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失われた書と守護の国
ミズガル国
しおりを挟むミズガル国までの道中、歩いて行くと聞いていた。
「……結局運んでもらってる」
「ティウは軽いし、こっちの方が早いだろう?」
「分かってたけど……足が短いことくらい……」
なんとジルヴァラに抱っこされたまま、ミズガル国へと向かっている。
ティウは精霊ゆえに体重がとても軽い。しかし、ジルヴァラの片腕に座っているような形で運ばれているのは、小さな子供のようでちょっぴり屈辱的だ。
さらに安定を図るために両腕はジルヴァラの首に巻き付けているが、自然と顔が近くなるのでかなり恥ずかしかった。
「うう~~」
唸っているティウの不服っぷりが気になるようで、ジルヴァラの耳がぴくぴくと動いている。面白いその動きに、ティウは彼のもふもふの耳に「ふっ」と息を吹きかけて奇襲をかけた。
「くすぐったい」
今度はお返しだとばかりに、くるりとティウの視界が回った。気付けば両脇を抱えられ、ジルヴァラの目の前に持ってこられた。
「えっ!?」
ぷら~んと宙吊りにされて困惑しているティウの後頭部に鼻を押しつけたジルヴァラは、ティウのもふもふの耳にスリスリと頬ずりをして仕返しをしてきた。
「わああ!」
「くっくっくっ」
頭の上の耳元で笑われているのにもかかわらず、声が直に耳に響いてきてとてもくすぐったい。
(擬態の耳なのになんで~!?)
混乱するティウを余所に、ジルヴァラは反応の良いティウのもふもふの耳にかぶりと甘噛みをした。
「ひょわ~!」
これまたノアの細かいこだわりのせいなのだが、それどころではないティウの顔はもう真っ赤だ。
頭を横に振ってジルヴァラの甘噛みを避けようと必死だった。
ジルヴァラの顔から身を捩って逃れようとするが、全く歯が立たなくてジルヴァラが声を上げて笑っていた。
「ぐぬぬー!」
「面白いなティウは」
そんなやり取りをしていたら、いつの間にかミズガル国のすぐ近くまで来ていたらしい。遠目からでもティウが張ったという結界が見えて、ようやく我に返った。
「え、早くない? 一週間はかかるって……?」
「その予定だったんだが、さっき小屋の外に出たらかなり近いと気付いたんだ。恐らくノアのじーさんがミズガルの側に転移陣を設置しておいたんだろう」
出発して、まだ当日の夕方にもなっていなかった。ミズガル国の側へと転移して一時間ほどしか経っていなかった。
ティウが呆然としている間に、ジルヴァラは器用にティウを抱え直した。
「いつの間に!」
「仕事で付いて来れないって分かった時に、すぐ駆けつけられるように夜中にこっそりやっていたんだろう。こういう時だけ仕事が早い」
「日帰りできる距離に魔法陣が設置されてたなんて……旅の準備、楽しかったのに!」
「楽しそうに準備をしていたから余計に言えなかったんだろうな。俺もさっき言いづらかった」
「いっぱいお弁当も作ったのに!」
「俺が食うから気にするな」
「一日で良いからテントを使ってみたかった!」
「使ってもいいが、その分ミズガルにいられる時間が減るんじゃないか? 明日にもノアのじーさん達が来そうな勢いだっただろう?」
ガーンとショックを受けた顔をしていると、ジルヴァラは苦笑しながらティウを片腕に抱え直して頭を撫でた。
「すぐ連れ戻されないといいな」
ニヤリと笑うジルヴァラに、どこか引っかかりを覚えたティウはすぐに違和感に気付いた。
ジルヴァラの手から逃げるように頭を振ってキッと睨みつける。
「そういえば出かける前に準備はほとんどいらないって言ってましたね? 途中で買い足すからとも言ってたけど、さっき気付いたって嘘ですね!?」
「敬語」
「知ってましたね?」
「う……すまん」
まさかの共犯者。ティウの両頬は、これでもかと大きく膨らんだ。
ジルヴァラは笑いながらティウの背中をぽんぽんと優しく叩く。子供扱いされていると気付いたティウは、頬を膨らませるのを止めた。
「……お家に帰ったら庭で野営するもん」
諦めきれなくてついそう呟くと、ジルヴァラが堪えきれないと笑い出した。
「くくく……いいな、俺も混ぜてくれ」
「そのままお庭で焼き肉パーティーするんだー!」
「よし!」
ティウは本から得た知識だけではなく、実際に見て聞いて実践した生の記録を書録に書きたかった。
旅をした過去の記憶を丸々失っている身としては、今回の遠出が初めての旅となる。
野営のために下準備をした食料品や保存食材などを惜しみなく使って料理をしたかったのだ。
ノアの魔道具の取引はゾンやサミエが行っていたので、ティウは文字通りの箱入り娘だった。
服を買いに行きたくても、いつの間にかサミエが採寸して勝手に注文して大量に買ってくるので、自分で買いに行けたためしがない。
お出かけの経験があるとしても、変装したノアと一緒に手を繋いでル・ホルの村に行くくらいだった。それも入り口側の小さな市場や、小さな商業ギルドの窓口くらいだ。
そのためティウは外に出るという経験が、とにかく不足している。
だが十六歳になり、やっと一人で外に出られたお使いで三年経っても帰って来ず、何事かと思えばミズガル国の内乱に巻き込まれていたティウ。
それから百年も眠っていたとなれば、今後も、いやこれまで以上に家族からル・ハラの森に閉じ込められてしまうだろう。
(百年前は徒歩だとすると、ミズガルまでの往復だけで数ヶ月だから、それでも三年はかかり過ぎだって捜されていたのかな……)
申し訳なさに胸が痛まないわけではないが、もう二度と外に出れないかもしれないと思うと、ティウはいてもたってもいられなかった。
「ジル、早く行こう! いっぱいご飯食べよう。料理の本も買いたい!」
「分かった分かった」
ティウの我が儘を嬉しそうに聞くジルヴァラは、始終尻尾が揺れていた。
「ティウ、絶対俺から離れるんじゃないぞ」
「うん!」
元気良く返事をして、ひしっとジルヴァラにしがみつくと、また頭を撫でてくれた。
*
今でこそミズガル国は「守護の国」と呼ばれているが、元々は「水の国」とも呼ばれていた程に、湖に囲まれた小さな島国だった。
その湖を含む島全体が半球状の結界で覆われていた。百年前のミズガル国は、この泉の手前辺りまでが国土だったと思われる。
百年の間に人口が増えたのか、湖の周囲を取り囲むように街が広がっている。
この国は水源が多く、国の象徴として噴水のモニュメントが至る所に設置されているとジルヴァラが説明した。
それらは島だけではなく、周囲の街にも設置されているようだ。ティウ達が入り口の検問を待つ間、遠目から見えたのは巨大な結界と噴水だった。
(あれが……私の結界)
ティウのパッと見た印象は「半球状のシャボン玉」だった。すぐに弾けてしまいそうに感じるほどに透明な結界だった。
だが結界の表面には一目では気付かないほどに薄く白く光る文字が、右から左へと回転しているようだった。
時折白い文字とは別に、物々しい赤黒い文字のようなものが浮かんでは消えていた。結界を構成する魔法陣の一部だ。
時折、七色の光がオーロラのように渦巻いている。消えては現れる七色の光りが、とても幻想的に見えるのだろう。
この光る文字は、見る人によって神秘的でもあり、恐ろしくも見えるかもしれない。
今ではこの結界こそが観光名所となっているそうだ。
ティウはあの赤黒い呪文と魔法陣は見覚えがあった。遺伝書録と同じものだ。間違いなく自分が張った結界なのだと改めて自覚した。
「百年の間にこの国を落とすために幾度となく戦争が起きた。だが、ティウの結界のお陰で常に城は守られてきたんだ。大勢の魔法使いが攻撃しようが、結界が全て跳ね返す。王族にとって敵となる者が入り込もうとすれば結界が弾く。絶対に守られた聖域として周囲には脅威だっただろう」
「私の結界がそんなにも強いなんて……」
そんな結界魔法が今使えるだろうか? 答えは否だ。規模といい、使われている魔法の種類といい、魔力が足りないというのがすぐに分かった。
百年前の自分は、一体どうやってこれを作り上げたというのだろうか。
(……まさか、)
ふと過った可能性に、ティウは内心動揺した。
(遺伝書録が白紙になってしまったのは……)
もしかしたら自分は、この国を守るためにその身を犠牲にしようとしていたのかもしれない。
今から三百年ほど昔に起きた「ある事件」で、犠牲になった曾祖母であるフレイヤを思い出す。
ティウはフレイヤの命日に家族からその話をずっと聞かされて育ってきた。その悲しみを学んでいたはずだったのに。
「どうして……私はこの国を助けたの?」
百年前の自分の行動が分からない。
家族を悲しませると分かっているだろうに、こんな結界を張った理由は一体何なのだろう。
魔物がやってきたからという理由だけで、自らを犠牲にする必要と覚悟があったのだろうか?
「ジルは……私がこの国を助けようとした理由を知ってる?」
「…………」
「……ジル?」
黙っていたジルヴァラは、ちらりとティウを見て溜息を吐いた。
「あの時、結界を張る直前にティウから聞いたから知っている……が、言いたくない。ティウに思い出して欲しくない」
「え……」
「知っているからこそ、俺はティウをここに連れて来たくなかった」
その言葉に衝撃を受けて、呆然とジルヴァラを見た。
「賢者の一族は、一度何かが気になると止められないという事くらい、昔のティウやノアのじーさんと暮らしていたから知っている。でも、俺の見ていない所でティウが勝手にミズガル国に出かけて記憶を取り戻したら? そんな事になるんだったら、俺は横にいて力ずくでも止めてしまいたっかった……だから一緒に来たんだ」
そう言ってジルヴァラはティウを抱っこしている腕に少し力を込めた。その力は優しかったが、「離したくない」と言われているようだった。
ジルヴァラは力ずくでもと言ったが、そうしないのはティウを想っての事なのだと痛いほど分かった。
「ティウ、もし思い出してもあれから百年経ってるんだ。もういいだろう……?」
「……そうだね」
ジルヴァラの懇願に、ティウは悲しくなった。
ティウが力を抜いて、ジルヴァラの首元にこてんと頭を預けると、彼はホッと息を吐いた。
ティウの頭を撫でる彼の手付きが優しい。その優しさに甘えて目を閉じる。
(私は……眠っている間に、じーちゃん達やジルをこんなにも傷つけていたんだ)
離れないでくれとジルヴァラが話していた時、彼は何かを恐れている目をしていた。
ティウが目が覚めてからというもの、ジルヴァラは常に隣にいる。目が覚めたあの日は特に、夜になってまた眠りにつく際に、ジルヴァラとノアは「起きるよな……?」と恐る恐る聞いてきた。
またティウが眠り続けてしまうかもしれないと怖がっているのが痛いほど肌に感じた。それだけ心配をかけてきたのだ。
「自分の結界は確かに気になったけど、記憶を思い出したくてここに来たんじゃないよ。百年も眠ってたなんて信じられなかったから、本当かどうか自分の目で確かめたくて……結界が見たいって思っちゃったのは本当だけど」
「ティウ……」
「でも、もういいの。これで満足した。あの結界は私のだって分かったから」
「……いいのか?」
「うん。それよりもね、私百年後の世界が色々知りたい! ご飯とか、薬の種類も知識も技術も進歩しているでしょう? 今はそっちに興味があるの!」
「…………」
「だからここからは観光なの!」
話を終わらせる目的で元気いっぱいに大きな声を出したせいか、ジルヴァラが少し驚いていた。
「ああ」
きっとこれで良いのだと、ジルヴァラの笑顔を見てティウは思った。
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