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74 お貴族様がいっぱい

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 隣国トルマリー。隣といっても海を越え、南側に位置する温暖気候の国である。そんな立地の国にはよくあることで、国民性は楽天的で享楽的。細かいことは気にしない。

 その国での結婚式に出席したのがサロン・黒鳶のお客さん。つい一昨日も飲みに来たばかりらしかった。

「もしー? キャラックさん? こないだは来てくれてありがとねー。あのさー、トルマリーで結婚式やりたい人がいてさー、キャラックさんに色々聞きたいらしーんだけどー。ママからもお願いって。うん、うん、あ、マジー? じゃあ待ってっからー。うん、あたぼーよ。キンッキンに冷やしとくわ。オッケーじゃーあとでー」
「キャラックさんどうだったぁ? 来てくれるって?」

「うん。秒で来るって。ていうか最初っから来る気満々だったらしーよー」
「え? 今から? 急だな、俺なんも用意してないわ」

「キャラックさんはー、このフレイラの実のー、彫刻蜂蜜漬け入りの酒をー、キンキンに冷やしたスウェート牛乳で割ったやつ中毒だから。これうちのママの毒なんとか開発のやつな。これしこたま奢ってあげれば全然イケる」
「独自開発な。毒は入れるな。結構な甘党なんだなその人。わかった、俺は財布になる」



「こんばんはー! ママー、フレイラ牛乳割りよろしく!」
「ママじゃねーけどくらえ! 駆けつけ一杯! いらぁーっしゃいっせー!」

 早い。秒ではないが分で来た。驚いてママの方を見ると『仕事場がご近所なのよぉ』と教えてくれた。ご近所さんか。それにしてもちょっと早すぎないか。

 恍惚とした表情でそれを味わうキャラックさんに話しかける機会を横で伺っていると、ママさんが先に俺を紹介し、話題をサラッと振ってくれた。さすが客商売。流れが自然だ。

「ねぇキャラックさん、向こうの国では衣装合わせとかお飾りの決定とかはどうしてたんだっけ? 距離があるからやり取りが大変じゃないの?」
「僕の友達は婿入りする側だったけどさー、現地に行ったりしなくてもそれ専用の冊子が送られてくるんだって。形式は決まってる中で色々決めちゃうわけね。テーマ色とか、催しとか、お料理とか、引き出物の類とかね」
「それって何度もやり取りするんじゃないですか?」

「ううん。決めたら印つけて返送する。そしたら請求書が来るからこっちは小切手を送るのね。次は領収書と必要分の招待状が送られてくる。あとは一、二日前に前乗りするだけなんだってー」
「随分簡単なんですね。誰かが来たり、行ったりとかはしないんだ」

「そうそう。僕も聞いた時は簡単すぎてびっくりして、行って何もないとかあるんじゃないのって疑ったけど、すごい豪華な会場だったよ。設営も全部あっちにしてもらうけど、それも一日で終わっちゃうんだってさ。あとは基本的に出入り自由。その辺の人が勝手に入って勝手に祝ってドンチャン騒ぎよ。真夜中まで。めでたい混沌!」

『へ──!!』と、メルヤとママさんの声が揃った。一度聞いたんじゃないのかよ。いや会話を盛り上げるためか。こういうときは。

「でもさ君、なんでわざわざ隣国へ? ここでも十分できるじゃない。簡単だけど移動が結構大変でしょ? 行くときはどうやって?」
「あ、行くのは飛行馬車ですね。だからあんまり乗り継ぎとかはしない……」

『えっ!?』という声が今度は三人分揃った。『君、爵位持ってる人??』『平民っしょ』『呪術師様よぉ』『呪術師様!? って何だっけ?』とさらに固有名詞がぽんぽん飛び交い、どれから返事をしていいのかがわからなくなってきたが、なんとか言葉を尽くし説明を試みた。それは俺の意思を固めるという意図もある。

 俺はド平民ではあるのだが、ここでメルヤとママさんが隣国での式の話をしていたのを聞き、それを是非やってみたくなったのだ。

 俺の相手は日の当たらない道を歩いてきた人だ。彼の人生は常に我慢が付随していた。普通の人ならしなくていい苦労も沢山してきたのだ。盛大に散財してみたり、頑張ったことに対して祝ってもらったことも少ない人だ。俺も大した経験ないけど。

 だから派手なお祝いを体験させてあげたいと思いついた。驚かせたい。楽しませたい。こいつといると面白いぞ、と思ってもらえたら成功だ。

 でも俺は貴族じゃない。出来ることには限りがある。だが出来る範囲で叶いそうなことを偶然聞けた。資金も今後の暮らしに影響がないくらいには稼いできた。

 やるなら今だ。恋心が家族愛へと変わる前に。鉄は熱いうちに打てという。あなたを幸せにしたいと思っているのだと今、行動で示して見せたいのだ。



 みんな口を挟まず、熱弁する俺の顔をじっと見ながら聞いてくれてはいたのだが、伝わっているのかどうかは正直言ってわからない。

 話し終わり、ちょっと喋りすぎたかなぁ、と目の前のグラスに口をつけたその瞬間、グスッ!! というでかい音が場に響いた。

 なんだろうと思い横を見ると、キャラックさんがヒンヒン言って泣いている。え、なんで? え? という思いがモロに顔に出ていたらしい。

 ママさんが『泣き上戸なのぉ』と、彼になるべく聞こえないよう手を口元に添えながら、こっそりとわけを教えてくれた。

「素晴らしいね……!! 愛だね……!! 汚い心が、錆びた心が洗われるぅ……!!」
「キャラックさんさー、式のときもちょー泣いたって言ってたもんね。あっち甘いお酒の種類めっちゃあるらしいから飲みまくってー、全部涙にして置いてきた系だな」
「キャラックさんがいてくれると、どんな式でも感動モノにできるかも。たとえそれが政略的な結婚でもねぇ」

 俺は泣いてくれた、と結構感動したのだが、女性というのはこういうときに冷静なものらしい。いつもの彼を知っているからか、常に現実を見ているからか。あるいは両方。

「メルヤとママさん的にはさ、こういうのって余計なお世話? いらない散財すんなとか、移動が大変だろとか内心思ったりする?」
「え? あたしはイイと思った。だって海越えた国とか行ったことまずないし、宿貸し切りとか、すげー人数の人におめでとーって祝われる祭りとか超おもしろくね? あたしもそーゆー感じにブチ上げたい」
「料金はこっちとほとんど変わらないから、派手にやるなら絶対隣国の方がいいわよぉ。なのにやる人が少ないのってね、詐欺が横行してるからなのよ。だからしっかりした伝手のある人を頼らないと実現しないんですって。それは貴族の方に多いから、庶民にはちょっと。でも伝手は今できたわよねぇ?」

 ママさんはにこっと微笑みながらキャラックさんの顔を見た。キャラックさんはぐっと拳を握りしめ、頭の上へ掲げていた。何のサインだよ。いいってことか?

「いいお式にしようねっ……!! 僕、熱烈に応援するから!! もし日程が合わなくても、ご祝儀ちゃんと送るから招待状ちょうだいね!!」
「あ、え、ありがとうございます、ママさん経由でお渡しすれば良いですか?」

「ううん、僕んちに送ってちょうだい! ていうか近いから、郵便受けに突っ込んどいて! ここから見えるよ、ほらあそこ!」
「……? え、まさか、あの縦にでっかいあの建物……? 窓の数が凄いんですけど……」

「グスッ、そうだよ。私はキース・キャラック。代々貿易商を営んでいるキャラック家長男です。最近爵位が上がりました、グスッ」
「えっ、爵位……、お貴族様……!? えっ!?」
「立地的に多いわよぉ」
「履いて捨てるほどいんよ」

 ママさんは今日も女神のように笑っている。最近笑うと笑窪ができることに気がついた。メルヤは片肘をつきながら、二杯目のフレイラ牛乳割りを作っている。フレイラの実をマドラーで潰すと美味いのだと語っていた。

 ママさんの夫は画家だった。しかも聖堂で飾られるようなものを描く、第一線の画家である。爵位をやる、との誘いを面倒だと断っているらしい。メルヤは最近彼氏ができた。生まれて初めて魔獣に乗せてもらったのだと自慢していた。

 この王国で、魔獣である飛馬を持つ家は少ない方だ。とにかく食うので維持費がかかる。だから持つのは必然的に位の高い家となる。

 お前そんなとこ嫁いで大丈夫かよ、と心配半分で言ってはみたが『正妻になってって言われてっけどー、妾でよくね? キャラ的に』と、何を言っているのだこいつは、常識で考えろという顔をされた。

 この二人を通して間接的にと、自分の仕事での関わりだけで終わるとてっきり思っていた。まだ出てくるとは予想もできず、全く気がつかなかった。みんな、あまりにもフランクすぎて。ざっくばらんを遥かに通り越していて。

 ビビった、気づかなかった、エッカルトさんが特別だと思ってた、俺のお客さんの中にもまだいるかも、と素直な感想を述べているとママさんが『みんなここでは肩書を捨ててお喋りを楽しんでるのよぉ』と、全てを受け止めてくれそうな長い睫毛を頬へ向かってふわりと伏せ、女神の笑みを俺に恵んでくださった。

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