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6 おしえてキャロル先生
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「そうだな。よし、付き合ってやろう。しかしやり方は他にあるから任せとけ」
「いいんですか……!? ありがとうございます!! 感激です!!」
もちろん図書館なのでひそひそ声だ。読書机は広いが、二人で使っているとちょっと狭い。正直、狭いのを理由に近づけたとウキウキしていた。しかし彼が醸していた空気はそんな甘く爽やかなものではなかった。
「いいか、まず書けない単語より読めない単語を潰していけ。単語集を用意するから、読めない単語がまずどれくらいなのか自覚しろ。覚えたところを次にまた読めるか試せ。二度読めなかった単語の意味は自分で調べてもいいが、次の週に私が解説する。そのあと文章を作り、理解しているかを再確認する」
「キャロル先生すげえ……これが合理的学習法……」
俺は読めないところをその場で教えてもらう、くらいしか思いつかなかった。なるほど確かにそうすれば、この鈍器のような魔術書以外にも読める本が増えてくる。
彼の意識は高い。目標を示してくれたのだ、真面目についていかなきゃ呆れられる。それに自分の進路が結局どうなろうと、勉強自体はしたいのだ。
勿論チューだってしたい。彼がいいなら今すぐしたい。そんな自分の意欲と欲望のために、俺はひとつの提案をした。
「会うときは勉強を先に、治療は後に?」
「どうしてもその、チュ……治療を受けると変な感じになっちゃって勉強に集中できないんで。だからその順番でお願いします」
「変な感じか……わかった。そうしよう。教材は後で宿舎に届けさせる。そこから開始だ。鍛錬で疲れているだろうが、やれることはやっておけ。勉強なんか、慣れだ。やるのが当たり前になれば今の不確実は将来の確実になる」
机に頬杖をついて俺の顔を覗き込み、淡々と語る彼の瞳の輝きが、俺の瞳に光を映す。希望を彼から受け取った。そんな気分になっていた。
──────
そこから諦めていた座学を再スタートさせた俺は、治療という名のご褒美を自分の前にぶら下げて頑張った。周りからも頑張ってる奴だ、という評価に、偉い奴だ、という評価が更に加わった。
頭も身体も酷使するのだ。一日が終わったあとは毎日、糸が切れたように眠っていた。いくら若いとはいえ大変だろうと、兵士長さんの計らいで雑用が半分免除になった。そのときは嬉しくてちょっと泣いた。
「っ…………あのっ、ちょっとっ」
「ん? なんだ」
「そこ、そこに手を置かれると、ちょっと……痛くはないんですが、その……変な感じになるっていうかっ」
「そうか、すまない」
多分わざとじゃないんだろうし慣れてきたからだろうが、最初は肘掛けに手を置いたり椅子の隙間に少し膝を置いて魔力を流していた彼が、椅子の背もたれに腕を回したり、俺の太股の上に手を置くようになってきた。あらぬ所に一番近い位置である。
正直気分は最高だ。ただ刺激は強すぎた。前より近いぞと気づいたとき、慣れて少し収まってきていた心臓がまた爆音を鳴らすようになってしまった。
彼は何を考えているんだろう。気安くなってきただけだろうか。しかし多少近づけたとしても、いつか終わるであろうこの関係。もし学園に入学できても、俺はそこで燃え尽きてしまうんじゃないだろうか。
「今日はお終い。夕食は間に合うか?」
「えっと、勉強に行ってるのは知られてますから多少遅れても大丈夫です。……あの、その、治療とはいえ、こういうことをしてて本当にいいんでしょうか。今更ですけど、キャロルさん、お貴族様でしょ? 婚約者様とか、いらっしゃるんじゃ……」
「そんなものはいない。何度も引き合わされてはいるが、大体断っているし相手も逃げる。私が誰かの妻になれると思うか?」
キャロルさんは口の端を上げてニヤリと笑った。俺はこの表情も好きだな。じゃなくて、逃げるってのはなんだろう。めちゃくちゃ冷たくするんだろうか。あり得る。
「なっ……なれると思います。お仕事に理解? があれば」
「口先でそう言う男は山ほどいたよ。だが、そういう奴らが与えようとするのは、俗に言うお姫様扱い。後の奥様待遇だ。社交なんか興味がないのに、それを期待されても困る。私が欲しいのは……そうだな、強いて言うなら実験台かな」
この紫色にじっと見下ろされると、どうにも落ち着かなくなってしまう。それに、なんか言い方が怖かったが、俺は実験台として興味を持たれているのだろうか。その実験台に好きですなんて、言われて彼は喜ぶだろうか。それとも。
「お、俺は実験台として、興味を持っていただけてます……?」
「興味はあるぞ、とても。最初からある。言ってなかったか」
「いえっ、聞きました。会うのを楽しみにしてたと言ってもらいましたから……」
「そうだよ、あの日は中々寝付けなかった。お前の身体の中はどうなっているのか。弄るとどう良くなるのか。試作品をその手に握らせるのが楽しみだ」
妖しい会話ではないはずなのだ。なのに全ていかがわしいことに聞こえてしまうこの耳はどうなっている。
今まで散々耐えてきた。しかし、俺の忍耐力もここまでだった。この後、盛大にやらかしてしまったのである。
「いいんですか……!? ありがとうございます!! 感激です!!」
もちろん図書館なのでひそひそ声だ。読書机は広いが、二人で使っているとちょっと狭い。正直、狭いのを理由に近づけたとウキウキしていた。しかし彼が醸していた空気はそんな甘く爽やかなものではなかった。
「いいか、まず書けない単語より読めない単語を潰していけ。単語集を用意するから、読めない単語がまずどれくらいなのか自覚しろ。覚えたところを次にまた読めるか試せ。二度読めなかった単語の意味は自分で調べてもいいが、次の週に私が解説する。そのあと文章を作り、理解しているかを再確認する」
「キャロル先生すげえ……これが合理的学習法……」
俺は読めないところをその場で教えてもらう、くらいしか思いつかなかった。なるほど確かにそうすれば、この鈍器のような魔術書以外にも読める本が増えてくる。
彼の意識は高い。目標を示してくれたのだ、真面目についていかなきゃ呆れられる。それに自分の進路が結局どうなろうと、勉強自体はしたいのだ。
勿論チューだってしたい。彼がいいなら今すぐしたい。そんな自分の意欲と欲望のために、俺はひとつの提案をした。
「会うときは勉強を先に、治療は後に?」
「どうしてもその、チュ……治療を受けると変な感じになっちゃって勉強に集中できないんで。だからその順番でお願いします」
「変な感じか……わかった。そうしよう。教材は後で宿舎に届けさせる。そこから開始だ。鍛錬で疲れているだろうが、やれることはやっておけ。勉強なんか、慣れだ。やるのが当たり前になれば今の不確実は将来の確実になる」
机に頬杖をついて俺の顔を覗き込み、淡々と語る彼の瞳の輝きが、俺の瞳に光を映す。希望を彼から受け取った。そんな気分になっていた。
──────
そこから諦めていた座学を再スタートさせた俺は、治療という名のご褒美を自分の前にぶら下げて頑張った。周りからも頑張ってる奴だ、という評価に、偉い奴だ、という評価が更に加わった。
頭も身体も酷使するのだ。一日が終わったあとは毎日、糸が切れたように眠っていた。いくら若いとはいえ大変だろうと、兵士長さんの計らいで雑用が半分免除になった。そのときは嬉しくてちょっと泣いた。
「っ…………あのっ、ちょっとっ」
「ん? なんだ」
「そこ、そこに手を置かれると、ちょっと……痛くはないんですが、その……変な感じになるっていうかっ」
「そうか、すまない」
多分わざとじゃないんだろうし慣れてきたからだろうが、最初は肘掛けに手を置いたり椅子の隙間に少し膝を置いて魔力を流していた彼が、椅子の背もたれに腕を回したり、俺の太股の上に手を置くようになってきた。あらぬ所に一番近い位置である。
正直気分は最高だ。ただ刺激は強すぎた。前より近いぞと気づいたとき、慣れて少し収まってきていた心臓がまた爆音を鳴らすようになってしまった。
彼は何を考えているんだろう。気安くなってきただけだろうか。しかし多少近づけたとしても、いつか終わるであろうこの関係。もし学園に入学できても、俺はそこで燃え尽きてしまうんじゃないだろうか。
「今日はお終い。夕食は間に合うか?」
「えっと、勉強に行ってるのは知られてますから多少遅れても大丈夫です。……あの、その、治療とはいえ、こういうことをしてて本当にいいんでしょうか。今更ですけど、キャロルさん、お貴族様でしょ? 婚約者様とか、いらっしゃるんじゃ……」
「そんなものはいない。何度も引き合わされてはいるが、大体断っているし相手も逃げる。私が誰かの妻になれると思うか?」
キャロルさんは口の端を上げてニヤリと笑った。俺はこの表情も好きだな。じゃなくて、逃げるってのはなんだろう。めちゃくちゃ冷たくするんだろうか。あり得る。
「なっ……なれると思います。お仕事に理解? があれば」
「口先でそう言う男は山ほどいたよ。だが、そういう奴らが与えようとするのは、俗に言うお姫様扱い。後の奥様待遇だ。社交なんか興味がないのに、それを期待されても困る。私が欲しいのは……そうだな、強いて言うなら実験台かな」
この紫色にじっと見下ろされると、どうにも落ち着かなくなってしまう。それに、なんか言い方が怖かったが、俺は実験台として興味を持たれているのだろうか。その実験台に好きですなんて、言われて彼は喜ぶだろうか。それとも。
「お、俺は実験台として、興味を持っていただけてます……?」
「興味はあるぞ、とても。最初からある。言ってなかったか」
「いえっ、聞きました。会うのを楽しみにしてたと言ってもらいましたから……」
「そうだよ、あの日は中々寝付けなかった。お前の身体の中はどうなっているのか。弄るとどう良くなるのか。試作品をその手に握らせるのが楽しみだ」
妖しい会話ではないはずなのだ。なのに全ていかがわしいことに聞こえてしまうこの耳はどうなっている。
今まで散々耐えてきた。しかし、俺の忍耐力もここまでだった。この後、盛大にやらかしてしまったのである。
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