守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ

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1章

屈辱の手紙

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 着替えを終えると、母はサロンにいた。香りのいいお茶と甘いお菓子が出され、口にした母は少し落ち着いたようだ。
 その隣には父がいて、少し離れた椅子にジョナサン兄さんが座っている。さらに、ゴレゴリー兄さんがいた。

「オリー!! 無事でよかった……! どうして俺に何も言わずに行っちまったんだ!」

 両腕をガッチリ固められびくともできない。強く抱きしめられて息苦しい。でも、それだけ心配させてしまったのだ。

「だって、兄さんも付いてくるっていうでしょ?」
「当然だ!!」

 僕は顔を上げ、ゴレゴリー兄さんに笑顔を向ける。

「でも、ベニトア家の名を使えない僕がどんな立ち位置なのか知りたかったんだ。心配させてごめんなさい」
 
 グレゴリー兄さんは半べそだ。もうこんな顔をさせなくて済むように強くならなければと改めて決意した。

「それで……どうしてあんな格好をしていたのかしら」

 話した途切れたところで、厳しい顔をした母に聞かれた。こんな顔をするのは滅多にないことだ。

「民の立場で皇都を見たりリオネルの噂を聞いたりしたかったんです。貴族相手に本音は話してくれないでしょう?」
「確かにそういう面はあるけれど、護衛なしなんて……。カミュも連れていかなったのでしょう? 変装したと聞いたけれど、それでも危険なことよ」

 母にとって、僕はまだ頼りない子供なのだろう。どうすればわかってもらえるのかな。

「……この子は警備隊を任されるようになっている。そこまで心配しなくてもいいだろう。それで、何か得るものはあったのか」

 父が口添えしてくれるなんて想定外だった。独断を叱られる覚悟だったから。

「きっと、これは父上たちはとっくに知っている情報と思いますが……」

 勇気をもらった僕は、町での経験を話した。誰かから聞いた話では実感できなかったから。

「実は、最初ちょっと失敗してしまい、助けてくれた人がいるんです」

 少しだけ危ない目にあったことを隠すのはフェアじゃない気がして、思い切って告白することにした。当然、父の目が釣り上がる。でも、黙って続きを促してくれた。

「リンという男で、エドモンという従者を連れていました。宿が見つからなくて脇道に入ったのですが、あまり治安が良くない場所だったんです。宿屋にぼったくられそうになったところで間に入ってくれて、安全な宿を紹介してくれました」
「――エドモンと言ったか? それで、リンはどんな容姿だ」

 黒髪で不思議な目の色をしていて、妙に捻くれた性格だった。嫌なやつかと思っていたら、実は心配していたらしいことも。それに、誰かに後をつけられていたこと、実は護衛もいたこと……思い出せる限りを話した。
 話せば話すほど、父の眉間の皺が深くなっていく。

「もしかして知り合いですか?」
「さぁな。見ていないから断言はできない。また会ったら教えてくれ。それより、先にやるべきことがある。皇帝に到着の知らせを送り、婚約式の前に謁見を申し出る。それに、リオネルにも会っておかないとな。いつ許可が出てもいいように準備しておけ」
「はい!」

 言葉を濁され、一旦解散することになった。いつ呼び出されてもいいように、各自支度をする。僕はジョナサン兄さん、グレゴリー兄さんと一緒に衣装部屋に来ていた。

「謁見か……練習はしたけど緊張するな」

 作法は叩き込まれている。でも、領地から出る予定がなかった僕は、本物の皇帝に会うなんて想像もしていなかったので、なんだか怖い。それに、リオネルだって王族だし……

「練習通りにすれば大丈夫だ」

 ジョナサン兄さんは後継者として挨拶した際に会っているせいか、緊張感はあるものの余裕を感じる。

「案外大したことねぇよ」

 何度も会っているらしいグレゴリー兄さんは緊張もしないみたいだ。

「復習するから手伝って! ジョナサン兄さんは陛下の役! ここに座ってて。それと、式の前にリオネルに挨拶しに行った方がいいよね? 終わったら手紙を書くよ。添削よろしく!」

 兄たちに協力してもらい、自信がつくまで練習を繰り返した。


◇◇◇

 
 その日は、2年ぶりに家族全員が揃っての晩餐だった。グレゴリー兄さんから、皇都ならではの事件や珍しい催し物などの話を聞き、ずっと笑っている。

「グレゴリー、あなたが元気そうで本当に安心したわ。でも、無茶はほどほどにね」

 母の家族内でしか見せない少女の笑顔を、父は蕩けるような目で眺めている。心から母を愛しているのを感じ、自分もこんな恋愛ができたら良かったなと思ってしまった。でも、もうそんな日は来ないだろう。幸せなのに切なくて、鼻の奥がつんとした。

「お食事中失礼致します。こちらに目を通していただきたく……」

 突然カミュが来て、父の耳元に何かを囁いている。父は一転して険しい顔になる。

「今ここで確認する」

 父の答えに、カミュは手紙とペーパーナイフを取り出した。もしや、皇帝からの返事だろうか。開封した父は、手紙をテーブルの上に叩きつけた。

「あなた? どうなさったの」
「ふぅ……。カミュ、おまえが読み上げてくれ。俺では引きちぎってしまいそうだ」

 父はカミュに手紙を渡すと腕組みをした。

「はい。お預かりいたします。では、代読させていただきます」

 カミュが読んでくれた手紙の内容に、全員が怒りで無言になった。言葉にしたら口汚くなりそうで、必死で抑えている。
 署名は皇帝ではなく皇后だった。

『わたくしも皇帝陛下も、ベニトアの至宝と呼ばれるオリヴィンに会うのを楽しみにしているわ。あなたはヘリオドート公爵へのプレゼントだから、初対面はドラマチックな出会いにしてあげたいの。だから、リオネルも含めパーティ当日まで誰にも会わないよう、身を隠していてちょうだい。準備は済ませてあるから、あなたたちはのんびり滞在を楽しんで』
 
 要約するとこんな感じだ。
 自分が呼びつけておいて面会もしないらしい。婚約者に挨拶するのも最低限の礼儀なのに、それも許さないなんて。何がプレゼントだ。ふざけるなと叫びたくなった。初対面でドラマチックな婚約披露宴を挙げるとのことだが、単に我が家や公爵への嫌がらせだろう。
 父は立ち上がり、壁に飾っていたハルバートを二本立て続けにへし折った。長男のジョナサン兄さんは手にしていたフォークを真っ二つに曲げ、次男のグレゴリー兄さんは無言で立ち上がり、座面をぶん殴って生地が裂けた。

――椅子の破損は三脚目だな……

 僕は思考停止してぼんやりと馬鹿なことを考えていた。母は扇で口元を隠していたが、鋭い目線で手紙を見つめていたのが印象的だった。
 でも、どんなに不満があっても皇帝の命令は覆らない。

「俺を暴走させて断罪する算段か? そうとしか思えん煽りっぷりだ……!」

 僕たちに背中を向けた父の筋肉が膨れ上がり、怒りに燃えているのがわかる。

「そうして領地を取り上げるつもりかもしれませんわね。なおのこと理性を保たないといけないわ」
「当然だ。あいつらに先祖が守った土地を渡してたまるか。婚約披露宴は明後日だとよ。クソが」

 あまりにも物事が早く動き、濁流に飲まれている気分だ。

「全部お膳立ては済んでるから、俺たちは行くだけでいいそうだ。リオネルへの牽制にしてもやりすぎだ。ヘリオドート家擁護派がどう動くか……面倒が起きなきゃいいんだが」

 あんなに楽しかったのに、一気に憂鬱な気分だ。僕は小さくため息をついた。


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