甘く残酷な支配に溺れて~上司と部下の秘密な関係~

雛瀬智美

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第三話「欲望が滾(たぎ)るキス、これ以上堕とさないで」

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「君は落としがいがありそうだなって当時から思っていたよ。
女じゃなくて、女の子の君を
たくさん可愛がって女にする喜びが欲しかった」
呼び捨てたと思ったら、さん付けに戻し、
女の子と口にした。9つも歳上の彼からしたら子供かもしれないけど侮らないでほしい。
「残念だけど、私はもう女です」
「経験済みってことじゃなくてね。中身が、
まだ少女のままなんだろうなって」
はっ、とした。
彼は、どこまで人を見透かしているのだろう。
24にもなって、少女と言われると
こっぱずかしいものがあるが、
指摘されてそうなのかもと思った。
「キスしてもいいかな? 」
「……聞かないで奪って」
紳士的なのか、よくわからない。
肩に手を添えた慧一さんが、ゆっくりと唇を重ねた。
甘酸っぱいキスは、ほんの一瞬で終わったけど、私の心に何かを残した。
消えない灯火といってもいいかもしれない。
「情熱的なんだね。可愛い君が、そんなこと言うなんて驚きだよ」
「……わざわざ尋ねてくるから、焦れったくて」
もじもじと手のひらを擦り合わせたら、
耳元でささやかれた。
「優香を俺好みの女に染めてあげる」
「……!? 」
慧一さんは、甘くつややかに告げて、車を発進させた。
有名なコーヒーチェーン店ではなく、個人経営の穴場のお店に
連れて行ってくれるのは、憎いなと思った。
静かにゆったりくつろげる場所を選んでいる。
こういうのも大人の男だ。
窓際のテーブル席に向かい合わせで座った途端、私は口を開いた。
「どうして、名前を呼び捨てたり、そうじゃない時があるんですか?」
「どっちが好み?」
「……呼び捨ててください」
「わかった、優香も丁寧語禁止だよ。
そういうのは、会社だけでいいから」
彼に寂しさを感じさせるなら、慣れないけど私も丁寧語をやめよう。
「卵サンドがおすすめだよ。コーヒーによく合うんだ。紅茶もあるけど、君はどっち派? 」
「ミルクをたっぷり注いだコーヒーが、いいな」
テーブルに置かれたメニューを指さした。
「カフェオレと卵サンドでいい? 」
「はい! なかなか決められないので、
選んでもらえるの嬉しい」
卵サンドの他各種サンドウイッチ、ホットドッグ、ハンバーガーまで取り揃えられていた。
どれも野菜が豊富でヘルシーなものばかりで、店主のこだわりが感じられる。
(こんなお店があるんだ)
「初めてはどんな感じだった? 」
「……へっ」
「初体験は、奪われたの?
それともめくるめく甘い夜だった?」
「っ……」
な、なんてことを言い出すのだろう。
こんな……きわどいことを言われるとは思わなかった。
(メニューが来る前でよかった)
「……言えません」
紳士の慧一さんと比べて、元カレは、最低だったと思う。
「そいつを地獄に突き落としてやりたいね。
抗いきれない君の魅力に、負けたのは、
分かるけど……罪な男だ」
勘違いしているが、それでいい。
「……慧一さんの口から出る言葉は、
甘くて刺激的ですね」
「甘くて刺激的な夜を過ごしたいね」
「……やだ、顔が熱くなってきたわ。
あなたのせいよ」
慧一さんは、くすっ、と笑った。
その笑顔にまたどきどき感が増す。
眼鏡をかけていない素顔の彼は、
普段より若く見えて少年のようだった。
「お待たせいたしました」
卵サンドとカフェオレが載ったプレートが、テーブルに置かれた。
慧一さんは、ブラックコーヒーと、卵サンドだ。
お互いに食べ終わった後、メニューを見ている慧一さんに気づく。
「パフェでも食べる? 」
「まだ入るの? 」
「本当なら君を早く食べたいけど」
「昼間から、破廉恥(はれんち)なことを言わないで」
「ははっ……冗談だよ。
チョコレートパフェ頼むから、食べれるなら
君もどうぞ。分けてあげる」
大人同士なら付き合い始めて、すぐ身体の関係を持っても不思議でないのだろうけど。
(慧一さんは、口だけで穏やかに進みたいのよね)
にこにこと笑った。
年上での男性と付き合うのは初めてで、緩やかな速度で連れて行ってと願う。
「分けて」
「素直でいい子だ」
言葉で撫でられた気がした。
チョコレートパフェが、届くと慧一さんの瞳が輝いた。
「甘いものが好きなの? 」
「チョコレートが好きなんだ。甘さと苦味がミックスされててたまらないねぇ」
慧一さんの眩しい笑顔につられて笑う。
「どんな甘いものも由子の唇の甘さには勝てないけど。
昨日のキスを思い出すと、未(いま)だに心が震えるね」
慧一さんは、大きなスプーンをかかげた。
指で手招きされる。
隣に座ると、口を開けてと言われた。
口の中に放り込まれたパフェは、
甘さとほろ苦さが絶妙なバランスで
混ざりあっていた。
「……慧一さんが注文したのに」
「食べかけをあげるのは、失礼でしょ」
慧一さんは、私にパフェを食べさせながら自分も食べた。
口に運んでくれるのは、
とても照れるのだけど、彼が楽しそうなのでされるがままになった。
「マナーとしてはよくないけど、これって、
間接キスだよね」
「……間接キスじゃ足りないの」
慧一さんは目元を和らげた。
「後でめいっぱい、してあげる」
小声でささやかれ、ドキッとした。
車に戻ると、運転席から、長い腕が伸びてくる。
肩を抱いて、顎を掴んだ。
星屑の欠片のように、ときめくキスが降り注いだ。
胸の鼓動が、騒ぐ。
キスが続いて、唇が濡れた頃、
慧一さんが、ぽつりと言った。
私の唇を彼の人差し指が押さえている。
「……始まりのキスをしたから、ここからだね」
「くさいんだから」
「くさかろうが、これからもずっと、
誠実に愛を伝えていくよ」
慧一さんの宣言は本当だった。
GWの初日は、そんな感じで、
三日目までは、外でデートをして送ってもらうのを繰り返した。
四日目は、彼の部屋に招かれた。
招かれるからと、意識するのは自意識過剰だ。
(慧一さんは、そんな人ではない)
豪華な部屋で広めの間取りに驚いたが彼の地位にあるなら、これくらいの部屋に住めて当たり前だ。
ガラステーブルに置かれたカフェオレ。
テーブルには気軽につまめるお菓子が、置かれていた。
「ありがとう」
「コーヒー飲んで、お菓子でもつまんでて。
その間にご飯の用意してくるね」
「手伝います! 」
「お客さんは、大人しく待っていなさい。
……俺の料理が口に合うか分からないけど、
はりきって作るから」
慧一さんの言葉に、今日も頬が熱くなる。
夕方まで、デートをしていて夜になってこの部屋に連れてこられたのだけど、
無理矢理でもなかったし、さりげなかった。
待っていると、慧一さんがお盆に載せた料理を運んできた。
サラダにスープ、ご飯、お肉料理、ワインまである。
「俺は飲まないよ。
君を送っていかなければいけないから」
ドキッとした。
(手を出さない宣言!
こんな素敵な紳士がいるのね)
今日こそは、大好きですと伝えよう。
間に合わなくなって、彼から手を離されちゃう前に。
「赤ワイン、初めて。
普段は缶のチューハイばっかりで」
「好きなだけ飲んでいいよ。
度数が高いから、無理せずにね」
「はい! 」
厚かましいことを言ってしまった反省をしつつも、慧一さんの好意に甘えて、ワイングラスを傾けた。
食事をしながら飲むと、
酔いづらいとは聞くけど……、少し酔ってしまった。
目の焦点が合わない。
飲み終えたタイミングで、お代わりを注いでくれる。
グラスの底が見える程度に
二回おかわりしただけど、重要なことを失念していた。
(私、お酒に弱かった)
ソファーに身を沈ませた私は、耳に注ぎ込まれる言葉にも酔っていた。
「赤ワイン、美味しかった?
ボジョレー、取っておいてよかったよ」
「……そんな高級なワインを味のわからない
小娘に、飲ませたらいけないわ……」
汗ばんだ手を大きな手が包み込む。
「小娘にキスはしないなあ」
「ふふっ」
わけがわからなくなってきた。
多分、呂律が回っていない。
「弱かったんだね……ごめんね。無理に飲ませて」
「私がいい気になって、飲んだのがいけないの。
慧一さんのお料理も美味しくて、お酒が進んだわ」
「優香は、俺をいい気にさせてくれるんだね」
肩を抱かれた。口元に吐息がかかる。
ついばんで離れるのが何度か繰り返された。
「……っ、駄目、私は帰るの! 」
慧一さんが、どこかへ引きずり込もうとする。
ためらって、拒絶するも、彼にはささやかな抵抗でしかない。
「帰るんだよね。分かってるよ」
「……雰囲気(ムード)壊すようなこと、
言ってごめんなさい。あなたといられて嬉しいのは、分かって」
「うん。優香が、嬉しがってるのは、
鼓動から伝わってくるよ」
大きな手が、心臓の上に置かれている。
うつら、うつら、意識がたゆたう。
「アルコールは、君に飲ませたくて、
出しただけ。俺は飲まないつもりだったよ。
送って行くからね」
「……慧一さん、好きよ」
「ありがとう……言葉もらえて嬉しい」
抱きしめられた。
眠りに落ちた私が目覚めたのは、大きくて広いベッドの上。
「……目が覚めた? 頭が痛いなら水でも飲んで」
ブラウスのボタンが一つ外されているのは、
慧一さんの気遣いだ。他に乱れた箇所はない。
「大丈夫です。眠っちゃってごめんなさい。
ベッドまで借りちゃって」
「いいんだよ。酔ってる君も、寝顔も
愛らしくて理性が、吹っ飛びそうで、
危なかったけど」
「……とんだ醜態だったわ」
「気にしないで」
「……慧一さんは、紳士ね」
「寝てる女に襲いかかるほど、飢えちゃいないから。君を裏切るような真似はしない」
身を起こした。肩を抱かれて胸の中に引き寄せられる。
「このまま帰るのは、切なくない?」
「えっ、……」
「帰るのは分かってるけど、いつ帰ってもいいよね。
君に用事があるなら無理なこと言えないけど」
「……キスだけでいいんです。今は」
「どんなキスが欲しいの? 
淡いやつか、濃厚なキスか」
答えづらかったので、慧一さんの耳元に唇を寄せた。
「欲望がたぎるキスだね」
「……なっ」
深くて甘いキスって伝えたら、
慧一さんは、勝手に解釈した。
目を閉じる。顎をつままれる。
吐息が触れた瞬間、唇が重なった。
何度も角度を変えてキスをした後、
やがて、唇の隙間から舌が入ってくる。
「……んっ」
絡め合わされる。
水音が妙に生々しくて、恥ずかしい。
「これくらいで、感じてはいけないよ。
先の楽しみは取っときたいし」
(キスが、うますぎるの。
みだらで、柔らかなキスなんてずるい。
吐息が奪われるギリギリで、唇を
離すなんて、どんなやり方なの? )
鼻から抜ける息。
震える指先で、慧一さんの肩を掴む。
シャツに皺ができるくらい力を込めた。
唇が、離れた時、ぷつん、と白い糸が切れた。
「欲情がたぎったら、君の全部を奪うまで、
止まれなくなるから、ここまでね」
「……口に出さないで」
「奪ってほしくなったら言って」
「今は……まだキスだけでいいの」
「身体が鳴かないうちに、素直になるんだよ」
きつく、抱きしめられて横抱きにされた。
玄関に連れて行かれて、少し悲しくなる。
(……キスだけって言ったのに……勝手な私)
私の荷物が置かれている。
すとん、と下ろされた。
「そろそろ、送っていくよ、お姫様」
慧一さんが、口元を緩めた。
繋がれた指先に、ほっ、とする。
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