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81 飛馬スカイダイビング

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「クラースさん……俺今日こそ死ぬかも……」
「ふっ……!! また言ってる。死ぬわけないじゃん。オレが一緒なんだから絶対に死なさないよ。任せなさい。ほら、ここに掴まって」

「すげーかっこいい……俺の奥様つよ……情けな……ごめんなさ……」
「声ちっちゃ! 君だって強い子だよ。地面なんかすぐ到着するから大丈夫。怖かったら目を閉じてたらいいからね」

「お前らー! 鐘鳴るするぞ! 耳塞ぐしろー!!」

「えっ? 鐘?」
「あ、ヤバ、わっ!! うるさ──!!」

 真後ろにある鐘がゆらりと揺れたようだと思ったら、轟音を立てて鳴り始めた。突然の大音量に全身が晒され足の先から勝手にビリビリ震え出し、頭のてっぺんまでそれは走り抜けた。

 せっかく乗れた飛馬の上から転げ落ちそうになってしまい、耳を塞ぎながら上半身を飛馬の背中にグッと伏せてしのいだが、騒音が収まる気配が全くない。鐘は五回鳴らされていたらしいのだが、体感だと十数分は鳴りっぱなしだったような気がする。

 やっと終わったか、と顔を上げるとクラースさんはすでに手綱を持って姿勢をやや低くしていた。ヤバイ遅れる、と焦って彼の腰へと強くしがみついた。

『飛ぶするゾー!! ついてくるしろー!!』と、案内人が叫びながら飛馬に乗って、空へ向かって飛び出した。鞍は斜め前へと角度がつき、風に吹かれ髪と髪飾りが激しく舞う中で、さらに前へと倒れた彼の背中。俺はそのとき、飛行馬車の車内で見た飛馬を思い出していた。



 先頭の飛馬が首の羽毛を艶めかせながら地に下げて、白く美しい羽根を強く天へと持ち上げていたあの瞬間。

 今乗っているのはあの飛馬と同じく白い羽根ではあるのだが、その色合いが違っていた。発光しているかのような、目が覚めるような明るい雪色。

 その嘴は白金。雪鷺銀の表面をやすりでつや消ししたような質感を持ち、赤いことが多い鶏冠はみずみずしい果実のような桃色だ。

 ほんの少し言語が似ているトルマリーとの共通点はここにもある。祝賀行事における際の色選び。魔力を多量に持って産まれる子供は銀髪か黒髪が多い、という王都伝説がうちの国ではまことしやかに囁かれている。

 同じようにとはいかないが、トルマリーにも魔術師は誕生する。なのでおめでたい色と言えば、国を代表する色の他にも銀と黒が同列として加えられ、さらに近しい色に金と白が選ばれるのだ。

 俺が選んだクラースさんの白い衣装。ところどころに銀糸の刺繍が贅沢に施されている。それに合わせたらしい彼の頭には、白金の地金と乳白の貴石が散りばめられた華奢な頭飾りが瞬き、それはぐるりと二重に重ねて巻かれている。

 一体どうやって装着したのか、下から風にあおられたそのお飾りたちは音も立てずに広がりなびいた。日の光を受けて輝くそれを間近で見たのが、俺の上空での最後の記憶だ。



「ジルエスタ。お前これ撒くする。クラアス、お前ゆっくり進むやるだけナ。はいはい、笑顔笑顔! お祝いダヨー! みな来てヨー! 美味シーご飯食べる放題!」

 風を切る音がまだ耳から聞こえ続けている気がしていた。気づいたら広場と言える場所におり、さらに気づいたら籠を持たされ紙を何枚も撒かされていた。

 俺は何を、と意識が本格的に戻ったころにそれを見てみると、ところどころ読める程度の文字に加え、やはり美麗な絵が描かれた招待状という内容だった。

 街の人は面白そうな顔をしてこっちを見たり、紙を拾ったり。紙を隣の人と見ながら何やら話し込んだり。それをくれとわざわざ手を伸ばしてくれる人も多くいた。嬌声を上げながら追いかけてくる子供たち、飛馬の足元に近づくなと叱っている大人たち。

 活気があるな、と他人事のようにしばらくそれを眺めていた。無意識に強く鞍についた帯を握りしめていたらしく、手を広げようとしたら動かずガチガチに固まっていて難儀した。ただの指の曲げ伸ばし程度のことにえらく時間を要してしまった。

 季節は春。とはいっても南国の春はほぼ初夏だ。日差しはすぐに強くなる。体力のある飛馬より人が先にへばってしまうので、三十分と経たないうちに休憩用の家屋の中へ連れて行かれた。

 それは複数あり、中では人間の食事と飛馬の食事、水分補給に化粧直しまで。庶民でも晴れの日のために豪華な挙式をやるのは普通のことなので、挙式のためだけにある施設はそこら中に存在する、と相変わらずのガバガバ王国語を操る案内人が語っていた。

「鞍に日傘つけられるけど要るかって聞かれたけど、いいですかね。そろそろ頭が熱くなってきたんで……」
「飛ぶときだけ外せばいいしね。あったほうがいいよ。……オレ、ちょっとは鍛えとけば良かったな……」

「何言ってんです。立派に騎手を務めてるじゃないですか。すごい安定感ありますよ。招待状配りがもしなかったら、俺今頃寝てますよ。そして落馬する」
「ふふ、寝たらダメだって。でも毎日練習のために乗ってた頃とは違うからね。明日筋肉痛になると思う」

 そう、この街廻りは思っていたよりハードだった。涼しい顔をしているのは二頭の飛馬と案内人テオドロだけ。まだ暑い気温に身体が慣れず、鍛えているわけでもない俺らがやるには運動量が多すぎた。

 ただ跨っているだけでも疲れるのだ。飛馬は揺れる。歩くたびに馬と同じくグラグラ揺れる。もし人間が何も考えず、だらっと跨いでいるだけで居ようものならあっさりと落馬である。だから意識をして背筋を伸ばしているのだが、身体というのは安全のため、無意識に様々な筋肉を使っているものなのだ。

 笑顔で招待状をバラ撒く、休憩、撒く、休憩を繰り返してもう午後である。『あと一本やる終わる! これ最後! 気合入れるする!!』との発破をかけられ体力を振り絞り、なんとか街廻りをやり切った。

 後は宿に戻り、ザッと湯を浴びせられ遅めの昼寝に突入した。『お魚ピチピチやるいけないゾ』とニヤケ顔の案内人に釘を刺されたが、やる気力はない。そんな体力はない。

 クラースさんが床を這いながら持ってきてくれた、特製魔術薬がなかったら多分ヤバかった。絶対すっきり起きられず、寝床から出ることは叶わなかった。

 元気いっぱいに見える案内人にもお裾分けをしてみたら、『おい、今無敵なるしてる。街廻りあと十本余裕できるネ!!』と、鼠を捕るときの猫のような動きを披露してくれた。



 ひと眠りしたあとはまた風呂へと突っ込まれ、朝と同じようなことをされたあと、俺だけ個室で待機させられた。これからまた飛馬で登場しなければならず、しかも今度は一人で騎乗するのだ。

 なぜこの筋書きを選んだんだよジルヴェスター。お前だいぶ浮かれちゃってただろ。一人で乗ったことないくせに。なんか馬車に乗って登場するよりかっこいいじゃん、ってノリで決めただろ。

 ヤバイ、俺一人で乗ったことないんだけど、と案内人に吐露すると『はー? おい引っ張るする。お前乗るするだけ。格好悪いだから背中真っ直ぐしろ。ワカタか』と、アホかこいつはという顔をされた。……くそ。ムカつく案内人め。

 次は淡い銀灰色の衣装を着せられ、存在意義のわからない片方の肩だけにマントを掛けるアレを装着された。なんか透けてるからマントじゃなくて飾りの一種だろうか、とじっくり眺めていると『飛馬乗るするゾー! 乗り方わかるしてるかー!?』と声を張った案内人に問いかけられた。

 外の音楽が近すぎるのだ。どうやら招待状をバラ撒いたときのような、派手だが賑やかしのいない感じではないらしい。太鼓の音がドカドカ響き、随分気合が入っている。一節の中でどれだけリズムを刻めるか、挑戦しているかのような打ち込み具合。

 管楽器、弦楽器、打楽器。それぞれの音がこれでもかと流れ聞こえてくる。ここはほんとに自由な国だなと思うが、音と調子は外していない。適当に聞こえるが、演奏技術はしっかりしている。

 素直に座ってくれた飛馬の背にややビビリながらも跨った。立ち上がるときの大きな揺れにも随分慣れたと思っていたら、すぐ手綱は前へ前へと引かれていった。

 突然頭上に現れた幕に慌てて頭を下げてくぐり抜けると、硝子や編んだ玉の傘を被せられ光る灯りの群れが目に入った。

 そして、ワッ、とその場が沸き立ったのに驚き、一瞬固まった。眼下には数え切れないほどの色の洪水と、夕暮れに照らされた人々の装飾品がキラキラ瞬き目がくらむ。すげーなこれ、何人居るんだ。予想以上の人数だ。

 自分の国とはまた違う、はっきりした色合いの衣装を纏っている。腰布を巻いていたり、胸元や背中がむき出しだったり。脚の片側面を丸出しにして、もう片側面を盛りの良いフリルや腰布で飾ったドレスだったり。みんな鳥の羽根らしき、ふわふわした飾りのついた扇子を必ず手に持っていた。

 そのめかし込んだ初対面のはずである人たちは、祝いの言葉らしきものを我先にとかけてくれる。案内人に逐一翻訳されずとも、それは耳でなく心の肌感覚ですぐに理解できるものだった。

 ありがとう、全然知らない人たち。すげえな、馬鹿みたいにすげえ。胸の内側がむくむくと膨らむ心地がする。メルヤとママさんがこの挙式の話をネタに、突拍子もない内容を次々挙げてきゃらきゃらと笑っていたのが昨日のことのように思う。

 記憶の中で手を叩きながら喋り続ける彼女たちと、現実世界で会えた人々の弾ける笑顔、管楽のように響く声。俺はそれを目と耳に入れることに夢中になり、気づけばもらい笑いしていた。

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