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第14話「シスコンと振り回される二人」
慧一さんとバルコニーに出て星を見上げていた。
都会のビルの夜景よりも星のきらめきの方がずっと好きだと感じていた。
「綺麗だね」
「慧一さんがこんなに素敵な部屋を予約してくれたから、
見られた景色ね。本当にうれしい」
彼の腕に捕まり寄り添う。
「慧一さんって身長、何センチ?
私は160センチなの」
「それくらいだよね。
21センチ違うよ」
「背が高くてうらやましい」
「朔くんはもっと大きいよね。
学生時代、何かスポーツでもやってたのかな?」
「兄はバスケ部のエースでした。
バレンタインチョコも結構もらって
モテてたみたいですよ」
「さすが朔くんだ!
シスコンでもモテモテ……」
「そういうのは知られてませんでしたし」
「優香は、チョコレートあげたことある?」
「実は毎年あげてます。
恋人からもらうのとは別らしいんで……」
「へえ……。せっかくいい雰囲気なのに
兄トークで台無しだな」
「慧一さんが言い出したんでしょ」
「朔くん、おもろいんだもん」
「……おもろいって関西弁?」
「長期休みに大阪に遊びに行ってる。
関西弁好きなんだ」
「意外ですね」
「年末年始に大阪行こうか?」
「はい……ぜひ」
「それまで愛をはぐくんでおかなくちゃね。
もしかしたら新婚旅行になるかもしれないし」
抱き寄せられ見つめ合う。
うっとりしている内に唇が重なった。
至近距離で見つめ合う。
「どんな星を見てもこんなにきれいだと思ったことはなかった。
優香はやっぱり特別なんだ」
「……私もです」
唇が小さく重なる。
ついばまれると、気恥ずかしいけど
胸がときめいて仕方がない。
背をかがめて、私の胸元に頬を寄せた慧一さんがつぶやく。
「すごくドキドキしてるね。俺と一緒だ」
慧一さんの大きな手が私の手を彼の胸元に導く。
(トクトク……私と同じ音だ)
「壊れちゃわないかな」
「……それくらい激しく求めあえるなら本望じゃない?」
耳朶を食まれた。
(かぷって感じ)
誰からもきっと見られてはいない。
それでも外にいるという羞恥が、彼の腕を払いのけてしまう。
「……うん。そうだね……お姫様」
慧一さんは軽々と私を横抱きにして部屋へと連れていく。
「もう一回お風呂入ろっか。もちろん二人でだよ」
「……はい」
きわめて強引なのに否を唱えることは決してない。
バスルームの前の洗面室で服を脱ぐのをためらうけれど、
彼は、一気に脱ぎ捨てていた。
肩甲骨の動きを見てドキドキしてしまう。
「優香……脱ぐの手伝おうか?」
「あ、あとから行きますから先にお風呂入ってて」
「わかった。いちいちかわいい子だな」
素っ裸の慧一さんは私の頬を指でなぞった。
私はゆっくりと衣服を脱いでいった。
(彼は私を待っているのだろうか)
反則かと思うけれど、バスタオルをぐるぐる巻いて
バスルームの扉を開けた。
バスタブは猫足のクラシックなデザインでとても広い。
背の高い慧一さんでも十分くつろげる。
「……ずるい。俺は全部見せてるのに、
優香はしっかり隠してる」
彼が正面からこちらを見つめていた。
「言われるかなと思いました。
お風呂に入る時は外すから」
丁寧語と砕けた言葉が混ざってしまう。
「恥ずかしがり屋さんな優香も好きだよ」
「もう慧一さんったら」
タオルをしている安心感から、私は
彼について一緒にお風呂に入った。
バスタブの中、私は後ろから抱きしめられている。
「こんなの初めてで緊張しますね」
慧一さんが身動きするとバスタブが波音を立てた。
外すどころか長い腕がバスタオルをはぎ取りお風呂の縁にかけた。
「……慧一さん!」
名前を叫ぶが彼はそ知らぬ素振りで話をする。
「小さいころ、朔くんと入ったことあるのかな?」
「幼稚園の頃までです」
肌がくっついているのを意識し心臓が跳ねた。
お湯のせいで身体が熱いわけじゃない。
「優香が5歳の時、彼は11歳か。ぎりぎりだね」
「お父さんとも入ったことあるけど全部小さい時のことです」
「恋人とは初めてだよね?」
ぐっ、と腰を抱え込まれる。
「優香の初めては俺とが多いんだね。
キス以外は」
「こだわらないで」
残念そうな呟きがおかしい。
「まあ。全部もらうけど。
この先は優香の全部が俺のもの」
「優香と混浴、思った以上に楽しいかも」
「……はい」
背中を抱きしめられ、肩に彼が頭を乗せてくる。
「混浴……婚前旅行……ふふ」
「まだ結婚は決まってないですが確かにそうですね」
「優香は冷静だな。もう少しはしゃいでみよう」
「はしゃぎたいけどドキドキが勝ってしまって」
「さっきより音が大きいもんね」
腕が胸の下に周り手のひらが、心臓の音を確かめる。
「好きな人と一緒だから」
ぐるり、身体が反転させられる。
顎を掴まれ頬に手のひらが添えられた。
ゆっくりとついばんでいたキスが、
深いものにかわるまで少し時間があった。
「んん……ふあっ」
いたずらな指先が、背中から下へと降りていく。
お尻を撫でられて、びくっとした。
「……すべすべ。やわらかい」
「変態発言です」
「好きな女の前ではどんな紳士も変態になるんだよ」
「慧一さんは、紳士の皮をかぶった変態ですよね」
「そろそろ黙ろうか?」
憎まれ口は荒々しいキスでふさがれる。
縦横無尽に口内で暴れる舌。
私の舌は絡めとられ吸い上げられた。
「……君とのキスは楽しい。
最初にしたのが耳って俺たちにふさわしいよね」
妖しい笑みを浮かべた慧一さんが、耳元でささやく。
その声が普段より艶っぽく感じられて背筋を震わせた。
「……ゆっくり愛してあげたいけど、
そろそろ我慢の限界なんだよな」
自己完結した慧一さんが、覆いかぶさってくる。
だだっ広いベッドは多分キングサイズ。
整えられたシーツ、大きな枕が一つ。
これは愛を確かめ合うための場所なのではないかと思ってしまう。
鼓動の音を合わせるみたいに、彼が体重を預けてきた。
身長があるからそれなりに重いけど嬉しい。
「この瞬間、待ってた」
彼の髪を手のひらで弄ぶ
まつげが触れるほど顔が近づいて、間近で見る表情のリアルさ。
頭を撫でて伝える。
「好き……」
「好きだよ」
伝えあってどちらからともなく唇をむさぼった。
顔を離し、彼が身体を浮かせる。
瞬きをする。
「……スマホ、鳴ってない?
バイブの音がするんだけど」
「あ……!」
緊急の連絡が来た時のため、
電源は落とさずにいた。
彼の耳はとてもいいので、ソファーの上に置いたスマホの音にも気づいてしまった。
みじろぎする身体を大きな体が押さえつける。
両手首も掴まれていた。
「無視でいいよね」
確認ではなく決定事項のように聞こえた。
「……えっと」
スマホの振動がソファーに伝わるから大きく聞こえている。
なかなか鳴りやまない。
今日に限ってどういうことだろう。
「……一応出ます」
「そうだね……」
慧一さんはため息をついて私の上から離れて起き上がった。
ベッドを降りてソファーにスマホを確認しに行く。
「……お兄ちゃんだ」
表示された名前は朔兄ちゃん。
「は!?」
慧一さんが理解できないという表情をする。
「優香、どうせ大した用じゃないし後でかけ直せばいいよ。
電源を切ってしまおう」
「後が怖すぎるから」
冷静を取り繕おうとしている慧一さんをさらっと無視をして、
通話ボタンを押した。
「朔兄ちゃん?」
「優香、出るのが遅いな。
どうせあのインチキ課長と一緒なんだろうけど……」
「出たんだからいいじゃない」
「風邪ひいた……」
「はあ!?」
「一人で心細くてつらい……」
兄の声は弱々しくて、なかなかでなかったのを申し訳なく思う。
「お兄ちゃん、ごはん食べられてる?
水分は取った?」
「……看病に来て。買ったものの代金は払う」
息も苦しそうで、私は思わず応えていた。
「わかった! ちょっと遅くなるけど、
行くから鍵開けて待ってて」
「……優香はやさしいな……」
それで電話は途切れた。
真後ろにいた慧一さんが、この世の終わりの表情を浮かべていた。
「優香と俺は、結ばれちゃいけない運命なんだろうか。
さすがに他者からもたらされた寸止めはきつい。
シスコンのお馬鹿なお兄ちゃん……のせいで」
「お兄ちゃん、風邪でしんどそうなんです。
慧一さん、機会はまたあるから今日の所は……」
「そうだね。優香のお兄さんだから大事にしなきゃ」
「……ありがとうございます」
「着替えて、出よう。
今度は俺の部屋だからね。覚えといて」
ちゃんとリベンジ計画があるらしい。
粘っこく聞こえた言葉に、こくこくと頷いていた。
洗面室に行き着替えとメイクを済ませる。
慧一さんは、さっきの不穏さはなりを潜め、
いたって真顔でたたずんでいた。
「ごめんなさい。せっかくこんな素敵なお部屋を予約してくれたのに」
「……いや楽しみが伸びただけだと思えば平気だよ」
ぽん、と肩を叩かれる。
「しばらく欲情を焚きつけるスキンシップは控えようか」
静かな声が、鼓膜を打った。
高速道路を使い都内へと戻る。
一応スマホを確認するが、兄からの新たな連絡は来ていない。
助手席の私の行動に慧一さんは苦笑した。
「朔くん、心配だね。
妹の君しか頼れないなんて哀れに思えてくるけど」
余計な文面が追記されていた。
「……すみません。
お兄ちゃんは私のことで心配かけること多かったし、
助けてあげたい気持ちが強くて」
「気持ちはわかるよ。だから優香はそんな声を震わせないで」
ギアの上に置いていた手が、一瞬助手席の私の手に触れた。
「……はい」
深夜の高速を駆け抜け都内に戻った時、
午後十時を過ぎていた。
「馬鹿兄貴のおうちは、どのへんかな。住所教えてくれたら
ナビに入力するから」
「……実は私のマンションから車で5分圏内です」
そう言い詳しい住所を伝えた。
「……見張られてる気分」
「普段はそんなに行き来してませんし!」
「すごいタイミングで電話してくるあたり、
疫病神そのものだ」
訴えても駄目だった。
連れて行ってもらえるんだからよしとしよう。
「近くで何か買っていこうか」
「はい」
スーパーで、必要なものを買いそろえマンションの部屋を訪ねた。
慧一さんは、『三島』という表札に目を細める。
「おや? しっかり表札を掲げちゃって……
自分の居場所がばれても問題ないんだ」
「別に犯罪を犯して逃げてるわけじゃありませんし」
私が止める隙もなく慧一さんは、インターホンを連打した。
数瞬の沈黙ののち、扉が内側に開いた。
冷却シートを額に貼りつけた兄・朔は、
寝乱れた髪のまま呆然とこちらに視線を送り一度扉を閉めかけた。
その時、慧一さんは長い足を扉の間に挟んだ。
「……優香、もしかして邪魔をしてしまったのか」
直に聞く声はよりつらそうに感じた。
「朔くん、今日は勘がいいじゃないか。
だったら門前払いとかするのはなしだよね?」
慧一さんの脅しは、威圧感を含んでいるが優しさも微かに混じっている。
「お兄ちゃん……私だけでも入れてくれる?
いろいろ買ってきたから」
「……慧一さん、すみません」
いつもと違い低姿勢で兄は扉を開けた。
「それでいいんだよ。それで」
慧一さんは、遠慮もなく玄関に入り靴を脱いだ。
私もその後ろに続く。
兄は、申し訳なさそうな顔でスリッパを置いて背中を向ける。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……まだ息はできてる」
よろめいた兄の身体を慧一さんが支えた。
「……優香と違ってクソ重いな」
ボソッとつぶやく慧一さんにも兄は反応を返す力がないらしい。
(背が高いからしょうがないんじゃない。慧一さんだって、
180センチ超えてるくせして)
「ありがとうございます」
「いや、優香じゃ支えられないでしょ。
お兄さん、でっかいし」
「でかくてすみません」
弱っているせいか、人格が豹変している兄は、
慧一さんに支えられながらベッドに戻った。
「お兄ちゃん、おかゆをあっためて持ってくるわね。
梅干しは冷蔵庫にある?」
「……実家からもらったやつがある。お前の所にもあるだろ」
慧一さんと二人にする不安が若干あったが、
ぺこりと一礼してキッチンに向かった。
いつもきちんと片づいているシンク周りも、
乱雑に物が溢れ洗い物もたまっていた。
洗い物をさっさと片づけ、レンジでおかゆをあたためた。
冷蔵庫から自家製の梅干しを出してきて、
おかゆの真ん中に置く。
トレイに載せて持っていくと慧一さんが、兄の髪に触れていた。
兄はベッドの上に横たわっている。
「おかゆを持ってきました」
慧一さんは私が持っていたトレイを受け取ると、テーブルの上に置いた。
おかゆを入れた器(木杓子つき)を手に持った慧一さんは、くすっと笑う。
トレイには水を入れたグラスも入っている。
「慧一さん?」
「よし。年上の義弟がお兄さまに食べさせてあげよう!」
はりきった慧一さんは、兄の口元におかゆをスプーンで運ぶ。
事態に気づいた兄は飛び起きて後ろに下がる。
当然ながら、頭を打つ形になり思わず声をかけた。
「お兄ちゃん、大丈夫!!」
「大丈夫じゃない……」
「ちゃんと食べて早くよくなろうね」
慧一さんは頭を打ったせいか痛みで顔をしかめている兄の口元に
無理矢理スプーンを突っ込んだ。
(ひっ……復讐がはじまってる。
あんなに動揺してるのを意に介さずおかゆを食べさせたし)
一度むせこんだ兄に水のグラスを差し出す。
側に寄り添い、兄の腕を支える。
「……今度のことで反省した。むしろ猛省レベル。
何があっても妹には頼らない……」
疲れ果てた表情の兄はそのまま横向きに身体を伏せた。
タオルケットを頭までかぶっている。
相変わらずしんどそうだが口調ははっきりしていた。
「二人きりの兄妹でしょう?
困った時は頼ってもいいんじゃないかな。
お互い様なんだから」
慧一さんが何を思ってこんなことを言うのかわからない。
私はどう反応すべきか困っていた。
「優香、朔くんの冷却シートがぬくぬくだから、
新しいのを頼むよ」
慧一さんに伝えられ、私は冷蔵庫まで取りに行った。
さっき梅干しを出した時、冷却シートが冷蔵庫にあるのが見えたのだ。
部屋に戻ると、慧一さんが体温計を手にしていた。
「……体温、計ろうかなって」
兄はされるがままに介抱された。
もうどうにでもなれという気分なのかもしれない。
都会のビルの夜景よりも星のきらめきの方がずっと好きだと感じていた。
「綺麗だね」
「慧一さんがこんなに素敵な部屋を予約してくれたから、
見られた景色ね。本当にうれしい」
彼の腕に捕まり寄り添う。
「慧一さんって身長、何センチ?
私は160センチなの」
「それくらいだよね。
21センチ違うよ」
「背が高くてうらやましい」
「朔くんはもっと大きいよね。
学生時代、何かスポーツでもやってたのかな?」
「兄はバスケ部のエースでした。
バレンタインチョコも結構もらって
モテてたみたいですよ」
「さすが朔くんだ!
シスコンでもモテモテ……」
「そういうのは知られてませんでしたし」
「優香は、チョコレートあげたことある?」
「実は毎年あげてます。
恋人からもらうのとは別らしいんで……」
「へえ……。せっかくいい雰囲気なのに
兄トークで台無しだな」
「慧一さんが言い出したんでしょ」
「朔くん、おもろいんだもん」
「……おもろいって関西弁?」
「長期休みに大阪に遊びに行ってる。
関西弁好きなんだ」
「意外ですね」
「年末年始に大阪行こうか?」
「はい……ぜひ」
「それまで愛をはぐくんでおかなくちゃね。
もしかしたら新婚旅行になるかもしれないし」
抱き寄せられ見つめ合う。
うっとりしている内に唇が重なった。
至近距離で見つめ合う。
「どんな星を見てもこんなにきれいだと思ったことはなかった。
優香はやっぱり特別なんだ」
「……私もです」
唇が小さく重なる。
ついばまれると、気恥ずかしいけど
胸がときめいて仕方がない。
背をかがめて、私の胸元に頬を寄せた慧一さんがつぶやく。
「すごくドキドキしてるね。俺と一緒だ」
慧一さんの大きな手が私の手を彼の胸元に導く。
(トクトク……私と同じ音だ)
「壊れちゃわないかな」
「……それくらい激しく求めあえるなら本望じゃない?」
耳朶を食まれた。
(かぷって感じ)
誰からもきっと見られてはいない。
それでも外にいるという羞恥が、彼の腕を払いのけてしまう。
「……うん。そうだね……お姫様」
慧一さんは軽々と私を横抱きにして部屋へと連れていく。
「もう一回お風呂入ろっか。もちろん二人でだよ」
「……はい」
きわめて強引なのに否を唱えることは決してない。
バスルームの前の洗面室で服を脱ぐのをためらうけれど、
彼は、一気に脱ぎ捨てていた。
肩甲骨の動きを見てドキドキしてしまう。
「優香……脱ぐの手伝おうか?」
「あ、あとから行きますから先にお風呂入ってて」
「わかった。いちいちかわいい子だな」
素っ裸の慧一さんは私の頬を指でなぞった。
私はゆっくりと衣服を脱いでいった。
(彼は私を待っているのだろうか)
反則かと思うけれど、バスタオルをぐるぐる巻いて
バスルームの扉を開けた。
バスタブは猫足のクラシックなデザインでとても広い。
背の高い慧一さんでも十分くつろげる。
「……ずるい。俺は全部見せてるのに、
優香はしっかり隠してる」
彼が正面からこちらを見つめていた。
「言われるかなと思いました。
お風呂に入る時は外すから」
丁寧語と砕けた言葉が混ざってしまう。
「恥ずかしがり屋さんな優香も好きだよ」
「もう慧一さんったら」
タオルをしている安心感から、私は
彼について一緒にお風呂に入った。
バスタブの中、私は後ろから抱きしめられている。
「こんなの初めてで緊張しますね」
慧一さんが身動きするとバスタブが波音を立てた。
外すどころか長い腕がバスタオルをはぎ取りお風呂の縁にかけた。
「……慧一さん!」
名前を叫ぶが彼はそ知らぬ素振りで話をする。
「小さいころ、朔くんと入ったことあるのかな?」
「幼稚園の頃までです」
肌がくっついているのを意識し心臓が跳ねた。
お湯のせいで身体が熱いわけじゃない。
「優香が5歳の時、彼は11歳か。ぎりぎりだね」
「お父さんとも入ったことあるけど全部小さい時のことです」
「恋人とは初めてだよね?」
ぐっ、と腰を抱え込まれる。
「優香の初めては俺とが多いんだね。
キス以外は」
「こだわらないで」
残念そうな呟きがおかしい。
「まあ。全部もらうけど。
この先は優香の全部が俺のもの」
「優香と混浴、思った以上に楽しいかも」
「……はい」
背中を抱きしめられ、肩に彼が頭を乗せてくる。
「混浴……婚前旅行……ふふ」
「まだ結婚は決まってないですが確かにそうですね」
「優香は冷静だな。もう少しはしゃいでみよう」
「はしゃぎたいけどドキドキが勝ってしまって」
「さっきより音が大きいもんね」
腕が胸の下に周り手のひらが、心臓の音を確かめる。
「好きな人と一緒だから」
ぐるり、身体が反転させられる。
顎を掴まれ頬に手のひらが添えられた。
ゆっくりとついばんでいたキスが、
深いものにかわるまで少し時間があった。
「んん……ふあっ」
いたずらな指先が、背中から下へと降りていく。
お尻を撫でられて、びくっとした。
「……すべすべ。やわらかい」
「変態発言です」
「好きな女の前ではどんな紳士も変態になるんだよ」
「慧一さんは、紳士の皮をかぶった変態ですよね」
「そろそろ黙ろうか?」
憎まれ口は荒々しいキスでふさがれる。
縦横無尽に口内で暴れる舌。
私の舌は絡めとられ吸い上げられた。
「……君とのキスは楽しい。
最初にしたのが耳って俺たちにふさわしいよね」
妖しい笑みを浮かべた慧一さんが、耳元でささやく。
その声が普段より艶っぽく感じられて背筋を震わせた。
「……ゆっくり愛してあげたいけど、
そろそろ我慢の限界なんだよな」
自己完結した慧一さんが、覆いかぶさってくる。
だだっ広いベッドは多分キングサイズ。
整えられたシーツ、大きな枕が一つ。
これは愛を確かめ合うための場所なのではないかと思ってしまう。
鼓動の音を合わせるみたいに、彼が体重を預けてきた。
身長があるからそれなりに重いけど嬉しい。
「この瞬間、待ってた」
彼の髪を手のひらで弄ぶ
まつげが触れるほど顔が近づいて、間近で見る表情のリアルさ。
頭を撫でて伝える。
「好き……」
「好きだよ」
伝えあってどちらからともなく唇をむさぼった。
顔を離し、彼が身体を浮かせる。
瞬きをする。
「……スマホ、鳴ってない?
バイブの音がするんだけど」
「あ……!」
緊急の連絡が来た時のため、
電源は落とさずにいた。
彼の耳はとてもいいので、ソファーの上に置いたスマホの音にも気づいてしまった。
みじろぎする身体を大きな体が押さえつける。
両手首も掴まれていた。
「無視でいいよね」
確認ではなく決定事項のように聞こえた。
「……えっと」
スマホの振動がソファーに伝わるから大きく聞こえている。
なかなか鳴りやまない。
今日に限ってどういうことだろう。
「……一応出ます」
「そうだね……」
慧一さんはため息をついて私の上から離れて起き上がった。
ベッドを降りてソファーにスマホを確認しに行く。
「……お兄ちゃんだ」
表示された名前は朔兄ちゃん。
「は!?」
慧一さんが理解できないという表情をする。
「優香、どうせ大した用じゃないし後でかけ直せばいいよ。
電源を切ってしまおう」
「後が怖すぎるから」
冷静を取り繕おうとしている慧一さんをさらっと無視をして、
通話ボタンを押した。
「朔兄ちゃん?」
「優香、出るのが遅いな。
どうせあのインチキ課長と一緒なんだろうけど……」
「出たんだからいいじゃない」
「風邪ひいた……」
「はあ!?」
「一人で心細くてつらい……」
兄の声は弱々しくて、なかなかでなかったのを申し訳なく思う。
「お兄ちゃん、ごはん食べられてる?
水分は取った?」
「……看病に来て。買ったものの代金は払う」
息も苦しそうで、私は思わず応えていた。
「わかった! ちょっと遅くなるけど、
行くから鍵開けて待ってて」
「……優香はやさしいな……」
それで電話は途切れた。
真後ろにいた慧一さんが、この世の終わりの表情を浮かべていた。
「優香と俺は、結ばれちゃいけない運命なんだろうか。
さすがに他者からもたらされた寸止めはきつい。
シスコンのお馬鹿なお兄ちゃん……のせいで」
「お兄ちゃん、風邪でしんどそうなんです。
慧一さん、機会はまたあるから今日の所は……」
「そうだね。優香のお兄さんだから大事にしなきゃ」
「……ありがとうございます」
「着替えて、出よう。
今度は俺の部屋だからね。覚えといて」
ちゃんとリベンジ計画があるらしい。
粘っこく聞こえた言葉に、こくこくと頷いていた。
洗面室に行き着替えとメイクを済ませる。
慧一さんは、さっきの不穏さはなりを潜め、
いたって真顔でたたずんでいた。
「ごめんなさい。せっかくこんな素敵なお部屋を予約してくれたのに」
「……いや楽しみが伸びただけだと思えば平気だよ」
ぽん、と肩を叩かれる。
「しばらく欲情を焚きつけるスキンシップは控えようか」
静かな声が、鼓膜を打った。
高速道路を使い都内へと戻る。
一応スマホを確認するが、兄からの新たな連絡は来ていない。
助手席の私の行動に慧一さんは苦笑した。
「朔くん、心配だね。
妹の君しか頼れないなんて哀れに思えてくるけど」
余計な文面が追記されていた。
「……すみません。
お兄ちゃんは私のことで心配かけること多かったし、
助けてあげたい気持ちが強くて」
「気持ちはわかるよ。だから優香はそんな声を震わせないで」
ギアの上に置いていた手が、一瞬助手席の私の手に触れた。
「……はい」
深夜の高速を駆け抜け都内に戻った時、
午後十時を過ぎていた。
「馬鹿兄貴のおうちは、どのへんかな。住所教えてくれたら
ナビに入力するから」
「……実は私のマンションから車で5分圏内です」
そう言い詳しい住所を伝えた。
「……見張られてる気分」
「普段はそんなに行き来してませんし!」
「すごいタイミングで電話してくるあたり、
疫病神そのものだ」
訴えても駄目だった。
連れて行ってもらえるんだからよしとしよう。
「近くで何か買っていこうか」
「はい」
スーパーで、必要なものを買いそろえマンションの部屋を訪ねた。
慧一さんは、『三島』という表札に目を細める。
「おや? しっかり表札を掲げちゃって……
自分の居場所がばれても問題ないんだ」
「別に犯罪を犯して逃げてるわけじゃありませんし」
私が止める隙もなく慧一さんは、インターホンを連打した。
数瞬の沈黙ののち、扉が内側に開いた。
冷却シートを額に貼りつけた兄・朔は、
寝乱れた髪のまま呆然とこちらに視線を送り一度扉を閉めかけた。
その時、慧一さんは長い足を扉の間に挟んだ。
「……優香、もしかして邪魔をしてしまったのか」
直に聞く声はよりつらそうに感じた。
「朔くん、今日は勘がいいじゃないか。
だったら門前払いとかするのはなしだよね?」
慧一さんの脅しは、威圧感を含んでいるが優しさも微かに混じっている。
「お兄ちゃん……私だけでも入れてくれる?
いろいろ買ってきたから」
「……慧一さん、すみません」
いつもと違い低姿勢で兄は扉を開けた。
「それでいいんだよ。それで」
慧一さんは、遠慮もなく玄関に入り靴を脱いだ。
私もその後ろに続く。
兄は、申し訳なさそうな顔でスリッパを置いて背中を向ける。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……まだ息はできてる」
よろめいた兄の身体を慧一さんが支えた。
「……優香と違ってクソ重いな」
ボソッとつぶやく慧一さんにも兄は反応を返す力がないらしい。
(背が高いからしょうがないんじゃない。慧一さんだって、
180センチ超えてるくせして)
「ありがとうございます」
「いや、優香じゃ支えられないでしょ。
お兄さん、でっかいし」
「でかくてすみません」
弱っているせいか、人格が豹変している兄は、
慧一さんに支えられながらベッドに戻った。
「お兄ちゃん、おかゆをあっためて持ってくるわね。
梅干しは冷蔵庫にある?」
「……実家からもらったやつがある。お前の所にもあるだろ」
慧一さんと二人にする不安が若干あったが、
ぺこりと一礼してキッチンに向かった。
いつもきちんと片づいているシンク周りも、
乱雑に物が溢れ洗い物もたまっていた。
洗い物をさっさと片づけ、レンジでおかゆをあたためた。
冷蔵庫から自家製の梅干しを出してきて、
おかゆの真ん中に置く。
トレイに載せて持っていくと慧一さんが、兄の髪に触れていた。
兄はベッドの上に横たわっている。
「おかゆを持ってきました」
慧一さんは私が持っていたトレイを受け取ると、テーブルの上に置いた。
おかゆを入れた器(木杓子つき)を手に持った慧一さんは、くすっと笑う。
トレイには水を入れたグラスも入っている。
「慧一さん?」
「よし。年上の義弟がお兄さまに食べさせてあげよう!」
はりきった慧一さんは、兄の口元におかゆをスプーンで運ぶ。
事態に気づいた兄は飛び起きて後ろに下がる。
当然ながら、頭を打つ形になり思わず声をかけた。
「お兄ちゃん、大丈夫!!」
「大丈夫じゃない……」
「ちゃんと食べて早くよくなろうね」
慧一さんは頭を打ったせいか痛みで顔をしかめている兄の口元に
無理矢理スプーンを突っ込んだ。
(ひっ……復讐がはじまってる。
あんなに動揺してるのを意に介さずおかゆを食べさせたし)
一度むせこんだ兄に水のグラスを差し出す。
側に寄り添い、兄の腕を支える。
「……今度のことで反省した。むしろ猛省レベル。
何があっても妹には頼らない……」
疲れ果てた表情の兄はそのまま横向きに身体を伏せた。
タオルケットを頭までかぶっている。
相変わらずしんどそうだが口調ははっきりしていた。
「二人きりの兄妹でしょう?
困った時は頼ってもいいんじゃないかな。
お互い様なんだから」
慧一さんが何を思ってこんなことを言うのかわからない。
私はどう反応すべきか困っていた。
「優香、朔くんの冷却シートがぬくぬくだから、
新しいのを頼むよ」
慧一さんに伝えられ、私は冷蔵庫まで取りに行った。
さっき梅干しを出した時、冷却シートが冷蔵庫にあるのが見えたのだ。
部屋に戻ると、慧一さんが体温計を手にしていた。
「……体温、計ろうかなって」
兄はされるがままに介抱された。
もうどうにでもなれという気分なのかもしれない。
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