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奈月に散々抱かれた結多はベッドの上で横になっていた。お腹が苦しい。まだ身体が熱く、動きたくなかった。
「……っ、やっ……!」
「あ、すみません。身体、拭かないとって思って」
いきなり触れられ振り返ると綾瀬がタオルを手に傍にいたことに気づいた。
「…綾瀬……」
「随分と気持ちよかったみたいですね。奈月さんも満足してたみたいだし」
「……奈月…は?」
「帰りました。先輩、奈月さんに助けて貰ったお礼して下さいね」
「……するよ。でも……こんな事されて……また会える気がしない……」
「ちゃんとお礼して下さいね」
「っ……」
2度も促され、結多は黙って頷いた。
「まだ中に溜まってるでしょ?自分で後始末して下さい」
「……綾瀬…。何で奈月と一緒にいたの……」
「言ったじゃないですか。垢を取って貰っただけですよ」
「だって……奈月に酷い事言われたって……」
「まぁ、痛い所突かれましたけど…。でもおれ、奈月さんの事嫌いじゃないです」
「えっ…」
「先輩の事助けてくれたし、優しくしてくれてたし。良い人なんでしょう?」
「……」
そう聞かれると否定出来ない。結多はゆっくりと起き上がった。
「おれに慰めて貰えると思った?」
「…えっ…」
「知らない人達に穢されて、奈月さんにも悦がって、あんな声で啼かれたら手の付けようがない」
「綾瀬……?」
「先輩をおれだけのものにしたかった。誰にも渡さないって伊佐達にも誓ったのに……この有様です。なので、おれはもう先輩を抱きません」
「……えっ」
「おれ以外にもあんな表情されたら辛いです。色んな人の手でイカされた貴方を抱いても何も感じない」
「…やだ……。嫌だ、綾瀬…!」
「したくなったら奈月さんの所に行けば良いじゃないですか。あの人なら先輩を受け入れてくれますよ」
「やだ……。オレは綾瀬がいい……」
「貴方の望みがそうでもおれはもうどうしたら良いのか分からない」
「…なんで…?綾瀬……。オレの事、嫌いになった…?」
「それとは違う感情です。幻滅もしてません。先輩を好きな気持ちは変わりませんけど、セックスする気になれないんです」
「……」
「だから、以前みたいに普通の恋人に戻りましょう。キスもセックスも何もしてなかった頃と同じように」
「……一緒にいるのは良いの……?」
「先輩を捨てたりしませんよ。ずっと一緒です」
「………分かった」
「そろそろ動けますか?お風呂入れます?」
「大丈夫……」
「今日は此処で1泊していきましょう。先輩が出てくるまで起きてますから」
「……うん」
結多はよろつきながら浴室へと向かった。
久しぶりに綾瀬に会って全てを受け入れてくれて優しく抱いてくれると思っていた。でも、現実はそんなに甘くない。一緒のベッドで向かい合わせに寝ても綾瀬はただ笑みを浮かべながら結多を見ているだけで本当に手を出して来なかった。
「綾瀬……先に寝ていいよ。ずっと寝てないって聞いた……」
「少し不眠だっただけです。先輩こそ、身体怠いでしょう?」
「……うん」
「いい夢、見れたら良いですね」
「綾瀬……」
「おやすみなさい」
その愛らしい寝顔に結多は抱きしめたくなった。今すぐしたい。けれど、綾瀬はそれを望まない。逸る想いを抑えながり結多も目を閉じたーー。
カランカラン
店内に入ってきた客に奈月は優しく微笑んだ。
「いらっしゃい」
「強めの貰える?」
「良いよ。仕事終わり?」
「そう。ごめんね、閉店ぎりぎりに」
「構わねぇよ。今日は客も少なかったし」
「知名度あげようか?」
「大丈夫。お前に紹介されたら凄いことになる」
「確かに」
彼はお酒を飲みながら一息ついた。
「……あれ?まだお客さんいたんだ」
「あの人は常連だから」
「へぇ」
カウンターの奥に座っている彼女はお酒を片手に携帯を眺めていた。
「何かあったか?」
「ん?」
「お前が此処に来る時は大抵悩みがあるみたいだから」
「うん…。実は、悪化したって言うか…」
「悪化?」
「どんどんまとまらなくなっていってる。このままじゃもう本当、修復不可能かも」
「仕事に影響はねーの?」
「そこは大丈夫。一応プロだし。でも、今度のライブがね……」
「無事に終わるといいな」
「出来るかなぁ……」
「プロなんだろ?」
「う……。そう言われるとやらざるを得ない…… 」
「いい意味での裏切りはファンにとっても受けがいいけど、自分達の都合で振り回したら離れていくだけだぜ」
奈月に諭され、彼は「うーん…」と空を仰ぐ。
「ねぇ、奈月。こんな感じでいいかな?」
常連の彼女が携帯を見せながら奈月に聞いた。
「クリスマスか。これ作るの?」
「そう。簡単で飾れるものが良いんだ」
「相当な量にならねぇ?」
「そこは慣れてるから。何年やってると思ってんのよ」
「まだ4年目だろ?」
「もうベテランなの。下の子達はまだ未熟だからね。あたしも案出さないと」
「保育士さん?」
2人の会話の中に彼が介入し、彼女は一瞬だけ表情を歪めたがすぐに笑みを向けた。
「そうよ。貴方は?」
「ボクはバンドやってるんだ。奈月と知り合いなんだね」
「良い話し相手ね。此処、居心地良いのよ」
「あぁ、分かる。この位の時間だと静かで落ち着けるよね」
「えぇ。愚痴零しても奈月は払い除けたりしないし、楽なのよ。酒でも飲まなきゃやってらんないわ」
「大変そう」
「それに、お酒も美味しいしね」
「わぁ☆奈留さんに褒められちゃった」
奈月は可愛らしく振る舞いながら言ってみた。
「うわ…。キモ…」
「ひっでーなぁ」
「奈留サンていうの?」
「そうよ」
「ボクは伊佐。ギターリストなんだ」
「あぁ、さっきバンドやってるって言ってたね」
「『Sherid *E* Le ScioN』てバンドなんだけど、知ってる?」
「さぁ?あたしメディアには疎くて……」
「あら残念。結構有名なんだよ」
「自分から言うって事は相当なものなのね?」
「知らねー方が珍しいって。なぁ?伊佐」
今度は奈月が2人の間に入った。
「バンドって事はロック?」
「あぁ、まぁロックもやってる。基本はヴィジュアル系で通ってるから」
「って事は結構濃いメイクしてんだ?」
「言う程激しくないよ。衣装は派手だけど」
「テレビ出てる?」
「うん。色々と。歌番組が多いかな」
「あー…見ないな」
「時間ない?」
「そ。家でも仕事してるからね」
「そんなに大変なんだ」
「保育士嘗めんな」
奈留は残っていたお酒を一気に飲み干し、お金をその場に置いて出ていこうとした。
ガタン
立ち上がった拍子によろけてしまい、ふらついた奈留を伊佐が支えた。
「大丈夫?」
「少し酔ったかも……」
「送ろうか?」
「そんなヤワじゃねぇし。1人で帰れる……」
「頼むわ、伊佐。もう夜遅いし」
気丈に振る舞う奈留を他所に奈月が代わりにお願いした。
「そうだね。襲われたりしたら危ないし」
「大丈夫だってば。保育士嘗めんなって……!」
「頼りなよ。折角良い男が付き添ってあげるんだから」
「なっ…」
改めてまじまじと伊佐を見つめてしまい、その端整な顔立ちに奈留は今更ドキッと感じた。
「…狡い…」
「賢いって付け足して。じゃ、奈月。この子送ってくね」
「さんきゅ。今日は俺の奢りにしとくよ」
「ありがと」
伊佐は奈留を支えながら店から出た。冬間近の冷たい風が肌に刺さった。
「家、ここから近いの?」
「そこ右」
奈留の案内に従いながら伊佐はやっと奈留の家に着いた。25階建てのマンション。その7階の一番奧か奈留の部屋だった。
「良い所に住んでるね」
「どうも」
「具合どう?お風呂入れる?」
「子どもじゃねぇし、心配ご無用」
「そっか。良かった」
「あんた、家どこ?もしかして遠回りさせた?」
「気にしなくて良いよ。明日も仕事なんでしょ?」
「そうだよ。朝からぶっ通し」
「やる気の出る曲教えてあげよっか」
「要らねー。あたしそういうの効かないタイプ」
「なぁんだ。折角歌ってあげようと思ったのに」
「あんた、ボーカルもやるの?」
「うちのボーカルには及ばないけどね」
「そんな上手なんだ?」
「YouTubeで検索したら出てくるよ」
「だから時間ねぇって…」
「そっか。じゃあ今度紹介するね」
「えっ…」
「出逢いって大事だと思うんだ。だから、その日出逢えた人とは関わっていきたいなって思ってて」
「……そぅ」
「また奈月のお店行くでしょ?そしたら教えてよ。またお話しよ」
「えー……」
「話すの嫌い?」
「いや、寧ろ聞いて欲しいタイプ。でも最近愚痴しかねー」
「いいよ。誰かに言ったらスッキリするらしいし。常連仲間ってことで」
「…なら、話し相手になってもらおうかな。奈月にばっか当たってたら悪いし」
「良かった。じゃ、ボクは帰るね」
「あ、送ってくれてありがと…」
「どういたしまして」
伊佐はにこにこで手を振りながら出ていった。奈留は溜息をつきながらベッドに倒れた。
「……あれ?バンドの名前、なんだっけ……」
やたらと横文字だったのしか頭に残っておらず、特に気にも止めなかったのでそのまま風呂場へと向かったーー。
「……なんだ。誰かと思ったら」
陽射しの良い午後。
早目に買い出しを済ませた奈月は店の前にいた人物に珍しそうな表情を向けた。
「手伝えよ。話聞いてやっから」
結多は黙って承諾し、奈月と一緒に店内へと入った。まだ開店には時間があり、結多はモップで床掃除をし、奈月はキッチンの準備等をしていった。
「綾瀬とはどうだった?あの後、ちゃんとケアしてくれたか?」
「……もう、しないって」
「えっ…」
「綾瀬……もう、オレの事抱かないって……。セックスする気になれないって言われた……」
「へぇ。案外キツイんだな」
「確かにさ、襲われたのはオレの不注意だったけど……でも……「俺が忘れさせてやる」みたいな感じで抱いてくれても良かったんじゃないかって……」
「甘いな。そんな簡単に受け入れられるかよ」
「でも……!」
「じゃあ、聞くけど。逆の立場だったらどうするよ」
「えっ…」
「もし綾瀬が知らない奴らに凌辱(レイプ)されて、しかもめちゃくちゃに弄ばれて、お前はそれでも抱いてやれんの?」
「抱けるよ!オレが綺麗にする」
「意地か」
「違う!他の人なんか関係ない」
「……なら、俺が綾瀬と寝たらお前どうする?抱けるって言いきれる?」
「何で奈月と…」
「もしかしたらあるかも知れねーだろ」
「ないよ!そんな事させない。綾瀬には手出さないで」
「随分と気に入ってんだな。そんなにあのガキが良いか」
「奈月には分からない。綾瀬はオレの事、見離さない」
「どうだか」
準備が整った奈月は結多に近寄り、顔を近付けた。
「年下のガキなんかやめて、俺にしとけよ」
「…や、だ……奈月…」
耳元で囁かれ、変にビクッと反応してしまう。
「俺なら後腐れないし、お前が誰に穢されようが構わず抱いてやれる」
「……」
「気持ち良かったんだろ?抱いてくれない恋人より、都合の良い愛人の方が楽だって」
「そんな…逃げる様な事したくない」
「分かってねぇな」
ドンッ
カタンとモップが床に落ち、結多は後ろの壁に追い詰められた。
「俺ん所に来た時点で逃げてんだよ。本当はまたして欲しかったんだろ?」
「ちがう…。オレは助けて貰ったお礼を言いに……」
「礼ならもう貰った。あれでチャラだ」
「……」
「なぁ。俺にすればいいじゃん。ダメなの?」
「…ごめん。奈月……。オレ、奈月の事…そういう風に見れない…」
「綾瀬を裏切れない?」
「……ごめん」
本心から言っているのだと解っている奈月はそれ以上誘惑出来なかった。そっと結多から離れ、モップを元の場所に戻した。
「羨ましいな、綾瀬が」
「…奈月でもそう思う事あるんだ」
「嫉妬くらいするって」
「そっか…」
「悪かったな。試すような事して」
「いいよ」
「あーあ。愛人にもなれず、か。虚しいなぁ…」
「奈月は良い人に出逢えると思うよ」
「お前以上にハマる奴いねぇよ」
「そうかな」
「結多」
振り返った瞬間に口付けされ、結多は瞬きするのも忘れてしまった。
「……っ、奈月……」
「悪い。最後にしたくなった」
「えっ…」
「これで最後だ」
奈月の優しげな微笑に結多は弱い。受け入れてしまいそうで、綾瀬を裏切ってしまうみたいで流されないように保つのが辛い。
「奈月」
今度は結多からキスされ、奈月はすぐに受け止めた。何度か唇を重ね、軈て結多から奈月を離した。
「……じゃあ、帰るね」
「あぁ。偶には綾瀬と店に来いよ。奢るからさ」
「ありがと」
結多は笑みを浮かべながら帰っていった。沈黙する店内で奈月は唇に触れながら結多との感触を惜しんでいたーー。
「……っ、やっ……!」
「あ、すみません。身体、拭かないとって思って」
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「…綾瀬……」
「随分と気持ちよかったみたいですね。奈月さんも満足してたみたいだし」
「……奈月…は?」
「帰りました。先輩、奈月さんに助けて貰ったお礼して下さいね」
「……するよ。でも……こんな事されて……また会える気がしない……」
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「っ……」
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「えっ…」
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「……」
そう聞かれると否定出来ない。結多はゆっくりと起き上がった。
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「綾瀬……?」
「先輩をおれだけのものにしたかった。誰にも渡さないって伊佐達にも誓ったのに……この有様です。なので、おれはもう先輩を抱きません」
「……えっ」
「おれ以外にもあんな表情されたら辛いです。色んな人の手でイカされた貴方を抱いても何も感じない」
「…やだ……。嫌だ、綾瀬…!」
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「やだ……。オレは綾瀬がいい……」
「貴方の望みがそうでもおれはもうどうしたら良いのか分からない」
「…なんで…?綾瀬……。オレの事、嫌いになった…?」
「それとは違う感情です。幻滅もしてません。先輩を好きな気持ちは変わりませんけど、セックスする気になれないんです」
「……」
「だから、以前みたいに普通の恋人に戻りましょう。キスもセックスも何もしてなかった頃と同じように」
「……一緒にいるのは良いの……?」
「先輩を捨てたりしませんよ。ずっと一緒です」
「………分かった」
「そろそろ動けますか?お風呂入れます?」
「大丈夫……」
「今日は此処で1泊していきましょう。先輩が出てくるまで起きてますから」
「……うん」
結多はよろつきながら浴室へと向かった。
久しぶりに綾瀬に会って全てを受け入れてくれて優しく抱いてくれると思っていた。でも、現実はそんなに甘くない。一緒のベッドで向かい合わせに寝ても綾瀬はただ笑みを浮かべながら結多を見ているだけで本当に手を出して来なかった。
「綾瀬……先に寝ていいよ。ずっと寝てないって聞いた……」
「少し不眠だっただけです。先輩こそ、身体怠いでしょう?」
「……うん」
「いい夢、見れたら良いですね」
「綾瀬……」
「おやすみなさい」
その愛らしい寝顔に結多は抱きしめたくなった。今すぐしたい。けれど、綾瀬はそれを望まない。逸る想いを抑えながり結多も目を閉じたーー。
カランカラン
店内に入ってきた客に奈月は優しく微笑んだ。
「いらっしゃい」
「強めの貰える?」
「良いよ。仕事終わり?」
「そう。ごめんね、閉店ぎりぎりに」
「構わねぇよ。今日は客も少なかったし」
「知名度あげようか?」
「大丈夫。お前に紹介されたら凄いことになる」
「確かに」
彼はお酒を飲みながら一息ついた。
「……あれ?まだお客さんいたんだ」
「あの人は常連だから」
「へぇ」
カウンターの奥に座っている彼女はお酒を片手に携帯を眺めていた。
「何かあったか?」
「ん?」
「お前が此処に来る時は大抵悩みがあるみたいだから」
「うん…。実は、悪化したって言うか…」
「悪化?」
「どんどんまとまらなくなっていってる。このままじゃもう本当、修復不可能かも」
「仕事に影響はねーの?」
「そこは大丈夫。一応プロだし。でも、今度のライブがね……」
「無事に終わるといいな」
「出来るかなぁ……」
「プロなんだろ?」
「う……。そう言われるとやらざるを得ない…… 」
「いい意味での裏切りはファンにとっても受けがいいけど、自分達の都合で振り回したら離れていくだけだぜ」
奈月に諭され、彼は「うーん…」と空を仰ぐ。
「ねぇ、奈月。こんな感じでいいかな?」
常連の彼女が携帯を見せながら奈月に聞いた。
「クリスマスか。これ作るの?」
「そう。簡単で飾れるものが良いんだ」
「相当な量にならねぇ?」
「そこは慣れてるから。何年やってると思ってんのよ」
「まだ4年目だろ?」
「もうベテランなの。下の子達はまだ未熟だからね。あたしも案出さないと」
「保育士さん?」
2人の会話の中に彼が介入し、彼女は一瞬だけ表情を歪めたがすぐに笑みを向けた。
「そうよ。貴方は?」
「ボクはバンドやってるんだ。奈月と知り合いなんだね」
「良い話し相手ね。此処、居心地良いのよ」
「あぁ、分かる。この位の時間だと静かで落ち着けるよね」
「えぇ。愚痴零しても奈月は払い除けたりしないし、楽なのよ。酒でも飲まなきゃやってらんないわ」
「大変そう」
「それに、お酒も美味しいしね」
「わぁ☆奈留さんに褒められちゃった」
奈月は可愛らしく振る舞いながら言ってみた。
「うわ…。キモ…」
「ひっでーなぁ」
「奈留サンていうの?」
「そうよ」
「ボクは伊佐。ギターリストなんだ」
「あぁ、さっきバンドやってるって言ってたね」
「『Sherid *E* Le ScioN』てバンドなんだけど、知ってる?」
「さぁ?あたしメディアには疎くて……」
「あら残念。結構有名なんだよ」
「自分から言うって事は相当なものなのね?」
「知らねー方が珍しいって。なぁ?伊佐」
今度は奈月が2人の間に入った。
「バンドって事はロック?」
「あぁ、まぁロックもやってる。基本はヴィジュアル系で通ってるから」
「って事は結構濃いメイクしてんだ?」
「言う程激しくないよ。衣装は派手だけど」
「テレビ出てる?」
「うん。色々と。歌番組が多いかな」
「あー…見ないな」
「時間ない?」
「そ。家でも仕事してるからね」
「そんなに大変なんだ」
「保育士嘗めんな」
奈留は残っていたお酒を一気に飲み干し、お金をその場に置いて出ていこうとした。
ガタン
立ち上がった拍子によろけてしまい、ふらついた奈留を伊佐が支えた。
「大丈夫?」
「少し酔ったかも……」
「送ろうか?」
「そんなヤワじゃねぇし。1人で帰れる……」
「頼むわ、伊佐。もう夜遅いし」
気丈に振る舞う奈留を他所に奈月が代わりにお願いした。
「そうだね。襲われたりしたら危ないし」
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「頼りなよ。折角良い男が付き添ってあげるんだから」
「なっ…」
改めてまじまじと伊佐を見つめてしまい、その端整な顔立ちに奈留は今更ドキッと感じた。
「…狡い…」
「賢いって付け足して。じゃ、奈月。この子送ってくね」
「さんきゅ。今日は俺の奢りにしとくよ」
「ありがと」
伊佐は奈留を支えながら店から出た。冬間近の冷たい風が肌に刺さった。
「家、ここから近いの?」
「そこ右」
奈留の案内に従いながら伊佐はやっと奈留の家に着いた。25階建てのマンション。その7階の一番奧か奈留の部屋だった。
「良い所に住んでるね」
「どうも」
「具合どう?お風呂入れる?」
「子どもじゃねぇし、心配ご無用」
「そっか。良かった」
「あんた、家どこ?もしかして遠回りさせた?」
「気にしなくて良いよ。明日も仕事なんでしょ?」
「そうだよ。朝からぶっ通し」
「やる気の出る曲教えてあげよっか」
「要らねー。あたしそういうの効かないタイプ」
「なぁんだ。折角歌ってあげようと思ったのに」
「あんた、ボーカルもやるの?」
「うちのボーカルには及ばないけどね」
「そんな上手なんだ?」
「YouTubeで検索したら出てくるよ」
「だから時間ねぇって…」
「そっか。じゃあ今度紹介するね」
「えっ…」
「出逢いって大事だと思うんだ。だから、その日出逢えた人とは関わっていきたいなって思ってて」
「……そぅ」
「また奈月のお店行くでしょ?そしたら教えてよ。またお話しよ」
「えー……」
「話すの嫌い?」
「いや、寧ろ聞いて欲しいタイプ。でも最近愚痴しかねー」
「いいよ。誰かに言ったらスッキリするらしいし。常連仲間ってことで」
「…なら、話し相手になってもらおうかな。奈月にばっか当たってたら悪いし」
「良かった。じゃ、ボクは帰るね」
「あ、送ってくれてありがと…」
「どういたしまして」
伊佐はにこにこで手を振りながら出ていった。奈留は溜息をつきながらベッドに倒れた。
「……あれ?バンドの名前、なんだっけ……」
やたらと横文字だったのしか頭に残っておらず、特に気にも止めなかったのでそのまま風呂場へと向かったーー。
「……なんだ。誰かと思ったら」
陽射しの良い午後。
早目に買い出しを済ませた奈月は店の前にいた人物に珍しそうな表情を向けた。
「手伝えよ。話聞いてやっから」
結多は黙って承諾し、奈月と一緒に店内へと入った。まだ開店には時間があり、結多はモップで床掃除をし、奈月はキッチンの準備等をしていった。
「綾瀬とはどうだった?あの後、ちゃんとケアしてくれたか?」
「……もう、しないって」
「えっ…」
「綾瀬……もう、オレの事抱かないって……。セックスする気になれないって言われた……」
「へぇ。案外キツイんだな」
「確かにさ、襲われたのはオレの不注意だったけど……でも……「俺が忘れさせてやる」みたいな感じで抱いてくれても良かったんじゃないかって……」
「甘いな。そんな簡単に受け入れられるかよ」
「でも……!」
「じゃあ、聞くけど。逆の立場だったらどうするよ」
「えっ…」
「もし綾瀬が知らない奴らに凌辱(レイプ)されて、しかもめちゃくちゃに弄ばれて、お前はそれでも抱いてやれんの?」
「抱けるよ!オレが綺麗にする」
「意地か」
「違う!他の人なんか関係ない」
「……なら、俺が綾瀬と寝たらお前どうする?抱けるって言いきれる?」
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「ないよ!そんな事させない。綾瀬には手出さないで」
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「どうだか」
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「年下のガキなんかやめて、俺にしとけよ」
「…や、だ……奈月…」
耳元で囁かれ、変にビクッと反応してしまう。
「俺なら後腐れないし、お前が誰に穢されようが構わず抱いてやれる」
「……」
「気持ち良かったんだろ?抱いてくれない恋人より、都合の良い愛人の方が楽だって」
「そんな…逃げる様な事したくない」
「分かってねぇな」
ドンッ
カタンとモップが床に落ち、結多は後ろの壁に追い詰められた。
「俺ん所に来た時点で逃げてんだよ。本当はまたして欲しかったんだろ?」
「ちがう…。オレは助けて貰ったお礼を言いに……」
「礼ならもう貰った。あれでチャラだ」
「……」
「なぁ。俺にすればいいじゃん。ダメなの?」
「…ごめん。奈月……。オレ、奈月の事…そういう風に見れない…」
「綾瀬を裏切れない?」
「……ごめん」
本心から言っているのだと解っている奈月はそれ以上誘惑出来なかった。そっと結多から離れ、モップを元の場所に戻した。
「羨ましいな、綾瀬が」
「…奈月でもそう思う事あるんだ」
「嫉妬くらいするって」
「そっか…」
「悪かったな。試すような事して」
「いいよ」
「あーあ。愛人にもなれず、か。虚しいなぁ…」
「奈月は良い人に出逢えると思うよ」
「お前以上にハマる奴いねぇよ」
「そうかな」
「結多」
振り返った瞬間に口付けされ、結多は瞬きするのも忘れてしまった。
「……っ、奈月……」
「悪い。最後にしたくなった」
「えっ…」
「これで最後だ」
奈月の優しげな微笑に結多は弱い。受け入れてしまいそうで、綾瀬を裏切ってしまうみたいで流されないように保つのが辛い。
「奈月」
今度は結多からキスされ、奈月はすぐに受け止めた。何度か唇を重ね、軈て結多から奈月を離した。
「……じゃあ、帰るね」
「あぁ。偶には綾瀬と店に来いよ。奢るからさ」
「ありがと」
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