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第12話「食わせもののスパダリと愛の逃避行へ」
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兄が時折向けてくる鋭い視線にいたたまれない気持ちになる。
居酒屋の時といいなぜ偶然が重なることが多いのか。
何かしらの力が働いているような気もする。
「ストロベリーチョコレートパフェ、おいしいね。
朔くんは何を食べてるんだろう」
君付けに驚いてたが兄には聞こえていないようだ。
(セーフ!)
「朔くんっていずれは義弟……いや義兄になるのか!」
一人突っ込みをする慧一さんにから笑いをする。
すぐ近くにいるから陰口ではないとはいえひやひやする。
「パフェ美味しいですね。
慧一さんが甘党なのは付き合うまで知りませんでした」
「普段、頭も気も遣うから甘いもので癒されたいんだ。
もちろん優香以上の癒しはないよ?」
右目をつむる慧一さんにドキッと心臓が跳ねた。
「クソ課長、優香、どうしてせっかくの休日に
お前らに出くわすんだ。俺の優雅な休日を返せ」
兄は、奥の席からこちらを振り向いている。
剣呑な視線は慧一さんに向けられていた。
「偶然じゃないですか。
ここのお店は常連で一人の時もよく来てたんですよ。
優香を連れてきてあげたいって思って今日来たわけですが」
「もしかしたら行動範囲を広げた方がいいのかも……」
「……さすがに東京以外なら会わないよな」
兄も車なので時間を気にせず移動できるはずだ。
「ええっ。偶然でも会えるのが楽しみなのに」
「関係が悪化するとのちのち困るのは私達です」
慧一さんが、よくわからないことを言うのでさすがに咎めた。
「バカップルは好きにしろ。
優香が道を踏み外さなければどうでもいいし」
兄は吐き捨ててアイスコーヒーを飲み干した。
席を立ち、会計に向かう。
これ以上同じ空間にいるのは耐え難いと心の声が聞こえてきた。
パフェがなかなか進まない。
「優香……半分も食べてないじゃないか。
ボリュームありすぎだったかな」
「残すのは気が引けるので頑張って食べます」
「無理しないで。
優香がいいなら食べてあげるから」
「……じゃあお願いします」
自分のものを食べ終えている慧一さんにパフェのグラスを渡す。
「……汚いので無理しなくていいですよ」
「優香の残しが汚いわけないだろ」
慧一さんは、私が残したパフェまで完食した。
お腹に手をやり苦笑する。
「さすがに夜まで何も食べられないな」
「腹ごなしに歩きましょうか」
「いいね」
財布を出そうとした私を制し、慧一さんはスマートに支払う。
「いつもありがとうございます」
「優香と素敵な時間を過ごせるんだ。安いものさ」
カフェを出て空を見上げると曇天が広がっていた。
「どうしよう。車に向かう?」
「……そうですね。慧一さんが持っている
ルームランナーで運動させてもらいます」
「もっと情熱的な運動もあるよ」
言葉遊びをしている慧一さんに一瞬赤くなるが頭(かぶり)を振るう。
「……もういいから! しっかり安全運転してください」
「大事な人を乗せるんだからいつも以上に気をつけます」
差し出された腕に腕を絡める。
駐車場で車に乗り込むと慧一さんのマンションを目指した。
今日はコンタクトレンズなので素の慧一さんだ。
「お邪魔します」
「どうぞ」
出してくれたスリッパは私専用のものだ。
会うたびに慧一さんの部屋に私物が増えていく。
(こういう繋がりは本当にいいな)
リビングのソファーに並んで座った。
「今日は大変でしたね」
「日常には刺激が重要だよ。
安穏とした日々に慣れちゃ駄目」
「兄が言った通りですよね。
せっかくのお休みに思わぬ遭遇とかしたくない。
自分だけの自由な時間なわけですから」
噛みあっていないが悪ふざけをする慧一さんには
ちゃんと伝えておかなければ。
「それはそうだね。でもそこまで嫌われてない気もするんだよ……」
「ポジティブすぎるわ」
「嫌いなのにわざわざこっちに来て話してくれたでしょ。
彼がまっすぐ向かってきてくれている限り
大丈夫だと思うんだけどな」
それは一理あると思った。
私に厳しいことをいう兄だが、何があっても見捨てたりはしない。
守られて甘えていたんだと大人になった今ではわかる。
恋愛に介入されたくないが、それなら信じてもらえばいい。
「心配かけるようなことだけはしたくないです」
「うんと仲良くしておけばいいんだよ」
引き寄せられた肩。
慧一さんの胸はどうしてこんなにも熱いのだろう。
耳元に吹きかかる息にぞくりと背筋が震える。
キスの予感に瞳を閉じる。
差し入れられ絡められた舌が口内を探る。
口蓋を舐めすする。
がくがくと腰が崩れ落ちて、硬い胸にもたれかかった。
背中に回った腕は広く熱く私の鼓動をざわつかせる。
「……優香の誕生日って9月20日だよね?」
「はい」
社員名簿に載っている個人情報だ。
「俺の一か月先だなって覚えてた。
来月なんだよ。お盆真っ只中の8月12日」
「しし座とおとめ座ですね」
「相性占いではよくないのかな。ふふ」
「気にしたらきりがありませんから」
「血液型は何だと思う?」
「ABとか?」
「よくわかったね。優香はAだから
結婚したら、いろんな血液型の子供が生まれる可能性あるよね」
「そうですね」
兄がB型だというのは黙っておこう。
「……結婚は二人の家族が、縁を結ぶわけだから、
やっぱり今、仲をこじらせるのはよくないわ」
「またその話か。
いい加減、朔お兄さんにジェラシーだよ」
すねたような慧一さんの頬にキスをしたら彼はにこにこと微笑んでくれた。
「子供が生まれても叔父さんは可愛がってくれないかも」
「優香の子供なら溺愛しそうだけどな」
毎日、会社帰りに会い週末はデートをする。
そんな日常に慣れてきた。
梅雨が終わってからの雨の方が多いなと考えながら
窓を叩く雨音を聞いていた。
エアコンの効いた室内で上司である恋人のぬくもりに甘えて。
去年の夏はひそかに憧れている人と会えなくなるから、
夏休みが来るのは憂鬱だった。
今年は、大好きな人と過ごせるから夏休みが待ち遠しい。
「優香……俺の誕生日と君の誕生日、
どっちを記念日にする?」
問われ、はっとする。
恋人になって彼と過ごすようになって来月で三か月が経つ。
「誕生日プレゼントに優香をくれる?
それとも君の誕生日に俺をあげようか」
重ねて問われて、かーっと全身が熱くなる。
「慧一さん、私は次の誕生日で24歳なの。
あなたと9歳違うから子供に感じていたかもしれない。
でも……怖いなんて二度と思わない。
あなたの誕生日に私をあげます」
「お盆休みが12日からでよかったね。
二人でたっぷり時間を過ごせる」
「途中が平日だからまた仕事ですけど」
「休んだ気がしないかな?」
ぽん、ぽんと背中を撫でられる。
「早く来月が来るよう神様にお祈りしなくちゃ」
「忙しくしていたらあっという間ですよ」
時々、慧一さんはかわいらしいことを言うので、
そこにやられてしまう。
おどけてふざけているように見えるのも、
きっと気が抜けるよう考えていてくれているのだ。
「さっきの話だけど優香は魅力的な大人の女性だからね。
逆に俺の方が子供っぽいところあるし」
「そのギャップがいいんです」
自覚しているんだから大人だと思う。
7月の連休前、昼休憩の時間に菜都子と食堂でランチをとることにした。
「……優香、順調なの?」
「順調よ。あの人は優しいから私は甘えっぱなし」
「甘えさせてくれそう」
「菜都子も順調なんでしょ」
「今すぐじゃないけど、結婚すると思うの」
「……私も結婚の話は出てる」
「優香は交際して二か月くらいでしょ」
「前、話したと思うけどお兄ちゃんが
ブラコン気味で私を心配してるから。
いっそ結婚した方が干渉されないかなって」
「任せておけばよさそうね。
仕事上の印象からだと隙もなくすべて丸く収めそうなイメージだから」
食べていたものをむせたので水で流し込んだ。
食堂には社員が溢れていて誰かに聞かれていないか焦る。
名前や役職名を出していないので気づかれないはずだ。
丸く収めるどころか丸め込むのもできるだろう。
それをあえてしないようにしているのは計算ではないだろうか。
菜都子にレモンキャンディーを渡すとふんわり笑ってくれた。
彼女の方が恋愛スキルは格段に上だからこそ
聞いてみたい内容はある。
デリカシーにかかわる内容だから聞けずにいるのだが。
「菜都子はご飯作ってあげたりするの?」
「もちろん。美味しいって食べてくれるわ。
彼は食べる専門だから」
「そっか」
「彼は料理をする人?」
「上手よ……スパダリだと思う」
スーパーダーリン。
英語にすると軽快な響きだが、
とっても曲者なので要注意である。
「ぴったりね」
くすくすと笑い合う。
化粧室の鏡の前で、こっそりと首元を見せると
彼女はすごいと声を発した。
休日、いつものように慧一さんの部屋でくつろいでいた
私は不意に仕事の話を持ち出した。
オフは仕事の話はしないと何となく決めていたので
今まではあまりしたことがなかった。
「リモートワークへのあこがれはあります。
生活のリズムが保てるか自信がないから希望も出せないだけで。
菜都子や慧一さんにも会えないし」
「ほかの男性社員と絡まないから俺の不安は消えるかな?」
「私より菜都子の方が人気ありますよ。
公認の仲の恋人いてもモテモテなんです」
「……優香もこの前、同じ課の男性社員に
飲みに誘われてなかった?」
なんで知っているんだろう!?
「断りました!
交際している人がいるから疑われるようなことはしたくないです。
仕事上の付き合いなら仕方がなくてもプライベートは、
線引きしなければ」
「……うん。そういう君だから安心ではある」
慧一さんは男女分け隔てなく社員と円満な関係を保っていて
慕われている。怖いと倦厭していた人も、
彼と少し話せば印象を変える。
コミュニケーション能力は見習いたいと常に感じていた。
「プライベートでは私を独り占めしてるんですよ」
「かわいい」
慧一さんは頬にキスをしてきた。
「ほっぺは、あまりよくないです。
お化粧してるんですからね」
「気にしないよ」
頬へのキスは首筋をかすめ鎖骨まで降りていく。
「私、慧一さんの眼鏡をかけた姿好きですよ。
とっても理知的なのに淫靡で」
コンタクトレンズの彼は、仕事が終わった後と休日の姿だ。
「おや。少しきわどい表現だね?」
「見透かされてる気がするんですもの」
「全部が分かったら楽しくないよ。
ちょっとずつ暴いていきたい」
私との恋愛関係のことも。
進む手前でとどまってこちらの気持ちを煽る。
上手く具合に誘導されている。
ドキドキして胸が苦しい。
それだけじゃ駄目。
身も心もすべてほしい。
彼にも欲してほしいと気持ちが高まった状態で
結ばれる日を迎える。
「優香と過ごして本気で人を愛することの素晴らしさを知った。
身も心も一つに溶けたら、もっと分かり合えるね」
胸元に顔を埋めて頬を摺り寄せる。
彼の頭を引き寄せるように抱きしめた。
いやらしい感じは何もない。
鼓動の音を確かめる大きな手。
「慧一さんの胸もドキドキしているんですね」
「……優香だからだよ」
ますます愛しくなって胸元に抱きしめたら息をつかれた。
「約束を破らせたいの?」
「破らないで」
すっ、と体を離し頭を撫でてくれる。
「これだけ穏やかな時を過ごせているのも、
初めてなんだよ。だから……気をつけようよ」
ブラウスのボタンが二つ外され、唇を押し当てられる。
甘い痛みが、駆け抜けていく。
慧一さんはブラウスの襟で隠れて見えない位置に、
独り占めした証を残してくれた。
お盆休みまでの一週間はとても忙しく週に何度も残業があった。
週末以外、プライベートで慧一さんと二人きりの時間はなかったが、
お盆のことを考えれば、何も苦ではなかった。
お盆休み当日、満面の笑みを浮かべた慧一さんがアパートの部屋まで迎えに来た。
今日はこれから一泊二日で旅行へ行く予定だ。
車に乗り込むと慧一さんはご機嫌で口を開いた。
「今日から、優香と過ごす夏休みだね」
声を弾ませる慧一さんに呆れた。
「そんなにうれしいんですか?」
「アバンチュール。ラブアフェアどう表現すればいいかな」
「愛の情事……って」
「ひと時の戯れじゃないでしょ」
耳にかかったおくれ毛を避けて口づける。
出発前からスキンシップが濃厚だった。
車が信号で止まると慧一さんは、またふざけたことを口にした。
「旅には楽しいハプニングがつきものだよね」
「ふざけないで」
たとえば最近一触即発な兄と遭遇するとか
そういうのは勘弁してほしい。
「横浜の中華街行って、ベイブリッジで夕陽を見て……
夜明けのコーヒーまで計画は立ててあるからね」
夜明けのコーヒーを意識すると頬に熱が集まってくる。
それってそういうこと!?
「海に映る夕陽を見られたらいいですね」
夜明けのことまで考えていられない。
走り出した車の中、この先への戸惑いと期待を抱いていた。
割合的には期待の方が大きいけれど。
居酒屋の時といいなぜ偶然が重なることが多いのか。
何かしらの力が働いているような気もする。
「ストロベリーチョコレートパフェ、おいしいね。
朔くんは何を食べてるんだろう」
君付けに驚いてたが兄には聞こえていないようだ。
(セーフ!)
「朔くんっていずれは義弟……いや義兄になるのか!」
一人突っ込みをする慧一さんにから笑いをする。
すぐ近くにいるから陰口ではないとはいえひやひやする。
「パフェ美味しいですね。
慧一さんが甘党なのは付き合うまで知りませんでした」
「普段、頭も気も遣うから甘いもので癒されたいんだ。
もちろん優香以上の癒しはないよ?」
右目をつむる慧一さんにドキッと心臓が跳ねた。
「クソ課長、優香、どうしてせっかくの休日に
お前らに出くわすんだ。俺の優雅な休日を返せ」
兄は、奥の席からこちらを振り向いている。
剣呑な視線は慧一さんに向けられていた。
「偶然じゃないですか。
ここのお店は常連で一人の時もよく来てたんですよ。
優香を連れてきてあげたいって思って今日来たわけですが」
「もしかしたら行動範囲を広げた方がいいのかも……」
「……さすがに東京以外なら会わないよな」
兄も車なので時間を気にせず移動できるはずだ。
「ええっ。偶然でも会えるのが楽しみなのに」
「関係が悪化するとのちのち困るのは私達です」
慧一さんが、よくわからないことを言うのでさすがに咎めた。
「バカップルは好きにしろ。
優香が道を踏み外さなければどうでもいいし」
兄は吐き捨ててアイスコーヒーを飲み干した。
席を立ち、会計に向かう。
これ以上同じ空間にいるのは耐え難いと心の声が聞こえてきた。
パフェがなかなか進まない。
「優香……半分も食べてないじゃないか。
ボリュームありすぎだったかな」
「残すのは気が引けるので頑張って食べます」
「無理しないで。
優香がいいなら食べてあげるから」
「……じゃあお願いします」
自分のものを食べ終えている慧一さんにパフェのグラスを渡す。
「……汚いので無理しなくていいですよ」
「優香の残しが汚いわけないだろ」
慧一さんは、私が残したパフェまで完食した。
お腹に手をやり苦笑する。
「さすがに夜まで何も食べられないな」
「腹ごなしに歩きましょうか」
「いいね」
財布を出そうとした私を制し、慧一さんはスマートに支払う。
「いつもありがとうございます」
「優香と素敵な時間を過ごせるんだ。安いものさ」
カフェを出て空を見上げると曇天が広がっていた。
「どうしよう。車に向かう?」
「……そうですね。慧一さんが持っている
ルームランナーで運動させてもらいます」
「もっと情熱的な運動もあるよ」
言葉遊びをしている慧一さんに一瞬赤くなるが頭(かぶり)を振るう。
「……もういいから! しっかり安全運転してください」
「大事な人を乗せるんだからいつも以上に気をつけます」
差し出された腕に腕を絡める。
駐車場で車に乗り込むと慧一さんのマンションを目指した。
今日はコンタクトレンズなので素の慧一さんだ。
「お邪魔します」
「どうぞ」
出してくれたスリッパは私専用のものだ。
会うたびに慧一さんの部屋に私物が増えていく。
(こういう繋がりは本当にいいな)
リビングのソファーに並んで座った。
「今日は大変でしたね」
「日常には刺激が重要だよ。
安穏とした日々に慣れちゃ駄目」
「兄が言った通りですよね。
せっかくのお休みに思わぬ遭遇とかしたくない。
自分だけの自由な時間なわけですから」
噛みあっていないが悪ふざけをする慧一さんには
ちゃんと伝えておかなければ。
「それはそうだね。でもそこまで嫌われてない気もするんだよ……」
「ポジティブすぎるわ」
「嫌いなのにわざわざこっちに来て話してくれたでしょ。
彼がまっすぐ向かってきてくれている限り
大丈夫だと思うんだけどな」
それは一理あると思った。
私に厳しいことをいう兄だが、何があっても見捨てたりはしない。
守られて甘えていたんだと大人になった今ではわかる。
恋愛に介入されたくないが、それなら信じてもらえばいい。
「心配かけるようなことだけはしたくないです」
「うんと仲良くしておけばいいんだよ」
引き寄せられた肩。
慧一さんの胸はどうしてこんなにも熱いのだろう。
耳元に吹きかかる息にぞくりと背筋が震える。
キスの予感に瞳を閉じる。
差し入れられ絡められた舌が口内を探る。
口蓋を舐めすする。
がくがくと腰が崩れ落ちて、硬い胸にもたれかかった。
背中に回った腕は広く熱く私の鼓動をざわつかせる。
「……優香の誕生日って9月20日だよね?」
「はい」
社員名簿に載っている個人情報だ。
「俺の一か月先だなって覚えてた。
来月なんだよ。お盆真っ只中の8月12日」
「しし座とおとめ座ですね」
「相性占いではよくないのかな。ふふ」
「気にしたらきりがありませんから」
「血液型は何だと思う?」
「ABとか?」
「よくわかったね。優香はAだから
結婚したら、いろんな血液型の子供が生まれる可能性あるよね」
「そうですね」
兄がB型だというのは黙っておこう。
「……結婚は二人の家族が、縁を結ぶわけだから、
やっぱり今、仲をこじらせるのはよくないわ」
「またその話か。
いい加減、朔お兄さんにジェラシーだよ」
すねたような慧一さんの頬にキスをしたら彼はにこにこと微笑んでくれた。
「子供が生まれても叔父さんは可愛がってくれないかも」
「優香の子供なら溺愛しそうだけどな」
毎日、会社帰りに会い週末はデートをする。
そんな日常に慣れてきた。
梅雨が終わってからの雨の方が多いなと考えながら
窓を叩く雨音を聞いていた。
エアコンの効いた室内で上司である恋人のぬくもりに甘えて。
去年の夏はひそかに憧れている人と会えなくなるから、
夏休みが来るのは憂鬱だった。
今年は、大好きな人と過ごせるから夏休みが待ち遠しい。
「優香……俺の誕生日と君の誕生日、
どっちを記念日にする?」
問われ、はっとする。
恋人になって彼と過ごすようになって来月で三か月が経つ。
「誕生日プレゼントに優香をくれる?
それとも君の誕生日に俺をあげようか」
重ねて問われて、かーっと全身が熱くなる。
「慧一さん、私は次の誕生日で24歳なの。
あなたと9歳違うから子供に感じていたかもしれない。
でも……怖いなんて二度と思わない。
あなたの誕生日に私をあげます」
「お盆休みが12日からでよかったね。
二人でたっぷり時間を過ごせる」
「途中が平日だからまた仕事ですけど」
「休んだ気がしないかな?」
ぽん、ぽんと背中を撫でられる。
「早く来月が来るよう神様にお祈りしなくちゃ」
「忙しくしていたらあっという間ですよ」
時々、慧一さんはかわいらしいことを言うので、
そこにやられてしまう。
おどけてふざけているように見えるのも、
きっと気が抜けるよう考えていてくれているのだ。
「さっきの話だけど優香は魅力的な大人の女性だからね。
逆に俺の方が子供っぽいところあるし」
「そのギャップがいいんです」
自覚しているんだから大人だと思う。
7月の連休前、昼休憩の時間に菜都子と食堂でランチをとることにした。
「……優香、順調なの?」
「順調よ。あの人は優しいから私は甘えっぱなし」
「甘えさせてくれそう」
「菜都子も順調なんでしょ」
「今すぐじゃないけど、結婚すると思うの」
「……私も結婚の話は出てる」
「優香は交際して二か月くらいでしょ」
「前、話したと思うけどお兄ちゃんが
ブラコン気味で私を心配してるから。
いっそ結婚した方が干渉されないかなって」
「任せておけばよさそうね。
仕事上の印象からだと隙もなくすべて丸く収めそうなイメージだから」
食べていたものをむせたので水で流し込んだ。
食堂には社員が溢れていて誰かに聞かれていないか焦る。
名前や役職名を出していないので気づかれないはずだ。
丸く収めるどころか丸め込むのもできるだろう。
それをあえてしないようにしているのは計算ではないだろうか。
菜都子にレモンキャンディーを渡すとふんわり笑ってくれた。
彼女の方が恋愛スキルは格段に上だからこそ
聞いてみたい内容はある。
デリカシーにかかわる内容だから聞けずにいるのだが。
「菜都子はご飯作ってあげたりするの?」
「もちろん。美味しいって食べてくれるわ。
彼は食べる専門だから」
「そっか」
「彼は料理をする人?」
「上手よ……スパダリだと思う」
スーパーダーリン。
英語にすると軽快な響きだが、
とっても曲者なので要注意である。
「ぴったりね」
くすくすと笑い合う。
化粧室の鏡の前で、こっそりと首元を見せると
彼女はすごいと声を発した。
休日、いつものように慧一さんの部屋でくつろいでいた
私は不意に仕事の話を持ち出した。
オフは仕事の話はしないと何となく決めていたので
今まではあまりしたことがなかった。
「リモートワークへのあこがれはあります。
生活のリズムが保てるか自信がないから希望も出せないだけで。
菜都子や慧一さんにも会えないし」
「ほかの男性社員と絡まないから俺の不安は消えるかな?」
「私より菜都子の方が人気ありますよ。
公認の仲の恋人いてもモテモテなんです」
「……優香もこの前、同じ課の男性社員に
飲みに誘われてなかった?」
なんで知っているんだろう!?
「断りました!
交際している人がいるから疑われるようなことはしたくないです。
仕事上の付き合いなら仕方がなくてもプライベートは、
線引きしなければ」
「……うん。そういう君だから安心ではある」
慧一さんは男女分け隔てなく社員と円満な関係を保っていて
慕われている。怖いと倦厭していた人も、
彼と少し話せば印象を変える。
コミュニケーション能力は見習いたいと常に感じていた。
「プライベートでは私を独り占めしてるんですよ」
「かわいい」
慧一さんは頬にキスをしてきた。
「ほっぺは、あまりよくないです。
お化粧してるんですからね」
「気にしないよ」
頬へのキスは首筋をかすめ鎖骨まで降りていく。
「私、慧一さんの眼鏡をかけた姿好きですよ。
とっても理知的なのに淫靡で」
コンタクトレンズの彼は、仕事が終わった後と休日の姿だ。
「おや。少しきわどい表現だね?」
「見透かされてる気がするんですもの」
「全部が分かったら楽しくないよ。
ちょっとずつ暴いていきたい」
私との恋愛関係のことも。
進む手前でとどまってこちらの気持ちを煽る。
上手く具合に誘導されている。
ドキドキして胸が苦しい。
それだけじゃ駄目。
身も心もすべてほしい。
彼にも欲してほしいと気持ちが高まった状態で
結ばれる日を迎える。
「優香と過ごして本気で人を愛することの素晴らしさを知った。
身も心も一つに溶けたら、もっと分かり合えるね」
胸元に顔を埋めて頬を摺り寄せる。
彼の頭を引き寄せるように抱きしめた。
いやらしい感じは何もない。
鼓動の音を確かめる大きな手。
「慧一さんの胸もドキドキしているんですね」
「……優香だからだよ」
ますます愛しくなって胸元に抱きしめたら息をつかれた。
「約束を破らせたいの?」
「破らないで」
すっ、と体を離し頭を撫でてくれる。
「これだけ穏やかな時を過ごせているのも、
初めてなんだよ。だから……気をつけようよ」
ブラウスのボタンが二つ外され、唇を押し当てられる。
甘い痛みが、駆け抜けていく。
慧一さんはブラウスの襟で隠れて見えない位置に、
独り占めした証を残してくれた。
お盆休みまでの一週間はとても忙しく週に何度も残業があった。
週末以外、プライベートで慧一さんと二人きりの時間はなかったが、
お盆のことを考えれば、何も苦ではなかった。
お盆休み当日、満面の笑みを浮かべた慧一さんがアパートの部屋まで迎えに来た。
今日はこれから一泊二日で旅行へ行く予定だ。
車に乗り込むと慧一さんはご機嫌で口を開いた。
「今日から、優香と過ごす夏休みだね」
声を弾ませる慧一さんに呆れた。
「そんなにうれしいんですか?」
「アバンチュール。ラブアフェアどう表現すればいいかな」
「愛の情事……って」
「ひと時の戯れじゃないでしょ」
耳にかかったおくれ毛を避けて口づける。
出発前からスキンシップが濃厚だった。
車が信号で止まると慧一さんは、またふざけたことを口にした。
「旅には楽しいハプニングがつきものだよね」
「ふざけないで」
たとえば最近一触即発な兄と遭遇するとか
そういうのは勘弁してほしい。
「横浜の中華街行って、ベイブリッジで夕陽を見て……
夜明けのコーヒーまで計画は立ててあるからね」
夜明けのコーヒーを意識すると頬に熱が集まってくる。
それってそういうこと!?
「海に映る夕陽を見られたらいいですね」
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