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65 クラースさんの騙されメモリー
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「そろそろ寝るわー。おやすみジルくん」
「おやすみなさい。…………クラースさん、ちょっと待って。薬塗ったほうがいいですよ。俺やりますから部屋行きましょう」
「えっ? 薬? 背中はいま痒くないよー」
「えー、でも塗った方がいいですよ。楽になりますよ。もう寝るだけだから部屋暗めにしておきます。そこの灯りだけつけといてくださいね」
クラースさんは『くすり?』と首をかしげながらも俺に言われた通りにベッドへと脚を掛けている。なんて無防備な背中であろうか。俺はいま、闇金ウィジマノフの最新巻に出てくるあの組織のボスのように笑っているであろう。自信はある。
「……? え? なになに? それは自分でやるよ……、あっ……、えっ? えっ??」
「こっちの薬を塗りますよ、って言ってんですよ」
「…………あ!! そういうこと!? でもそんな急に、ジルくん、あっ……!! わかっ、わかったから、ちゃんと脱がして、濡れちゃうって!!」
「いいからいいから。これはこれで興奮するから。そのまま猫みたいにしててください」
「猫めっちゃ嫌いなくせに……!! なんか湿ってるっ、てっ……、ビビってたくせに……!!」
「ここは別に湿ってたっていいですよ。むしろそうしないと辛いでしょ。そうでしょ? それにいきなり突っ込むのは行儀が悪いと思いません?」
「んっ……!! わりといきなり、だと思うよっ……、こんな、こんな小細工、しなくても、したいならしたいってっ……、言えばいいじゃんっ……!!」
「えー。だって。もし断られたら立ち直れないし……俺ね、すっごい我慢してたんですよ。だから朝までお付き合いくださいね!」
「さ、先にっ……、いっつも先に、寝るくせしてっ……んん──……!!」
「うわ……! 気持ち……、もうイキそ……!」
後ろから彼を羽交い締めにして、ゆっくりと確実に侵入したその中は、俺を拒んでいるのかと思うくらいに窮屈だった。しばらくヤッてないからか、痛くなる一歩手前というくらい。初っ端からこれはちょっと。刺激が少々強すぎる。
わざと下着をずらしただけの格好で愛撫をして、手前勝手に突っ込んだ。脚の動きが制限されてふらつき、シーツを両手で握るその姿。見ているだけで非常にそそる。
「はっ……!! あした、明日は仕事じゃないのっ……!?」
「ふー……、仕事ですね。それがどうしました。どうせ俺、すぐ寝るんで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あっ!……根に、持ってるでしょ、年下のくせに、生意気な……!」
「好きで年下に産まれたわけじゃないんでね。……はあっ……、年上だったら良かったな……」
「ジル、ジルくん、も、だめっ……!! げんかい、あんっ、やだっ、やだっ!!」
クラースさんは、しばらく何も喋らなかった。とっくに操作不能に陥っている呪術だとは到底言えない、得体の知れない何かは彼の身体をどんどん支配していた。
もっと乱れろ。もっと気持ち好くなれ。その脚を開け。弱いところを見せろ。俺に触って欲しいんだろ。ここを触ると声が高くなる。ここを弄ると口がだらしなく開く。
俺はすでに知っている。誰も見ていない。恥ずかしいことなんてない。その代わり、誰も助けてなんかくれないぞ。抵抗できるもんならやってみるがいい。できないだろう。
俺はやっぱり、見た目通りの悪人なのかもしれない。
いつも飄々としているこの人が、余裕をなくす様が見たい。毎回最後はそのことで頭がいっぱいだという顔をして、ほとんど声が泣いている彼をもっと、もっと頑張ってみろと虐めている。
それがかつての変態看守とは違う性質の感情であると、自信を持って言えそうにないのが自分に対して腹立たしいが。
これを初めて買ったときは挙動不審になっていたのが、もはや懐かしいと感じる魔術薬をひっくり返す勢いで使い、よく思いつくものだと他人事のように思いながら口にしている、様々な言い訳と共に馴染ませる。
馬鹿みたいに興奮する。こうするための、してやるためのひとつひとつが。今思えば、最初っから好きだった。工房の奥から彼が歩いてきたのを見たときから。髪が日に当たり、複雑な青い色に輝いて、薄曇りの色をした瞳の中にある虹彩を見つけたときから。
その肩に向かって真っ直ぐ落ちる綺麗な青い色の髪は、暗い橙の色を含んで揺らされ、ぐしゃぐしゃに乱れている。その透明感のある淡い灰色の瞳は、湧き上がる水に浸かったようにたっぷりと濡れ、目尻に跡を作っている。
「年上だったら、良かったな……、俺が迎えに行ってやったのに。俺んちはどこも狭いけど、朝から腹いっぱいになるまでしっかり食べさせて、学校にやって、帰ってきたら勉強とか見てやって、夕飯食わせて、風呂入らせて、歯ぁ磨いてやって、一緒に寝て……」
これは夢物語である。そもそも、クラースさんにあの辺りだと聞いてもピンとこなかった街の名前。居場所すら知らないかつての少年にはもう会えない。
とろりとろりと僅かながら俺を眠らせようとしてくる力に抵抗して、もうどうしようもないことばかり口にした。親がいらないと言うのなら、俺が貰って育ててやりたかった。彼の兄ほどは賢くないが、子供の勉強くらい俺だって見てやれる。
字がろくに読めないというなら、読めるようになるまでずっと付き合った。かしこまった話し方なんて俺だって苦手だけど、一緒に勉強すればいいのだ。
スプーンの持ち方が下手だって、縛ったりなんか絶対しない。学園で困ることがないよう、直るまで俺が教えてやる。長期休みのときは絶対帰れと言うし、帰ってきてもろくに相手はできないかもしれないけど、何かひとつだけでも思い出ができるようにしてやりたかった。
殴ったりしない。蹴ったりもしない。大事にしてやりたかった。人に暴力を振るわれることを知らない、やろうと思ったこともない幸せな子供にしたかった。身体に傷ひとつ見当たらない、怪我をすればわんわん泣いて甘えてくる、普通の子供に。
今やっていることは何なんだ、いや少なくとも暴力ではない。愛しているから。吸っても食ってもまだ足りない、彼の唇とその内側を深く味わいながらずっとそう考えていた。
「……気持ちいい。エロい意味だけじゃないからね。なんか、大っきな鳥の羽毛であっためられてるような感じがするよ」
「そうしてあげたいからですよ。何でも勝手に伝えやがるんです、この力は」
「オレより先に死なないでね。頼んだよ。それはオレがいま一番欲しいものだよ」
「……難しいなあ。俺のやってる仕事のこと考えると。はあ……、俺がほんとに年上だったら、まだ諦めもつくんだけど」
「迎えにきてくれるんでしょ。そんでご飯食べさせてくれるんだよね。何歳差かな。働いてるとしたら多分、十以上は離れてるかも。ヤバいヤバい。捕縛モノじゃん。こういうことできないよ? 大きくなるまで待てるの? 我慢できる? ねえ、優しいおにいさん」
「……我慢しますよ。決まってるでしょ。心に傷つくるわけにはいかないし」
「ふーん。でもさあ、オレが抱いてほしいって言うかもよ。今夜、おにいさんのお嫁さんにして、なんてさあ。君はどこまで頑張れそう……、あ……、まだするの? 途中で、寝るかも……、はっ……、寝たらごめん……」
……我慢かあ。できるかな。いやできるかな、じゃない。する一択だろ。ああでもな、そうやって断ってるうちにすぐ見切りをつけられて、若いから、きっと他の人と……それは断じて許せねえ。
興奮と眠気という相反する感覚に何度も何度も焼かれ続け、ぐらぐらとする頭でそう考えた。独占欲とは毒物であり、興奮を呼ぶ劇薬にもなる。眠ろうとする上半身と、まだ食い足りないと騒ぐ下半身とで、頭も情緒もバラバラになっていた。
彼の身体をあちこち真っ赤にしてしまった。何の液体だかわからない汚れでいっぱいだ。拭いてやらなきゃな。
『君さあ。毎回とは言わないけどさー、いっつもオレが綺麗にしてあげてんだからねー』と、ぼやくクラースさんの声が耳に届いたような気がしていた。
「おやすみなさい。…………クラースさん、ちょっと待って。薬塗ったほうがいいですよ。俺やりますから部屋行きましょう」
「えっ? 薬? 背中はいま痒くないよー」
「えー、でも塗った方がいいですよ。楽になりますよ。もう寝るだけだから部屋暗めにしておきます。そこの灯りだけつけといてくださいね」
クラースさんは『くすり?』と首をかしげながらも俺に言われた通りにベッドへと脚を掛けている。なんて無防備な背中であろうか。俺はいま、闇金ウィジマノフの最新巻に出てくるあの組織のボスのように笑っているであろう。自信はある。
「……? え? なになに? それは自分でやるよ……、あっ……、えっ? えっ??」
「こっちの薬を塗りますよ、って言ってんですよ」
「…………あ!! そういうこと!? でもそんな急に、ジルくん、あっ……!! わかっ、わかったから、ちゃんと脱がして、濡れちゃうって!!」
「いいからいいから。これはこれで興奮するから。そのまま猫みたいにしててください」
「猫めっちゃ嫌いなくせに……!! なんか湿ってるっ、てっ……、ビビってたくせに……!!」
「ここは別に湿ってたっていいですよ。むしろそうしないと辛いでしょ。そうでしょ? それにいきなり突っ込むのは行儀が悪いと思いません?」
「んっ……!! わりといきなり、だと思うよっ……、こんな、こんな小細工、しなくても、したいならしたいってっ……、言えばいいじゃんっ……!!」
「えー。だって。もし断られたら立ち直れないし……俺ね、すっごい我慢してたんですよ。だから朝までお付き合いくださいね!」
「さ、先にっ……、いっつも先に、寝るくせしてっ……んん──……!!」
「うわ……! 気持ち……、もうイキそ……!」
後ろから彼を羽交い締めにして、ゆっくりと確実に侵入したその中は、俺を拒んでいるのかと思うくらいに窮屈だった。しばらくヤッてないからか、痛くなる一歩手前というくらい。初っ端からこれはちょっと。刺激が少々強すぎる。
わざと下着をずらしただけの格好で愛撫をして、手前勝手に突っ込んだ。脚の動きが制限されてふらつき、シーツを両手で握るその姿。見ているだけで非常にそそる。
「はっ……!! あした、明日は仕事じゃないのっ……!?」
「ふー……、仕事ですね。それがどうしました。どうせ俺、すぐ寝るんで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あっ!……根に、持ってるでしょ、年下のくせに、生意気な……!」
「好きで年下に産まれたわけじゃないんでね。……はあっ……、年上だったら良かったな……」
「ジル、ジルくん、も、だめっ……!! げんかい、あんっ、やだっ、やだっ!!」
クラースさんは、しばらく何も喋らなかった。とっくに操作不能に陥っている呪術だとは到底言えない、得体の知れない何かは彼の身体をどんどん支配していた。
もっと乱れろ。もっと気持ち好くなれ。その脚を開け。弱いところを見せろ。俺に触って欲しいんだろ。ここを触ると声が高くなる。ここを弄ると口がだらしなく開く。
俺はすでに知っている。誰も見ていない。恥ずかしいことなんてない。その代わり、誰も助けてなんかくれないぞ。抵抗できるもんならやってみるがいい。できないだろう。
俺はやっぱり、見た目通りの悪人なのかもしれない。
いつも飄々としているこの人が、余裕をなくす様が見たい。毎回最後はそのことで頭がいっぱいだという顔をして、ほとんど声が泣いている彼をもっと、もっと頑張ってみろと虐めている。
それがかつての変態看守とは違う性質の感情であると、自信を持って言えそうにないのが自分に対して腹立たしいが。
これを初めて買ったときは挙動不審になっていたのが、もはや懐かしいと感じる魔術薬をひっくり返す勢いで使い、よく思いつくものだと他人事のように思いながら口にしている、様々な言い訳と共に馴染ませる。
馬鹿みたいに興奮する。こうするための、してやるためのひとつひとつが。今思えば、最初っから好きだった。工房の奥から彼が歩いてきたのを見たときから。髪が日に当たり、複雑な青い色に輝いて、薄曇りの色をした瞳の中にある虹彩を見つけたときから。
その肩に向かって真っ直ぐ落ちる綺麗な青い色の髪は、暗い橙の色を含んで揺らされ、ぐしゃぐしゃに乱れている。その透明感のある淡い灰色の瞳は、湧き上がる水に浸かったようにたっぷりと濡れ、目尻に跡を作っている。
「年上だったら、良かったな……、俺が迎えに行ってやったのに。俺んちはどこも狭いけど、朝から腹いっぱいになるまでしっかり食べさせて、学校にやって、帰ってきたら勉強とか見てやって、夕飯食わせて、風呂入らせて、歯ぁ磨いてやって、一緒に寝て……」
これは夢物語である。そもそも、クラースさんにあの辺りだと聞いてもピンとこなかった街の名前。居場所すら知らないかつての少年にはもう会えない。
とろりとろりと僅かながら俺を眠らせようとしてくる力に抵抗して、もうどうしようもないことばかり口にした。親がいらないと言うのなら、俺が貰って育ててやりたかった。彼の兄ほどは賢くないが、子供の勉強くらい俺だって見てやれる。
字がろくに読めないというなら、読めるようになるまでずっと付き合った。かしこまった話し方なんて俺だって苦手だけど、一緒に勉強すればいいのだ。
スプーンの持ち方が下手だって、縛ったりなんか絶対しない。学園で困ることがないよう、直るまで俺が教えてやる。長期休みのときは絶対帰れと言うし、帰ってきてもろくに相手はできないかもしれないけど、何かひとつだけでも思い出ができるようにしてやりたかった。
殴ったりしない。蹴ったりもしない。大事にしてやりたかった。人に暴力を振るわれることを知らない、やろうと思ったこともない幸せな子供にしたかった。身体に傷ひとつ見当たらない、怪我をすればわんわん泣いて甘えてくる、普通の子供に。
今やっていることは何なんだ、いや少なくとも暴力ではない。愛しているから。吸っても食ってもまだ足りない、彼の唇とその内側を深く味わいながらずっとそう考えていた。
「……気持ちいい。エロい意味だけじゃないからね。なんか、大っきな鳥の羽毛であっためられてるような感じがするよ」
「そうしてあげたいからですよ。何でも勝手に伝えやがるんです、この力は」
「オレより先に死なないでね。頼んだよ。それはオレがいま一番欲しいものだよ」
「……難しいなあ。俺のやってる仕事のこと考えると。はあ……、俺がほんとに年上だったら、まだ諦めもつくんだけど」
「迎えにきてくれるんでしょ。そんでご飯食べさせてくれるんだよね。何歳差かな。働いてるとしたら多分、十以上は離れてるかも。ヤバいヤバい。捕縛モノじゃん。こういうことできないよ? 大きくなるまで待てるの? 我慢できる? ねえ、優しいおにいさん」
「……我慢しますよ。決まってるでしょ。心に傷つくるわけにはいかないし」
「ふーん。でもさあ、オレが抱いてほしいって言うかもよ。今夜、おにいさんのお嫁さんにして、なんてさあ。君はどこまで頑張れそう……、あ……、まだするの? 途中で、寝るかも……、はっ……、寝たらごめん……」
……我慢かあ。できるかな。いやできるかな、じゃない。する一択だろ。ああでもな、そうやって断ってるうちにすぐ見切りをつけられて、若いから、きっと他の人と……それは断じて許せねえ。
興奮と眠気という相反する感覚に何度も何度も焼かれ続け、ぐらぐらとする頭でそう考えた。独占欲とは毒物であり、興奮を呼ぶ劇薬にもなる。眠ろうとする上半身と、まだ食い足りないと騒ぐ下半身とで、頭も情緒もバラバラになっていた。
彼の身体をあちこち真っ赤にしてしまった。何の液体だかわからない汚れでいっぱいだ。拭いてやらなきゃな。
『君さあ。毎回とは言わないけどさー、いっつもオレが綺麗にしてあげてんだからねー』と、ぼやくクラースさんの声が耳に届いたような気がしていた。
応援ありがとうございます!
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