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失われた書と守護の国
検問所
しおりを挟むミズガル国へと到着した二人は、人々の列に交じって検問の順番を待っていた。
塀で囲まれている検問所には大型の馬車が列を成しており、そちらの入り口はかなり混雑している。
ティウ達が並んでいるのは個人受付の所だが、すでに前に二十人ほどが並んでいた。
多種多様な種族が当たり前にいる光景を見て、ティウは驚きが隠せない。
ティウとノアが住んでいた場所から一番近いル・ホルの村は人族の村だった。
百年前の人族達は、人とは違う種族を全て野蛮だと主張して迫害し、奴隷にしたりしていた。
それが今では、普通に会話をしている光景が目の前に広がっている。
(百年も経つとこんなに変わるんだ……)
見知らぬ土地の風景もそうだが、そこにいる人々の光景も、すべてが新鮮で楽しくてたまらない。
ティウはフードを目深に被っているので視界が悪く、よく見えなかった。そうなると無意識に身を乗り出して覗こうとしてしまい、ジルヴァラにすぐに頭を押さえられて視界を戻されてしまうという行為を繰り返していた。
「危ないぞ」
「う……ごめんなさい」
そんなやりとりを繰り返している内に順番が回ってきた。
ティウは一旦ジルヴァラの腕から降りて、横で大人しく手続きが終わるのを待っていた。
ジルヴァラは兵士から色々と質問されている。それらに答えながら書類にペンで何やら書き込んでいるようだ。
「一応、顔を見せてくれるか?」
「ああ。ティウ、フードを脱いで兵士に顔を見せてくれ」
「はーい」
入国者の特徴をメモしているのだろう。
(なるほど……犯罪者が入国してきたら困るもんね)
納得しながらティウがフードを脱ぐと、こちらを見ていた兵士達がそれぞれ驚いた声を上げた。
(……あれ?)
兵士達の反応がよくわからずにいたティウは、思わずジルヴァラの後ろにすっと隠れた。その行動で兵士達はハッとしたようで謝ってくる。
「ああ、もういいよ。驚かせてすまなかったね」
ジルヴァラの相手をしている年配の兵士がティウに笑いかけた。その様子を見て、ティウはいい人そう……と恐る恐るジルヴァラの背後から顔を出す。
ふと、年配の兵士の横で一緒にこちらを見ていた兵士の一人と目が合った。見た目からして二十代だろうか。
「よ、坊主。兄ちゃんとおつかいか?」
「……たぶんそう?」
坊主という言葉に思わず反応しそうになったが、迂闊なことは言わないに限る。ジルヴァラに迷惑をかけてはいけないと、適当にごまかすことにした。
首をこてんと横に傾げながら「よく分かりません」と言わんばかりの返事をしてみると、兵士の青年が口元に手を当てて何やら悶えていた。
「お前可愛いな~~耳が小さい!」
兵士がしゃがみこみ、ティウと同じ目線になった。頭に大きな手が置かれて、ガシガシと撫でられる。
「わわ、わわわ」
ぐりぐりと撫でられるせいで首が安定しない。頭がぐらぐらと揺れてしまうのを見たジルヴァラが、ティウの頭を撫でていた青年の手をパシンッと叩いた。
「触るな」
ギロリと青年を睨む。ジルヴァラの態度に驚いて、ティウの小さな耳と尻尾がぼふんと膨らんだ。
「あ、ああ。悪かった」
叩かれた青年も驚きつつ謝罪していた。それを見ていた隣にいた中年の兵士が青年に注意した。
「おい、迂闊に獣人の子供に触るな」
「ああ、そうでした……すみません」
昔の獣人は人族にとって奴隷だったとティウは聞いている。それが百年の間に人族の意識が変わり、奴隷制度は廃止されていた。
だが長年奴隷として扱われてきた獣人達は、基本的に人族を信用していない。特に子供が攫われていた経緯から、獣人達は子供を隠して育てるほどになっていた。
ティウはジルヴァラに守られるように抱っこされた。それを見てしゅんと落ち込んでしまった青年が少し可哀想に思えてきた。
「あ~すまんすまん。俺、子供好きでさ。小さな弟がいるんだけど、構い過ぎて嫌われちゃったんだよな。悪かったな、坊主」
話を聞いていたら微笑ましくて、ティウが「大丈夫」とにこっと笑いかけると、青年はほわああと幸せそうな笑顔になっていた。
「坊主は愛想が良いな。兄ちゃんも気を付けな。悪い輩はどこにでもいるからな」
「ああ」
「坊主は幾つなんだ?」
「歳? 歳はじゅ……」
「十歳だ」
ジルヴァラが横からさらりと答える。ティウは勢いよく振り向いてジルヴァラを凝視して抗議のまなざしを送った。
(さすがに無理があるでしょ!?)
そんなティウをよそに、青年は疑うこともなく信じたようだ。
「十歳か~。まだまだ小さくて可愛い盛りだな。兄ちゃんとはぐれないように気を付けるんだぞ!」
「う、うん。ありがとう……ございます」
戸惑いながらもお礼を言って頭を下げると、「いい子だなー」と、ティウの頭を撫でようとした青年の手が、またすぐにジルヴァラに叩き落とされていた。
「触るなと言っている」
「くっ……。すまない、坊主が可愛くてつい」
「まったく。いい加減にせんか、馬鹿もん」
今度は青年の方が中年の兵士に頭を叩かれ、「あたっ」と声を上げていた。
「よし、これで手続きは完了だ」
年配の兵士の言葉にティウは顔を上げる。気付けば男の子のまま滞りなく審査が通ってしまった。あれ? おかしいぞ? とティウはしきりに首を傾げる。
(え? 男の子? あれ? ってか十歳!?)
中年の兵士は、諦めの悪い青年に呆れながら、困惑しているティウに声をかけてきた。
「そうだ坊主、向こうに大きな結界があるだろう?」
「う? うん」
「触ったりしたら怖~い人達に捕まるから、無闇に近寄ったりするんじゃないぞ」
「はーい」
「兄さんも気を付けてくれ。今はちょっと……周囲が神経質になっているからな」
「……何かあったのか?」
言い淀む中年の兵士に、青年が目配せをしていた。お互いが顔を見合わせた後にティウの方を見て、巻き込まれたら可哀想だと静かに呟いて理由を教えてくれた。
「……貴族のお方なのだが、その方々が結界について何か演説していても、聞かないようにしてくれ」
怪訝な顔をしたジルヴァラに、言い聞かせるように中年の兵士が言った。
「聞けば不安を感じるかもしれない。不用意に民衆の不安を煽らないで欲しいとお願いしているんだが……」
「先輩、それ以上は……」
「ああ。とにかく、結界には近付かないようにな。……ミズガルへようこそ」
そう言って兵士はジルヴァラに通行証を渡した。
*
ミズガル国へ入ってすぐに不穏な空気になるとは思わなかった。結界に何か起きたのだろうか。
「演説か……何かあったのかな?」
「……行かないぞ」
「行かないよ。まあ、本音を言うとちょっとだけ気になるけど……それよりもご飯とか買い物に行きたい!」
「そうか」
ホッとした顔を向けるジルヴァラに笑顔で応えていると、彼は急に眉間に皺を寄せながら何やらブツブツと呟いた。
「む……ティウのこれは……」
「なあに?」
ティウが首をこてんと傾げると、ジルヴァラの眉間の皺がより深くなった。
「ティウ、愛想は振りまいてはいけない」
「え……振りまいてないよ」
「ダメだ。獣人の奴隷制度は廃止されたとはいえ、裏ではまだ横行している所もある。ティウは絶対に攫われる。知らない奴と目が合ったら必ず逃げろ」
「初めて来た街なんだから、みんな知らない人だらけだよ。そんなことしたら私の方が不審者だよ」
「大丈夫だ。ティウがやれば、可愛いただの人見知りだ」
「料理の事とか色々聞きたいのに……。あ! それよりもジルヴァラさん、お話があります」
「敬語禁止」
「十歳はさすがに酷い!」
「仕方ないだろう。獣人の男でティウの身長だと大体……八歳位だ」
「はっ……!? いやいや、それはないでしょ!」
ティウをまじまじと見たジルヴァラが言った。八歳という数字でも少し盛られていることにティウは気付かない。
「来る前に言っただろう、奴隷制度は廃止されたと。まだ根強い差別はあるが、仕事はなんとかありつけるようになった。飯も食えるようになったお陰で、子供の発育が格段に良くなったんだ」
ティウは獣人で例えるとかなり小さい。人族の女の子でも十二歳ほどの身長だろう。
歳をとるのが極端に遅い精霊である父に持つ上、ティウは童顔の父に顔もそっくりだった。
自分の体付きが小さい事は特に気にもしていなかったティウだが、自然と男に間違えられて尚且つ十歳と言われるとさすがに腹が立つ。
「……百十九歳です」
我慢できずにそう主張すると、ジルヴァラに鼻で笑われてしまった。
*
思いのほか検問で時間を取られたようで日が沈みかけていたので、先に宿屋へと直行して食事をしようという話になった。
宿屋の食事処でミズガルの最初のご飯が食べれるとティウの心が弾む。宿屋までの道中で売られている食材が気になって仕方がない。
「お魚を売ってるお店が多いんだね」
「この街は湖を囲っているからな」
「料理もお魚が多いのかなぁ~気になるなぁ~~」
「食事処に行ってみれば分かるだろう」
ティウの感想に、ジルヴァラが短く返事をする。
ふと、道行く人が振り返ってこちらを見ていることに気付いた。
周囲を気にしてどんどん小声になっていくと、ジルヴァラが気にするなと頭を撫でてくれた。
「ごめん、目立ってる?」
ふと不安に駆られて問うと、「まあな」と返事をもらった。
(あ、もしかしてジルを見てるのか!)
そう考えれば納得がいった。
「ジルお兄ちゃん美形だもんね」
誇らしげに言うと、少し照れたジルヴァラがいた。
「俺じゃない。普通に獣人の子供が珍しいんだ」
「え? そんなに珍しいの?」
「獣人は子供を隠して育てるからな。ティウくらいの大きさの子供は基本外に出歩かない」
「それって逆に兄弟設定が悪目立ちしてない!?」
検問では顔を見せる必要があったのでフードを外していた。そのままになっていた事に気付いたティウが慌ててフードを被っているとジルヴァラに笑われてしまった。
「あと、ティウが可愛いんだと思うぞ」
頬をツンツンと突かれながら予想外の褒め返しがきた。今度はティウが照れてしまった。
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