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第13話「これで終わりではなく始まり」
車を運転する時も慧一さんは、コンタクトなので
眼鏡姿を見られるのは会社だけだ。
会社の人達は、眼鏡をはずした彼の姿を知らない。
それを知っている私は、特別なのだという優越感。
(兄も眼鏡をかけた彼を知らない)
高速道路は、スピードが出ているため長距離を乗ると、
車酔いしやすい私も酔いにくいようだった。
「慧一さんって車の運転が上手いですよね」
「朔くんとどっちが上手いだろう。
俺の場合、優香の操縦も上手いわけだけど」
「おかしなこと言わないで!」
運転している人の横で声を荒らげるのは
よくないのについ声を上げてしまった。
(この人が変なこと言うから)
「大学入学前に取ったから運転歴は14年かな。
さすがに最初は中古の車を乗ってたよ」
「ベテランですね」
「油断はできないけどね。
何事も初心が肝心だよ。
恋も仕事も車の運転も」
今日も舌好調の慧一さんは、私と話しながら華麗にハンドルをさばく。
車が混んで来たらお互い話さなくなりインターを降りて
隣の県にはいるまで無言だった。
(さっきの言葉を思い出すと、ほっぺをぎゅってしたくなる)
予約していたホテルに向かいチェックインする。
カードキーを渡された慧一さんはやけに楽しそうだった。
「行くよ」
腕を差し出され彼に腕を重ねた。
顔は似てないしどう見ても恋人同士にしか見えないだろう。
エレベーターに乗り込む。
「今日のためにいい部屋を取ったから気に入ってもらえるといいな」
頬を染め、慧一さんを見上げる。
たどり着いた階数は上の方だった。
「これがなければフロアそのものにあがれないんだよ」
カードキーを見せられると緊張してくる。
彼に半ばもたれかかって歩いた。
「いちいちぐっとくることをするね」
頬に顔が近づいてきたがキスはされなかった。
廊下を歩いて予約した部屋の扉の前まで来た。
「……どうする。入るのやめとく?」
「ここまで来たのに一人で帰れって言うんですか?」
「冗談だよ」
慧一さんは、くくっと笑う。
開けられた扉の中へと二人で入っていく。
開放的な大きい窓があり、小さなキッチン、リビングルーム、
バスルーム、洗面室を備えた広々とした部屋だ。
薄型テレビは、慧一さんの部屋にあるのと同じくらいの型だ。
(彼の部屋のテレビは壁掛けの60インチ)
広さは慧一さんの暮らすマンションの部屋ほどではないものの
私が住んでいる部屋の何倍ものスペース。
思わず喉があった。
「荷物だけ置いて出る?
それともルームサービスでも頼んでゆっくりする?
矢継ぎ早に聞かれ答えに窮する。
「荷物を置いてでかけましょう」
「了解」
慧一さんはソファーに座り、立ったままだった私の手を引く。
彼の膝に乗る形になった私はきょとんとした。
「優香って辛辣なことを考えている時わかりやすいよね。
全部顔に出ててかわいい」
「か、考えてません」
「俺を黙らせたいとは絶対考えてそう」
ぶるぶると首を横に振る。
「嘘をつく悪い子はお仕置きするよ?」
舌が甘く首筋をなぞる。
跡が残るほどの強い刺激ではない。
それでも、声を漏らしてしまうのには十分だ。
「……お出かけ前よ」
慧一さんのシャツの肩にしがみついていた。
「これはお仕置きだ。
こんなので許されてるんだからありがたく思いなよ」
俺様風味なセリフだ。
嫌ではないのだから末期症状だと思う。
「従順すぎる子よりいいよ。
屈服させるのが楽しい」
嗜虐的な思考の持ち主だ。
「……もう好きにしてほしい」
「抵抗した方がいいんじゃない?」
くすっと笑う。
戯れる。
ブラウスのボタンを外され、強く吸われる。
彼の唇の熱を感じてくらりとした。
「おっと……お出かけ前に調子に乗ったな。
優香、火照(ほて)っちゃったんじゃない?」
「遊んでるだけでしょ。早く出ましょう」
シャツの袖を指先でつかむ。
「うん。行こう」
私の衣服の乱れと自分の服の乱れを直してくれる。
今度は手を繋いで部屋を出た。
ホテルのロビーにはご当地のお土産がたくさん並べられていて
目を奪われてしまう。
「部署のみんなには俺が配るよ。
君は朔くんと菜都子さんかな?」
「うん。彼女に似合うおしゃれなものを探さなくちゃ。
お兄ちゃんは……何がいいだろう」
「使いづらい小物でも選んであげようか」
「嫌がらせはやめてね!」
「疲れるからむきにならない。
ランチを食べに行くよ」
慧一さんが兄をどう思っているのかわからなくなってきた。
「……横浜ってペリーだっけ」
「ペリーが来航したのは浦賀沖と横須賀です。
妙なボケをかまさないでください」
「いきいきとしたツッコミ、最高だよ」
わざとボケたのか!
ホテルの外に出て中華街へと歩く。
美味しそうな匂いが漂っていて、立ち止まりかけるが、
露店で食べていると中華料理屋さんで食べられなくなる。
慧一さんと予約していたお店に入り席に着く。
彼はターンテーブルに目をとめ何故か笑みを浮かべた。
「今、回したくなったでしょう?」
「バレた?」
「料理がきてから回してね」
ターンテーブルが楽しいので、やってみたいのはわかる。
メニュー表を見て何品か頼むとしばらくして
店員さんが料理を運んできた。
ターンテーブルに大皿のほか、お茶の急須、調味料が
セットされ気分が高まってきた。
小皿は二皿。
「恋人同士というより家族団らんって感じ。
分け合うんだもんね」
「そうね」
慧一さんと一緒にこの時間を楽しもう。
人で遊んでいるわけじゃなくて、
私をかわいがっているだけ。
(そうだと思いたい)
「ふかひれスープも飲みたいよね」
「ふかひれ、食べたい」
メニュー表を確認しもう一度店員さんを呼ぶ。
タブレット注文より対面の注文がいいと感じていた。
店員さんのチャイナドレスも見られるし。
やってきた店員さんに見とれていた私は慧一さんが
顎をしゃくったことにいぶかしんだ。
店員さんが去った後で彼は、また変なことを口にする。
「優香、チャイナドレスが着たいの?
売ってる店があったら買って帰ろうか?」
「体の曲線が出る服装をする自信がありません」
「韓国のチマチョゴリやベトナムのアオザイも似合いそうだよね」
「……何のためにそれを着るの!?」
「俺を楽しませるため?」
「ちょっとだけなら着てもいいかな。
チャイナドレス、買います」
「買ってあげるってば」
なんていちゃつきながら、料理を食べる。
私たちはすでにバカップルの領域だ。
ふかひれスープも飲んでお腹いっぱいになった。
「杏仁豆腐も食べる?」
「……慧一さんが頼んだのを少しだけ分けてもらえますか。
頼んでも全部は食べられそうにないので」
「OK。あ、優香、丁寧語が出てる。
後で罰があるからお楽しみに」
楽しみにできるはずもない。
杏仁豆腐のぷるぷるとした触感を
楽しみながら食べる慧一さんはほほえましい。
スプーンをナプキンで拭いた後、私の口に放り込んでくれて
もぐもぐと咀嚼した。
「かわいい」
「お店の中でスキンシップし過ぎ」
「いいじゃない。
せっかく東京から離れたんだし、
上司と部下であるのを知っている人はここにいないだろ」
ぐうの音も出ない。
こんなところで知り合いに遭遇するのだとしたら、相当運が悪いだろう。
(お兄ちゃんに横浜のお土産を楽しみにしていてと
メッセージを贈ったら変なものはいらんからなと言われた)
「お忍びって響きも刺激的。
ここで誰かに会ったら確実にただならぬ仲だとばれちゃうしね」
「ばれたいんですか!」
「……ばれたらその時だなって思ったんだよ」
ただならぬ仲という表現が嫌だ。
健全の範囲内は、多分超えてはいても。
「それじゃ出ようか」
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「優香と中華、最高だったよ。また来ようね」
「はい」
中華料理屋さんを出た私たちはそのまま中華街を散歩した。
お土産物を見ていると慧一さんの悪意に、
惑わされてしまいそうだった。
「冷凍の肉まんにするわ。
変なアクセサリーやキーホルダー買うよりいいもの」
「……つまらなくない?」
「普通は相手の喜ぶ顔を想像するでしょう」
「……残るものより食べ物が無難か」
支払ってくれるという慧一さんを制し、肉まんを買った。
次に会うのがいつになるかわからないが冷凍だから大丈夫だろう。
目的が一つ果たされると達成感が溢れてくる。
「優香、肉まんの思い出があるの?」
「高校の頃、兄が買ってきてくれた肉まんを食べた思い出ならあります。
美味しかったわ。お兄ちゃんはその時社会人一年生で」
「ふむ。庶民的で親しみやすい思い出だ」
「庶民です」
「ははっ」
「りんご飴、食べませんか?」
「一緒に食べようか」
ネットで調べた国産りんご飴専門店のお店まで、
彼と歩いて、列に並んだ。
まさしく魔法みたいにきらきらと輝いている。
りんご飴を手に戻ってきた慧一さんは、私に手渡してくれる。
つやつやのりんご飴は見た目にも目を潤してくれた。
彼に了承を得てスマホのカメラ機能を使って写真を撮る。
「先に優香から食べて。次に俺が齧(かじ)る」
少し人から離れて分け合っていた。
おしゃれなお店、格式高いお店が似合う彼が、
こういうことをしてくれるという喜び。
今日一番テンションが上がっていた。
「青森県産のりんご、甘くてジューシーだね」
「おいしいわ」
「俺たちの関係みたいだ」
(真っ赤なりんごみたいに熟れているってこと?)
「野球は横浜のチームが好きなんですか?」
「違うよ。つばめのところ」
「……あ、一緒でよかった」
慧一さんとは9歳離れているので、共通の話題を
探してみたら野球のチームが浮かんだのだった。
「朔くんとは三歳差だから共通の話題多そうだな」
「アプリのIDを交換してみます?」
「興味はあるけど本人から直接がいいよね」
話しているとホテルの前までたどり着いていた。
宿泊する部屋に入りソファーに座る。
「ここから海が見られるからね」
「……ええ」
「夕陽が見られるまで少し時間があるから、
先にお風呂に入ろうか?」
「慧一さんは車を運転して
お疲れでしょうし先に入ってきて」
即座に返すと彼は、納得いかない顔をした。
そして歪んだ笑みを浮かべる。
「優香、ここは二人で入るところじゃない?
俺の裸を見るの緊張するかな?」
「私も見られるわけでしょ」
「隈(くま)なく見るつもり」
上目づかいで睨む。
「冗談だよ。
優香がいうなら先に使わせてもらうから、
君はあとでゆっくり入ったらいいよ」
蠱惑的に誘惑した慧一さんだったが、
紳士な部分を発揮してくれて安堵した。
「……いきなり明るいお風呂で、
裸を見られるのは緊張するわ」
ソファーに座り考えていた。
今宵は、忘れられない夜になる。
夜明けのコーヒーを飲むことまで計画に入っているから、
その前に夜を一緒に過ごすということだ。
(当たり前じゃない。何言ってるの。
お風呂に入って窓から景色を眺めて
ホテルで夕食(ディナー)を頂いて、それから……)
考えていると頭が沸騰してきた。
ほっぺたの前で手を揺らしてエアコンの冷気を送る。
落ち着かないのでテレビをつけてみた。
画面越しに聞こえてくる声に耳を傾ける。
ゲストタレントが一人招かれているバラエティー番組は、
なかなかにぎやかでつい夢中になった。
「……優香、上がったよ。
お風呂、行っておいで」
いきなり声をかけられて肩が波打った。
「そんなに驚かせちゃった?」
「足音がなかったじゃない。何で忍び足で戻ってくるの?」
「そんなの気配で気づいてよ」
無茶なことをと思った私はきっと修行が足りない。
肩を抱かれ、耳元に息を吹きかけられる。
慧一さんはシャツとスラックスを纏っていた。
「っ……あ」
「……感じちゃった?」
惑わされていると時間だけが過ぎる。
慧一さんのいたずらを気にしないようにしてバスルームに向かった。
時刻は午後5時。
「い、行ってきます」
ひらひらと手を振られた。
バスルームに入ると念入りに全身を洗った。
ホテル備え付けのシャンプー、トリートメント、
ボディーソープを見つめる。
(これ、同じの使ったのよね。
彼から涼し気な香りがした)
「旅行に来たからって浮かれすぎよね。
足元を掬われように気をつけなくちゃいけないわ」
しあわせは儚いもの。
一時ではなく持続させるためには、
今に甘んじてはいけない。
ちょっと面倒くさいことを考えた私は、
全身を丁寧に洗った。
髪もきっちりとドライヤーで乾かし、着替えて部屋に戻る。
ソファーの前に立っていた慧一さんが、こちらの腕を引く。
背中に回った腕は優しいがすさまじい引力だ。
私は彼の胸の中で息をつく。
「……優香、綺麗」
「メイクは一回落としちゃったし素顔なのよ」
「君はメイクした顔より素顔の方が何倍も魅力的だ」
頬や額にキスが降る。
リップノイズが響いていた。
「メイクするね」
「うん。後ろから見てる」
化粧室に入った私の後ろから慧一さんがついてくる。
「見てなくていいの」
「じゃあ終わったら教えて。
髪を梳いて髪留め(バレッタ)をつけてあげる」
こくりと頷く。
一通りのメイクを終えると、彼が肩に腕を回してくる。
ブラシで髪を整えて手に持っていたバレットを髪に飾ってくれた。
「こんなことされたことなかったの」
「うれしい?」
「とっても」
さっき気を引き締めようと思ったが説得力がない。
また心を浮足立たせてる。
手を繋いで部屋を歩いてバルコニーに出た。
夕陽が傾き海に沈んでいく様子が見える。
「慧一さんと見られてよかった。
星を見るより感動してる」
「結構、貴重かもね」
この風景を胸に焼きつけておこうと思った。
ディナーは、胸がいっぱいであまり食べられなくて
慧一さんに申し訳なかったが彼はどこまでも優しかった。
この時間が尊いと感じた。
眼鏡姿を見られるのは会社だけだ。
会社の人達は、眼鏡をはずした彼の姿を知らない。
それを知っている私は、特別なのだという優越感。
(兄も眼鏡をかけた彼を知らない)
高速道路は、スピードが出ているため長距離を乗ると、
車酔いしやすい私も酔いにくいようだった。
「慧一さんって車の運転が上手いですよね」
「朔くんとどっちが上手いだろう。
俺の場合、優香の操縦も上手いわけだけど」
「おかしなこと言わないで!」
運転している人の横で声を荒らげるのは
よくないのについ声を上げてしまった。
(この人が変なこと言うから)
「大学入学前に取ったから運転歴は14年かな。
さすがに最初は中古の車を乗ってたよ」
「ベテランですね」
「油断はできないけどね。
何事も初心が肝心だよ。
恋も仕事も車の運転も」
今日も舌好調の慧一さんは、私と話しながら華麗にハンドルをさばく。
車が混んで来たらお互い話さなくなりインターを降りて
隣の県にはいるまで無言だった。
(さっきの言葉を思い出すと、ほっぺをぎゅってしたくなる)
予約していたホテルに向かいチェックインする。
カードキーを渡された慧一さんはやけに楽しそうだった。
「行くよ」
腕を差し出され彼に腕を重ねた。
顔は似てないしどう見ても恋人同士にしか見えないだろう。
エレベーターに乗り込む。
「今日のためにいい部屋を取ったから気に入ってもらえるといいな」
頬を染め、慧一さんを見上げる。
たどり着いた階数は上の方だった。
「これがなければフロアそのものにあがれないんだよ」
カードキーを見せられると緊張してくる。
彼に半ばもたれかかって歩いた。
「いちいちぐっとくることをするね」
頬に顔が近づいてきたがキスはされなかった。
廊下を歩いて予約した部屋の扉の前まで来た。
「……どうする。入るのやめとく?」
「ここまで来たのに一人で帰れって言うんですか?」
「冗談だよ」
慧一さんは、くくっと笑う。
開けられた扉の中へと二人で入っていく。
開放的な大きい窓があり、小さなキッチン、リビングルーム、
バスルーム、洗面室を備えた広々とした部屋だ。
薄型テレビは、慧一さんの部屋にあるのと同じくらいの型だ。
(彼の部屋のテレビは壁掛けの60インチ)
広さは慧一さんの暮らすマンションの部屋ほどではないものの
私が住んでいる部屋の何倍ものスペース。
思わず喉があった。
「荷物だけ置いて出る?
それともルームサービスでも頼んでゆっくりする?
矢継ぎ早に聞かれ答えに窮する。
「荷物を置いてでかけましょう」
「了解」
慧一さんはソファーに座り、立ったままだった私の手を引く。
彼の膝に乗る形になった私はきょとんとした。
「優香って辛辣なことを考えている時わかりやすいよね。
全部顔に出ててかわいい」
「か、考えてません」
「俺を黙らせたいとは絶対考えてそう」
ぶるぶると首を横に振る。
「嘘をつく悪い子はお仕置きするよ?」
舌が甘く首筋をなぞる。
跡が残るほどの強い刺激ではない。
それでも、声を漏らしてしまうのには十分だ。
「……お出かけ前よ」
慧一さんのシャツの肩にしがみついていた。
「これはお仕置きだ。
こんなので許されてるんだからありがたく思いなよ」
俺様風味なセリフだ。
嫌ではないのだから末期症状だと思う。
「従順すぎる子よりいいよ。
屈服させるのが楽しい」
嗜虐的な思考の持ち主だ。
「……もう好きにしてほしい」
「抵抗した方がいいんじゃない?」
くすっと笑う。
戯れる。
ブラウスのボタンを外され、強く吸われる。
彼の唇の熱を感じてくらりとした。
「おっと……お出かけ前に調子に乗ったな。
優香、火照(ほて)っちゃったんじゃない?」
「遊んでるだけでしょ。早く出ましょう」
シャツの袖を指先でつかむ。
「うん。行こう」
私の衣服の乱れと自分の服の乱れを直してくれる。
今度は手を繋いで部屋を出た。
ホテルのロビーにはご当地のお土産がたくさん並べられていて
目を奪われてしまう。
「部署のみんなには俺が配るよ。
君は朔くんと菜都子さんかな?」
「うん。彼女に似合うおしゃれなものを探さなくちゃ。
お兄ちゃんは……何がいいだろう」
「使いづらい小物でも選んであげようか」
「嫌がらせはやめてね!」
「疲れるからむきにならない。
ランチを食べに行くよ」
慧一さんが兄をどう思っているのかわからなくなってきた。
「……横浜ってペリーだっけ」
「ペリーが来航したのは浦賀沖と横須賀です。
妙なボケをかまさないでください」
「いきいきとしたツッコミ、最高だよ」
わざとボケたのか!
ホテルの外に出て中華街へと歩く。
美味しそうな匂いが漂っていて、立ち止まりかけるが、
露店で食べていると中華料理屋さんで食べられなくなる。
慧一さんと予約していたお店に入り席に着く。
彼はターンテーブルに目をとめ何故か笑みを浮かべた。
「今、回したくなったでしょう?」
「バレた?」
「料理がきてから回してね」
ターンテーブルが楽しいので、やってみたいのはわかる。
メニュー表を見て何品か頼むとしばらくして
店員さんが料理を運んできた。
ターンテーブルに大皿のほか、お茶の急須、調味料が
セットされ気分が高まってきた。
小皿は二皿。
「恋人同士というより家族団らんって感じ。
分け合うんだもんね」
「そうね」
慧一さんと一緒にこの時間を楽しもう。
人で遊んでいるわけじゃなくて、
私をかわいがっているだけ。
(そうだと思いたい)
「ふかひれスープも飲みたいよね」
「ふかひれ、食べたい」
メニュー表を確認しもう一度店員さんを呼ぶ。
タブレット注文より対面の注文がいいと感じていた。
店員さんのチャイナドレスも見られるし。
やってきた店員さんに見とれていた私は慧一さんが
顎をしゃくったことにいぶかしんだ。
店員さんが去った後で彼は、また変なことを口にする。
「優香、チャイナドレスが着たいの?
売ってる店があったら買って帰ろうか?」
「体の曲線が出る服装をする自信がありません」
「韓国のチマチョゴリやベトナムのアオザイも似合いそうだよね」
「……何のためにそれを着るの!?」
「俺を楽しませるため?」
「ちょっとだけなら着てもいいかな。
チャイナドレス、買います」
「買ってあげるってば」
なんていちゃつきながら、料理を食べる。
私たちはすでにバカップルの領域だ。
ふかひれスープも飲んでお腹いっぱいになった。
「杏仁豆腐も食べる?」
「……慧一さんが頼んだのを少しだけ分けてもらえますか。
頼んでも全部は食べられそうにないので」
「OK。あ、優香、丁寧語が出てる。
後で罰があるからお楽しみに」
楽しみにできるはずもない。
杏仁豆腐のぷるぷるとした触感を
楽しみながら食べる慧一さんはほほえましい。
スプーンをナプキンで拭いた後、私の口に放り込んでくれて
もぐもぐと咀嚼した。
「かわいい」
「お店の中でスキンシップし過ぎ」
「いいじゃない。
せっかく東京から離れたんだし、
上司と部下であるのを知っている人はここにいないだろ」
ぐうの音も出ない。
こんなところで知り合いに遭遇するのだとしたら、相当運が悪いだろう。
(お兄ちゃんに横浜のお土産を楽しみにしていてと
メッセージを贈ったら変なものはいらんからなと言われた)
「お忍びって響きも刺激的。
ここで誰かに会ったら確実にただならぬ仲だとばれちゃうしね」
「ばれたいんですか!」
「……ばれたらその時だなって思ったんだよ」
ただならぬ仲という表現が嫌だ。
健全の範囲内は、多分超えてはいても。
「それじゃ出ようか」
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「優香と中華、最高だったよ。また来ようね」
「はい」
中華料理屋さんを出た私たちはそのまま中華街を散歩した。
お土産物を見ていると慧一さんの悪意に、
惑わされてしまいそうだった。
「冷凍の肉まんにするわ。
変なアクセサリーやキーホルダー買うよりいいもの」
「……つまらなくない?」
「普通は相手の喜ぶ顔を想像するでしょう」
「……残るものより食べ物が無難か」
支払ってくれるという慧一さんを制し、肉まんを買った。
次に会うのがいつになるかわからないが冷凍だから大丈夫だろう。
目的が一つ果たされると達成感が溢れてくる。
「優香、肉まんの思い出があるの?」
「高校の頃、兄が買ってきてくれた肉まんを食べた思い出ならあります。
美味しかったわ。お兄ちゃんはその時社会人一年生で」
「ふむ。庶民的で親しみやすい思い出だ」
「庶民です」
「ははっ」
「りんご飴、食べませんか?」
「一緒に食べようか」
ネットで調べた国産りんご飴専門店のお店まで、
彼と歩いて、列に並んだ。
まさしく魔法みたいにきらきらと輝いている。
りんご飴を手に戻ってきた慧一さんは、私に手渡してくれる。
つやつやのりんご飴は見た目にも目を潤してくれた。
彼に了承を得てスマホのカメラ機能を使って写真を撮る。
「先に優香から食べて。次に俺が齧(かじ)る」
少し人から離れて分け合っていた。
おしゃれなお店、格式高いお店が似合う彼が、
こういうことをしてくれるという喜び。
今日一番テンションが上がっていた。
「青森県産のりんご、甘くてジューシーだね」
「おいしいわ」
「俺たちの関係みたいだ」
(真っ赤なりんごみたいに熟れているってこと?)
「野球は横浜のチームが好きなんですか?」
「違うよ。つばめのところ」
「……あ、一緒でよかった」
慧一さんとは9歳離れているので、共通の話題を
探してみたら野球のチームが浮かんだのだった。
「朔くんとは三歳差だから共通の話題多そうだな」
「アプリのIDを交換してみます?」
「興味はあるけど本人から直接がいいよね」
話しているとホテルの前までたどり着いていた。
宿泊する部屋に入りソファーに座る。
「ここから海が見られるからね」
「……ええ」
「夕陽が見られるまで少し時間があるから、
先にお風呂に入ろうか?」
「慧一さんは車を運転して
お疲れでしょうし先に入ってきて」
即座に返すと彼は、納得いかない顔をした。
そして歪んだ笑みを浮かべる。
「優香、ここは二人で入るところじゃない?
俺の裸を見るの緊張するかな?」
「私も見られるわけでしょ」
「隈(くま)なく見るつもり」
上目づかいで睨む。
「冗談だよ。
優香がいうなら先に使わせてもらうから、
君はあとでゆっくり入ったらいいよ」
蠱惑的に誘惑した慧一さんだったが、
紳士な部分を発揮してくれて安堵した。
「……いきなり明るいお風呂で、
裸を見られるのは緊張するわ」
ソファーに座り考えていた。
今宵は、忘れられない夜になる。
夜明けのコーヒーを飲むことまで計画に入っているから、
その前に夜を一緒に過ごすということだ。
(当たり前じゃない。何言ってるの。
お風呂に入って窓から景色を眺めて
ホテルで夕食(ディナー)を頂いて、それから……)
考えていると頭が沸騰してきた。
ほっぺたの前で手を揺らしてエアコンの冷気を送る。
落ち着かないのでテレビをつけてみた。
画面越しに聞こえてくる声に耳を傾ける。
ゲストタレントが一人招かれているバラエティー番組は、
なかなかにぎやかでつい夢中になった。
「……優香、上がったよ。
お風呂、行っておいで」
いきなり声をかけられて肩が波打った。
「そんなに驚かせちゃった?」
「足音がなかったじゃない。何で忍び足で戻ってくるの?」
「そんなの気配で気づいてよ」
無茶なことをと思った私はきっと修行が足りない。
肩を抱かれ、耳元に息を吹きかけられる。
慧一さんはシャツとスラックスを纏っていた。
「っ……あ」
「……感じちゃった?」
惑わされていると時間だけが過ぎる。
慧一さんのいたずらを気にしないようにしてバスルームに向かった。
時刻は午後5時。
「い、行ってきます」
ひらひらと手を振られた。
バスルームに入ると念入りに全身を洗った。
ホテル備え付けのシャンプー、トリートメント、
ボディーソープを見つめる。
(これ、同じの使ったのよね。
彼から涼し気な香りがした)
「旅行に来たからって浮かれすぎよね。
足元を掬われように気をつけなくちゃいけないわ」
しあわせは儚いもの。
一時ではなく持続させるためには、
今に甘んじてはいけない。
ちょっと面倒くさいことを考えた私は、
全身を丁寧に洗った。
髪もきっちりとドライヤーで乾かし、着替えて部屋に戻る。
ソファーの前に立っていた慧一さんが、こちらの腕を引く。
背中に回った腕は優しいがすさまじい引力だ。
私は彼の胸の中で息をつく。
「……優香、綺麗」
「メイクは一回落としちゃったし素顔なのよ」
「君はメイクした顔より素顔の方が何倍も魅力的だ」
頬や額にキスが降る。
リップノイズが響いていた。
「メイクするね」
「うん。後ろから見てる」
化粧室に入った私の後ろから慧一さんがついてくる。
「見てなくていいの」
「じゃあ終わったら教えて。
髪を梳いて髪留め(バレッタ)をつけてあげる」
こくりと頷く。
一通りのメイクを終えると、彼が肩に腕を回してくる。
ブラシで髪を整えて手に持っていたバレットを髪に飾ってくれた。
「こんなことされたことなかったの」
「うれしい?」
「とっても」
さっき気を引き締めようと思ったが説得力がない。
また心を浮足立たせてる。
手を繋いで部屋を歩いてバルコニーに出た。
夕陽が傾き海に沈んでいく様子が見える。
「慧一さんと見られてよかった。
星を見るより感動してる」
「結構、貴重かもね」
この風景を胸に焼きつけておこうと思った。
ディナーは、胸がいっぱいであまり食べられなくて
慧一さんに申し訳なかったが彼はどこまでも優しかった。
この時間が尊いと感じた。
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