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失われた書と守護の国
100年後の食事
しおりを挟む宿から三件隣にある食事処に行くと、ティウの口から「近い!」と叫び声が上がった。
丁度日が暮れた辺りだったからか、お酒を飲んでいる者も多かったが、どことなく客の質が良い。服装も食べ方も、上品なのだ。
「ユグドラシル協会御用達の食事処だ」
「ここが?」
「協会関係者が運営している食事処で、旬の食材も揃っている。ここでもめ事を起こすと協会の出入りが禁止になる。種族も問わず絡まれないし便利なんだ」
「そうなんだ。へええ~」
入り口のカウンターにいた人族の男性店員に二人だとジルヴァラが言うと、こちらへどうぞと案内してくれた。
二人用のテーブルに案内されたが、椅子の高さとテーブルの高さが自分の身長に合っていない事に気付いたティウがショックを受ける。
「あ~……ここは基本的に子供は利用しないのを忘れていた」
「ガーン。届くかなあ?」
椅子に座るとテーブルの高さがティウの胸元だ。かなり高いと困っていると、店員が「クッションをお持ちしましょうか?」と気を利かせてくれた。
「いや、大丈夫だ」
そう言ってジルヴァラはティウを膝に乗せて椅子に座る。
それを見ていた店員は微笑ましそうに分かりましたと言っていたが、ティウは膝に乗せられたショックから抜け出せなくて呆然としてしまった。
「ティウ、注文はいいのか?」
「はっ!」
慌ててメニュー表を見るが、文字は読めるのに一体何の料理なのか分からなかった。
「……おまかせします」
「おう。セオリのサラダ、メメルの酢漬け、ガラクの揚げ焼き、豚肉の燻製焼き……バゲットにはバターをくれ」
「はい。お飲み物は如何なさいますか?」
「俺はエールと、こいつにレモネードを」
「承りました」
店員の後ろ姿を見送ってから、ティウはすかさず抗議の声を上げた。
「ジルヴァラさん、どうして膝の上なんですか?」
「敬語禁止。ここは酒も出すから親が子供を連れて来ないのを忘れていた。百年の間に獣人も利用するようになってから、テーブルや椅子が一回り大きくなったんだ。あの店員は俺にテーブルを合わせたんだろう」
「むむむ!」
「くっくっくっ、俺はティウの面倒が見れて嬉しいぞ」
ティウのぷくっと膨れた頬をつんつんと突きながらそんなことを言う。
しつこく突いてくる指を横目でチラリと見て、噛んでやろうとグワッと口を開けたら、ジルヴァラが「おっと」と、笑いながら指を引っ込めた。
「あ、そうだ。あのね、メニューに書いてあったのが何の料理か分からないの。メメルとかガラクって何? 何の肉? 魚?」
「二つともミズガル周囲で獲れる魚の名前だ。そういえば最近聞くようになったな」
「百年で魚の種類とかも増えてるのかな? それとも名前が変わった? 覚えるの大変」
「養殖……だったか? 自ら魚を育てて改良していると聞いたことがある」
「食べるための交雑種を作ってるの? あとで書録を確認しなきゃ」
「……そう言いながらティウは嬉しそうだな」
「うん。知らないことがいっぱい!」
へへへと笑っているティウの頭を優しい手が撫でた。
*
実は、大変見目の良い彼らがテーブルに座ってからというもの、周囲にいた者達は耳を澄ませて珍しい獣人の兄弟の様子を覗っていた。
特に獣人の子供を見かけるというのが大変珍しかったからだ。
小さな耳をぴくぴくと動かしながら興味津々にメニューを見ては、兄にあれはこれはと質問している。
兄の方もかなり顔が整っているので、周囲にいた者達は目の保養とばかりに微笑ましく見守っていた。
兄の弟への溺愛ぶりは、兄の尻尾の動きでよく分かる。テーブルに運ばれてきた料理に夢中の弟に、兄が「あーん」をしようとして、弟の顔が真顔になっていたのも周囲の笑いを誘っていた。
「ジルヴァラさん、あーんは頂けません」
「何を言う。ほら、ガラクの揚げ焼きだ。口を開け。あと反抗の意思表示に敬語を使うんじゃない」
「むぐむぐ……うまぁ~!」
弟の目はらんらんと輝いている。
「ガラクって白身魚なのか~。さくっとした衣に、すこし酸っぱいソースがかけられているのは何だろう? 身がふわふわで、おいし~い!」
「そうか、良かったな」
「ソースの材料が気になる~! これはサラダにかけても美味しそう!」
「ほら、次だ。豚肉の燻製焼きだぞ」
「むぐう」
もぐもぐと口を動かす弟は、香りが気になったのか、器用にスーハーと深呼吸しながら食べている。
「燻製されているからか、端っこがちょっと固いけど、香りが口いっぱいに広がって美味しい!」
「そうだな。確かに美味い」
弟が咀嚼している間に、兄もサッと口にしている。その次に兄はエールを口にして、「合うな……」と呟いてエールと燻製肉を見ていた。
「何の香りだろ? ハーブにあったかなぁ? あ、その酸っぱいソースかけても美味しいかな!?」
「ほら」
兄が要望通りに食べさせてくれるので、弟はかぷっと燻製にかぶりつく。
もぐもぐと咀嚼してほわあああと幸せそうに、そして何より美味しそうに食べているその様子を見ていると、同じ物が食べたくなってくる不思議な感じがした。
「ほら、これがメメルだ」
「むぐむぐ……しゅっぱぁ!」
「も一回ガラクだな。揚げてあるから骨も食えるぞ」
「むぐむぐ……」
「次が……」
「まっ、てぇ……おみじゅ……」
「くっくっくっ」
食べている最中、隙さえあれば可愛いと弟の頭を撫でている兄。仲の良い獣人の兄弟に、周囲は癒されたのだった。
*
そんなこんなでジルヴァラとその周囲の者達は楽しく食事を終えたのだが、食べ終わった頃のティウが急に我に返り、その表情はスンッと無心の境地に達していたのだった。
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