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第五話「俺のものになる覚悟が、できたってことでいい?」
交差点で止まった車の中、慧一さんは頬を緩めていた。
課長の顔から、素の香住慧一に戻ったのだ。眼鏡はかけたままでも、違う。
私しか知らない優越感に浸ってしまう。
「とりあえず今日は優香の手料理が食べたいな」
「じゃあ、スーパーに寄ってくれますか? 」
慧一さんが、来るならありあわせのものではなく、彼が好きなものを作りたい。
「OK」
立ち寄ったスーパーで、食材を買い込んだ。
せっかく車なんだからと、数日分の食材を買い込んだ。
週末に寄らせてもらうし、と慧一さんは、私を制してレジに行った。
お金を渡して断られたら、悲しいしと笑う彼に微笑んだ。
(ここまで、してくれると申し訳なくなる)
マンションの私の部屋に着くと、二人で買い物袋をキッチンのテーブルに置く。
「本当にありがとう」
「お礼は、キスでいいよ」
慧一さんは、背をかがめ、頬を指で指し示す。
ジャケットの裾を掴んで、顔を上向ける。
頬に唇で触れた後、厚めの唇に一瞬、触れた。
淡いキスで電流が走った。心の奥まで。
(……やっぱり、彼は)
「君のサービス、受け取ったよ」
気恥ずかしくなり、話題を変えた。
「一人暮らし歴長いし。栄養バランス考えた食事もしやすいから、
作るようになって、慣れただけさ」
「何でもできるのね」
「そんなことない。苦手なこともある」
「なあに? 」
「どうしたら、君は身も心も許してくれるのかな……焦ってるわけじゃないけど」
「……ご飯作りましょう」
顔が熱くなってしまった。話を変えて慧一さんが、嫌な気持ちになっていなければと思う。
「……ああ」
作り終わった料理をテーブルに並べて、
二人で頷く。手を合わせて食べ始めた。
時々、視線が絡む。
慧一さんの食べる様子は、どこかイやらしくて、
そんなことを考える自分がはしたないのだと、頭(かぶり)を振る。
「どうしたんだい? 」
「……教えないわ」
食事の合間、水を飲みながら問いかける声に、びくっ、とした。
「……俺に内緒にしたいなんて、
駄目だよ。教えてくれなくちゃ」
妖しく微笑みかけられ、喉に詰まりそうになった。
むせて、水を流し込む。
食事は、美味しかったが、味わって食べる余裕はなかった。
好きな人と過ごすというのは楽しいだけではなく、戸惑いと焦燥と、不安も呼び起こす。
(慧一さんが、素敵すぎるから)
洗い物を終えて、慧一さんのそばに戻ると、
彼は、悲しげにため息をついた。
「……残念だな」
「え!? 」
「この部屋から、帰らなくちゃいけないなんて。
もしかして、俺に捕まりたくない君の作戦かな」
「あなたのお部屋で、お料理するのは、厚かましいかなって。
だから、私の部屋に来てもらっただけで、そんなつもりじゃ……」
「……ごめんね。君はそういう子じゃないのに」
ズキっと胸が痛んだ。
優しい慧一さんを傷つけていることは、胸が痛むけれど……私は恋愛経験値が低いのだ。
ずっと、胸に抱いていた疑問を投げかけてみることにした。
「三回目のデートで、そういう関係になるのは、
普通だって友達との会話で聞いたことがあるんですけど、慧一さんはどう思いますか? 」
「セックスのことかな?」
避けていた言葉が、彼の口からさらっと零れて、真っ赤になってしまう。
床に座っていた私は、膝で手を握りしめる。
俯いていると、頭上から、声が降ってきた。
「優香」
「は、はい……」
「三ヶ月というのも聞いたことがあるけれど、人によって恋の速度は、それぞれじゃ
ないかな。一方的には、進められないしね」
繋がれた手は、あたたかかった。
こんな温もりを持つ人を疑う自分を恥じた。
「慧一さん、臆病な私なんかで、いいの? 」
「俺が先に告白したんだよ。好きな気持ちがふくらんでも、嫌いになんてならない」
手を握り返すと、さらに力がこもった。
「ね、もっと俺を信じて……。
可愛い優香を泣かせたくないんだ」
啼かせても。
最後に何か付け加えられていた気がするが、
よく聞こえなかった。
慧一さんが帰るのを見送った。頬に口づけを残して、彼は愛車で去って行った。
寝る前にメールが届いた。
『優香、愛してるよ』
その一言が嬉しくて、私は浮かれながら、返信した。
『愛してます』
ほろ、っと涙がこぼれる。
三回目のデートは、過ぎたが、一ヶ月も経っていない。
自分達のスピードでいいんだ。
朝、目が覚めると、慧一さんに電話をかけた。
「おはようございます」
「おはよう、優香。よく眠れた? 」
「ええ。 慧一さんも眠れた? 」
「君の夢を見て、少し寝不足かな? 」
「……えっ、私、夢の中で何かしましたか? 」
「夢の中でも可愛くて綺麗で……
どうにかなりそうだった。
実際、君のすべてを知ったら、やばいことになるな」
電話越しに絶句した。
「朝からやめてください……もう! 」
「褒めたんだよ? 」
朝から、心臓がばくばくするので、本題に入った。
「今日なんですけど……待ち合わせするのもいいかなって」
「デートって感じだよね」
「ふふっ」
土曜日は、駅前のカフェで待ち合わせして、デートをした。
迎えに来てもらうだけじゃなくて、自分から行動したかった。
待ち合わせした後は、慧一さんの車に乗るのだとしても。
大胆なことを言われたが、言葉だけ。
一方的に進めようとはしない。
待たせているのに気づかないほど子供ではない。
愛想つかされる未来を想像して、凍りつく。
嫌いになんてならない。
慧一さんは嘘をつかないとは思うが、
気持ちは変わるものだ。
夜の挨拶をして、慧一さんと別れた後で、
ベッドの中メールをした。
『明日は、お部屋に連れて行ってください』
『迎えは、午後でもいいかな? 』
『はい! 』
口元がほころぶ。
(明日は、どんな服を着ていこうかな。慧一さんの隣にいてもおかしくない格好にしたい)
ベッドに潜る。
そして、夢を見て、目が覚めた。
慧一さんの言葉を意識しすぎたせいだろうか。甘く濃厚な夜を二人で過ごしていた。
キスをして、それから……。
「きゃぁぁ! 」
夢の中のできごとを反芻できない。
(……夢を見たくらいで悲鳴あげてどうするの。
彼と結ばれるのは、私も望んでいるということなのよ。
じゃなきゃ、夢で見たりしない。
元カレの振る舞いが酷かったから、
そういう事は、無理だって思ってたけど、
慧一さんなら嫌じゃない。彼のためじゃなくて、私が望んでいる。
あの人のすべてが欲しい)
午後になった。外で待っていると慧一さんの車が、姿を現した。
運転席の窓(ウインドウ)が、開いて、
彼が、顔を覗かせた。
やっぱり、眼鏡をかけていない姿は、破壊力がある。
色気を隠せていない。
「……待ちきれなかった? 」
「待ちきれなかったの」
開かれた助手席に乗った。飛び乗るように。
「髪、カールしてきたんだね。似合ってるよ」
「ありがとう。嬉しい」
ヘイアイロンで巻いた髪を慧一さんの
指が、ひと房すくった。どきっとする。
甘い仕草を真顔でする人だ。
「俺の家でランチにしよう。さっき、作ったから」
「もう作ってあるの? すごい! 」
慧一さんのマンションへと車が向かっていく。
(慧一さんは地位もあるけど、気取らないし、接しやすい人。
落ち着いた大人の男性で、私を大事にしてくれる)
車の中、窓から流れる景色を見ていた。
ルームミラー越しに、微笑みかけられたら、
ドキッとするからあまり、横を見れない。
可愛くてかっこいい赤い車は、派手なようで、慧一さんに似つかわしく思えた。
(ポルシェよね……)
気付けば、信号で車が停車していた。
「優香」
「はい? 」
名前を呼ばれて、顔を向ける。
伸びてきた手が肩を掴んで、影が重なる。
「……んっ」
艶めかしく重なった唇は、舌をもつれ合わせて離れていく。
一瞬でも、白い火花が散った。
過去の付き合いでされたディープキスは、
甘さも何もなかったのに、こんなにも胸がときめくなんて。
きっと、相手が慧一さんだからだ。
(大人のキスって、こういうものなのね)
「キスをする度、君を知っていってるよ」
言葉につまったところで、信号が変わった。
マンションに着いて車を降りる。
慧一さんに、手を引かれて歩いていく。
彼の部屋の扉が開いて閉じる。
後から入った私が鍵を閉めた。
「……何故、俺の部屋に来たくなったのかな? 」
「逃げないって意思表示は、嘘じゃないってあなたに伝えたくて」
これが精一杯だった。身体が震える。
繋がれた指先から、怯えが伝わっていませんように。
「優香、本当に君は可愛い。俺が手を出すべき存在じゃないのかと、思ってしまうくらい」
「私には、触れてはいけない神聖さはないの」
「……無垢な眼差しで、誘惑したら、
酷い目に合うよ。いいのかい? 」
「……酷いことするあなたじゃないでしょ」
「まったく、君にはかなわない」
手を繋いだまま、ダイニングキッチンに向かう。交代で手を洗った。
慧一さんが温めてくれた料理を一緒にテーブルに並べた。彩り豊かなメニューは、
目で見ても楽しめる。
「あのね、慧一さん」
「ん? 」
「キスしたら、リップって取れるのね。すっかり落ちちゃった」
「食事で取れる前に、取れたね」
クスッと笑われて、笑い返す。
「そうだ。食べる前に聞いておくけど、
俺のものになる覚悟が、できたってことでいいのかな? 」
や、優しいけど、意地悪だ。
言わせようとするなんて。
それとも、言葉で確認しておきたいだけなのだろうか。
「はい」
返事をすると、慧一さんは、笑った。
(え、口の端をつり上げてる? )
「冷めないうちに食べよう」
慧一さんは、一瞬で表情を変えた。
さっきの笑い方は、何だったのか。
違和感が拭いきれないまま、食事を終えた。
ソファーに座ると肩を抱かれた。
「……あ、あの……」
抱えてきたバッグには、泊まる準備がしてあった。
やりすぎてしまっているかと不安だが、慧一さんは、何も言わない。
「慧一さん? 」
「ゆっくり官能を教えてあげる」
慧一さんは横抱きにして、私を寝室に連れていく。
昼間から、いけないのではとか、もう考えたくもない。
下ろされたベッドの上で、彼を見上げる。
頬に手を伸ばす。滑らかな肌触り。
顎には髭の剃り跡があって、男らしい。
「優香」
キスの前に名前を呼んでくれる。 愛おしい。
唇が、覆いかぶさる。
ゆっくりと味わうように、キスが深くなって、知らず声をもらしていた。
「……ん……ふっ」
髪を撫でられる。
キスは続く。
淡く思考が濁るまで、
息が苦しくなるほど唇を交わしあった。
「そんな潤んだ眼差しされたら、
おねだりされてるみたいだ」
「……キスの先を教えてほしい」
「じっくり時間をかけて教えてあげる」
慧一さんの大きな掌が、首筋をたどる。
課長の顔から、素の香住慧一に戻ったのだ。眼鏡はかけたままでも、違う。
私しか知らない優越感に浸ってしまう。
「とりあえず今日は優香の手料理が食べたいな」
「じゃあ、スーパーに寄ってくれますか? 」
慧一さんが、来るならありあわせのものではなく、彼が好きなものを作りたい。
「OK」
立ち寄ったスーパーで、食材を買い込んだ。
せっかく車なんだからと、数日分の食材を買い込んだ。
週末に寄らせてもらうし、と慧一さんは、私を制してレジに行った。
お金を渡して断られたら、悲しいしと笑う彼に微笑んだ。
(ここまで、してくれると申し訳なくなる)
マンションの私の部屋に着くと、二人で買い物袋をキッチンのテーブルに置く。
「本当にありがとう」
「お礼は、キスでいいよ」
慧一さんは、背をかがめ、頬を指で指し示す。
ジャケットの裾を掴んで、顔を上向ける。
頬に唇で触れた後、厚めの唇に一瞬、触れた。
淡いキスで電流が走った。心の奥まで。
(……やっぱり、彼は)
「君のサービス、受け取ったよ」
気恥ずかしくなり、話題を変えた。
「一人暮らし歴長いし。栄養バランス考えた食事もしやすいから、
作るようになって、慣れただけさ」
「何でもできるのね」
「そんなことない。苦手なこともある」
「なあに? 」
「どうしたら、君は身も心も許してくれるのかな……焦ってるわけじゃないけど」
「……ご飯作りましょう」
顔が熱くなってしまった。話を変えて慧一さんが、嫌な気持ちになっていなければと思う。
「……ああ」
作り終わった料理をテーブルに並べて、
二人で頷く。手を合わせて食べ始めた。
時々、視線が絡む。
慧一さんの食べる様子は、どこかイやらしくて、
そんなことを考える自分がはしたないのだと、頭(かぶり)を振る。
「どうしたんだい? 」
「……教えないわ」
食事の合間、水を飲みながら問いかける声に、びくっ、とした。
「……俺に内緒にしたいなんて、
駄目だよ。教えてくれなくちゃ」
妖しく微笑みかけられ、喉に詰まりそうになった。
むせて、水を流し込む。
食事は、美味しかったが、味わって食べる余裕はなかった。
好きな人と過ごすというのは楽しいだけではなく、戸惑いと焦燥と、不安も呼び起こす。
(慧一さんが、素敵すぎるから)
洗い物を終えて、慧一さんのそばに戻ると、
彼は、悲しげにため息をついた。
「……残念だな」
「え!? 」
「この部屋から、帰らなくちゃいけないなんて。
もしかして、俺に捕まりたくない君の作戦かな」
「あなたのお部屋で、お料理するのは、厚かましいかなって。
だから、私の部屋に来てもらっただけで、そんなつもりじゃ……」
「……ごめんね。君はそういう子じゃないのに」
ズキっと胸が痛んだ。
優しい慧一さんを傷つけていることは、胸が痛むけれど……私は恋愛経験値が低いのだ。
ずっと、胸に抱いていた疑問を投げかけてみることにした。
「三回目のデートで、そういう関係になるのは、
普通だって友達との会話で聞いたことがあるんですけど、慧一さんはどう思いますか? 」
「セックスのことかな?」
避けていた言葉が、彼の口からさらっと零れて、真っ赤になってしまう。
床に座っていた私は、膝で手を握りしめる。
俯いていると、頭上から、声が降ってきた。
「優香」
「は、はい……」
「三ヶ月というのも聞いたことがあるけれど、人によって恋の速度は、それぞれじゃ
ないかな。一方的には、進められないしね」
繋がれた手は、あたたかかった。
こんな温もりを持つ人を疑う自分を恥じた。
「慧一さん、臆病な私なんかで、いいの? 」
「俺が先に告白したんだよ。好きな気持ちがふくらんでも、嫌いになんてならない」
手を握り返すと、さらに力がこもった。
「ね、もっと俺を信じて……。
可愛い優香を泣かせたくないんだ」
啼かせても。
最後に何か付け加えられていた気がするが、
よく聞こえなかった。
慧一さんが帰るのを見送った。頬に口づけを残して、彼は愛車で去って行った。
寝る前にメールが届いた。
『優香、愛してるよ』
その一言が嬉しくて、私は浮かれながら、返信した。
『愛してます』
ほろ、っと涙がこぼれる。
三回目のデートは、過ぎたが、一ヶ月も経っていない。
自分達のスピードでいいんだ。
朝、目が覚めると、慧一さんに電話をかけた。
「おはようございます」
「おはよう、優香。よく眠れた? 」
「ええ。 慧一さんも眠れた? 」
「君の夢を見て、少し寝不足かな? 」
「……えっ、私、夢の中で何かしましたか? 」
「夢の中でも可愛くて綺麗で……
どうにかなりそうだった。
実際、君のすべてを知ったら、やばいことになるな」
電話越しに絶句した。
「朝からやめてください……もう! 」
「褒めたんだよ? 」
朝から、心臓がばくばくするので、本題に入った。
「今日なんですけど……待ち合わせするのもいいかなって」
「デートって感じだよね」
「ふふっ」
土曜日は、駅前のカフェで待ち合わせして、デートをした。
迎えに来てもらうだけじゃなくて、自分から行動したかった。
待ち合わせした後は、慧一さんの車に乗るのだとしても。
大胆なことを言われたが、言葉だけ。
一方的に進めようとはしない。
待たせているのに気づかないほど子供ではない。
愛想つかされる未来を想像して、凍りつく。
嫌いになんてならない。
慧一さんは嘘をつかないとは思うが、
気持ちは変わるものだ。
夜の挨拶をして、慧一さんと別れた後で、
ベッドの中メールをした。
『明日は、お部屋に連れて行ってください』
『迎えは、午後でもいいかな? 』
『はい! 』
口元がほころぶ。
(明日は、どんな服を着ていこうかな。慧一さんの隣にいてもおかしくない格好にしたい)
ベッドに潜る。
そして、夢を見て、目が覚めた。
慧一さんの言葉を意識しすぎたせいだろうか。甘く濃厚な夜を二人で過ごしていた。
キスをして、それから……。
「きゃぁぁ! 」
夢の中のできごとを反芻できない。
(……夢を見たくらいで悲鳴あげてどうするの。
彼と結ばれるのは、私も望んでいるということなのよ。
じゃなきゃ、夢で見たりしない。
元カレの振る舞いが酷かったから、
そういう事は、無理だって思ってたけど、
慧一さんなら嫌じゃない。彼のためじゃなくて、私が望んでいる。
あの人のすべてが欲しい)
午後になった。外で待っていると慧一さんの車が、姿を現した。
運転席の窓(ウインドウ)が、開いて、
彼が、顔を覗かせた。
やっぱり、眼鏡をかけていない姿は、破壊力がある。
色気を隠せていない。
「……待ちきれなかった? 」
「待ちきれなかったの」
開かれた助手席に乗った。飛び乗るように。
「髪、カールしてきたんだね。似合ってるよ」
「ありがとう。嬉しい」
ヘイアイロンで巻いた髪を慧一さんの
指が、ひと房すくった。どきっとする。
甘い仕草を真顔でする人だ。
「俺の家でランチにしよう。さっき、作ったから」
「もう作ってあるの? すごい! 」
慧一さんのマンションへと車が向かっていく。
(慧一さんは地位もあるけど、気取らないし、接しやすい人。
落ち着いた大人の男性で、私を大事にしてくれる)
車の中、窓から流れる景色を見ていた。
ルームミラー越しに、微笑みかけられたら、
ドキッとするからあまり、横を見れない。
可愛くてかっこいい赤い車は、派手なようで、慧一さんに似つかわしく思えた。
(ポルシェよね……)
気付けば、信号で車が停車していた。
「優香」
「はい? 」
名前を呼ばれて、顔を向ける。
伸びてきた手が肩を掴んで、影が重なる。
「……んっ」
艶めかしく重なった唇は、舌をもつれ合わせて離れていく。
一瞬でも、白い火花が散った。
過去の付き合いでされたディープキスは、
甘さも何もなかったのに、こんなにも胸がときめくなんて。
きっと、相手が慧一さんだからだ。
(大人のキスって、こういうものなのね)
「キスをする度、君を知っていってるよ」
言葉につまったところで、信号が変わった。
マンションに着いて車を降りる。
慧一さんに、手を引かれて歩いていく。
彼の部屋の扉が開いて閉じる。
後から入った私が鍵を閉めた。
「……何故、俺の部屋に来たくなったのかな? 」
「逃げないって意思表示は、嘘じゃないってあなたに伝えたくて」
これが精一杯だった。身体が震える。
繋がれた指先から、怯えが伝わっていませんように。
「優香、本当に君は可愛い。俺が手を出すべき存在じゃないのかと、思ってしまうくらい」
「私には、触れてはいけない神聖さはないの」
「……無垢な眼差しで、誘惑したら、
酷い目に合うよ。いいのかい? 」
「……酷いことするあなたじゃないでしょ」
「まったく、君にはかなわない」
手を繋いだまま、ダイニングキッチンに向かう。交代で手を洗った。
慧一さんが温めてくれた料理を一緒にテーブルに並べた。彩り豊かなメニューは、
目で見ても楽しめる。
「あのね、慧一さん」
「ん? 」
「キスしたら、リップって取れるのね。すっかり落ちちゃった」
「食事で取れる前に、取れたね」
クスッと笑われて、笑い返す。
「そうだ。食べる前に聞いておくけど、
俺のものになる覚悟が、できたってことでいいのかな? 」
や、優しいけど、意地悪だ。
言わせようとするなんて。
それとも、言葉で確認しておきたいだけなのだろうか。
「はい」
返事をすると、慧一さんは、笑った。
(え、口の端をつり上げてる? )
「冷めないうちに食べよう」
慧一さんは、一瞬で表情を変えた。
さっきの笑い方は、何だったのか。
違和感が拭いきれないまま、食事を終えた。
ソファーに座ると肩を抱かれた。
「……あ、あの……」
抱えてきたバッグには、泊まる準備がしてあった。
やりすぎてしまっているかと不安だが、慧一さんは、何も言わない。
「慧一さん? 」
「ゆっくり官能を教えてあげる」
慧一さんは横抱きにして、私を寝室に連れていく。
昼間から、いけないのではとか、もう考えたくもない。
下ろされたベッドの上で、彼を見上げる。
頬に手を伸ばす。滑らかな肌触り。
顎には髭の剃り跡があって、男らしい。
「優香」
キスの前に名前を呼んでくれる。 愛おしい。
唇が、覆いかぶさる。
ゆっくりと味わうように、キスが深くなって、知らず声をもらしていた。
「……ん……ふっ」
髪を撫でられる。
キスは続く。
淡く思考が濁るまで、
息が苦しくなるほど唇を交わしあった。
「そんな潤んだ眼差しされたら、
おねだりされてるみたいだ」
「……キスの先を教えてほしい」
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※小説家なろうサイト様にも載せています。