人に好かれない僕が獣人の国に転移したらおかしいくらいモテた話

清田いい鳥

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66 カイおねえちゃん

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「それじゃあ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい。気をつけて。ルート号、カイをよろしく頼む」
『任せてー』

 僕の現在の仕事先である、ベテルギウスの調教施設へと朝から向かった。けど午前中だけで帰ってくる。ブラッキーくんの様子を見て、仕事の完了届けに施設長のサインをして貰うだけだから。

 彼らはちょうど朝ごはんが終わって、運動前の時間だった。真っ先にブラッキーくんの馬房を覗いてみると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれたし、他の馬房からもみんなにょきにょきと顔を覗かせて僕を出迎えてくれた。

『ねー、もしかしてほんとに今日でお別れなの? やだよー、さびしーよー』と普通に別れを惜しんでくれる子もいれば、『あっ、なんか他のオスの匂いがするわっ。浮気者っ、ワタシという者がいながらっ』という妄想がたくましい子もいたし、『タマゴ産まなくてもいいからさー、一回だけ! 先っちょだけ!』という直球ストレートな誘いをかけてくる子もいた。……複数いた。ナンパするにしても言い方ってもんがあるでしょうが。

 僕も淋しいよー、ありがとねー、結婚してるから無理だよー、火遊びはしない派だよー、と一頭ずつに声をかけながら宿舎の方へ向かった。数日間会わなかっただけだけど、みんな元気かなあ。

「おっ、カイちゃーん! 久しぶり!」
「ねーちょっと! タピオさんから聞いたけど、ほんとに今日で終わりなの? だったら食事に誘いたいんだけど! お魚とお肉ならどっち好き?」
「ちょっと待て、くじ引きで決めただろ。俺が先だから。デザートつけるよ。食べ放題!」

 僕は一言も行くとは言っていないのに、勝手に行くことにされている。既婚者ですのでそういうお誘いはお受けできかねます、と笑って言ったらめちゃくちゃ沈んだ顔をされた。

 しおしおと俯いた三人の奥でタピオさんが静かに微笑んでいる。みんなこの人を見習ったほうがいい。オルフェくんという良い男を夫に貰っておきながら、この人も良い男だな、と僕に思わせた彼を見習うべきだと思う。

「……それ、素敵ですね。貰ったんですか?」
「えっ? あ、はい! 本当はお誕生日用の贈り物だったらしいんですけど、催促して先に貰っちゃって。お気に入りです!」

 朝の日の光をたっぷり受けて光るそれを褒められ嬉しくなってしまい、くるっと手の甲側をタピオさんに向け、僕はそのとき無邪気に笑ってしまった。

 指越しに見て、気づいてしまった。辛さをなんとか押し殺しているようなその笑顔。目の前の指に絡めた白金の輝きだけが、キラキラと楽しげに笑っている。

 あまり長居はしないほうがいい。僕は彼を傷つけたいわけじゃない。なにも気づいていないふりをして、ここにサインをください、と書類を出した。

 ずっと何か言いたげなのはわかっている。でも、その声を僕は聞くわけにはいかなかった。聞こえていないふりなんていくらでもできる、その細くて儚い彼の声。耳を傾けてあげたくなる気持ちは、今は偽善でしかない。そう思う。

 書類を読んでいる彼の姿と、サラサラとペンが走る音を聞きながら、もしオルフェくんが少しでも他の人に気持ちを傾けていたら僕はどう思うか、と想像していた。



 ……オルフェくんが、僕を閉じ込めたいと思っている気持ちが少し、わかってしまった。

 冗談でも、気を引こうというイタズラ心でも、ちょっと好きになってたかもー、なんてことを言ってしまわなくて良かった。言う気なんてさらさらないけど。

 多分、僕がタピオさんに感じた気持ちというのは、頼れる人に甘えたいという気持ちだろう。親に対して思うようなもの。今気づいたが、静かに佇む彼の姿は生前の祖父に似ていた。

 それを説明し、理解してもらう前に彼は先んじて絶望するだろう。想像に難くない。必ずだ。間違いなく。

 彼は目的に向かって一直線、という長所を持つ。それを僕が短所に変えるわけにはいかない。騎手失格である。騎手が馬上で迷っていてはならないのだ。進行方向への意識をおろそかにすれば、彼は困る。傷つけてしまう。

 でも大人しい気質なんかじゃないから、きっと柵を蹴り上げ脱走、森を走りに走って迷子になり、それから──

「はい。短い間でしたが、この施設に来てくださりありがとうございました。……お元気で」

 ハッと気づくと目の前に書類があり、一瞬受け取るのが遅れてしまった。馬鹿な妄想に夢中になっていた自分に呆れつつ、ルートくんに乗って別れの挨拶を繰り返した。

「カイちゃーん!! 元気でねー!!」
「いつでも遊びに来てね!! 待ってるー!!」
「俺のこと絶対忘れないでねー!!」

 立って手を振っているだけのはずなのに、地面を飛び跳ね回りながら舌を出しているワンコたちのまぼろしが見えてくる。

 タピオさんはブラッキーくんの手綱を握りながら、来たときと同じように静かに立っていた。顔をあまり見せたくないがちょうどいい切りどころがわからない、という理由で伸びたままになっているらしいその前髪で、表情は全く伺えなかった。

 ブラッキーくんが数歩、僕たちを追いかけるように前へ出た。『カイ!! カイおねえちゃん!!』と叫んでいる。

 僕は彼らの声を鳴き声とは認識できていなかった。それを他者に伝えるために意識して聞いていたためか、やっと気づいた。

 僕の名前を一生懸命、真似て鳴いていることに。



 ピュンピュン、といういつもの甘え鳴きに混じって聴こえる、ミュイ、ミュイ、と高く響く彼の声。無意識なのか、こっそり練習していたのか。

 魔獣の言っていることが何だろうとわかってしまうこの僕が、言葉で繋がった、という大きな喜びに満ちた瞬間だった。

 理解を相手に委ねない。相手がわかるように心を配って声に出す。発音が変だとか、意味が通じないかも、なんて気おくれして沈黙せず、いま伝えたいことを極力、相手が受け取りやすいようにして口にする。

 そんな彼の社会性が確かに成長している兆しのようなものを感じて、おそらく今年一番の達成感を広い青空の中で味わった。

 もうブラッキーくんは大丈夫。人間に甘えてばっかりだった君もすっごく可愛かったけど、おねえちゃんは嬉しいよ。僕、一応、男だけど。
 


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