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安息

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「頼んだぞ!」

 そう言うと、足に手紙を付けたフクロウは、一瞬滑空したあとに風を捉えた様に上昇して行った。

「あんな坊やがねぇ。
 王弟殿下も最初から自分が名乗りを上げてりゃ良かったのに」

 賑わってる宿屋の屋根から、フクロウが飛び去った方向を見つめていたのは、傭兵団副団長ヌガーだった。





 女将さんが運んで来た食事は、たっぷりお肉の入ったブラウンソースのシチューとパン、そして新鮮な果物だった。

「この果物はサービスさね、ギルドのスカした受付の兄さんが、懇切丁寧に宿の手配してきたからね」

「え? 受付のあの人が?」

「あぁ、そうさ。
 いつもなら冷たく自分で何とかしろくらい言う奴がさ」

 面白そうに言いながら、僕をしっかり見つめて苦労したんだね、と言った。

「え? そう、そんな事」
「あるよ、その手、働き者の手だ。
 普通なら、多少荒れたり野太くなっても、そんなに腫れたりしてないよ。
 どこか怪我してんじゃないかい?」

 長い袖で隠されているけど、治りきらない無数の鞭の痕が腕や脚、そして背中に残っていた。
 今でも時々、傷が開いて血がにじむことがあった。

「昔の傷で、治りかけると皮膚が引っ張られて別の傷が裂けちゃうんです」

「何だって? 誰にされたんだい!」

 女将さんは見ず知らずの僕の事を本気で心配してくれていた。

「私にもあんたくらいの息子がいたんだけどね、貴族に騙されて無茶な仕事して死んじまったよ。
 だから同じ年ごろの子を見ると放っておけないのさ。
 お節介だけど、息子の代わりに世話をさせとくれ」

 ちょっと涙ぐむ女将さんに逆らう事も出来ず、されるがまま手当をしてもらった。

「こんな惨い事を、誰がするんだい。
 こんな傷をつけさせるために生まれて来たわけじゃないんだ」
 
 泣き声になる女将さんがまるで顔も知らないお母さんの様な気持ちになった。
 
「あり、がとう、ご、ます」

 涙で喉が詰まった。

「息子のお古で悪いけど、清潔なのに着替えて寝なさい。
 何かあれば、あたしがとっちめてやるからね!」

 豪快に泣き笑いをしながら言う女将さんに、生まれて来て初めて何の損得も利害も無く、優しくされたことが嬉しかった。

 その日の夜はちゃんと眠ってこなかった罰の様に、深い眠りに就いた。


 深く眠ったからか翌日は何だか生まれ変わったような気持ちで目が覚めた。

「ふぁぁぁ、すっごく、良く寝た。
 今何時くらいだろう?」

 ベッドの上でぼんやりするなんて、この世界で生きて来て初めてだったと思う。

 コンコンコン

 軽快にドアがノックされた。
 ノックなんてされた事なかった。

 こう言う時、僕が出て行って開けるべきだよな。

 寝すぎて足に力が入らなかったけど、ちょっとガクガクしながら扉へ向かって「どなたですか?」と聞いた。

「あたしだよ、女将だよ」

「あぁ、女将さん、今開けます」

 扉の向こうには女将さんがタオルとか色々もって立っていた。

「昨夜は傷の手当だけして眠らせちまったから、お風呂を準備してあげたよ」

「朝からお風呂って、贅沢すぎます!」

「何言ってんだい、あんたの体は回復させなきゃいけないんだ。
 お風呂でしっかり洗って、また傷の手当をしたら、今日はゆっくり寝なさい」

 もう充分寝た気がしていた。
 それでも僕の顔色は悪い、細い、と女将さんに捲し立てられてとにかくお風呂へ入らされた。

 この世界で初めてのお風呂は懐かしくて、気持ち良くてそのまま眠ってしまっていた。

 二度寝なんてした事なかった。
 張り詰めた生活の中で、隙を見せないように必死だった。

「ふふ、良い子だね」

 女将さんが僕の髪を梳きながら、鼻歌を歌っていた。
 その歌声に安心しながら、また、眠りに就いた。



 目が覚めると陽は随分高く、午後も大分回ったような感じだった。
 下の食事処では良い匂いがして、賑わいを見せているのが分かった。

「お昼時なのかな?
 そう言えば、昨日ギルドの受付けの人から、今日来るかって聞かれてたんだ。
 行かなきゃ」

 眠り過ぎてどこか体がふわふわしていたけど、女将さんに貰った服を着て階下へ下りて行った。

「おや、起きたのかい。
 ご飯食べて行きな」

 昨日と違って、今日は食事処に座ってお昼の定食を食べた。

「これからギルドへ行ってきます。
 依頼があれば受けるけど、今夜もここへ帰ってきますから部屋を数日借りて良いですか?」

「もちろんだよ!!」

「ありがとうございます」

 ふふって笑うと女将さんが、綺麗な子だねぇって呟いた。






「何でザッハトルテはあのような愚か者になってしまったのだろうか?」

「兄上、妹夫婦が早くに亡くなってしまった事が一番の原因だと」

 こんな事なら、王弟であるフィナンシェに任せるのだった。
 私が、臆病なばかりに結局は大きな過失になってしまった。

「兄上、いえ、陛下、私はローレンツォを娶りたく存じます。
 あの時は反逆や逆賊と思われたくなくて、敢えて蚊帳の外に居りましたが、今では後悔しています。
 決して、陛下への忠誠を裏切ることは無いと誓います。
 契約魔法で縛って下さっても構いません、どうか、私がローレンツォと添えるよう、お願いいたします」

 フィナンシェは膝をついて懇願していた。

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