コーヒーに魅せられて

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心に落ちた言葉

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目の前の彼女は何かを思い出したのか、涙を流していた。

珈月は彼女の事情はわからないが表情を見て辛いことがあった事は確かだと感じだ。

辛い人を見ると胸が痛くなり放って置くことができず、ついお節介を焼いてしまう。

これは優しさからの行動ではなく、ただ僕自身が辛いから自分のためにやった結果、人助けにつながっているだけなのだ。

このまま知らないふりをするのも心が苦しいので、珈月は女性に声をかけた。

「何かあったんですか?」

女性は涙を拭きながら、作った笑顔で

「珈琲が美味しすぎて」

と誤魔化した。

珈月は何かを隠しているのはすぐに気づいたが、触れずにありがとうございますと一言だけお礼を言った。

ただ珈月は彼女が抱えている物を少しでも減らし、楽にしてあげたいと思った。
そうする事によって自分が救われるからだ。

だからと言ってしつこく聞くのはお節介すぎると思ったので助け舟を出す程度にした。


「うちの店では相談もメニューにありますので是非活用ください、料金は頂いておりませんので気軽に相談ください、意外と人気あるんですよ」

珈月は女性の目をしっかりと見つめ、軽く笑みを作って言った。

女性は少し悩み、今日の出来事をゆっくりと話し始めた。

話していく内にまた思い出したのだろう。
表情が暗くなっていった。

話し終えた時には薄っすらと涙が目に溜まっていた。

「そうでしたか、それは辛いですね。
気持ちは良くわかります。僕にも似たような経験がありましてね。

その時の自分はなんて不幸なんだろう、と悲しみました。

世界で自分だけこの辛さを背負ってるような感覚に陥ったんです。

何もやる気が出ず、何をやっても集中できないんですよね。

あの時こうしてれば別れずに済んだかもしれないと過去を振り返り、後悔ばかりしていました。

後悔して過去にとらわれてる時ほど無駄な時間は無いですよ。

今だからわかりますが、後悔したと思ったときほど前を向いて生きていかなければならない。


勘違いしないでほしいのが前を向く=ポジティブに考えなさいと言う事ではなくて、辛いときに感じる悲しさや苦しさという感情は大事に受け入れてください。

そして後悔するのではなく、どう切り開けばいいのか悩み苦しむ事が前向きという意味です。

だからあなたも今感じている悲しみと向き合い、受け入れ、そして成長する為の糧にしてしまうのがいいかもしれませんよ

こんなアドバイスしかできませんが、少しは役に立てたでしょうか?」

女性は珈月の言葉に心を打たれた。
悲しみや苦しみを拒むのではなく、受け入れるという発想は無かった。

そういった負の感情も使い方次第では悲観的に捉える必要はないということを知った。

「いい言葉ですね、悲しみを受けいれ、成長の糧にしてしまう」

彼女は言葉を噛みしめるように呟いた。
そして、珈月の顔を見てお礼を言った。
先程とは違って表情が明るくなり、彼女がほんの僅かだが強くなったように見えた。

「今日この店に来れて良かったです、おかげて少しだけ前向きになれそうな気がします」

酔はだいぶ冷めて、彼女本来の品が戻りつつあった。

「僕で良ければいつでも相談に乗りますよ」

その言葉に女性はまたありがとうと今度は本当の笑顔で御礼を言った。


その日を機に、彼女は仕事帰りによく通ってくれるようになった。

最初は一言、二言と少ない会話だったが次第に職場での愚痴を聞いたり、珈月の経験談や変わったお客さんの話をするようになり、彼女は普通の客から常連客となっていった。


ある日、彼女はいつものようにカウンターに座り、おまかせブレンドを注文した。


いつもの様に、他愛もない会話をし、緩やかに時間は流れていく。

「今日の珈琲もとても美味しいです、なんというか、私の心に寄り添ってくれるような、落ち着くような珈琲なんですよね、日によって気分は変わるけどそれに合わせてくれるこの珈琲は私にとって新しい恋人みたいな感じかもしれません」

彼女はすこし照れたような顔をして言った。

「僕の珈琲を気に入ってくれてありがとうございます」

珈月はいつもの笑顔で御礼を言った。

彼女はそんな珈琲に興味を持った様子で聞いてきた。

「おまかせブレンドは何種類の豆を使ってるんですか?」

珈月は珈琲の質問されると嬉しくなり、熱弁してしまうのが癖だ、そうならない様に抑え気味で回答した。

「おまかせブレンドは、僕がお客さんの気分をなんとなく読み取り、それに合った豆を使っているので毎回違うんですよ、だからお客さんは今日はどんな味なのか楽しみにしてくださる方が多いですよ」

珈音は味が違っていたことに気づいていない自分を恥ずかしく思った。
それと同時に、的確に自分の気分を見抜かれていると言う事に恥ずかしさと、どこか嬉しいような複雑な気持ちになり、珈月の顔を見ることができなかった。

この時のまだ珈音は自分の気持ちの変化には気づいていなかった。


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