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本編
第四十話 祭りの夜の異邦人
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竜王祭の夜。黒竜城の中庭には、見上げるような巨大なキャンプファイヤーが焚かれていた。
それはただの薪の火ではない。竜騎士たちがブレスで着火した、魔力を帯びて七色に揺らめく「竜の炎」だ。その周りでは、昼間の武闘大会や大食い大会の勝者たちが、敗者から分捕った肉を掲げて勝鬨を上げ、敗者もまた「来年こそは!」と笑いながら酒を酌み交わしている。
野蛮だが、どこまでも底抜けに明るい、生命力の宴。
「……綺麗な火ですね」
リリアナは城のバルコニーから、その光景を見下ろしていた。夜風は冷たいが、隣に立つイグニスの体温が心地よかった。
「あぁ。だが、一番輝いているのは下界の火ではない」
イグニスが、手摺に肘をつきながらリリアナを見つめた。その金色の瞳が、炎の光を反射して優しく揺れている。
「お前だ、リリアナ。お前が来てから、この城はいつも明るい」
「イグニス様……」
歯の浮くような台詞を真顔で言う竜王に、リリアナは頬が熱くなるのを感じた。
祭りの高揚感もあってか、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。リリアナも目を閉じ――かけた、その時だった。
「――お熱いところ、失礼いたします」
涼やかな、鈴を転がすような声が背後から響いた。イグニスが瞬時に反応し、リリアナを背に庇って振り返る。そこには、いつの間にか一人の青年が立っていた。
「……誰だ」
イグニスの声が低くなる。
ここは城の貴賓席。一般人が立ち入れる場所ではない。しかも、この男は気配を完全に殺してここまで近づいてきたのだ。
月明かりに照らされたのは、異国情緒あふれる装いの少年だった。イグニスに負けず劣らずの艶やかな黒髪を一本に束ね、流れるような絹の衣を纏っている。
腰には反りのある細身の剣。その顔立ちは少女と見紛うほど端正だが、瞳には研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っていた。
「お初にお目にかかります、ドラゴニアの竜王陛下、ならびに王妃殿下」
青年は優雅な所作で一礼した。その動きには一切の隙がない。
「私はオリエント皇国の第三皇子に仕えております。ジンと申します」
「オリエント……?」
リリアナが呟くと、ジンと名乗った青年は顔を上げ、懐から白い紙袋を取り出した。それは、昼間に屋台で売っていた『鋼鉄ポテトフライ』の袋だった。
「祭りを拝見いたしましたが、驚きました。貴国の屋台で売られているこの『芋』……素晴らしい硬度とエネルギー密度ですね」
彼は袋を振り、中に残っていた最後の一本――石器ナイフのような形状のポテトを指先で摘んだ。
「我が国の兵糧ですら、これほどの効率は誇りません。これをかじった瞬間、丹田に気が満ちるのを感じました」
言いながら、彼はそのポテトを口に放り込んだ。
サクッ……パリッ。
人間離れした、けれどイグニスとはまた違う、鋭利な刃物で切断したような音がした。
彼は平然とそれを咀嚼し、飲み込んだ。
「……ほう」
イグニスが興味深そうに目を細めた。普通の人間なら歯が折れるそれを、事もなげに食べたからだ。
「人間にしては、中々にいい顎を持っている」
「武術の心得がありますので、鉄を噛み砕くことなど造作もありません」
ジンは涼しい顔で微笑んだ。そして、その鋭い視線をリリアナに向けた。
「この食べ物を考案されたのは、王妃殿下だと伺いました。……単刀直入に申し上げます」
彼は一歩、踏み出した。
「我がオリエント皇国は、貴女のような人材を求めている。どうでしょう、一度我が国へ招待させていただきたい。……もちろん、国賓として」
それは勧誘だった。サザランドのような脅しではない。純粋な敬意と、強者への関心に基づいたオファー。だが、イグニスが黙っているはずがなかった。
「断る」
イグニスがリリアナの前に立ちはだかり、ジンを威圧した。
「リリアナは俺の妻だ。そしてドラゴニアの王妃だ。他国へ貸し出すつもりはない」
「おやおや、独占欲が強いですね。ですが、決定権は王妃殿下にあるのでは?」
ジンは挑発するように肩を竦めた。二人の間に、バチバチと見えない火花が散る。
竜王の覇気と、得体の知れぬ少年の気迫。空気が重くなり、バルコニーの石床にピキピキと亀裂が入り始めた時、リリアナは慌てて二人の間に割って入った。
「お、お待ちください! せっかくのお祭りなんですから、喧嘩はなしです!」
リリアナが声を上げると、二人は同時にリリアナを見た。
「ジン様、お褒めいただき光栄です。ですが、わたくしはこの国を離れるつもりはありません」
リリアナははっきりと告げた。
ジンは少し残念そうに目を伏せたが、すぐにニヤリと笑った。
「……そうですか。振られてしまいましたね。ですが――」
彼は腰の剣の柄に手をかけた。
「諦めが悪いのが、私の長所でしてね。どうでしょう、竜王陛下。一つ賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
「ええ。貴国の食には興味がある。もし私が陛下との手合わせで、一太刀でも入れることができたら……王妃殿下のレシピをいくつか、我が国に伝授していただきたい」
ジンからのまさかの決闘申し込み。イグニスは、ニタリと獰猛な笑みを浮かべた。
「面白い。食後の運動にはちょうどいい。……その細い剣が、俺の鱗に通じるか試してみるか?」
祭りの夜、予定外の「エキシビション・マッチ」が始まろうとしていた。
竜王vs東方の剣聖。その勝負の行方は、やはり「食」が握ることになるのだった。
それはただの薪の火ではない。竜騎士たちがブレスで着火した、魔力を帯びて七色に揺らめく「竜の炎」だ。その周りでは、昼間の武闘大会や大食い大会の勝者たちが、敗者から分捕った肉を掲げて勝鬨を上げ、敗者もまた「来年こそは!」と笑いながら酒を酌み交わしている。
野蛮だが、どこまでも底抜けに明るい、生命力の宴。
「……綺麗な火ですね」
リリアナは城のバルコニーから、その光景を見下ろしていた。夜風は冷たいが、隣に立つイグニスの体温が心地よかった。
「あぁ。だが、一番輝いているのは下界の火ではない」
イグニスが、手摺に肘をつきながらリリアナを見つめた。その金色の瞳が、炎の光を反射して優しく揺れている。
「お前だ、リリアナ。お前が来てから、この城はいつも明るい」
「イグニス様……」
歯の浮くような台詞を真顔で言う竜王に、リリアナは頬が熱くなるのを感じた。
祭りの高揚感もあってか、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。リリアナも目を閉じ――かけた、その時だった。
「――お熱いところ、失礼いたします」
涼やかな、鈴を転がすような声が背後から響いた。イグニスが瞬時に反応し、リリアナを背に庇って振り返る。そこには、いつの間にか一人の青年が立っていた。
「……誰だ」
イグニスの声が低くなる。
ここは城の貴賓席。一般人が立ち入れる場所ではない。しかも、この男は気配を完全に殺してここまで近づいてきたのだ。
月明かりに照らされたのは、異国情緒あふれる装いの少年だった。イグニスに負けず劣らずの艶やかな黒髪を一本に束ね、流れるような絹の衣を纏っている。
腰には反りのある細身の剣。その顔立ちは少女と見紛うほど端正だが、瞳には研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っていた。
「お初にお目にかかります、ドラゴニアの竜王陛下、ならびに王妃殿下」
青年は優雅な所作で一礼した。その動きには一切の隙がない。
「私はオリエント皇国の第三皇子に仕えております。ジンと申します」
「オリエント……?」
リリアナが呟くと、ジンと名乗った青年は顔を上げ、懐から白い紙袋を取り出した。それは、昼間に屋台で売っていた『鋼鉄ポテトフライ』の袋だった。
「祭りを拝見いたしましたが、驚きました。貴国の屋台で売られているこの『芋』……素晴らしい硬度とエネルギー密度ですね」
彼は袋を振り、中に残っていた最後の一本――石器ナイフのような形状のポテトを指先で摘んだ。
「我が国の兵糧ですら、これほどの効率は誇りません。これをかじった瞬間、丹田に気が満ちるのを感じました」
言いながら、彼はそのポテトを口に放り込んだ。
サクッ……パリッ。
人間離れした、けれどイグニスとはまた違う、鋭利な刃物で切断したような音がした。
彼は平然とそれを咀嚼し、飲み込んだ。
「……ほう」
イグニスが興味深そうに目を細めた。普通の人間なら歯が折れるそれを、事もなげに食べたからだ。
「人間にしては、中々にいい顎を持っている」
「武術の心得がありますので、鉄を噛み砕くことなど造作もありません」
ジンは涼しい顔で微笑んだ。そして、その鋭い視線をリリアナに向けた。
「この食べ物を考案されたのは、王妃殿下だと伺いました。……単刀直入に申し上げます」
彼は一歩、踏み出した。
「我がオリエント皇国は、貴女のような人材を求めている。どうでしょう、一度我が国へ招待させていただきたい。……もちろん、国賓として」
それは勧誘だった。サザランドのような脅しではない。純粋な敬意と、強者への関心に基づいたオファー。だが、イグニスが黙っているはずがなかった。
「断る」
イグニスがリリアナの前に立ちはだかり、ジンを威圧した。
「リリアナは俺の妻だ。そしてドラゴニアの王妃だ。他国へ貸し出すつもりはない」
「おやおや、独占欲が強いですね。ですが、決定権は王妃殿下にあるのでは?」
ジンは挑発するように肩を竦めた。二人の間に、バチバチと見えない火花が散る。
竜王の覇気と、得体の知れぬ少年の気迫。空気が重くなり、バルコニーの石床にピキピキと亀裂が入り始めた時、リリアナは慌てて二人の間に割って入った。
「お、お待ちください! せっかくのお祭りなんですから、喧嘩はなしです!」
リリアナが声を上げると、二人は同時にリリアナを見た。
「ジン様、お褒めいただき光栄です。ですが、わたくしはこの国を離れるつもりはありません」
リリアナははっきりと告げた。
ジンは少し残念そうに目を伏せたが、すぐにニヤリと笑った。
「……そうですか。振られてしまいましたね。ですが――」
彼は腰の剣の柄に手をかけた。
「諦めが悪いのが、私の長所でしてね。どうでしょう、竜王陛下。一つ賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
「ええ。貴国の食には興味がある。もし私が陛下との手合わせで、一太刀でも入れることができたら……王妃殿下のレシピをいくつか、我が国に伝授していただきたい」
ジンからのまさかの決闘申し込み。イグニスは、ニタリと獰猛な笑みを浮かべた。
「面白い。食後の運動にはちょうどいい。……その細い剣が、俺の鱗に通じるか試してみるか?」
祭りの夜、予定外の「エキシビション・マッチ」が始まろうとしていた。
竜王vs東方の剣聖。その勝負の行方は、やはり「食」が握ることになるのだった。
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