転生先がサイコパス一家だったので悪役令嬢になりきってみせます!

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ヴァルムント家の英才教育(という名の地獄)

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ガイル・フォン・ヴァルムントは、長年の経験から驚きという感情を表に出すことはほとんどなかった。

だが今、彼はほんの僅かに内心を揺らしていた。

「……これは、思っていた以上の成果だな」

食卓の場で、彼の三女──エリシア・フォン・ヴァルムントが、言葉を理解し、言葉を発した。

それ自体は、成長すればいずれは誰もが身につける能力だ。しかし、それを「この段階」で、「この状況」で成し遂げたことにこそ意味がある。

彼は今の今まで、エリシアがまともに言葉を理解しているとは思っていなかった。

そもそも、この年齢の子供が言葉を流暢に話すことは珍しくない。だが、ヴァルムント家に生まれた子供たち──特に「正式に認められる前の子供」たちは、一般的な幼児よりも言葉の発達が遅くなるように意図的に環境が調整されていた。

侍従たちには、子供の前で極力言葉を発さないよう命じていた。

子供が言葉を覚えるのは、基本的に周囲の大人の会話からだ。しかし、それを断てば、言葉の発達は著しく遅れる。

ヴァルムント家では、正式に教育を開始するまでの間、子供は極力言葉を覚えないように育てられる。

言葉を知らなければ、知識も持てない。

知識がなければ、考えることもできない。

そして、考えることができなければ、ただ命じられるままに従うしかない。

──そうして「純粋に従順な子供」が作られる。

それが、ヴァルムント家における子供の育成方法の基本だった。

もちろん、この方針を侍従たちが破ることは許されない。

もし約束を違え、幼い子供たちに無駄な知識を与えた者がいた場合──

彼らは “あの部屋” に連れて行かれる。

この屋敷で働く者ならば、それが何を意味するのか、誰もが理解しているはずだった。

ならば──

「どこで知識を得た?」

それが、ガイルが驚いた理由の一つだった。



だが、驚きの要因はそれだけではない。

「……こざかしい真似を」

彼は、一瞬だけ妻の方に視線を向けた。

母親である彼女は、エリシアに微笑みかけている。だが、彼にはわかっていた。

あの女が、“幻惑の香水” をつけていることに。

──なるほど。

確かに、これは幼い子供に対しては有効な手だろう。

幻惑の香水。

微弱な魔力を含み、意識をわずかに朦朧とさせる香り。王族や貴族の社交界では、相手の思考力を鈍らせ、自然に自分の意見に誘導するために使われることもある。

彼や他の子供たちには影響はない。

なぜなら、彼らはすでに「自我を確立した後」だからだ。

しかし、エリシアはまだ教育を受けていない。

生まれてからずっと、誰とも会話を交わさずに育ち、言葉の意味を十分に理解する機会を奪われていた。

そこに、この香水の効果が重なればどうなるか?

──言葉をまともに理解できなくなり、ただ母親の優しげな声に従うしかなくなる。

従順な子供の完成だ。

それが、あの女の狙いだったのだろう。

しかし──

「……この子は、予想を遥かに超えてきたな」

ガイルは、無表情のままエリシアを見つめる。

本来であれば、彼女は意識が朦朧とし、まともに言葉を聞き取ることすら難しかったはずだ。

だが、彼女は違った。

──はっきりと、言葉を理解していた。

──それどころか、自らの意思で言葉を発し、私に問いを返した。

それができるということは、すでに十分な言語能力を持っているということだ。

「……ほう」

久しく感じることのなかった知的好奇心が、ふつふつと湧き上がるのを感じる。

知識を与えられることなく育ったはずの子供が、どこで、どのようにして言葉を習得した?

「興味深い」

一体、どのような方法で?

──まるで、誰かが密かに知識を与えたかのように。

……しかし、それはあり得ない。

この家において、エリシアに自由な教育を施せる者は存在しない。

では、一体……?

思考を巡らせながら、ガイルはふと、僅かに口元が動いていることに気づいた。

「……」

──一瞬だけ、笑った。

そのことに気づくと、すぐに表情を元に戻す。

だが、確かに今の彼は、久しく味わったことのない感覚に、わずかに楽しさを感じていた。

「……この子は、これからどうなっていくのか」

ヴァルムント家に生まれながらも、通常の規格に収まらない娘。

普通ならば、未だに言葉も話せず、母親の甘い声に従うだけの存在であったはずの子供が、予想を遥かに上回る成長を遂げていた。

──ならば、この先も楽しませてくれるのではないか?

「……エリシア」

彼は、その名を頭の中で反芻する。

そして、すぐにその思考を断ち切り、食事の時間へと意識を戻した。

“この子がどう成長するのか、見せてもらおう”

──彼は、ただそう思った。

食事の時間が終わりに近づいた頃、父親が低い声で言い放った。

「では、解散だ」

その一言を合図に、兄弟たちはそれぞれ席を立ち、何事もなかったかのように部屋を後にしていく。

いや、「解散」って何!?

会社の会議じゃないんだから、もうちょっとこう、家族らしい締め方とかないの!?

──いや、ないか。この家族、もうどう考えても普通じゃないもんな……。

私は一刻も早くこの場を離れようと席を立ち、さっさと出口に向かおうとした。

が。

「エリシア」

背筋がゾクッとするような、甘ったるい声が背後から聞こえてきた。

「……あっ、終わったわ」

慌てて顔を作りながら振り向くと、そこには**満面の優雅な微笑みを浮かべる母親(らしき人)**がいた。

もうね、直感でわかる。

「絶対まともなこと言わないやつだコレ!!」

「少しだけ、お話ししましょう?」

「……はい」

めちゃくちゃ帰りたいけど、今ここで露骨に嫌な顔をするわけにはいかない。

私はどうにか笑顔を作りながら、静かに母親の言葉を待つ。



「あなたと私は、血は繋がっていないけれども……」

「…………」

「私は、あなたのことを本当の娘だと思って接していくつもりなの。だから、いつでも頼ってね?」

「…………」

「…………」

「えっ、無理。胡散臭すぎる。」

今のセリフ、こんなに嘘っぽく言える人いる!?

いやいやいやいや、普段の冷たい目つきとか、食事中の豹変ぶりとかを見ておいて「本当の娘として思ってる」とか言われても、誰が信じるの!?

むしろ「あなたのことは道具として利用するつもりです」とか言われた方がまだ誠実に思えるレベルなんだけど!?

思わず笑いそうになるが、そこは持ち前の営業スマイルでどうにかやり過ごす。

「笑顔、大事。」

元社畜のスキルがこんなところで役に立つとは思わなかった。

母親(らしき人)はそんな私の笑顔を見て、満足そうに微笑むと、そっと頬に手を添えてきた。

「ふふ……いい子ね」

「うわぁああああ!!!!」

心の中で全力で悲鳴を上げつつ、必死で顔を引きつらせないようにする。

怖い怖い怖い怖い!!! 何その慈愛の微笑み!? 絶対裏があるやつでしょ!?

なんとか「にっこり(※内心ガクブル)」を貫いたまま、母親との会話を終え、ようやくその場から解放された。

「……はぁああああ、疲れた……!!」

屋敷の廊下を歩きながら、全身の力が抜ける。

まじでこの家、まともな奴がいない……!!!

「はぁ……疲れた……」

胡散臭い母親とのやり取りをどうにかやり過ごし、私はようやく食事の場から解放された。

あの場にいた時間は、実際にはそれほど長くなかったはずなのに、体感では何時間も拘束されていたような気分だった。

「こんな調子で毎日食事を取ることになるなら、いっそご飯いらない……」

そんなことを考えながら廊下を歩いていたその時。

「お疲れさまでした、エリシア様」

「うわっ!?!?」

──まただ!!!

またしても、まるで瞬間移動でもしたかのように横に現れる召使いA。

「だから、ほんとにいきなり現れるのやめろって……!!!」

心臓に悪すぎる。というか、もうここまで来ると「そういう存在」として認識した方が精神衛生上いい気がする。

「……もういいや。これも伝統芸だと思おう」

慣れって怖い。

私は深呼吸して気持ちを落ち着けると、何事もなかったかのように召使いAに話しかけた。

「ところでさ、私は何を教わることになるの?」

今日の食事の場で、父親から「教育が始まる」みたいなことを言われた。

それが具体的に何を指しているのかはまだわからない。

……いや、正直、嫌な予感しかしないんだけど。

すると、召使いAは一瞬だけ間を置き、突然、スイッチが入ったかのように超高速で説明を始めた。

「ヴァルムント家の教育課程において、基本的な学習内容は歴史、王国法、戦術論、魔法理論、武術、馬術、礼儀作法、政治学、交渉術、暗号解析、古代語、算術、経済学、地理学、文学、美術──」

「ストップストップストップストップ!!!!???」

「…………」

「いやいやいやいや、情報量が多すぎる!!!」

今、何個単語出てきた!? ていうか、明らかに「それ貴族の子供に教えるやつ!?」みたいなの混ざってたよね!?

いや、暗号解析って何!? 軍人養成でもするつもり!? それともスパイ!?!?!? ここって王国の貴族の家だよね!? なんでそんな物騒なスキルが含まれてるの!?

「っていうかさ、これ、私まだ三歳なんですけど!?」

まだ小さい子供なんだから、まずは「ひらがなを書きましょう」とか、「数字を1から10まで数えましょう」とか、そういう導入があるべきじゃないの!? 三歳児に戦術論とか交渉術とか教えちゃうの!?!?!?

「そして、明日から始めます」

「……はい?」

「明日から始めます」

「…………」

「……そうですか(白目)」

いや、早すぎるだろ!!!!

せめてもう少し猶予をくれ!!! こう、心の準備をする時間とか、せめて初日くらいは軽い内容にするとか、そういう配慮はないの!? ヴァルムント家に優しさの概念は存在しないの!?!?

「えっ、これ、休みとかあるんだよね? あるよね?」

「ございません」

「!?!?!?!?」

……いやいやいやいや、ちょっと待って!?!? 休みなし!?!?!?!?

「それって、あれ? 週5とかじゃなくて?」

「毎日です」

「…………」

「地獄じゃん。」

いやいやいや、毎日って何!? 休日なし!?!?!?!? ブラック企業でももうちょい休みあるよ!?!?!?!?!?!?!?

──ていうか、普通、幼児教育ってもっとこう……歌を歌ったり、お絵描きしたり、簡単な算数をやったりするものでしょ!?!?!?

なんで「暗号解析」とか「戦術論」とか「交渉術」がいきなり出てくるの!?!?

「……え、もしかしてヴァルムント家の子供たちって、幼少期からすでに軍人候補とかそういう扱いされてる?」

いやいや、まさかね。貴族の家だもんね。戦うのは騎士とか傭兵の仕事だもんね。

……でも、思い返してみると、この家、普通じゃない。

父親の異様な威圧感。母親の胡散臭い営業スマイル。あのナイフガキンチョ。ゴスロリドールみたいな姉。そして幽霊のような存在感の少女。

──もう、何があっても驚かない方がいいのかもしれない。

「…………」

私は、現実を受け入れるしかなかった。

明日から始まる、ヴァルムント家の英才教育という名の地獄を。

ヴァルムント公爵家の屋敷の奥深く、一際華美な装飾が施された部屋の中で、怒声と鞭の音が響いていた。

「どうして!? どうして私の思い通りにならなかったのよぉぉぉ!!?」

叫び声とともに、鋭く振るわれる鞭。

パシィン!!

乾いた音が室内に響き、ゴスロリドールのような少女の白い肌に赤い痕が浮かび上がる。

だが、彼女は声を上げなかった。

「……母様」

痛みに顔を歪めることなく、少女──クラリス・フォン・ヴァルムントは、まるで機械のような冷たい声で言った。

「エリシアがあなたの誘導に乗らなかったのは、まだ幼すぎるからです。これから時間をかければ、いずれは──」

パシィン!!

「そんなことはわかっているのよぉぉぉ!!!」

言葉を遮るように、母親──セレナ・フォン・ヴァルムントがもう一度鞭を振るう。

クラリスの腕に、新たな赤い線が刻まれる。

「私が……私がずっと計画していたのに……! あの子が従順になれば、私の立場はもっと強くなったはずなのに……!!」

セレナの顔は、怒りと焦燥で歪んでいた。

彼女の狙いは単純だった。

──エリシアを手なずける。
──夫に認めさせ、自分の権力を確立する。

ヴァルムント家において、彼女は「公爵夫人」という立場にありながら、実際にはそれほど強い権力を持っていなかった。

夫は、彼女を**「あの女」と呼び、冷淡に扱うだけの存在**。

他の子供たちも、彼女に対しては従順でありながらも、心の底では何を考えているのかわからない。

だからこそ、彼女はエリシアに目をつけた。

まだ幼く、何も知らない子供ならば、彼女の言葉に従い、「母を慕う良き娘」として育てることができるはずだった。

幻惑の香水も、そのための策だった。

意識を鈍らせ、言葉を聞き流すように仕向ける。

そうすれば、彼女の優しい声だけが響き、エリシアは次第に母を頼るようになるはずだった。

──だが、それは完璧に失敗した。

「なぜ!? なぜ、あの子は私を選ばなかったの!? なぜ、あの男に逆らうような真似をしたの!? あの子にそんな知恵があるはずがないのにぃぃぃ!!!」

セレナは錯乱しながら、もう一度、もう一度と鞭を振るう。

クラリスの細い体が揺れる。

パシィン!!

しかし、少女は何も言わない。耐えることが当然だというように、黙って受け入れていた。

「クラリス……あなたは、私の味方よね……?」

突然、鞭を振るう手を止め、セレナは甘えるような声で尋ねた。

「……もちろんです、母様」

クラリスは、静かに答えた。

「私は、母様のお役に立てるように努力いたします」

それは、彼女にとっては「当たり前」のことだった。

母の愛情を得るためには、こうするしかない。

そう刷り込まれ、育てられてきた。

しかし──

「本当にそう思っているの!?」

セレナの表情が急激に険しくなり、再び鞭を振るう。

「あなたは優等生だから、そう言うわよね!? でも、どうせ本心では何も感じていないんでしょ!? 私のことを馬鹿にしてるんでしょ!?」

パシィン!!

「っ……!」

クラリスの白い足に、深い赤の痕が走る。

だが、それでも彼女は一言も反論しなかった。

「……あなたが、あの子のことをどう思っているのかは知らないけれど……私は絶対に認めないわ。」

セレナは、吐き捨てるように言った。

「私の言うことを聞かない娘なんて、必要ない……!!」

そう言いながら、彼女は乱れた髪を手でかき上げ、大きく息を吐いた。

そして、ようやくクラリスから手を離すと、背中を向ける。

「もういいわ。出ていきなさい」

「……承知しました、母様」

クラリスは深々と頭を下げると、静かに部屋を後にした。

扉が閉まると、セレナは一人、室内に残される。

彼女は、震える手で化粧台の鏡を掴み、映る自分の顔を睨みつけた。

「……どうしてよ……どうして、みんな私の思い通りにならないの……?」

誰に言うでもなく、呟く。

彼女にとって、「愛」は「支配」だった。

支配できなければ、愛ではない。

だから、思い通りにならないことが何よりも許せなかった。

そして、心の奥底でふつふつとした怒りが湧き上がる。

「……いいわ……次は、もっと確実に……」

エリシアの姿を思い浮かべながら、彼女はそう呟いた。
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