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第二章「chain of love」
第27話「Kissの事情」(2/☆)
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<青視点>
チャイムを鳴らした後で扉も叩いてみたが、
反応がなかったのでカードキーで開けた。
沙矢と二人暮らしを始めてから
自分で鍵を開けて中に入ればいいのに、
彼女の出迎えを期待してしまう。
いつの間にかそうなってしまっていた。
玄関から廊下を進む。
手を洗い向かったダイニングで、
沙矢を見つけた。
椅子の上でテーブルに突っ伏して眠っている。
ほのかにカレーの匂いに食欲がそそられた。
作り終えて椅子に座ったときに寝落ちたのだろう。
エアコンはついているがこんな所で寝るのは、
よくない。テーブルに頭を伏せた状態は、
頭痛になるかもしれない。
起こそうと一瞬、悩む。夕食を温めているうちに起きるだろう。
現在時刻は午後8時過ぎ。
沙矢が帰宅してから2時間近くが経っていると思われた。
一緒に暮らして新しく始められたらと思って、
念入りに計画を進め上手くいった。
休日以外、一緒にいられる時間は少なくても朝と夜は同じ場所で過ごせるのだ。
自分が煮えきらなかったのだから今更だ。
あと三ヶ月くらいは早く行動に移せていたらと
思ってしまう。カレーの鍋をあたためる。
味変用のチャツネも用意されていた。
冷蔵庫からサラダとドレッシングを取り出す。
テーブルに置いたところで何やら声が聞こえてきた。
「藤城先輩……」
口元を押える。
可愛すぎてやばい。
沙矢から呼ばれるのは、悪くない。
7個学年が違うから、同じ時期に学校にいるのは無理だが……。
そう考えると沙矢に先輩と呼ばれていた存在が羨ましい。
「ううん……藤城先生」
何故だろう。頬が熱くなる。
普段は、医療従事者にしか苗字をつけて呼ばれない。患者さんは先生と呼ぶからだ。
(沙矢に呼ばれるなら、こんなにも胸が熱くなるんだな)
寝息が聞こえなくなったと思ったら、大きな瞳に見つめられていた。
「沙矢、ただいま」
満面の笑みを浮かべる沙矢を抱きしめたい衝動に駆られるが必死にこらえた。
(一緒に暮らせてよかった)
頬にキスをすると赤くなった。照明の下でもよくわかる。
「夕食を食べよう」
「声掛けてくれればいいのに」
むくれた唇を今すぐ塞ぎたい。
「先輩も先生も沙矢に呼ばれると、ドキドキするな」
「なっ……、聞かなかったことにして。寝言よ寝言!」
カレーライスをテーブルに置く。福神漬も添えた。
大皿に入れたサラダは真ん中に置いて、それぞれが取り分けられるよう小皿も用意した。
「ありがとう。青、疲れてるのに……」
「少しくらいスパダリにならないとな」
「十分です。私こそ何もできてない」
「そんなことない。帰って作ってくれたじゃないか」
手を合わせて食べ始める。
静かに食べ終えると二人で片付けをした。
「お風呂、一緒に……あ、何でも」
「一緒に入ればいいだろ?」
ためらいがちに口にする様子に笑い腕を引いた。
沙矢が服を脱いでタオルを身に着けたのを確認し、
俺もそのあとで服を脱いだ。
安全のために腰元にタオルを巻いておく。
バスタブに浸かる。
にごり湯の入浴剤にしたから肝心な部分は見えづらい。
湯の中ではしっかり確認できるが。
「ところで沙矢」
「ま、前置きつき!?」
「会社で不愉快な目に遭ってないか?」
「あってないわ」
少し声が上ずった気がする。
「本当に?」
手のひらに指を重ねこすり合わせる。
「ひゃっ……」
「ちゃんと言わないと駄目だよ」
耳元に顔を近づける。
「……大丈夫。自分で対処するから」
「お前が強いのは俺が一番よく知ってる。
でも弱っている時は頼ってほしいんだ。
それともまだ信用してもらえないんだろうか」
「せっかく青と一緒に暮らせるようになったのよ。
闇から抜け出してようやく光がいっぱいの日々を
過ごせると思ってた矢先で……なんで、あの人たちに邪魔されなくちゃいけないの!
藤城総合病院の御曹司に私はふさわしくない。
あの女の人が、捨て台詞で伝えてきた。
聞きたくなくても、全部届いたわ。
先輩っていっても遠くから見てただけで親しくはなかったみたいだけど、
昔のあなたを知ってる。そんな人にあんなこと言われて……!」
背中を抱きしめる腕に力を籠める。
ふらちな気分ではなく不安を消してやりたかった。
「嫌な思いをしたな……」
いつもふわふわした雰囲気の沙矢はしっかりしているし、
激しい部分も持っている。だからこそ惹かれた。
俺を受け入れてくれる度量のある女性(ひと)だと分かったから。
頭をそっと撫でて背中をさすった。
「沙矢は俺の生まれやらを知らなかった。
そういうの抜きにして向き合ってくれる存在が、
どれだけ大切か知ってる。
他の人間に言われるよりも俺の口から聞きたかったよな」
「うん。あなたの実家で総合病院なら藤城総合病院だというのは、
わかってたけど……詳しくは知らなかったのよね。
あなたから教えてもらうほうがいいって思ってたのかも」
腕の力をゆるめればふわふわと微笑む沙矢がこちらを見上げていた。
怒りを表す姿もすべて魅力的だが彼女は気づいていない。
その顔すら異性をひきつけるということに。
(性癖によっては、刺激されてしまうだろう)
俺の前ではゆるく微笑んでいてほしい。
「あなたのことで話があると言われて、部長に呼び出された。
携帯の連絡先なんて会社に伝えてないから、
社内メールでのやりとりだけど。
どう考えてもおかしいのよね。
私的なことで使っていいのかしら」
「それは駄目だろ。バラしてやればいい。
あくまで仕事と私生活は別問題だ。
赤の他人の上司と、先輩社員が介入することか?
やりすぎだと思う」
「……そうね。今日は何だかいつもより疲れちゃった。
ご飯作って寝落ちなんてしたことがなかったのに」
「かわいい寝顔と寝言で、癒されたよ」
「もう」
むくれた頬に素早くキスを落した。
顔を赤らめた姿を見て我慢ができなかった。
頬を手で押さえ、口をぱくぱく動かしている。
「……それくらいで初心(うぶ)な反応すんなよ」
「こういうのに弱いのよ」
やっぱり沙矢が、特別可愛いのは俺だけが知っておけばいい。
「藤城先生は、みんなが呼んでるんだろうし、
まだいいの。悔しいのは藤城先輩!
ああ……三つくらいしか離れてなかったら
私も先輩と呼べたのに。同じ会社なら……」
沙矢はどうやら俺と同じ想像をしていたようだ。
「……考えることが同じかよ」
口元を押さえた俺に沙矢はきょとんとした。
「去年は代わりに健康診断を引き受けたけど……
今年は自分から申し出てみようかな。
会社で診るのは男性社員だから、お前は診れないけど」
去年の四月を回想する。
階段で足を滑らせた美しい少女を助けるために階下へ急いだ俺は、
もつれあうように落ちた。
誰も二人を見ているはずは……
ふと嫌な事実を思い出した。
明日、確かめよう。
異動するまでにはもやもやを消しておきたい。
「綺麗な先生が診てくれたっけ。
青もきっと知っている人よね」
沙矢が思い出したのか、俺の頭に浮かんだやつのことを出してきた。
「同僚だ……。
認めたくないがある意味キューピッドでもあるのだろうか。
健康診断のことを頼んできた相手だから」
忌々しそうに舌打ちをする俺を沙矢はきょとんとした顔で見上げていた。
先日の合コンに来たメンバーは、去年の春の健康診断で顔を合わせていた。
俺のことを覚えていたのか少し驚いた顔をした男性社員もいたような。
(大したことではないから気にも留めなかった)
「斎賀先生、また来てくれるかなあ。
ネームプレートの顔写真と名前を見てたから覚えてるの」
「……多分来るんじゃないか? 知らないけど」
憧れの人のことを思い浮かべている様子の沙矢に、胸が焼ける思いがした。
(今まで名前を出したことがなかったのに。
俺が、自分のことを話したから彼女も話したということか?)
「青、斎賀先生は女の人よ」
「そんなのわかってる。毎日、顔を見てるんだから」
「やきもち焼かなくても大丈夫よ」
「沙矢、上司の妹とは別である意味危険な人物だ。
もし来ても愛想は振りまくなよ。あれはたちが悪い」
「ふふふ。色んな青が見られて嬉しい」
「……のぼせるからそろそろ出ないと」
「私は青にのぼせてる」
「っ……ふあっ」
腕を引いて身体の向きを変えさせる。
顔を傾け、唇を重ねた。
深く、甘く角度を変えながらついばむ。
「……誘惑した沙矢が悪い」
「っ……、したつもりはないの!」
「自覚してほしいな」
上唇から下唇を食む。
キスで唇が赤く腫れあがっても許せと思った。
そんなのルージュでごまかせばいい。
「……だめよ。土曜日に大事なお出かけから
帰ってからにしましょう」
自制心を垣間見せるがとろけた表情で言われても無意味だ。
だがこの程度の誘惑に負けてどうする。
(以前は一か月に一度しか会わなかったこともあるのに)
「かわいい」
沙矢の額に額をそっとぶつけた。
かすめる程度。
「……青こそかわいいことしないで。
見る目変わっちゃうわよ。ね、青い目の王子様?」
「俺に見送られるのと見送るのどっちがいい?」
「先に上がるわ。 見ちゃだめよ!」
「……もうすでにヤバいから関係ない」
「へ、変態!」
気づいていたらしい沙矢はそう言い放ち浴槽(バスタブ)
から立ち上がった。
お湯が揺れる。
沙矢がバスルームを出た後、独りごちた。
「……俺が変えたんだな」
昔に比べれば、若干マシになったと思ったが
好きな相手を前にすれば一緒だった。
浴槽から上がり冷たいシャワーを浴びて
もう一度お湯につかった。
久々に激情をみせてしまったが、青は受け止めてくれ
優しく抱きしめてくれた。
(大人の女性に憧れるのはしょうがないのに。
お仕事の関係者だしライバル意識なのかしら?)
佐緒里さんのような怖い雰囲気はなくて、
華やかできれいな面影が思い出せる。
そういえばあの時、青はワイシャツにネクタイ姿だった。
白衣とジャケットは鞄にしまっていたのだろう。
「青……もう寝たの?」
横向きにくっついて寄り添いながら彼の吐息を感じている。
髪を梳く指先を感じたから、眠ってないようだ。
「甘えてばかりは嫌なの。だから、青も甘えてね」
「俺の方が甘えてただろ……。
沙矢が言うならお言葉に甘えるけど」
吐息混じりの艶のある声が耳元に流し込まれる。
そして次の瞬間、胸元にすがりついてきた。
頬を寄せているのでぐいと頭を抱きしめる。
朱色のライトに照らされて茶色い髪がきらきらと光っている。
薄く開かれた瞼からは青い光。
上目づかいで見てくるから、ドキドキが止まらない。
「そ、そこでそんな顔をされても」
「いいじゃないか。俺はお前のものだろ。
お前は俺のもので」
「うん」
「一個人として尊重した上で言ってるからな」
言い募らなくても分かってる。
愛しさがふくらんで仕方がなくなり唇を重ねた。
すぐ唇を離したけど抱きしめる腕は強くなった。
指で触れたら青の頬が熱い気がした。
チャイムを鳴らした後で扉も叩いてみたが、
反応がなかったのでカードキーで開けた。
沙矢と二人暮らしを始めてから
自分で鍵を開けて中に入ればいいのに、
彼女の出迎えを期待してしまう。
いつの間にかそうなってしまっていた。
玄関から廊下を進む。
手を洗い向かったダイニングで、
沙矢を見つけた。
椅子の上でテーブルに突っ伏して眠っている。
ほのかにカレーの匂いに食欲がそそられた。
作り終えて椅子に座ったときに寝落ちたのだろう。
エアコンはついているがこんな所で寝るのは、
よくない。テーブルに頭を伏せた状態は、
頭痛になるかもしれない。
起こそうと一瞬、悩む。夕食を温めているうちに起きるだろう。
現在時刻は午後8時過ぎ。
沙矢が帰宅してから2時間近くが経っていると思われた。
一緒に暮らして新しく始められたらと思って、
念入りに計画を進め上手くいった。
休日以外、一緒にいられる時間は少なくても朝と夜は同じ場所で過ごせるのだ。
自分が煮えきらなかったのだから今更だ。
あと三ヶ月くらいは早く行動に移せていたらと
思ってしまう。カレーの鍋をあたためる。
味変用のチャツネも用意されていた。
冷蔵庫からサラダとドレッシングを取り出す。
テーブルに置いたところで何やら声が聞こえてきた。
「藤城先輩……」
口元を押える。
可愛すぎてやばい。
沙矢から呼ばれるのは、悪くない。
7個学年が違うから、同じ時期に学校にいるのは無理だが……。
そう考えると沙矢に先輩と呼ばれていた存在が羨ましい。
「ううん……藤城先生」
何故だろう。頬が熱くなる。
普段は、医療従事者にしか苗字をつけて呼ばれない。患者さんは先生と呼ぶからだ。
(沙矢に呼ばれるなら、こんなにも胸が熱くなるんだな)
寝息が聞こえなくなったと思ったら、大きな瞳に見つめられていた。
「沙矢、ただいま」
満面の笑みを浮かべる沙矢を抱きしめたい衝動に駆られるが必死にこらえた。
(一緒に暮らせてよかった)
頬にキスをすると赤くなった。照明の下でもよくわかる。
「夕食を食べよう」
「声掛けてくれればいいのに」
むくれた唇を今すぐ塞ぎたい。
「先輩も先生も沙矢に呼ばれると、ドキドキするな」
「なっ……、聞かなかったことにして。寝言よ寝言!」
カレーライスをテーブルに置く。福神漬も添えた。
大皿に入れたサラダは真ん中に置いて、それぞれが取り分けられるよう小皿も用意した。
「ありがとう。青、疲れてるのに……」
「少しくらいスパダリにならないとな」
「十分です。私こそ何もできてない」
「そんなことない。帰って作ってくれたじゃないか」
手を合わせて食べ始める。
静かに食べ終えると二人で片付けをした。
「お風呂、一緒に……あ、何でも」
「一緒に入ればいいだろ?」
ためらいがちに口にする様子に笑い腕を引いた。
沙矢が服を脱いでタオルを身に着けたのを確認し、
俺もそのあとで服を脱いだ。
安全のために腰元にタオルを巻いておく。
バスタブに浸かる。
にごり湯の入浴剤にしたから肝心な部分は見えづらい。
湯の中ではしっかり確認できるが。
「ところで沙矢」
「ま、前置きつき!?」
「会社で不愉快な目に遭ってないか?」
「あってないわ」
少し声が上ずった気がする。
「本当に?」
手のひらに指を重ねこすり合わせる。
「ひゃっ……」
「ちゃんと言わないと駄目だよ」
耳元に顔を近づける。
「……大丈夫。自分で対処するから」
「お前が強いのは俺が一番よく知ってる。
でも弱っている時は頼ってほしいんだ。
それともまだ信用してもらえないんだろうか」
「せっかく青と一緒に暮らせるようになったのよ。
闇から抜け出してようやく光がいっぱいの日々を
過ごせると思ってた矢先で……なんで、あの人たちに邪魔されなくちゃいけないの!
藤城総合病院の御曹司に私はふさわしくない。
あの女の人が、捨て台詞で伝えてきた。
聞きたくなくても、全部届いたわ。
先輩っていっても遠くから見てただけで親しくはなかったみたいだけど、
昔のあなたを知ってる。そんな人にあんなこと言われて……!」
背中を抱きしめる腕に力を籠める。
ふらちな気分ではなく不安を消してやりたかった。
「嫌な思いをしたな……」
いつもふわふわした雰囲気の沙矢はしっかりしているし、
激しい部分も持っている。だからこそ惹かれた。
俺を受け入れてくれる度量のある女性(ひと)だと分かったから。
頭をそっと撫でて背中をさすった。
「沙矢は俺の生まれやらを知らなかった。
そういうの抜きにして向き合ってくれる存在が、
どれだけ大切か知ってる。
他の人間に言われるよりも俺の口から聞きたかったよな」
「うん。あなたの実家で総合病院なら藤城総合病院だというのは、
わかってたけど……詳しくは知らなかったのよね。
あなたから教えてもらうほうがいいって思ってたのかも」
腕の力をゆるめればふわふわと微笑む沙矢がこちらを見上げていた。
怒りを表す姿もすべて魅力的だが彼女は気づいていない。
その顔すら異性をひきつけるということに。
(性癖によっては、刺激されてしまうだろう)
俺の前ではゆるく微笑んでいてほしい。
「あなたのことで話があると言われて、部長に呼び出された。
携帯の連絡先なんて会社に伝えてないから、
社内メールでのやりとりだけど。
どう考えてもおかしいのよね。
私的なことで使っていいのかしら」
「それは駄目だろ。バラしてやればいい。
あくまで仕事と私生活は別問題だ。
赤の他人の上司と、先輩社員が介入することか?
やりすぎだと思う」
「……そうね。今日は何だかいつもより疲れちゃった。
ご飯作って寝落ちなんてしたことがなかったのに」
「かわいい寝顔と寝言で、癒されたよ」
「もう」
むくれた頬に素早くキスを落した。
顔を赤らめた姿を見て我慢ができなかった。
頬を手で押さえ、口をぱくぱく動かしている。
「……それくらいで初心(うぶ)な反応すんなよ」
「こういうのに弱いのよ」
やっぱり沙矢が、特別可愛いのは俺だけが知っておけばいい。
「藤城先生は、みんなが呼んでるんだろうし、
まだいいの。悔しいのは藤城先輩!
ああ……三つくらいしか離れてなかったら
私も先輩と呼べたのに。同じ会社なら……」
沙矢はどうやら俺と同じ想像をしていたようだ。
「……考えることが同じかよ」
口元を押さえた俺に沙矢はきょとんとした。
「去年は代わりに健康診断を引き受けたけど……
今年は自分から申し出てみようかな。
会社で診るのは男性社員だから、お前は診れないけど」
去年の四月を回想する。
階段で足を滑らせた美しい少女を助けるために階下へ急いだ俺は、
もつれあうように落ちた。
誰も二人を見ているはずは……
ふと嫌な事実を思い出した。
明日、確かめよう。
異動するまでにはもやもやを消しておきたい。
「綺麗な先生が診てくれたっけ。
青もきっと知っている人よね」
沙矢が思い出したのか、俺の頭に浮かんだやつのことを出してきた。
「同僚だ……。
認めたくないがある意味キューピッドでもあるのだろうか。
健康診断のことを頼んできた相手だから」
忌々しそうに舌打ちをする俺を沙矢はきょとんとした顔で見上げていた。
先日の合コンに来たメンバーは、去年の春の健康診断で顔を合わせていた。
俺のことを覚えていたのか少し驚いた顔をした男性社員もいたような。
(大したことではないから気にも留めなかった)
「斎賀先生、また来てくれるかなあ。
ネームプレートの顔写真と名前を見てたから覚えてるの」
「……多分来るんじゃないか? 知らないけど」
憧れの人のことを思い浮かべている様子の沙矢に、胸が焼ける思いがした。
(今まで名前を出したことがなかったのに。
俺が、自分のことを話したから彼女も話したということか?)
「青、斎賀先生は女の人よ」
「そんなのわかってる。毎日、顔を見てるんだから」
「やきもち焼かなくても大丈夫よ」
「沙矢、上司の妹とは別である意味危険な人物だ。
もし来ても愛想は振りまくなよ。あれはたちが悪い」
「ふふふ。色んな青が見られて嬉しい」
「……のぼせるからそろそろ出ないと」
「私は青にのぼせてる」
「っ……ふあっ」
腕を引いて身体の向きを変えさせる。
顔を傾け、唇を重ねた。
深く、甘く角度を変えながらついばむ。
「……誘惑した沙矢が悪い」
「っ……、したつもりはないの!」
「自覚してほしいな」
上唇から下唇を食む。
キスで唇が赤く腫れあがっても許せと思った。
そんなのルージュでごまかせばいい。
「……だめよ。土曜日に大事なお出かけから
帰ってからにしましょう」
自制心を垣間見せるがとろけた表情で言われても無意味だ。
だがこの程度の誘惑に負けてどうする。
(以前は一か月に一度しか会わなかったこともあるのに)
「かわいい」
沙矢の額に額をそっとぶつけた。
かすめる程度。
「……青こそかわいいことしないで。
見る目変わっちゃうわよ。ね、青い目の王子様?」
「俺に見送られるのと見送るのどっちがいい?」
「先に上がるわ。 見ちゃだめよ!」
「……もうすでにヤバいから関係ない」
「へ、変態!」
気づいていたらしい沙矢はそう言い放ち浴槽(バスタブ)
から立ち上がった。
お湯が揺れる。
沙矢がバスルームを出た後、独りごちた。
「……俺が変えたんだな」
昔に比べれば、若干マシになったと思ったが
好きな相手を前にすれば一緒だった。
浴槽から上がり冷たいシャワーを浴びて
もう一度お湯につかった。
久々に激情をみせてしまったが、青は受け止めてくれ
優しく抱きしめてくれた。
(大人の女性に憧れるのはしょうがないのに。
お仕事の関係者だしライバル意識なのかしら?)
佐緒里さんのような怖い雰囲気はなくて、
華やかできれいな面影が思い出せる。
そういえばあの時、青はワイシャツにネクタイ姿だった。
白衣とジャケットは鞄にしまっていたのだろう。
「青……もう寝たの?」
横向きにくっついて寄り添いながら彼の吐息を感じている。
髪を梳く指先を感じたから、眠ってないようだ。
「甘えてばかりは嫌なの。だから、青も甘えてね」
「俺の方が甘えてただろ……。
沙矢が言うならお言葉に甘えるけど」
吐息混じりの艶のある声が耳元に流し込まれる。
そして次の瞬間、胸元にすがりついてきた。
頬を寄せているのでぐいと頭を抱きしめる。
朱色のライトに照らされて茶色い髪がきらきらと光っている。
薄く開かれた瞼からは青い光。
上目づかいで見てくるから、ドキドキが止まらない。
「そ、そこでそんな顔をされても」
「いいじゃないか。俺はお前のものだろ。
お前は俺のもので」
「うん」
「一個人として尊重した上で言ってるからな」
言い募らなくても分かってる。
愛しさがふくらんで仕方がなくなり唇を重ねた。
すぐ唇を離したけど抱きしめる腕は強くなった。
指で触れたら青の頬が熱い気がした。
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