二人の為のピアノソナタ

book bear

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藤宮凛音

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駅に置いてあるピアノを中心に人だかりができていた。

奏者はゆっくりと演奏をはじめた。
奏でる音は切なく、悲しい、けれどなぜか美しいと思わせる演奏をしていた。

ピアノを囲む人達は奏者の世界観へと引きずり込まれていく。

先程までの通行人が観客へと変わる。

聞いている人達それぞれに感じるものがあるのだろう。
険しい表情の人、優しい笑顔の人、涙腺を刺激されハンカチで鼻を抑える人、たった一曲の曲で色々な感情を人々に送ることができる。

ピアノの音色にはそんな不思議な力がある。
奏者も目を瞑り音色に耳を傾けると心がほぐされていくような温かい気持ちになる。


演奏を終えると、暫く余韻を感じている沈黙の時間があり、その後周りから拍手が沸き起こった。

藤宮凛音(ふじみや りお)はこの瞬間が堪らなく好きだ。

自分の思うままに演奏し、拍手が送られると自分の個性を受け入れられたような気持ちになる。

それが嬉しかった。


凛音はピアニスト養成講師である母親の元に生まれ、物心着いたときにはピアノのレッスンは当たり前になっていた。

ピアニストになれなかった母親の想いを背負わされ厳しい指導を受けて育った。

凛音が高校になった時、自分の置かれている状況に疑問を持ち始める。

私は母親の為にピアニストを目指している。
それって私が本当にやりたい事なのだろうか。
こんなに苦しい思いをしてまで叶えたいことなのだろうか。

答えは簡単に出た。

凛音は母親のおもちゃではない、ピアニストになんてなりたく無いと思った。

好きなように演奏し純粋にピアノを楽しみたいと思うようになった。

その事を母親に言ったが聞く耳を持たず、凛音の気持ちは尊重されなかった。

そんな生活に嫌気が差し、高校卒業してから自分で奨学金を借り、自由な音楽を求め音大へと入学した。

音楽以外には興味がなかったし、とりあえず音大に入ってから今後のことを考えようと楽観的な考えで入学した。

それから卒業して27歳になった今、ピアノの先生をし、気ままにピアノを楽しめる人生を送っている。

拍手が終わり観客達はぞろぞろと離れていった。

凛音も帰える用意をしてその場を立ち去ろうとした時、声をかけられた。


「先程の演奏とても良かったです。あなたの魅力が詰まった素晴らしい演奏でした」

凛音は声をかけてくれた男性を見て言葉を失った。

ピアノ好きなら誰もが知っている人物だ。
そしてかつて凛音が憧れていた人物でもあった。
凛音は恐る恐る口を開いた。

「もしかして、月城奏音(つきしろ みなと)さんですか?」

男性は決まり悪そうな表情で

「僕の事をご存知でしたか」

と言った。



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