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デス・カイザーとギルド設立
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俺は働きたくない。前世で働きすぎて死んだからだ。
朝から終電まで職場にぶち込まれ、休日出勤は当たり前。
労基はとうに死んだ。
そして俺も、気づいたら倒れて――死んだ。
だが、神は俺に第二の人生を与えてくれた。
目の前が暗転したと思ったら、十代の姿になり、知らない世界に立っていたのだ。
今世は絶対に、平穏に生きてみせる。
俺は隠居するために生きていく。
そう心に誓った。
しかし、この誓いを立てた瞬間に大きな問題が現れた。
――隠居する金がない。
人生とは、あまりにも残酷だ。
とはいえ、ここは剣と魔法と魔物の世界。
早期リタイアのハードルは低く、仕事はアホみたいに転がっている。
薬草採取、荷物運び、森の魔物の駆除、村の護衛。
時には村人の家畜捜索や、井戸掃除までやった。
コミュ障でも黙々とこなせる仕事をこなし、数年が経つ頃には、貯金もそれなりに溜まっていた。
――そろそろ隠居に一歩近づいても良いんじゃないか。
そう思った俺は、まず森の中の安い土地を買った。
街からは遠いが、静かで空気が澄んでいる。
鳥の声がよく響く良い場所だ。
そして、一人で畑を耕し、家を建てることにしたのだが――。
「……普通に無理だな、これ」
俺は転生者というやつだが、ガタイの良さ以外、特別な力なんてモノは貰っていない。
魔術だってほとんど使えないし、バリバリの雑魚。
全然の記憶だってほとんど残ってない。
一般的な常識のほかは、死ぬまで働いた苦しさと、「甲斐田」という苗字だけ。
名前すら引き継げていない。
まぁ、名前に関しては執着もないので、異世界にマッチしそうな「テス」と名乗ることにしたのだが。
ともかく、俺は物語の主人公のように、未知の力で家をポンと建てられるタイプではなかった。
壁を立てれば腰を痛め、屋根を乗せれば腕が動かなくなる。
丸太一本に半日かかる日もあった。
結果、完成した家を見た時には感無量だったと同時に、「……これ、あと何件も建てるのは無謀なのでは?」という、身も蓋もない結論が胸をよぎった。
そこで俺の脳裏に都合よく降ってきたのは、会社を育てて売却して大金を得るという仕組みだ。
――会社が売れるなら、ギルドも売れるんじゃないか?
前世の俺は、きっと何度も大企業と小さな会社の買収劇を眺めていたのだろう。働かされる側として。
なら俺は今世で、売る側に回ればいいのだ。
ギルドを作り、助成金をもらいながら適度に大きくして、評価が上がったところで売る。
売却益で資金を確保すれば、雇われることなく、雇う側に回れる。
労働力は金で買えばいい。
そうして村の形が出来上がれば自然と人が集まり、平和な世界が生まれるはず。
「よし、ギルドを作ろう!」
ゲームのように、この世界にも勇者と魔王がいる。
最初は彼らと戦いに身を投じなければ一財産築けないのかと絶望したが、そんなことはない。
この時の俺は、自分が天才だと思っていた。
転生者の特典はこれだったのかと、誇らしくすらあった。
俺は勇足でギルドへと向かった。
向かう先は、我が家から北に半日ほど歩いた場所にある街――ログレア。
俺が冒険者として拠点にしていた街とは違うが、大きすぎず、小さすぎず、冒険者と商人の行き来が程よい、そこそこ栄えた街だ。
中央通りには屋台が並び、露店のパンの匂いが風に乗って広がってくる。
少し歩けば鍛冶屋の金槌の音と、魔道具屋の呼び込みが耳に入る。
人混みは得意じゃないが、街の活気そのものは嫌いじゃない。
こういう街には依頼も集まりやすいし、メンバーが集まれば、すぐに助成金だってもらえるだろう。
実利だけでなく、街の治安も悪くない。
魔王領から遠いため、モンスターの襲撃もほぼないと聞く。
穏やかな隠居生活を送るには、ほどよく便利でほどよく安全な街を視界に入れておく必要がある。
意気揚々と歩を進めて街の中心部を抜けると、石造りの堂々たる建物が視界に入る。
玄関の上にはギルドの象徴である双剣の紋章。
「――よし」
自然と歩幅が大きくなる。
建物の入口の前に立ち、深呼吸。
(ここから俺の隠居計画が始まる……いや、もう始まっているんだ)
余分な緊張を振り払うように背筋を伸ばし、俺は扉に手をかけ――押し開いた。
ギルドの中は賑わっていた。
ホールの中央には掲示板が据えられ、冒険者たちが依頼票を奪い合っている。
場の空気は熱気と汗と革の匂いが入り混じり、いかにもという感じ。
「今日のゴブリン狩り、森の奥まで行ってみようぜ!」
「上等だ、腕が鳴るなぁ!」
「おい、それより魔銀の買取価格が上がってるってよ!」
飛び交う声は活気に満ちている。
カウンターでは数名の職員が忙しそうに書類を処理していた。
冒険者ギルドなので雰囲気は粗野だが、接客自体はしっかりしているようだな。
(受付は――あそこだな)
俺はカウンターに向かって歩み寄り、空いた窓口を見つけて声をかける。
これからギルドを率いる身。
口調は少し硬めな方がいいだろう。
「あの……ギルド設立の申請を頼みたいんだが」
顔を上げたのは、栗色の髪をひとまとめにした若い女性職員だった。
ぱちり、と瞬きをした後、こちらを見つめる。
「ギルド設立ですか? 失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「テス・カイダだ」
落ち着いた声で名乗ったつもりだったが、女性職員は一瞬だけ目を見開き――なぜか姿勢がしゃんと正され、妙に丁寧な態度に変わった。
「……で、デス・カイザー様……」
「えっ? 何か言いましたか?」
「い、いえっ! お若いのにギルド設立とは……さすがです……!」
「ああ、まぁ……まだ二十歳過ぎではあるが、一応計画があってな」
褒められたと思い、少し気恥ずかしい気持ちになる。
(若くてもやる気を評価してくれるのか……親切だな、このギルド)
受付の女性も感銘を受けてくれているのか、ペンを持つ手を微かに震わせつつ、それでも笑顔を保とうとしている。
「そ、それはどのような……ご計画で……? あっ、もちろん詳細は書類に記入していただければ……!」
「計画を聞きたいと?」
俺のいた世界と比べて色々と遅れているといっても、最低限の信用は必要。
入念に準備した文言を、そのまま口から吐き出す。
「隠居したいのでな、人を雇って仕事を任せようと」
「ひ、人を……!? その……かなり大規模な……?」
「そこまで大きくするつもりはないが……活用できるものは活用するのが道理だ。助成金は貰っておきたい」
「助成金で……そんな……は、はは……!」
なんか、かなり動揺しているようだけど、大丈夫だろうか。
新人さんなのかもしれない。
確かにギルド設立の手続きとか面倒そうだしな。
「ねぇ……あの人、なんか威圧感すごくない?」
「かなりの風格だよね。目、合った瞬間に背中ゾワッとしたんだけど……」
「絶対キレたら怖いタイプじゃん……」
近くの席の職員たちが小声でざわついているが、内容までは聞こえない。
おそらく、若くしてギルドを立ち上げる俺の覚悟に震えているのだろう。
または、無理だと笑っているのか。
(それも無理はないけどな)
大きなことに挑戦する人間は、最初は周りから笑われるものだ。
今の俺はさしずめ、異世界のライト兄弟と言ったところだな。
くだらないことを考えていると、受付の女性は慌てて書類を引き出しから取り出し、震え気味に差し出してきた。
「こ、こちらがギルド設立の申請書となります、デス……様!」
「あぁ、感謝する」
俺は何の違和感もなく書類を受け取った。
さっそく机の端で書こうとした――その瞬間。
「……っ、痛っ」
昨日、無理して屋根板を持ち上げたせいで、右腕にまだ残る筋肉痛が走る。
力が抜け、紙がふわりと手から滑り落ちた。
「あっ」
「…………ッッ!?」
恥ずかしさから周りを見ると、なぜか受付の女性が蒼白になっていた。
「す、すみません! 私が悪かったんです! どうぞ紙は触らないでください!」
「え? いや、気にしないでくれ。落としただけ――」
「ひ、拾わせてください! どうか……殺さないで……!」
完全に怯えている。
もしかしてこのギルド、上司がかなりのパワハラ気質なのでは。
あまりに可哀想だ。せめて、俺は彼女に親切にしてあげよう。
俺が無言で屈もうとすると、受付の女性は半泣きで叫んだ。
「ひいっ……! 書類は……わ、私が……書きますので……!」
「いや、これは俺が書くものなんじゃ――」
「代筆させていただきます!」
譲る気はゼロみたいで、用紙はとてつもない速さでカウンターから出てきた彼女に拾われてしまう。
(そこまで必死に……? どんな恐ろしいギルドマスターなんだろう……)
俺はこうはなりたくない、なんて思っているうちに、彼女は震える手でペンを構えた。
「そ、それでは……お名前を……っ」
「あぁ、名前は――」
「すみませんっ! 先ほどお聞きしましたよね! 書かせていただきますっ!」
「……お手数おかけします」
「つ、次は……ギルド名を……!」
「ギルド名か……」
ここにきて、自分がギルド名を考えていないことに気づいた。
ギルドの名前は重要だ。
基本的に、一度決めてしまえば変えることはできないし、売却の際にも見られる項目。
あまり大きなギルドにするつもりはないので、イケイケ系は良くないな。
むしろ福祉系の、優しさをアピールするようなギルド名に――。
「――『幸せの森』だな」
「し……死合わせの森……!?」
「あぁ、幸せの森。良い響きだろう?」
みんなが幸せな、自然に囲まれた村が俺の理想だ。
これをギルド名に反映させてみたのだが、どうだろうか。
「っっっっはい! ……し、死合わせの……森……っ!」
受付の女性は涙目で記入をし、周りの職員が明らかにざわざわし始める。
(このギルド、大丈夫か……? 人手不足なのかもな)
そんなことを考えていると――受付の後ろから、落ち着いた低い声がした。
「すまない、大丈夫かい?」
大柄な男性が受付に歩いてくる。
年は三十代後半くらい。柔和な目つきと、少し疲れた笑み。
優しそうな人だ。
「私はギルドマスターです。君、ちょっと席を外していいよ」
「ま、マスターっ……!? で、でも私は……!」
「無理をしなくていい。彼の申請は、私が引き継ぐから」
男は、受付の女性を気遣うように肩へそっと手を置いた。
その仕草は優しく、威圧感など一ミリも感じない。
(ああ……俺が勘違いしてただけで、ただ彼女は頑張り屋さんなんだな)
俺の中で、この街のギルドの評価が少し上がる。
なぜか俺を見ながら後ずさる女性に「ありがとうございました」と笑みを向けると、走って去っていってしまった。照れ屋さんなのか?
「すみません、担当を代わりますね。改めて、私はギルドマスターのロシュといいます」
「ああ、ご丁寧にどうも。テス・カイダだ」
「…………」
なぜか一拍置いてから、ロシュは引きつった笑顔を浮かべる。
「……で、デスさん、ですね。……はい、では申請を続けましょう」
受付から受け取った紙を見たロシュの顔色が、一瞬だけ固まったように見えたが……俺の気のせいだろう。
「では改めて質問します。冒険者のランクは?」
「Cだ。もちろん、ギルドを立ち上げるには力不足だと理解している」
「そう……ですか。ギルドの目的は?」
「おかしな話かもしれないが、隠居したくてな、ははは。人を雇い、ギルドのために働いてもらおうと思っている」
「……規模は?」
「村だな。小さくまとまった村を作れたら」
「む、村……っ……」
「大したものじゃない」
自然のある、人が穏やかに暮らせる場所がほしいだけだ。
ロシュは微妙に手を震わせながら、字を記入していく。
(どの人も丁寧だな……手書きで全部やってくれてるし)
俺は感心しながら答えていった。
朝から終電まで職場にぶち込まれ、休日出勤は当たり前。
労基はとうに死んだ。
そして俺も、気づいたら倒れて――死んだ。
だが、神は俺に第二の人生を与えてくれた。
目の前が暗転したと思ったら、十代の姿になり、知らない世界に立っていたのだ。
今世は絶対に、平穏に生きてみせる。
俺は隠居するために生きていく。
そう心に誓った。
しかし、この誓いを立てた瞬間に大きな問題が現れた。
――隠居する金がない。
人生とは、あまりにも残酷だ。
とはいえ、ここは剣と魔法と魔物の世界。
早期リタイアのハードルは低く、仕事はアホみたいに転がっている。
薬草採取、荷物運び、森の魔物の駆除、村の護衛。
時には村人の家畜捜索や、井戸掃除までやった。
コミュ障でも黙々とこなせる仕事をこなし、数年が経つ頃には、貯金もそれなりに溜まっていた。
――そろそろ隠居に一歩近づいても良いんじゃないか。
そう思った俺は、まず森の中の安い土地を買った。
街からは遠いが、静かで空気が澄んでいる。
鳥の声がよく響く良い場所だ。
そして、一人で畑を耕し、家を建てることにしたのだが――。
「……普通に無理だな、これ」
俺は転生者というやつだが、ガタイの良さ以外、特別な力なんてモノは貰っていない。
魔術だってほとんど使えないし、バリバリの雑魚。
全然の記憶だってほとんど残ってない。
一般的な常識のほかは、死ぬまで働いた苦しさと、「甲斐田」という苗字だけ。
名前すら引き継げていない。
まぁ、名前に関しては執着もないので、異世界にマッチしそうな「テス」と名乗ることにしたのだが。
ともかく、俺は物語の主人公のように、未知の力で家をポンと建てられるタイプではなかった。
壁を立てれば腰を痛め、屋根を乗せれば腕が動かなくなる。
丸太一本に半日かかる日もあった。
結果、完成した家を見た時には感無量だったと同時に、「……これ、あと何件も建てるのは無謀なのでは?」という、身も蓋もない結論が胸をよぎった。
そこで俺の脳裏に都合よく降ってきたのは、会社を育てて売却して大金を得るという仕組みだ。
――会社が売れるなら、ギルドも売れるんじゃないか?
前世の俺は、きっと何度も大企業と小さな会社の買収劇を眺めていたのだろう。働かされる側として。
なら俺は今世で、売る側に回ればいいのだ。
ギルドを作り、助成金をもらいながら適度に大きくして、評価が上がったところで売る。
売却益で資金を確保すれば、雇われることなく、雇う側に回れる。
労働力は金で買えばいい。
そうして村の形が出来上がれば自然と人が集まり、平和な世界が生まれるはず。
「よし、ギルドを作ろう!」
ゲームのように、この世界にも勇者と魔王がいる。
最初は彼らと戦いに身を投じなければ一財産築けないのかと絶望したが、そんなことはない。
この時の俺は、自分が天才だと思っていた。
転生者の特典はこれだったのかと、誇らしくすらあった。
俺は勇足でギルドへと向かった。
向かう先は、我が家から北に半日ほど歩いた場所にある街――ログレア。
俺が冒険者として拠点にしていた街とは違うが、大きすぎず、小さすぎず、冒険者と商人の行き来が程よい、そこそこ栄えた街だ。
中央通りには屋台が並び、露店のパンの匂いが風に乗って広がってくる。
少し歩けば鍛冶屋の金槌の音と、魔道具屋の呼び込みが耳に入る。
人混みは得意じゃないが、街の活気そのものは嫌いじゃない。
こういう街には依頼も集まりやすいし、メンバーが集まれば、すぐに助成金だってもらえるだろう。
実利だけでなく、街の治安も悪くない。
魔王領から遠いため、モンスターの襲撃もほぼないと聞く。
穏やかな隠居生活を送るには、ほどよく便利でほどよく安全な街を視界に入れておく必要がある。
意気揚々と歩を進めて街の中心部を抜けると、石造りの堂々たる建物が視界に入る。
玄関の上にはギルドの象徴である双剣の紋章。
「――よし」
自然と歩幅が大きくなる。
建物の入口の前に立ち、深呼吸。
(ここから俺の隠居計画が始まる……いや、もう始まっているんだ)
余分な緊張を振り払うように背筋を伸ばし、俺は扉に手をかけ――押し開いた。
ギルドの中は賑わっていた。
ホールの中央には掲示板が据えられ、冒険者たちが依頼票を奪い合っている。
場の空気は熱気と汗と革の匂いが入り混じり、いかにもという感じ。
「今日のゴブリン狩り、森の奥まで行ってみようぜ!」
「上等だ、腕が鳴るなぁ!」
「おい、それより魔銀の買取価格が上がってるってよ!」
飛び交う声は活気に満ちている。
カウンターでは数名の職員が忙しそうに書類を処理していた。
冒険者ギルドなので雰囲気は粗野だが、接客自体はしっかりしているようだな。
(受付は――あそこだな)
俺はカウンターに向かって歩み寄り、空いた窓口を見つけて声をかける。
これからギルドを率いる身。
口調は少し硬めな方がいいだろう。
「あの……ギルド設立の申請を頼みたいんだが」
顔を上げたのは、栗色の髪をひとまとめにした若い女性職員だった。
ぱちり、と瞬きをした後、こちらを見つめる。
「ギルド設立ですか? 失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「テス・カイダだ」
落ち着いた声で名乗ったつもりだったが、女性職員は一瞬だけ目を見開き――なぜか姿勢がしゃんと正され、妙に丁寧な態度に変わった。
「……で、デス・カイザー様……」
「えっ? 何か言いましたか?」
「い、いえっ! お若いのにギルド設立とは……さすがです……!」
「ああ、まぁ……まだ二十歳過ぎではあるが、一応計画があってな」
褒められたと思い、少し気恥ずかしい気持ちになる。
(若くてもやる気を評価してくれるのか……親切だな、このギルド)
受付の女性も感銘を受けてくれているのか、ペンを持つ手を微かに震わせつつ、それでも笑顔を保とうとしている。
「そ、それはどのような……ご計画で……? あっ、もちろん詳細は書類に記入していただければ……!」
「計画を聞きたいと?」
俺のいた世界と比べて色々と遅れているといっても、最低限の信用は必要。
入念に準備した文言を、そのまま口から吐き出す。
「隠居したいのでな、人を雇って仕事を任せようと」
「ひ、人を……!? その……かなり大規模な……?」
「そこまで大きくするつもりはないが……活用できるものは活用するのが道理だ。助成金は貰っておきたい」
「助成金で……そんな……は、はは……!」
なんか、かなり動揺しているようだけど、大丈夫だろうか。
新人さんなのかもしれない。
確かにギルド設立の手続きとか面倒そうだしな。
「ねぇ……あの人、なんか威圧感すごくない?」
「かなりの風格だよね。目、合った瞬間に背中ゾワッとしたんだけど……」
「絶対キレたら怖いタイプじゃん……」
近くの席の職員たちが小声でざわついているが、内容までは聞こえない。
おそらく、若くしてギルドを立ち上げる俺の覚悟に震えているのだろう。
または、無理だと笑っているのか。
(それも無理はないけどな)
大きなことに挑戦する人間は、最初は周りから笑われるものだ。
今の俺はさしずめ、異世界のライト兄弟と言ったところだな。
くだらないことを考えていると、受付の女性は慌てて書類を引き出しから取り出し、震え気味に差し出してきた。
「こ、こちらがギルド設立の申請書となります、デス……様!」
「あぁ、感謝する」
俺は何の違和感もなく書類を受け取った。
さっそく机の端で書こうとした――その瞬間。
「……っ、痛っ」
昨日、無理して屋根板を持ち上げたせいで、右腕にまだ残る筋肉痛が走る。
力が抜け、紙がふわりと手から滑り落ちた。
「あっ」
「…………ッッ!?」
恥ずかしさから周りを見ると、なぜか受付の女性が蒼白になっていた。
「す、すみません! 私が悪かったんです! どうぞ紙は触らないでください!」
「え? いや、気にしないでくれ。落としただけ――」
「ひ、拾わせてください! どうか……殺さないで……!」
完全に怯えている。
もしかしてこのギルド、上司がかなりのパワハラ気質なのでは。
あまりに可哀想だ。せめて、俺は彼女に親切にしてあげよう。
俺が無言で屈もうとすると、受付の女性は半泣きで叫んだ。
「ひいっ……! 書類は……わ、私が……書きますので……!」
「いや、これは俺が書くものなんじゃ――」
「代筆させていただきます!」
譲る気はゼロみたいで、用紙はとてつもない速さでカウンターから出てきた彼女に拾われてしまう。
(そこまで必死に……? どんな恐ろしいギルドマスターなんだろう……)
俺はこうはなりたくない、なんて思っているうちに、彼女は震える手でペンを構えた。
「そ、それでは……お名前を……っ」
「あぁ、名前は――」
「すみませんっ! 先ほどお聞きしましたよね! 書かせていただきますっ!」
「……お手数おかけします」
「つ、次は……ギルド名を……!」
「ギルド名か……」
ここにきて、自分がギルド名を考えていないことに気づいた。
ギルドの名前は重要だ。
基本的に、一度決めてしまえば変えることはできないし、売却の際にも見られる項目。
あまり大きなギルドにするつもりはないので、イケイケ系は良くないな。
むしろ福祉系の、優しさをアピールするようなギルド名に――。
「――『幸せの森』だな」
「し……死合わせの森……!?」
「あぁ、幸せの森。良い響きだろう?」
みんなが幸せな、自然に囲まれた村が俺の理想だ。
これをギルド名に反映させてみたのだが、どうだろうか。
「っっっっはい! ……し、死合わせの……森……っ!」
受付の女性は涙目で記入をし、周りの職員が明らかにざわざわし始める。
(このギルド、大丈夫か……? 人手不足なのかもな)
そんなことを考えていると――受付の後ろから、落ち着いた低い声がした。
「すまない、大丈夫かい?」
大柄な男性が受付に歩いてくる。
年は三十代後半くらい。柔和な目つきと、少し疲れた笑み。
優しそうな人だ。
「私はギルドマスターです。君、ちょっと席を外していいよ」
「ま、マスターっ……!? で、でも私は……!」
「無理をしなくていい。彼の申請は、私が引き継ぐから」
男は、受付の女性を気遣うように肩へそっと手を置いた。
その仕草は優しく、威圧感など一ミリも感じない。
(ああ……俺が勘違いしてただけで、ただ彼女は頑張り屋さんなんだな)
俺の中で、この街のギルドの評価が少し上がる。
なぜか俺を見ながら後ずさる女性に「ありがとうございました」と笑みを向けると、走って去っていってしまった。照れ屋さんなのか?
「すみません、担当を代わりますね。改めて、私はギルドマスターのロシュといいます」
「ああ、ご丁寧にどうも。テス・カイダだ」
「…………」
なぜか一拍置いてから、ロシュは引きつった笑顔を浮かべる。
「……で、デスさん、ですね。……はい、では申請を続けましょう」
受付から受け取った紙を見たロシュの顔色が、一瞬だけ固まったように見えたが……俺の気のせいだろう。
「では改めて質問します。冒険者のランクは?」
「Cだ。もちろん、ギルドを立ち上げるには力不足だと理解している」
「そう……ですか。ギルドの目的は?」
「おかしな話かもしれないが、隠居したくてな、ははは。人を雇い、ギルドのために働いてもらおうと思っている」
「……規模は?」
「村だな。小さくまとまった村を作れたら」
「む、村……っ……」
「大したものじゃない」
自然のある、人が穏やかに暮らせる場所がほしいだけだ。
ロシュは微妙に手を震わせながら、字を記入していく。
(どの人も丁寧だな……手書きで全部やってくれてるし)
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