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21 飛馬のアーリー号2
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左団扇になれるかも、いやいや失敗したら、と考えていたらアーリー号が動き出した。その辺を歩いて一周するだけかと思っていたら『飛ぶよー』と声がかかった。助走もせず縦方向に、空中エレベーターに乗ったかのようにどんどん空が近くなる。
思わぬ挙動に身体中が強張り、僕はアーリー号にしがみついた。教わった姿勢が崩れているのは自分でもわかっているが、背筋を伸ばすどころではない。怖い!! 下が見られない!!
『ふふっ。絶対落とさないから大丈夫だよー。ゆーっくり一周するね!』
下では衛兵さんが『アーちゃん!! その人初めての人だから!! 飛ばさないでね!! アーちゃーん!!』と叫んでいる。アーリー号はボソッと『チッ、うるせーなわかってんよ』と呟いていた。
職場での僕はほぼ空気だったから、仲間と気が合わないっていうのは体験すらできたことがないが、これって結構……かなり大変かもしれない。
跨いでいると、飛馬の体温が脚に伝わってきて温かい。上空は寒いだろうと思っていたのに何かの空気層に包まれている感じがして、投げ出された感はそんなになかった。アーリー号の落ち着いた様子も何となく伝わってきて、そろそろと背筋を伸ばしてみる余裕ができた。
あ、ベテルギウス駅。線路がずっと向こうまで続いてる。僕はどこまで行って帰ってきたんだろう。あの辺が錐鞘亭。洗濯物が左に偏っているように見える。今日中にちゃんと乾くかな。全体的に緑が多くて、建物がみんな茶色か白で統一されてる。観光地としての基準か何かがあるのかもしれないな。
当たり前だけど電線がない。ビルもない。空が広く感じる。湾があるところからはチラッと海と白っぽい建物が見える。反対側は山だ。あの向こうに人は住んでいるんだろうか。断崖絶壁かな。海上の国境ってあるんだろうか。
『カイ、どお? 怖くなくなった? 気持ちいい?』
「うん。今はあんまり怖くない。気持ちいい」
『アタシと付き合ってくれるなら、違うキモチイイこともできるよ』
──アーリーさん……さすがにこんな美しい景色の中でセクハラを受けるとは思わなかったよ。
「オルフェくんが怖くなるから遠慮しとくね……」
『ふーん、あの馬の奴でしょ。あんなのすぐ浮気するよ。絶対チャラいって。陰で女と遊んでっから』
──空中セクハラからの淀みない空中悪口。ここは飲み屋か。ほとんど行ったことないけど。
『もし浮気されたらアタシに言いなよ。獣人って身体が頑丈な方らしいけど、アタシからしたら赤ちゃんだから。グキッとやってポーイだから』
「もう、擬音が怖いよ。それよりさ、アーリーさんはこうやって話せる人間には他に会ったことある?」
内容が危なくなってきたので、僕は無理やり話を方向転換した。そしたら意外な答えが返ってきた。
『一度もないよ? アタシ今年で多分百歳くらいだけど、記憶にないなー』
「そんなに年上だったの!? それに一度もない!?」
『カイみたいにどっか遠くから来た人っぽいなーって人はいたよ。でも話まではできなかったよね。カイのお母さんって魔獣なの?』
「いや普通の人間……そうか百年生きてて一度もか……」
『もっと飛びたいけどそろそろ戻ろっかあ。ねえ、また来てくれる? 相方の飛馬って年が離れ過ぎてて話合わないんだよねー』
「そうなんだ、いいよ。相方さん何歳?」
『えっと確かー、三百歳』
──二百歳差。もう単位がでかすぎて何がどう違うのかわからない。
アーリー号はサスペンションが効いた車のように、ふわりと地上に降りてくれた。『アーちゃん遅いよお、心配したよお、お水飲む? ご飯にする?』と話しかける衛兵さんを『ウッザ』と一言で切り捨てていた。なんか…衛兵さんが若い女の子にしつこくするオジサンに見えてきた。アーちゃん、百歳だけど。
複雑そうな顔で『どうもありがとね……』と一応お礼を言ってくれた衛兵さんに、アーリー号には一歩引いた態度で接すると上手くいくと思います、とお伝えしておいた。
その後ろでアーリー号が『ほんとそれな。もっとガンガン強火で言ってやってよ。ほんとこいつ(ピ──)野郎。(ピ──)で(ピ──)だからマジで』と言っていた。もう放送禁止用語のオンパレードである。さすがに伝えられないよアーリーさん。
──────
「……でね、僕、魔獣と人との交流を助ける仕事をしようと思う」
「……くっ……い、いいと思う……ウザイ、ウザイって言ってたのあの飛馬っ……」
帰りがてら、端から見ると僕の独り言劇場であろうやり取りの詳細をオルフェくんに伝えると、彼はブルブルと震えながら死にそうなほどにウケていた。衛兵さんに対してつーんとしているのはわかるが、そこまで多弁にこき下ろしているとは想像もつかなかったらしい。そりゃそうか。
「でもさー、どこに行ってどう働けばいいのかがわからないな。こっちの人が仕事を探すときってどうしてるの?」
「ショッカンだよ。職業鑑定所に行く。その人に合った職業鑑定と紹介を一気にやってくれる」
「えっ、そんな占いの館と職業紹介所がくっついたみたいなところがあるの」
「そうだよ、他にどうやって……いや、カイは飛び込みで働いてるから縁で結ばれる例もあるか」
『今日行くか?』と聞かれたが、上空から見た偏った洗濯物のことが気になるから、忙しい時期が過ぎてから行きたいとお願いした。オルフェくんは『カイがもう奥さんになってくれたみたいで嬉しい』とニコニコしていた。
奥さんって家事をやる人ってイメージなの? と言ったら、自分と同じ家のことを気にかけてくれる人のイメージだと彼は言った。
同じ家のこと、かあ。一人暮らしをしていたときには一度もなかったことだ。洗濯物が雨で濡れようが、風邪をひいて寝込もうが、ひとり。その分自由もあるけれど、確かに気にかけてくれる人がいるのって、とても良いものかもしれないな。
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© 2023 清田いい鳥
思わぬ挙動に身体中が強張り、僕はアーリー号にしがみついた。教わった姿勢が崩れているのは自分でもわかっているが、背筋を伸ばすどころではない。怖い!! 下が見られない!!
『ふふっ。絶対落とさないから大丈夫だよー。ゆーっくり一周するね!』
下では衛兵さんが『アーちゃん!! その人初めての人だから!! 飛ばさないでね!! アーちゃーん!!』と叫んでいる。アーリー号はボソッと『チッ、うるせーなわかってんよ』と呟いていた。
職場での僕はほぼ空気だったから、仲間と気が合わないっていうのは体験すらできたことがないが、これって結構……かなり大変かもしれない。
跨いでいると、飛馬の体温が脚に伝わってきて温かい。上空は寒いだろうと思っていたのに何かの空気層に包まれている感じがして、投げ出された感はそんなになかった。アーリー号の落ち着いた様子も何となく伝わってきて、そろそろと背筋を伸ばしてみる余裕ができた。
あ、ベテルギウス駅。線路がずっと向こうまで続いてる。僕はどこまで行って帰ってきたんだろう。あの辺が錐鞘亭。洗濯物が左に偏っているように見える。今日中にちゃんと乾くかな。全体的に緑が多くて、建物がみんな茶色か白で統一されてる。観光地としての基準か何かがあるのかもしれないな。
当たり前だけど電線がない。ビルもない。空が広く感じる。湾があるところからはチラッと海と白っぽい建物が見える。反対側は山だ。あの向こうに人は住んでいるんだろうか。断崖絶壁かな。海上の国境ってあるんだろうか。
『カイ、どお? 怖くなくなった? 気持ちいい?』
「うん。今はあんまり怖くない。気持ちいい」
『アタシと付き合ってくれるなら、違うキモチイイこともできるよ』
──アーリーさん……さすがにこんな美しい景色の中でセクハラを受けるとは思わなかったよ。
「オルフェくんが怖くなるから遠慮しとくね……」
『ふーん、あの馬の奴でしょ。あんなのすぐ浮気するよ。絶対チャラいって。陰で女と遊んでっから』
──空中セクハラからの淀みない空中悪口。ここは飲み屋か。ほとんど行ったことないけど。
『もし浮気されたらアタシに言いなよ。獣人って身体が頑丈な方らしいけど、アタシからしたら赤ちゃんだから。グキッとやってポーイだから』
「もう、擬音が怖いよ。それよりさ、アーリーさんはこうやって話せる人間には他に会ったことある?」
内容が危なくなってきたので、僕は無理やり話を方向転換した。そしたら意外な答えが返ってきた。
『一度もないよ? アタシ今年で多分百歳くらいだけど、記憶にないなー』
「そんなに年上だったの!? それに一度もない!?」
『カイみたいにどっか遠くから来た人っぽいなーって人はいたよ。でも話まではできなかったよね。カイのお母さんって魔獣なの?』
「いや普通の人間……そうか百年生きてて一度もか……」
『もっと飛びたいけどそろそろ戻ろっかあ。ねえ、また来てくれる? 相方の飛馬って年が離れ過ぎてて話合わないんだよねー』
「そうなんだ、いいよ。相方さん何歳?」
『えっと確かー、三百歳』
──二百歳差。もう単位がでかすぎて何がどう違うのかわからない。
アーリー号はサスペンションが効いた車のように、ふわりと地上に降りてくれた。『アーちゃん遅いよお、心配したよお、お水飲む? ご飯にする?』と話しかける衛兵さんを『ウッザ』と一言で切り捨てていた。なんか…衛兵さんが若い女の子にしつこくするオジサンに見えてきた。アーちゃん、百歳だけど。
複雑そうな顔で『どうもありがとね……』と一応お礼を言ってくれた衛兵さんに、アーリー号には一歩引いた態度で接すると上手くいくと思います、とお伝えしておいた。
その後ろでアーリー号が『ほんとそれな。もっとガンガン強火で言ってやってよ。ほんとこいつ(ピ──)野郎。(ピ──)で(ピ──)だからマジで』と言っていた。もう放送禁止用語のオンパレードである。さすがに伝えられないよアーリーさん。
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「……でね、僕、魔獣と人との交流を助ける仕事をしようと思う」
「……くっ……い、いいと思う……ウザイ、ウザイって言ってたのあの飛馬っ……」
帰りがてら、端から見ると僕の独り言劇場であろうやり取りの詳細をオルフェくんに伝えると、彼はブルブルと震えながら死にそうなほどにウケていた。衛兵さんに対してつーんとしているのはわかるが、そこまで多弁にこき下ろしているとは想像もつかなかったらしい。そりゃそうか。
「でもさー、どこに行ってどう働けばいいのかがわからないな。こっちの人が仕事を探すときってどうしてるの?」
「ショッカンだよ。職業鑑定所に行く。その人に合った職業鑑定と紹介を一気にやってくれる」
「えっ、そんな占いの館と職業紹介所がくっついたみたいなところがあるの」
「そうだよ、他にどうやって……いや、カイは飛び込みで働いてるから縁で結ばれる例もあるか」
『今日行くか?』と聞かれたが、上空から見た偏った洗濯物のことが気になるから、忙しい時期が過ぎてから行きたいとお願いした。オルフェくんは『カイがもう奥さんになってくれたみたいで嬉しい』とニコニコしていた。
奥さんって家事をやる人ってイメージなの? と言ったら、自分と同じ家のことを気にかけてくれる人のイメージだと彼は言った。
同じ家のこと、かあ。一人暮らしをしていたときには一度もなかったことだ。洗濯物が雨で濡れようが、風邪をひいて寝込もうが、ひとり。その分自由もあるけれど、確かに気にかけてくれる人がいるのって、とても良いものかもしれないな。
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© 2023 清田いい鳥
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