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27 職業鑑定所と治療院
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祭りの後はしばらく暇になるから、と結局オルフェくんは職業鑑定所へついてきてくれた。
錐鞘亭と似た大きくレトロな建物に、結晶状態そのままの水晶を絵に描いたような看板が掲げられている。水晶が描いてある、と言ったら『記憶石のことか? きっとあれを鑑定で使うから看板になってるんだろうな』と教えて貰った。どう見ても水晶なんだけど、成分なんかは違うんだろうか。
中は年期の入った艶々なブラウンのデスクが沢山あり、受付には色々な耳を持った人がいる。木製の番号札を渡されて待ったあと、僕を担当してくれた人は耳が可愛いコアラの獣人さんだった。
「初めまして、カイさんね。担当のラガルです。どうぞよろしく。でも私は君のことは知ってるんだ。うちの息子がよく君の話をするから」
「あっ…もしかして、ラントくんのお父さんですか?」
清廉樹祭で一番最初に僕に歌ってくれた、あのふわふわ耳のお子さんはラントくんという。既視感があると思ったら、ふわふわした耳が一緒だ。
「息子さんにはその…お断りしてしまって、すみません」
「とんでもない! それもいい経験だよ。失恋から学ぶこともある」
ラガルさんは数少ない同じ種である奥さんとは元々同じ種仲間として、普通のお友達関係だった。当時失恋したばかりだった彼は、彼女に話を聞いて貰っているうちに段々元気が出てきたそうなのだが、彼女の元へ清廉樹祭で歌を聞いてくれと言いに来た他の男がいると知ったとき、奥さんへの恋心を自覚した。迷惑を承知で清廉樹祭当日の朝に押しかけ、間一髪で恋を成就させたらしい。
「ハッ、ごめんね! 私の話ばっかりで! 職業鑑定に来たんだったね」
「あ、そうでした。いい話だったんで夢中になっちゃった。鑑定ってどうやるんです?」
「まずこの記憶石に魔力を流してもらう、それからこの鑑定魔道具にセットしてー」
「魔力…ってどうやって流せば…? オルフェくん、僕って魔力あったっけ?」
「…盲点だった。そういえばカイは測ったことがないよな」
「あ、そうなんだね。そういう人結構いるから大丈夫だよ! だったらついてきて、案内するから」
建物の外に出てすぐそこに、包帯と薬瓶らしきものの絵が描かれた看板が見えた。この建物が魔力測定所兼、治療院らしい。
「魔力の芽生えは大体、妙な悪寒なんだよ。発熱がなくて体調も悪くないのにゾクゾクする。大体そういう子は魔力量が多かったりするから、ただの体調不良なのか魔力のせいなのか判断するため、必ずここに罹るよう国からのお達しがある。結果が出たら書類を貰ってまたうちに来てね!」
そう言って、ラガルさんは手を振りながら元気よく戻って行った。
僕に魔力とかあるのかな、何か感じる? とオルフェくんに聞いたら首を捻っていた。
「なにかある、ってのはわかる。なんていうかこう、いい匂いの元が沢山中に詰まってる感じがする。そうだな、例えば指を────」
話の方向が妖しくなってきたので、手で口を塞がせてもらった。『なんだよ』と文句を言われたが何を言うつもりだったんだよ。明け透けすぎるんだよここの人は。
──────
『熱はないのに続く悪寒、そんなときはすぐ治療院へ!』『南部風邪に気を付けて』と書かれたポスターが各所に貼られた、クラシカルというよりは昭和レトロな内装の治療院では、金属製らしき大きめの体温計を使って熱を測ったあと、お医者さんの診察を受けるという馴染みのある流れだった。僕はまだ一応独身なので、診察室には一人で入った。
治療魔術師さんというらしい。僕が初めて出会った魔術師さん。杖を持って空を飛ぶありきたりなイメージとは全然違う、割烹着みたいなエプロンをつけた犬耳の若い男の人だった。
「熱はないのに悪寒を感じ続けたことは一度もない? よし、じゃあとりあえずこの試験紙を口に咥えて。はい、いいですよ」
本当に検査、という感じだ。メーターらしきものが沢山ついた箱に、魔術師さんは試験紙をセットした。
…もう数分は経ったんじゃないか、というくらいの沈黙を破ったのは魔術師さんだった。彼は机の上にあるラジオのような他の機械のトグルスイッチをパチンと入れてから、ゆっくりした口調で話した。
「通常の魔力の針はここを指してる。ここが平均。あなたはここね。平均よりずっと弱い。でもこっちの目盛りを見て」
──なんだろう、針が振り切ってるように見える。見方が逆かな? 右から左へ?
「この目盛りが振り切ってる。この計器じゃ測り切れていないってこと。これは王都の治療魔術院に行って精密検査をしないとわからない。どうする?」
──どうするって、どうしたらいいんだこれは。強制ではないってこと?
「あの、僕は何かの病気なんでしょうか。これが何を表しているのかがわからなくて」
「いや、そういうことじゃないんだ。この目盛りが示しているのは、魔力の質。君には古代魔力がたっぷりあるってこと。これがあるのは主に魔獣。人間にも獣人にも見られない。でも君は見たところ、人間にしか見えないし、擬態しているようにも見えない。原因は不明。…君の出身はどこ?」
先ほどスイッチを入れたのは遮音魔道具だそうだ。周りの音が聞こえなくなったと感じたのは気のせいではなかった。そして相手は治療魔術師さん。僕が知っているお医者さんと同じく、守秘義務がある。
安心して話してほしいと言われて、どこかに連れて行かれるのではないかと不安ではあったが、何かを強制されることはないとはっきり言われたので決心がついた。
「……なるほどね、まるで別の国、いや世界からやってきたと。込み入ったことを聞くけど、君の故郷の人ってみんな君みたいな香りがするのが普通なの?」
「僕が獣人さんたちにいい匂いがするって言われ始めたのはここに来てからですね。それまでは…人はアレですけど、やけに動物に好かれるくらいでした」
「君はこっちの学校に通ったことはないよね。じゃあざっくりだけど、動物と獣人の成り立ちについて解説しよう」
また神様の話をされるのかな、と思っていた。しかし魔術師さんは、それとは全く異なった観点からの話をしてくれたのだ。
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© 2023 清田いい鳥
錐鞘亭と似た大きくレトロな建物に、結晶状態そのままの水晶を絵に描いたような看板が掲げられている。水晶が描いてある、と言ったら『記憶石のことか? きっとあれを鑑定で使うから看板になってるんだろうな』と教えて貰った。どう見ても水晶なんだけど、成分なんかは違うんだろうか。
中は年期の入った艶々なブラウンのデスクが沢山あり、受付には色々な耳を持った人がいる。木製の番号札を渡されて待ったあと、僕を担当してくれた人は耳が可愛いコアラの獣人さんだった。
「初めまして、カイさんね。担当のラガルです。どうぞよろしく。でも私は君のことは知ってるんだ。うちの息子がよく君の話をするから」
「あっ…もしかして、ラントくんのお父さんですか?」
清廉樹祭で一番最初に僕に歌ってくれた、あのふわふわ耳のお子さんはラントくんという。既視感があると思ったら、ふわふわした耳が一緒だ。
「息子さんにはその…お断りしてしまって、すみません」
「とんでもない! それもいい経験だよ。失恋から学ぶこともある」
ラガルさんは数少ない同じ種である奥さんとは元々同じ種仲間として、普通のお友達関係だった。当時失恋したばかりだった彼は、彼女に話を聞いて貰っているうちに段々元気が出てきたそうなのだが、彼女の元へ清廉樹祭で歌を聞いてくれと言いに来た他の男がいると知ったとき、奥さんへの恋心を自覚した。迷惑を承知で清廉樹祭当日の朝に押しかけ、間一髪で恋を成就させたらしい。
「ハッ、ごめんね! 私の話ばっかりで! 職業鑑定に来たんだったね」
「あ、そうでした。いい話だったんで夢中になっちゃった。鑑定ってどうやるんです?」
「まずこの記憶石に魔力を流してもらう、それからこの鑑定魔道具にセットしてー」
「魔力…ってどうやって流せば…? オルフェくん、僕って魔力あったっけ?」
「…盲点だった。そういえばカイは測ったことがないよな」
「あ、そうなんだね。そういう人結構いるから大丈夫だよ! だったらついてきて、案内するから」
建物の外に出てすぐそこに、包帯と薬瓶らしきものの絵が描かれた看板が見えた。この建物が魔力測定所兼、治療院らしい。
「魔力の芽生えは大体、妙な悪寒なんだよ。発熱がなくて体調も悪くないのにゾクゾクする。大体そういう子は魔力量が多かったりするから、ただの体調不良なのか魔力のせいなのか判断するため、必ずここに罹るよう国からのお達しがある。結果が出たら書類を貰ってまたうちに来てね!」
そう言って、ラガルさんは手を振りながら元気よく戻って行った。
僕に魔力とかあるのかな、何か感じる? とオルフェくんに聞いたら首を捻っていた。
「なにかある、ってのはわかる。なんていうかこう、いい匂いの元が沢山中に詰まってる感じがする。そうだな、例えば指を────」
話の方向が妖しくなってきたので、手で口を塞がせてもらった。『なんだよ』と文句を言われたが何を言うつもりだったんだよ。明け透けすぎるんだよここの人は。
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『熱はないのに続く悪寒、そんなときはすぐ治療院へ!』『南部風邪に気を付けて』と書かれたポスターが各所に貼られた、クラシカルというよりは昭和レトロな内装の治療院では、金属製らしき大きめの体温計を使って熱を測ったあと、お医者さんの診察を受けるという馴染みのある流れだった。僕はまだ一応独身なので、診察室には一人で入った。
治療魔術師さんというらしい。僕が初めて出会った魔術師さん。杖を持って空を飛ぶありきたりなイメージとは全然違う、割烹着みたいなエプロンをつけた犬耳の若い男の人だった。
「熱はないのに悪寒を感じ続けたことは一度もない? よし、じゃあとりあえずこの試験紙を口に咥えて。はい、いいですよ」
本当に検査、という感じだ。メーターらしきものが沢山ついた箱に、魔術師さんは試験紙をセットした。
…もう数分は経ったんじゃないか、というくらいの沈黙を破ったのは魔術師さんだった。彼は机の上にあるラジオのような他の機械のトグルスイッチをパチンと入れてから、ゆっくりした口調で話した。
「通常の魔力の針はここを指してる。ここが平均。あなたはここね。平均よりずっと弱い。でもこっちの目盛りを見て」
──なんだろう、針が振り切ってるように見える。見方が逆かな? 右から左へ?
「この目盛りが振り切ってる。この計器じゃ測り切れていないってこと。これは王都の治療魔術院に行って精密検査をしないとわからない。どうする?」
──どうするって、どうしたらいいんだこれは。強制ではないってこと?
「あの、僕は何かの病気なんでしょうか。これが何を表しているのかがわからなくて」
「いや、そういうことじゃないんだ。この目盛りが示しているのは、魔力の質。君には古代魔力がたっぷりあるってこと。これがあるのは主に魔獣。人間にも獣人にも見られない。でも君は見たところ、人間にしか見えないし、擬態しているようにも見えない。原因は不明。…君の出身はどこ?」
先ほどスイッチを入れたのは遮音魔道具だそうだ。周りの音が聞こえなくなったと感じたのは気のせいではなかった。そして相手は治療魔術師さん。僕が知っているお医者さんと同じく、守秘義務がある。
安心して話してほしいと言われて、どこかに連れて行かれるのではないかと不安ではあったが、何かを強制されることはないとはっきり言われたので決心がついた。
「……なるほどね、まるで別の国、いや世界からやってきたと。込み入ったことを聞くけど、君の故郷の人ってみんな君みたいな香りがするのが普通なの?」
「僕が獣人さんたちにいい匂いがするって言われ始めたのはここに来てからですね。それまでは…人はアレですけど、やけに動物に好かれるくらいでした」
「君はこっちの学校に通ったことはないよね。じゃあざっくりだけど、動物と獣人の成り立ちについて解説しよう」
また神様の話をされるのかな、と思っていた。しかし魔術師さんは、それとは全く異なった観点からの話をしてくれたのだ。
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© 2023 清田いい鳥
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