100年後の賢者たち

松浦

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失われた書と守護の国

心配なジルヴァラ

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 昼間とは違う店に行って舌鼓を打ち、お腹を満たした後は寄り道もせずに宿へと帰ろうとした。
 さすがに店を出ると、酒を提供している店以外は閉まっている。

 日が完全に落ちれば、活気があった街は眠ってしまったかのように静かに沈黙していた。


 外灯の明かりに照らされた道をジルヴァラと二人で歩きながら、ティウはふと夜空を見上げた。

 建物の隙間から貴族島を覆っている結界の一部が顔を覗かせており、ほのかに発光しているのが分かる。
 自分の魔法だと分かるはずなのに、どこか他人事に見えるのはやはり記憶が無いせいだろうか。

「……綺麗だね」

 夜に出歩くことがなかった生活をしていた事もあって、真夜中に光る自分の結界魔法を見たのは初めてだった。
 こんな機会がなければ、自分の魔法を客観的に見つめる事もなかっただろう。

 結界を見上げながら「自分の魔法なのに不思議な感じがするね」とティウが言うと、ジルヴァラは急にティウを抱き上げて、一気に建物の屋根へと跳躍した。

「わあああ!」

 ジルヴァラは三階建ての建物の屋根にほとんど音も無く着地する。ティウの心臓は早鐘を打っていた。

「うう……」

 食事を終えたばかりだったので急激に動いたせいで気持ちが悪くなってしまった。ティウの青い顔に気付いたジルヴァラが慌てて謝った。

「す、すまん。大丈夫か?」

「うう、待って……急にどうしたの……?」

 何かあったのかと口元を押さえながら聞くと、ただ単にティウに結界がよく見える場所へと移動させたかっただけだと言われた。

「前もって言って欲しいでふ」

「悪かった……吐くか?」

 ブルブルと頭を横に振ったティウは、そのまま胃が落ち着くのを待った。背中をさすってくれる手は優しい。

 しばらくして顔を上げてジルヴァラを見れば、「ほら」と促される。見た先には、先ほどよりも建物によって遮られていない結界の全体像が見えた。

 ティウはただじっと結界を見た。所々虫食いの様な穴が開いているのが遠目でも分かる。 昼間見た時よりも、少しずつではあるがその穴が広がっているような気がした。

「アルドリックさんはどうしてあんなことを言ったんだろう……」

 考えていた事が勝手に口に出てしまっていた。ジルヴァラはそれを聞いて「さあな」と肩をすくめる。

「結界の存在を都合良く利用する奴らの考えなど、卑し過ぎて分かるはずもない」

 ジルヴァラの言葉に同意せざる得ないが、どうにも引っかかる事があった。

(賢者の結界を修復するなんて、本人者以外できるはずがない、か……)

 ある意味アルドリックの考えは現実的だとも言える。
 これほどの魔力を持つ者など、世界広しといえど膨大な魔力を持つ希少種の種族だけでも数百人規模は必要になるだろう。

 複雑な術を絡ませた結界を紐解いて修復できる者は、それこそアニマリベルを扱える賢者の一族しかいない。
 外の世界でアニマリベルを書録し続けているのは、引きこもっているノアとティウ以外では曾祖父のゾンと母のサミエだけだった。

 ゾンとサミエは人に存在を知られないように行動している。その証拠に百年経った今でも、賢者と呼ばれていなかった。

 ティウ以外で誰に頼るかとなれば、唯一の肉親だと伝わっているノアに頼るしかないだろうが、ノアは魔道具が無いと魔法が制御できないという欠点があった。

(もしかしたらすでに頼まれていたのかもしれない……? でも、じーちゃんもジルも何も言わなかったし……)

 修復の話が出ていたなら、それこそノア達はティウを必死で止めるだろう。
 あまり引き止められなかったという事は、修復の話なんてされていなかったのかもしれない。

(そういえば、術者本人しかできないって思いこんでる節はあったっけ……)

 アルドリックの言葉を思い出しながら、ティウはそんなことをぼんやりと考えていた。


 結界を見ながら考えこんでいるティウに気付いたジルヴァラが、ティウの考える事などお見通しだといわんばかりに遮ってきた。

「あいつの言っていた事が気になるんだろうが、絶対に関わるなよ」

「え……」

 目をぱちくりと瞬くと、ジルヴァラは眉間に皺を寄せ、不機嫌顔でこちらをじとっと見つめていた。

「修復なんてバカな事は考えるな。次は助からないかもしれない」

 ジルヴァラの眉間に皺が寄っていたのは、ティウを心配しての事だった。

 魔力の使い過ぎで倒れて百年も眠り続けていたのだから、次もそれぐらい寝てしまうだろうか。もしくは最悪、死ぬかもしれない。
 ジルヴァラの気遣いがくすぐったくて、ティウはふにゃりと表情が崩れた。

「……ありがと」

 気付かなかったが、ティウの小さな尻尾と耳が嬉しくてパタパタと動いていたようだ。
 ティウの喜びに気付いたジルヴァラは少し驚いていたが、ジルヴァラもほんのりと頬を染めた。

 顔を赤くしてムッとした表情で黙り込んだまま、ティウの頭にグリグリとおでこを擦りつけてきた。

「あはははは! くすぐったいよー」

 少し戸惑いはまだ残っているものの、ジルヴァラから向けられる慈愛に心が暖かくなる。

 ノア達にもずっと心配をかけていたのだから、これ以上心配させて悲しませるわけにはいかない。
 それに、人間にとってこの結界は迷惑なのかもしれないと思ったのだから。


 遠くの結界を眺めながら、ティウはそう思った。
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