろって、拷問だろっ!」

「だよな。金森委員長と佐伯は何食べたいの?」

「俺は、ハンバーグ系じゃなければ、何でもいい…。」

「頭を使ったから糖分が欲しいかな、僕は。」

「じゃぁ、ドーナツ屋なんてどう?姉貴から、フレドの割引券貰ったんだ。期限も近いから使ってくれって。」

「ドーナツっ!僕、賛成っ!」

山賀の提案に、疲れた顔をしていた金森委員長の瞳に一気に光が灯った。

まるで、エネルギーを一気に充填されたロボットのようだ。

「恵、落ち着け。山賀、ありがたいけど、お姉さんが使うんじゃないのか?」

「いいのいいの。姉ちゃん今、運転免許の合宿に行ってて、帰って来ないんだ。割引券、この地域の店舗限定なんだ。」

「じゃぁ、遠慮なく使わせてもらうか。」

「オッケーオッケーっ!フレドのドーナッツ上手いんだよな。」


フレドとは、『フレンド・ドーナッツ』というドーナツ屋の略称だ。

 創設者の二人が、知り合ったきっかけが、とある街に老夫婦が営む小さなパン屋が有り、そこえ、その創設者の二人が、最後のドーナツを取り合ったことが、知り合ったきっかけだ。

それから二人は親友となり、パン屋に通った。

しかし、後継者がいないパン屋は、閉店することになった。
そのパン屋のドーナツが好きだった二人は、頭を下げて弟子入りをし、老夫婦の跡を継いでドーナツ屋を始め、全国展開出来るまでに成長させたのだ。

創設者同士は、既に経営から退いているが、経営は、今でもその家族同士が、半分ずつ行っている。

名前の通り、女子しか入れないような店では無く、アット―ホームな雰囲気で、老若男女問わず、安定した人気があり、値段もお手頃だ。

「ここからだと、五丁目のアーケード街にある店が近い。」

俺達がはしゃいでいると、水品は既に店舗の場所をスマホで検索していた。

「サンキューっ、水品。」

「うん…。」

水品は、表情は変えないが、受け答えはするようになった。

それだけでも、見ていて嬉しいと思う。

ドーナツを頬張る水品か…きっと、ハムスターみたいに食べるんだろうな…。

あぁ…あの可愛い食べ方を皆に見られると思うと、少々複雑だが、また可愛い姿を堪能できるからいいか。


「土沢、ニヤけ過ぎ。」

「!?ニヤけてないよっ!」

水品のことを考えていた為、自分が思っているより顔の筋肉が緩んでいたんだろう。

佐伯に、指摘され慌てて否定した。

「いや、あれをニヤけといわず何て言うんだ。」

「っ!?」

「まぁまぁ、佐伯。瞬也も腹減ってるんだよ。なぁ?」

「う、うん。」

晋二のフォローのおかげで、佐伯にそれ以上指摘されることは無かった。






五丁目のアーケード街は、図書館の裏門から直進し、十分程行った所にある。

 そこは、昨年『全国惣菜グランプリ』で、三位を取った『コロッケの栗丘』や、老舗の金物屋、八百屋、酒屋、福引大好きな町内会長の不動産屋、店先の暖簾に『け』と書かれた右は理容室、左が美容室が立ち並ぶ。

その一方で、俺達が向かう『フレンド・ドーナッツ』の店舗やカラオケ屋も進出してきている。

「今昔が織り交ざってるな。」

アーケード街に入った時、水品が小声で言った言葉だ。

誰に言ったわけでも無い、ただの独り言だが、俺は聞き逃さなかった。

「(水品らしいなぁ。)」

俺は、すぐ前を歩く水品の背を見ながら、ついつい顔が綻ぶ。

不揃いな後ろ髪から覗く、首筋は白く吸い付きたい。

「水品君は、どんなドーナツが好き?」

「…普通の…カステラみたいな触感のやつ…。」

「あぁ、クラッシックだね。素朴な味わいのある。」

「多分、それ…。」

「水品君らしいなぁ。でも、フレドには、他にももっとおいしいドーナツがあるんだよ。」

「そうなの?」

「色々教えてあげる。ドーナツのことなら、任せてっ!」

「うん。お願いします。」


首筋にばかり目が行った為、金森委員長との会話は聞き流していた。

それが後に、後悔することになると、俺はその時、知る由も無かった。



「いらっしゃいませ~。」

店員の明るい声に出迎えられる。

鼻先には、甘い匂いが既に攻撃を開始している。


「悪い、俺、トイレ行ってくる。」

「あぁ、俺も行く。」

「じゃぁ、席取っておくよ。」

「頼む。」

佐伯と山賀と別れて、俺達は二階の飲食スペースに移動する。


「ここでいい?」

「うん。」

運よく、八人掛けのテーブルが開いていた為、そこに入った。

「じゃぁ、僕、買いに行ってくるね。」

「あぁ、いいよ。」

「いってら~。」

そういう金森委員長の顔は、キラキラしていて子どものようなので、俺も晋二も快く送り出すことにした。


「水品君、買いに行こう?」

「う、うん。」

頷いた水品を引っ張って、金森委員長は売店へと続く階段を降りて行った。

「金森委員長、よっぽど、ドーナツ好きなんだな。」

「だな。あんなに、目を輝かせてる委員長初めて見た。」


普段しっかりしている委員長の意外な一面を見れて、俺と晋二は、嬉しくなった。




「ただいま~。」

「あっ、お帰り。」

佐伯と山賀が、反対側の階段の方からやってきた。

「あれ?恵と水品は?」

「あぁ、金森委員長達は買いに行ったよ。」

「?!二人で行かせたのかっ!?」

「うわぁっ!?」

突然、佐伯が俺に掴みかかった。

「お、おい、佐伯っ!」

「何やってんだよっ!?」

山賀と晋二が慌てて止めに入るが、俺を掴む佐伯の手は震えている。

「さ、佐伯…?」

「…悪い…取り乱した…。」


周りの視線が気になったのか、佐伯は、頭を抱えながら、空いている椅子に倒れるように腰かけた。

「ど、どうしたんだよ、佐伯?」

「水品を恵と一緒に行かせたのは、マズイって言ってるんだ。」

「何言ってんだよ?金森委員長となら、水品も安心して行けるじゃん。」

「そうそう。水品、こういう店あんまり来ないみたいだし、ドーナツ好きの金森委員長が一緒なら、問題ないって。」

「つーか、マズイって何だよ?」

「…水品みたいな奴が、恵と行ったから、とんでもないことになる…。」

「?」

「はぁっ?」

「どういうことだ?」

佐伯の言葉に、晋二の周りには、クエスチョンマークが飛び交い、俺と山賀は問いかけるが、佐伯は頭を抱えたまま動かない。

「お待たせ~!」

「おかえ…っ!?」


俺は絶句した。

振り返った俺の目に映った物を見て。



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