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失われた書と守護の国
宿へ行く
しおりを挟む泊まる宿は商業ギルド関係者の専用宿だった。
一般の者は泊まれないようになっているのに、どうして自分達は泊まれるのかと疑問に思っていると、ノアの関係者ということで泊まれるようになっているらしい。
「じーちゃんはギルドに所属してたの?」
創造の賢者であるノアが国にも属すると大騒ぎになる。そう聞いていたのにいつの間に……とティウが驚いていると、ジルヴァラは首を横に振った。
「いや、していないが特別に認められているんだ。ノアのじーさんは商業ギルドから依頼されて魔道具を作って、それを俺が代わりにギルドに卸している。だから俺も関係者と認められていて、関係者三人くらいまでなら安価で一緒に泊まれる仕組みになっているんだ」
「へ~。細かく決められているんだね」
商業ギルドと隣接しているこの宿は特殊で、一見では分からないようになっていた。
一度商業ギルド内に入らないと宿へと行けないようになっているのだ。
また、ギルドに所属していると証明する鍵を持つ者のみが入れる場所にあるので、一般人は入れないようになっている。
さらにこの宿は身元の審査があって、関係者でも事前登録が必要だったりと複雑らしい。それだけ警備も厳重で安心できるとのこと。
百年前はどこそかしこで魔物が闊歩していた。
その魔物の素材を売り買いする場所や討伐依頼をする斡旋所があり、それらをまとめて冒険者ギルドと呼んでいた。
武器や防具、魔道具などを作って売り買いする商業ギルドと前者とは別組織だったが、現在はそれらのギルドと宿が業務提携をして、まとめて『ユグドラシル協会』という名前に変わっている。
「目にするもの全て知らないものだから、百年前と同じものを見つける方が大変かも……」
新たに記憶するものが沢山あって、めまぐるしい。
賢者の一族は記憶力がとても良いせいで、目に映ったもの、耳に入ったもの、それら全て記憶してしまう。
記憶に関しては取捨選択ができないと言っても過言ではない。その為、情報量が多すぎると時折こうやって頭痛がしたり、頭が重く感じる事があった。
ティウが少しぐったりしているのに気付いたのか、ジルヴァラが「大丈夫か」と額に手を当てて熱があるか測ってくれた。
「大丈夫だよ。情報量が多くてちょっと頭が重いだけ」
「ノアのじーさんも街に行くと目が回ると言っていた。記憶力が良すぎるのも色々と大変なんだな……」
「そのための遺伝書録でもあるの」
「どういう事だ?」
「頭の中を整頓するために本にまとめるというか……なんて説明したら良いのかな?」
ティウは首を傾げながら考える。遺伝書録はいわば書物だ。一族で共有できる図書館のような記憶の集合体だった。
「今日、見て聞いたものを紙に書き留めたメモが記憶……とすると、遺伝書録はその紙を束ねた本なの」
「本……?」
「私達一族は興味を持つ分野が全員違うから、その分野ごとの名称が遺伝書録の背表紙に書かれているの。私が料理のレシピとか、薬とか、植物とか。じーちゃんだと魔道具の作り方や魔石の性質とか……あとは材料になる鉱物の特徴とかかな?」
「ほう」
母のサミエだけはこの遺伝書録の使い方が独特で、ティウ達のように頻繁に記録はしなくても良いタイプだった。
ゴシップや各国の情報が大好きなサミエは、情報に応じて臨機応変に対応できるように常に頭の中が整頓されているらしい。
事が終わってからまとめて記録しているようだが、いつもノアの机の上を見て溜息をこぼしていたサミエを思い出す。
「私達の記憶を全部まとめた図書館みたいなものがあって、そこの鍵を血という媒体で共有しているの。だからこの魔道具の説明書が見たいって思ったら、遺伝書録を使えば、じーちゃんの書録を見れるの」
「その図書館にある本が全て遺伝書録なのか……?」
「うん。本にする前の記憶って、書き留めたメモが机の上に山積みのままどんどん増えていくというか……整頓されてなくてごちゃごちゃしてて汚い感じ? お母さんは覚えるそばから整頓できるらしいんだけど、私にはまだ難しいな~」
「ノアのじーさんの作業場のような感じなのか……」
「それ!」
的確な例えが笑いを誘う。思い出し笑いをしながら、ティウは説明を続けた。
「じーちゃんの部屋は頭痛がする状態。整頓すれば良いのにって思うじゃない?」
「思うな」
「書いたメモを清書して本にして、種類別に分けて本棚に整頓すると……部屋は綺麗になるでしょう?」
「ああ」
「それが私達の頭の中なの。思い出す時は本棚まで行って、数ある中から本を選んで……って工程が必要になるけど、頭の中はスッキリしているから頭痛はしないの。今は整頓前で、ごちゃごちゃしてて頭が痛いっていうよりか……重い感じかな?」
「なるほどな。ティウは今、百年分の歴史を急いで頭に詰め込もうとしているから、ごちゃごちゃしているんだな」
「そうそう!」
笑っていると、ジルヴァラが部屋に急ごうと言ってくれた。
「もう日が暮れる時間だ。少し休んでから食事にしよう。街を回るのも明日だ」
「はーい。休んでいる間に少し記録してスッキリしてくる」
「それがいい」
そう言って部屋へと向かったが、まさかの同室でティウが叫んだ。
「なんでっ!?」
「俺達は兄弟だろう。ティウだけを個室にしたら逆に怪しまれるぞ」
「そうだった……!」
お互いの着替え中は外に出るなどの細かい約束事をしておく事を忘れない。
(まあ、自分で結界も作れるし、いっか)
軽い気持ちで同室を承諾したが、後にこれがノアにバレて大変な騒ぎになるのだった。
*
先ほどまでの記憶のメモ書きを簡単に遺伝書録に記録した後、食事処まで少し歩くという事で、ティウは旅衣装から着替えた。
噴水などの水場が多いせいか、ミズガルは風が吹いただけで少し肌寒い。ニットにキュロットパンツ、黒のタイツにブーツを合わせて肌面積を極力失くし、今風の装いになる。
(えへへへへ)
新しい服は素直に嬉しい。可愛く着飾りたいが、兄弟設定で男の子に見せる必要があるので、なるべく地味な装いにすることにした。アクセサリーや装飾、明るい色を避けていく。
(旅をしている時はなるべく身軽に、装飾は身につけない…と。スリに遭っちゃうもんね!)
問題はバングルだが、袖を長めにすれば隠れるだろう。
明るい色は目立つのでダメだと分かってはいるけれど、ポンチョは捨てがたい。赤色のチェック柄が可愛くて仕方がないので持ってきてしまった。
(柄がすっごく可愛いんだもの~!)
百年前にはこういった装いは考えられなかった。派手な柄、明るい色、可愛いレースなどはとても高価で、ほとんど貴族御用達の物だったからだ。
(変な組み合わせで田舎者丸出しになったらどうしようかな……)
それはさすがに恥ずかしい。ティウはポンチョを両手で広げたまま、うんうんと唸っていた。
このポンチョはサミエが買っておいてくれたものだった。フードも付いているので、ちょっとそこまで出かけるのだったらこれだけで十分だろう。色が派手だと言われたら、迷子用だと苦しい言い訳をしようと思っている。
(記録するついでにお母さんの書録を読んでみたけど、服って百年でめまぐるしく進化してるのよね)
サミエは服や小物の流行の情報にも詳しかったので助かった。
しかしこの着方で大丈夫だろうかと心配になる。
(それに女の子に見えると言われたらどうしよう……)
我儘を通したがゆえに、変装しているのが台無しにならないかと少し不安になったものの、事実なので別にいいやと開き直ることにした。
(だって私は女の子だもん!)
坊主と言われたのを気にしてなんかいないもんねと、ぼそりと呟いた。
「着替えたよ!」
廊下に出ていたジルヴァラに声をかけると、返事と共に戻ってきた。
「ねえねえ、どう?」
ジルヴァラの前でくるりと一回転。大丈夫かどうか確認をお願いすると、予想外の「可愛い」という感想が飛んできた。
「……女の子に見える?」
ちょっと期待して聞いてみたが、ジルヴァラはうーんと唸った。
「俺は見えるが周囲は見えないかもしれないな」
「ガーン」
もういい、気にしたら負けだと思いながらもティウはしょぼんと落ち込んだ。
耳までしょげていたらしく、ジルヴァラが頭を撫でてくる。
「耳がしょげて可愛いな。ティウは本当に可愛い」
「しれっと褒め殺ししてくるジルお兄ちゃんが怖い。というか、どうなってるのこの変装の魔道具。私はじーちゃんの仕事ぶりも怖い」
装着者の感情に左右されて耳がしょげたり、ぶわっと毛が逆立ったりするのはどういう仕組みなのだろうか。
そういえば道すがら、頭の上にある耳を甘噛みされてぞわぞわしたのを思い出した。
(まさか、痛覚まであったりする……?)
「俺を実験台にした五十年の結晶だ」
「まさかの被害者だった!」
「ゾンのじーさんやティウの母さんに使わせてみたら、角や羽を選んでいた。獣耳推しのノアのじーさんは、それを見て落ち込んでいたな」
「あはは!」
おかしくて笑っていると、両脇を抱えられて抱っこされ、ジルヴァラの片腕に座らされた。
「よし行くか」
「えーっと……常に抱っこ?」
「ティウは興味を持ったらすぐにどこかへ行ってしまうだろう?」
「うっ」
「これが一番の迷子防止だ」
何も言い返せなかった。でもまあ、お陰で周囲を好きなだけ見ていられるので、いいかと思った。
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