王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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本編 

第四十二・六話 鉄壁の布陣と焦燥の雷撃

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「円陣を縮小しろ! 術師は騎士の背後に隠れて固定砲台になれ! 無駄な動きをする奴から死ぬぞ!」

 シルヴィスの怒号が、戦場の轟音を切り裂いて響き渡った。

 泥沼の真ん中という最悪の足場。全方位から押し寄せる魔獣の津波。絶望的な状況下で、しかし宮廷魔術師団と騎士団の混成部隊は、驚異的な粘りを見せていた。

 その中心にいるのは、もちろんシルヴィス・クローデルだ。

「ギャオオオオッ!」

 上空から、翼長五メートルはある飛竜の群れが急降下してくる。騎士の剣が届かない空からの死角攻撃。だが、シルヴィスは空を見上げることすらせず、左手を無造作にかざした。

「目障りだ。――重力枷グラビティ・ジェイル

 ドォォォンッ!!

 空間そのものが歪んだかのような重圧が、飛竜の群れを襲った。何トンもの重りを背負わされたかのように、飛竜たちは翼をへし折られ、泥の中へと墜落していく。そこへ、待ち構えていた騎士たちが一斉に槍を突き刺した。

「す、すごい……」

「口ではなく手を動かせ! 次は右翼だ!」

 シルヴィスは休むことなく手腕を振るう。彼の脳内では、戦場全体がチェス盤のように俯瞰されていた。敵の数、味方の配置、魔力の残量、地形効果。全てを瞬時に計算し、最適解を弾き出す。

(……チッ、効率が悪い)

 シルヴィスは内心で舌打ちをした。本来なら広範囲殲滅魔術で一掃したいところだが、それでは味方まで巻き込んでしまう。仲間を守りながら戦うというのは、彼にとって枷でしかなかった。だが、あの鉄の女――エレナの言葉が脳裏をよぎる。

『怪我をして帰ってきたら、一週間はお粥にさせていただきます』

「……冗談じゃない。俺は肉が食いたいんだ」

 食欲という名の燃料が投下され、シルヴィスの集中力が一段階跳ね上がった。

「総員、伏せろ!!」

 シルヴィスの警告と同時に、騎士と魔術師たちが泥に伏せる。次の瞬間、シルヴィスは自身の魔力を周囲の湿気と同調させ、一気に解放した。

「水よ、雷を導け。――連鎖雷撃チェイン・ライトニング

 バリバリバリバリバリッ!!!

 閃光が走った。シルヴィスの放った雷撃は、湿地帯の水気を伝導体として蜘蛛の巣のように広がり、敵の魔獣だけを正確に焼き尽くしていく。

 感電した魔獣たちが痙攣し、バタバタと倒れていく。泥沼という環境を逆手に取った、広域制圧攻撃だった。

 数分後。あれほどいた魔獣の群れは、半数以上が黒焦げの死骸となって泥に沈んでいた。残った魔獣たちも、圧倒的な捕食者の気配――シルヴィスの魔力に恐れをなし、後退を始めている。

「……勝った、のか?」

「助かった……」

 兵士たちの間に安堵の空気が広がる。だが、被害はゼロではなかった。盾役となった騎士の多くが傷を負い、魔力切れで座り込む魔術師もいる。

「気を抜くな! まだ終わっていない!」

 シルヴィスは警戒を解かず、鋭い視線を周囲に巡らせた。

 魔獣の数は減ったが、肝心の親玉がまだ出てきていない。

(雑魚をけしかけ、自分は安全圏で機を伺っているのだとすれば、とんでもない知能だ)

「負傷した者は中央へ! 治療を優先しろ!」

 シルヴィスの指示で、陣形が変わり始めた。傷ついた者たちを円陣の中央――最も安全と思われる場所へ集め、回復魔術を使える者が治療に当たる。戦場のセオリー通りの動きだ。

 誰もが、峠は越えたと思っていた。シルヴィス自身も、魔力消費の計算と、帰ったら食べる予定のエレナの料理のことで思考の半分を使っていた。その、一瞬の隙。

 ズ……。

 音がしたのは、外側からではなかった。円陣の内側。まさに今、負傷者たちが集められ、安堵して横たわっていた安全地帯の真下からだった。

「――!?」

 シルヴィスが異変を察知し、振り返った時には遅かった。

 ドバァァァァァッ!!

 泥の噴水が高く吹き上がった。地面が割れ、巨大な影が負傷者たちを飲み込むようにせり上がってくる。それは、九つの首を持つ、悪夢のような巨竜だった。

 古代種、ヒュドラ。奴は最初からそこにいたのだ。泥の底深く、息を潜め、魔獣たちを囮にして人間たちが疲弊し、最も柔らかい腹を見せるその瞬間を待っていた。

「ギシャアアアアアッ!!」

 九つの首が一斉に鎌首をもたげ、紫色の毒霧を吐き出した。無防備な負傷者と、治療に当たっていた術師たちが、その直撃を受ける――。

「しまっ――」

シルヴィスの顔が、初めて驚愕に歪んだ。
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